アティナの想い①
「アティナ様~! お、お待たせしました……!」
「ふふ……おはよう、メアリア。そんなに待ってないから、気にしないで」
寮の前、いつも待ち合わせしているその場所で、私はメアリアを出迎えた。
黒く短い髪に、黒い瞳。
いつも猫背気味で、ただでさえ小さな体が余計に小さく見える彼女は、私の一番大切な親友だ。
本当は、メアリアと一緒にお出かけするのが楽しみで、かなり早い時間から準備をして待っていたんだけど……それを言うと、彼女は委縮しちゃうだろうから、黙っていないとね。
「それじゃあ、行きましょうか、メアリア」
「は、はい! お供します!」
「もう、今日の主役はあなたなのよ? 忘れてる?」
「それはそうかもしれませんけど……」
結局委縮してしまうメアリアに、私は微笑みかける。
私に遠慮なんていらないって、少しでも伝わるように。
「私達、親友でしょ? せっかくのお出かけなんだもの、楽しみましょう?」
「はう、親友……! はい!! 頑張ります!!」
私がそう伝えると、メアリアはこれ以上ないくらいに瞳を輝かせ、首が取れそうなくらい何度も頷いた。
本当に、びっくりするくらい考えていることが顔に出る子だと思う。
人前に出ると緊張のあまりぷるぷるして、私を見付けると迷子の子供が親を見付けたかのように駆け寄って来る。
子犬みたいで、本当に可愛い子だ。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
二人で並んで、私は町へと繰り出していく。
この町は、王都というだけあって人が多くて、いつも大通りは行き交う人で溢れている。
ハッキリと口にしているところは見たことがないけれど、人前に出るのが苦手なメアリアにとっては、居心地が悪い場所なんだろう。
学園を出る時には光り輝いていた顔が、あっという間に不安を隠しきれなくなり……肩がぶつかるくらい、私にぴったりとくっ付いて歩き始めた。
多分、無意識なんでしょうね。
普段の彼女なら、こんな距離感にはならないはずだから。
「メアリア」
「え? あ……す、すみません! 歩きにくかったですよね!?」
「ふふっ、いいのよ。はぐれちゃいけないから、手を繋ぎましょうか」
「い、いいんですか!?」
「もちろんよ」
「うぅ、ありがとうございますぅ……!! もう、この手は一生洗いません……!!」
「ちゃんと洗いなさいね!?」
常に腹の中に一物抱えていて、表の顔と裏の顔を使い分け、強固な建前で本音を覆い隠しながら、相手の隙を窺い続ける。
実の両親でさえ、何を考えているのか……私のことをどう思っているのか、全く分からない。
そんな貴族社会で生き続けて来た私にとって、メアリアのオーバーなくらいに正直で素直なところは、癒しそのものだ。
初めて会った時から、そうだった。
彼女なりに、自分を取り繕おうとしているのは感じるけど、全然上手く行っていなくて。
悲しいことがあればすぐに泣いて、嬉しい時は眩しいくらいに笑う。
ああ、この子は私のことが本当に好きなんだ、好きでいてくれているんだって……心から、信じられる。
だから……今も、驚いているんだ。
メアリアが、あの……"仮面の魔女"様だったなんて。
「アティナ様、どうしましたか……?」
「え? ああ、なんでもないわよ。ほら、この花瓶、どちらも良いデザインだから、どちらの方がメアリアに似合うかなって」
「うぅ……どっちも私にはもったいないと思います……!」
値段がすごい……と今目の前で落ち込んでいる小さな少女を見て、あの偉大な魔導師と同一人物だなんて、誰が信じるんだろう。
私も、出来ればメアリアが隠していることを暴き立てるようなことはしたくなかった。
ただ……この子の性格からして、王族に何かを頼まれれば、どれだけ理不尽な要求だって嫌だとは言えないだろうし、もし何かを無理強いされているんなら助けてあげたいって、そう思って……あの日、ルルーナ殿下に風の盗聴魔法を仕掛けたんだ。
メアリアが仮面の魔女だっていう会話を聞いて、そんなことあるわけないって反射的に思った。
でも、冷静に考えれば……そんなにおかしな話でもないって気付かされた。
何度見ても、私が一生懸けたって敵わないって思わされる、繊細で素早い魔力制御技術。
世間知らずなのに、やけに仮面の魔女について詳しいのも、違和感はあった。
