プロローグ
僕には心臓が無い。
モンスターに襲われて食べられてしまったから。
でも、その代わりに、叔父さんが魔導具を埋め込んでくれたんだ。
叔父さんは、口籠りながら『スーパー』何とかって言っていた。
だから、大きな声では言えないくらい、すごく貴重な魔導具なんだと思う。
幼少時代に両親を亡くした僕を育ててくれただけじゃなくて、命まで救ってくれた叔父さん。
どれだけ恩返ししても足りないくらいだ。
だから、叔父さんに楽をさせる為にも、絶対にすごい冒険者になるんだ!
と、僕が改めて決意していると、元気の良い叫び声が聞こえた。
「うわあああああああああああああ!」
いつも僕に話し掛けてくれるビリーだ。
その声からは、まるで強大な敵と戦っているかのような気迫が感じられる。
「すごいなぁ、ビリーは! 〝強い冒険者になろう〟って、燃えてるな~! よ~し、僕も頑張るぞー!」
真っ赤な炎に包まれ床をのた打ち回るビリーを見て、僕は明るくそう宣言した。
※―※―※
「よ~し、今日も頑張ろう!」
冒険者育成学校の廊下を歩きながら、僕は気合いを入れる。
もう入学してから一年経つけど、すごく良い学校だなって思う。
仲間と切磋琢磨しつつ冒険者を目指せる、前向きで向上心溢れる人が大勢いる。
同級生は大体同い年で十六歳くらいで話しやすいし、とても楽しい。
「よぉ、ロス。昨日は良くもやってくれたな」
突然僕の目の前に現れたのは、ビリーと、その後ろに立つ茶髪のジャックとマシューだ。
「ビリーさんをあんな目に遭わせたんだ、覚悟は出来てるか、〝最弱〟?」
「謝って済むと思うなよ?」
ジャックとマシューがビリーの肩越しに声を掛けて来る。
僕が〝最弱〟だと毎日教えてくれる、すごく親切な友達だ。
そのおかげで、〝そうだ、僕はもっと頑張らなきゃ!〟って思えるからね。
「あ、髪型変えたんだね。似合ってるよ、ビリー」
「くっ! 俺様に喧嘩売ってんのかてめぇ!」
いつもサラサラの金髪が、今日はモジャモジャになっている。
こうやって友達の新たな一面が見られるのって、嬉しいな。
「今日は昨日のようにはいかねぇぜ! 直接触らなきゃ良いって分かったからよ!」
「やれ!」というビリーの声に呼応して、ジャックとマシューが背後に隠していた鉄の棒を取り出し、僕に向ける。
「おおっと~!」
「手が滑った~!」
二人が左右から、僕の両脚に鉄棒を叩き付けると――
「「へ?」」
――鉄棒は折れ曲がり、炎が鉄棒もろとも彼らの身体を呑み込み――
「「ぎゃあああああ!」」
「うわっ! こっち来るな! ぎゃあああああ!」
――余程仲が良いらしく、彼らはビリーに抱き着き、三人とも紅蓮の炎に包まれた。
「足……そうか、〝何事も足許が大事で、地に足をつけて頑張れ〟ってことだね! みんな、ありがとう!」
冒険者を目指して燃えているビリーたちは、本当に眩しいな。
僕も頑張るよ!