極めつけは、あの日……メアリアが行方不明になった日は、ルカリオ殿下が賊に襲撃され、"蒼炎の魔女"と"仮面の魔女"が重傷を負いながらも守り通したという、あの事件が起きたのと同じ日だ。
加えて……。
「そういえば……メアリア、あの話って、もう聞いた?」
「あの話……?」
「"蒼炎の魔女"ルミア様。意識が戻って、退院したそうよ。魔法は、まだ使える状態じゃないみたいだけれど」
「……そう、ですか」
メアリアが、ルミア様に憧れていたのは知っている。
だから、この話をして落ち込むのは分かるんだ、でも……今メアリアに浮かんでいる表情は、ただ悲しいとか、心配だとか、そういう感情じゃない。
罪悪感……まるで、ルミア様の負傷が自分の責任だって思っているかのような、そんな顔だ。
「大丈夫よ、メアリア」
「えっ……あ、アティナ様!?」
メアリアの体を抱き寄せて、ちょうど胸のあたりに来た頭をそっと撫でる。
……メアリアが、私に秘密を打ち明けてくれないのは、正直悲しい。
本当に、あなたが"仮面の魔女"なの? って、この場で聞いてしまいたい気持ちはある。
でも、私はただ……純粋なメアリアが、余計な重荷を背負い込んで壊れてしまわないかが心配なだけだから。
教えて貰えないなら、それでもいい。
ただ、元気に笑って……ずっとこうして、傍にいてくれるのなら。
「ルミア様は、これまで何度だって大変な試練を乗り越えて来た御方だもの。今回も、きっとすぐに良くなって、今までみたいな大活躍を見せてくれるわ。信じましょう?」
「……はい、そうですね」
まだ表情は優れないけれど、少しだけメアリアの目に光が戻った。
これなら、ひとまず大丈夫でしょう。
「こんな時に、変な話をしてごめんなさい。さあ、買い物に戻りましょう?」
「はい……!」
メアリアが、どうして"仮面の魔女"として活動しているかは分からない。
理由も分からず、事情を教えて貰うことも出来ないなら、直接手助けすることは難しいでしょう。
けれど、私だって西方貴族の長、サンフラウ家の令嬢だから。
これまでずっと、領地を守ってくれていた英雄のために、出来る限りのことをしてあげたい。
帰ったら、お父様に手紙を書こう。
ルクス様もいない今、メアリアを……"仮面の魔女"の力を頼らなければならない場面も増えるでしょうけど、サンフラウ家として少しでもその力になって、支えてあげられるように。
そんな風に考えながら、メアリアとの買い物デートを楽しんで……。
「はあ、はあ……アティナお嬢様!!」
だから私は、失念していた。
ルミア様を欠くということが、西方地域にとってどれだけ大きな事態なのか、ということを。
「どうしたの、メルル? こんなお店の中で大声を出すなんて、他の方の迷惑になるじゃない」
「も、申し訳ありません。しかし、緊急のご連絡がありまして……」
突然、私達がいたお店に入って大声を張り上げたのは、私の専属メイドのメルルだった。
一旦落ち着かせつつ、メアリアに断りを入れてお店の外に出ると……彼女は、深刻な表情で一通の手紙を差し出して来る。
「旦那様と奥様が、亡くなられました」
「……え?」
今……なんて?
「インラオン連合国との小競り合いが起き、話し合いのために現地へ出向く途中……魔物の襲撃を受けて、馬車ごと崖から落ちて……」
「嘘……でしょう……?」
あまりにも衝撃的な事実に、全く現実味が湧かない。
慌てて手紙を確認すると、今メルルが口にしたことが確かに書かれていて……更に、それだけに留まらなかった。
「加えて、発生した魔物が周辺の町や村を襲い、大きな被害が生じております。領主不在のままでは問題だからと、分家のラットン様が臨時で指揮に当たっているのですが……」
ラットン。お父様の弟君にあたる御方で、私の弟に次ぐ継承権を持っている男だ。
ただ……お世辞にも優秀とは言えない人だから、彼が指揮を執っていると言われると不安しかない。
「それから……その……」
「まだ何かあるの?」
本音を言えば、現時点でもういっぱいいっぱいだ。これ以上はやめて欲しい。
でも、聞かないわけにもいかないから、私は努めて冷静に、続く言葉を受け止めようとして……。
「此度の大損害は、サンフラウ本家の失態であり、責任を取るべきだと、ラットン様が……カリル坊ちゃんを、捕縛したという情報が……お嬢様!?」
許容出来る限界を簡単に飛び越えた事態に、私はすぐに走り出した。
なんで、どうして。
どうして……こうなったの?