清々しい気持ちで、僕は教室へと向かった。
※―※―※
冒険者育成学校に忍び込んでいたギブゼントは、その一部始終を物陰からそっと見ながら、冷や汗と鼻水を垂らしていた。
「ヤベー。〝身体の硬度〟がドラゴンだし、無意識に〝炎で反撃〟してるし。おいら、やっちまったんじゃないか、コレ? やっぱりアレは、〝超古代炎竜〟の核だったんだな……。まぁ、他の生徒や教師が触れても大丈夫な所を見ると、炎による『自動反撃』は、悪意ある者限定で発動しているみたいだし、まだマシだが……」
ロスの叔父(父親の方の弟)である彼は、モンスターによって両親が殺された幼いロスを引き取り、今まで育てて来た。
冒険者としても私生活でも一人での活動を好み、中年ながら未だに独身の彼だが、ロスとの生活は新鮮で楽しかった。
ロスを引き取ったのは、決して彼のためだけでは無かった。
辛い境遇にもかかわらず常に明るいロスは、兄を失って深い悲しみに浸っていたギブゼントの心の癒やしとなっていたのだ。
数年経った頃にはもう、ギブゼントはロスを自分の子どものように感じていた。
そんなロスが、去年、冒険者育成学校に入学した。
冒険者稼業の厳しさを知っているギブゼントは、当初反対した。
が、「叔父さんみたいな、格好良い冒険者になりたいんだ!」と、目をキラキラと輝かせるロスに、もうそれ以上何も言えなかった。
そんなロスが、あの日――
――王都を襲ったモンスターたちの中の一匹によって、殺され掛けた。
「ロス! ロス!!」
悲鳴と共に逃げ惑う人々の中、ギブゼントが駆け付けた時には、ロスは虫の息だった。
赤い肌と角・牙を持つ筋骨隆々のモンスターであるオーガが近くで絶命しており、どうやら他の冒険者或いは衛兵が倒してくれたらしい。
「待ってろ! 今すぐ助けてやる!」
剣士ながら回復魔法を使えるギブゼントは、ロスを救おうとするが――
「……これは……!」
――深く抉られた胸の中には、〝心臓〟が無かった。
オーガの右手と口許が血塗れであることから、どうやら、〝喰われた〟らしい。
ギブゼントが使えるのは、上級回復魔法まで。
最上級回復魔法と違って、傷は治せても、喰われて無くなってしまった心臓を新たに生み出すことは出来ない。
「どこかに、心臓の代わりになる物があれば……!」
周囲を見回す。
だが、そんなものが、こんな道端に転がっている訳が無い。
「……兄貴たちの忘れ形見、おいらが守るって決めたのに!」
地面を拳で何度も叩く。
悔しくて、情けなくて。
無力さに、涙が零れる。
と、そこに――
「お? どうしたってんだ、ギブ? えらく景気が悪い顔してっぞ?」
――どうやらダンジョン帰りらしい、神出鬼没のベテラン冒険者仲間のアーティが偶然通り掛かった。
王都中が逃げ惑う人々の悲鳴で溢れる中、どう見ても場違いな軽口を叩くその男は――
「アーティ……その魔力は……!」
――だがしかし、今正にギブゼントが欲している物を持っていた。
「その袋の中身、モンスターの核だな!」
「ああ、そうだ。俺っちがさっき手に入れたもんだ。それがどうしたってんだよ?」
「頼む、おいらに売ってくれ! ロスを助けたいんだ!」
アーティが無造作に肩からぶら下げる革袋から迸る魔力。
それは、モンスターの心臓とも呼べる〝核〟だった。
モンスターの核を用いて人間の命を救うことは、倫理的に問題があり、もし表沙汰になれば、国からの処罰は免れない。
禁忌を破ることになるが――止むを得ん!
覚悟を決めたギブゼントの懇願に、アーティは――
「え、ヤダ」
「ありが――何だと!?」
――鰾膠も無く断った。
「だってこれ、高く売れそうだし。スゲー苦労したってのに、買い叩かれちゃ敵わねぇ」
冷淡な態度を貫くアーティへの怒りをグッと我慢して、ギブゼントは必死に頭を下げる。
「頼む! 金貨十枚でどうだ!」
「もう一声」
「だー! こんなことしてる場合じゃないんだ! 金貨百枚!」
「売った! 今は無いだろうから、後できっちり払えよ!」
そうして手に入れたモンスターの核――紅く輝く玉――を心臓代わりにして、ギブゼントは――
「ロス! 死なないでくれえええええええ!」
――上級回復魔法を施した。
そして――
「あれ? 叔父さん……?」
「ロス!! ロスうううううううううう!!!」
――目を覚ましたロスを、ギブゼントは力一杯抱き締めた。
違和感に気付いたのは、二人で帰宅した後だった。
あれ?
何か……ロスから……魔力が、ものすっごく膨れ上がってないか?
この感じ……ドラゴン……
……しかも、ただのドラゴンじゃなくて、これは……まさか……
ギブゼントは、その翌日、アーティに確認しに行った。
冒険者ギルド内に併設されている酒場で昼間から地酒を飲んでいるアーティに、ギブゼントが詰め寄る。
「おい、アーティ!」
「何だよ、今更払わないなんて言っても、もう遅過ぎっからな!」
「そんな話じゃない! なぁ、どこだ!」
「何が?」
「どのダンジョンで手に入れたんだ、あのモンスターの核!」
「そんなの、決まってるだろ。SSS級ダンジョンの最奥部にある溶岩の中だ」
「!!!」
決定的だった。
未だ嘗て、誰も踏破したことの無い超絶難易度のダンジョン。
その最奥部にある溶岩は、並のファイアードラゴンならば、炎属性にも拘らず燃やされてしまう。
そのため、普通の人間では近付くことさえ出来ないという。
そこには、超古代炎竜の核が眠っているとされていた。
〝この星が生まれたのと同時に生まれ、〝五十億年〟生きた後に寿命で死んだとされる、伝説の最強ドラゴン二匹(もう一匹は、超古代銀竜)の内、一匹の核〟が。
「でも、どうやって!? あそこは、ファイアードラゴンでさえ燃やされるという溶岩だろ?」
「いや何か、メチャクチャすごい氷魔法の使い手が百人いて、一斉に最上級氷魔法を放ってさ。〝ほんの数秒だけ〟溶岩が凍り付いたんだよ。魔法使いたちが、凍り付いた溶岩を魔法で移動させたら、一番奥の底に、あのモンスターの核が光り輝いていたんだ。で、俺っちの出番って訳。俺が唯一使える魔法、知ってるだろ? 〝超俊足〟に追い付ける奴は誰もいない。そのおかげで、どれだけ強力なモンスターが出ても、その攻撃を俺は避けられるし、逃げられるし。今回はそれが、〝お宝を横から掠め取る〟のに役立ったって訳だ! いやぁ、傑作だったぜ! 宝を奪われたアイツらの顔は!」
「お前……そんなことしてたら、その内いつか殺されるぞ……」
これで、はっきりした。
ロスに埋め込んだ核は、超古代炎竜のものであると。
※―※―※
そして、現在。
ギブゼントは、以前から、ロスがいじめられていることには薄々気付いていた。
が、冒険者育成学校に言っても、「そんなことがあるはずはない」と取り合って貰えなかった。
だから、こうしていじめっ子が痛い目に遭っているのは、正直に言うと、胸が空く思いがした。
「まぁ、それは良いんだが……」
ギブゼントは、ロスの体内で心臓の代わりを果たしている、最強の存在に対して思考する。
「モンスターの核を身体に埋め込むなんて、処刑されてもおかしくない程の禁忌だし、ましてやそれが超古代炎竜のものだなんて、口が裂けても言えない。だからおいら、ロスには〝魔道具だ〟と説明しちゃったんだよなぁ。無理があるかと思ったが、あの子は本当に素直で良い子だから、信じちゃったし。でも、いつバレるか分かったもんじゃないよなぁ」
虚空を見詰めながらブツブツと呟くギブゼントが、視線を戻すと――
「それ以上近付かないで! 殺すわよ!」
「!?」
――教室に向かっていたロスに、黒いローブを身に纏った金髪少女から――
「近付かないでって言ってるでしょ!」
「!」
――放たれた〝巨大な氷柱〟が襲い掛かった。
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