第74話 平家の亡霊②
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母里友信にとって、今回の事態は思わぬことであった。
黒田家臣である友信は、筑前鷹取城一万八千石を拝領する身の上である。
しかし此度は故あって、隣国の豊前小倉三十九万九千石を領する細川家を訪ね、細川家当主・細川忠興の三男である細川忠利に同行し、門司城へと向かう最中の出来事だった。
細川忠利は二十歳程度の若者ではあるが、柳生新陰流の柳生宗矩に師事し、その腕は誰もが認めるものである。
そういった本人の嗜好もあってか、この度細川家立ち合いの元で、とある武芸者同士の勝負が行われることとなった。
元はお互いの弟子同士の諍いが発端であったようだが、ともあれその武芸者二人は真剣勝負の約束をし、その決闘は豊前国の船島にて執り行われることになったという。
一人は細川家剣術指南役である、佐々木小次郎。
対するは宮本武蔵。
武蔵は少し前まで黒田家に仕えており、当然友信の耳にも決闘の話が届いた、という次第であった。
そのため友信は細川家と交渉して、自らの参加を認めさせ、今回の同行に至ったのである。
その道中にて、思わぬことが起こった。
小倉城から門司城へと向かう最中、妖しき一団に襲撃されたのだ。
屈強な鎧武者のその集団は、明らかに人ではなかった。
いや、かつては人であったのかもしれないが、もはや怨念にてさまよう亡者の群れと化してしまっている。
平家の落ち武者の亡霊。
友信はすぐにも察しがついた。
この辺りでは割と有名な噂があったからだ。
しかし人が襲われることは、そう滅多になかったといっていい。
ところが今日、こうして襲われることになってしまった理由は、一行の中に細川忠利がいたからだろう。
細川家といえば、清和源氏の名門である足利氏の支流にあたる。
つまり源氏なのだ。
ここらの海に現れるという平家の落ち武者の亡霊は、基本的に源氏しか襲わないというのが、専らの噂だ。
もちろん、忠利本人にとっては迷惑な話ではあろうが。
ともあれ巻き込まれてしまった以上、どうにかしなければならない。
友信も老いたとはいえ、黒田家随一の猛将だった人物である。
景気づけに持ってきた自慢の槍を振るい、一行を守るべくどうにか立ち回ったものの、しかし劣勢であったことは否めない。
そんな窮地にあって、思わぬ助太刀が入った。
その手練れ達に助けられ、辛くも窮地を脱したのである。
/色葉
数多くいた落ち武者の亡霊の中にあって、その二体は明らかに毛色が違っていた。
雑兵共とは違う。
恐らく生前は、名の知れた武将だったのだろう。
その二体のうち一体が、生者を委縮させる猛烈な妖気を放って、わたしを威嚇してくる。
うん、実に心地いい。
こいつは強い。
肌で感じるとはこのことか。
「――もし口があるのなら名乗れ。聞いてやるぞ?」
亡者などに対し、つい口を開いてしまったのは、やはり関心があったからでもある。
平家の落ち武者など、わたしにとっては縁もゆかりも無い。
だというのに首を突っ込んだのは、何も暴れたかったからだけではなく、純粋な好奇心によるものだ。
それに、である。
家臣どもは、襲われている者どもを救うのが当然であるという前提で助太刀に入ったわけだが、わたしにしてみれば、別段相手が人でないからといって、敵対する理由にはならない。
聞くべき道理があるのであれば、いくらでも考えは変わろうというものである。
「――源氏ニ縁無キ者ハ去レ」
お、やっぱり話せるのか。
初めて直隆と会った時もそうだったが、髑髏の身の上でどこから発声しているのかは謎だけど、聞き取りにくいとはいえ、理解できないわけでもない。
「源氏?」
わたしは小首を傾げる。
「なんだ。未だに源氏に対して恨みでも持っているのか」
相手が平家の落ち武者ならば、当然の理由ではあるが。
しかしそうなると、あの一行の中に源氏に縁の者がいたというわけかな。
「去ラヌナラバ、郎党ト見做シテ斬リ捨テルノミ」
「郎党、だと?」
このわたしをどこの誰とも分からない連中の家臣呼ばわりとは、いい度胸である。
「わたしは千――……。いや、朝倉色葉という。これでも臣下を持つ身の上であるし、加えて主たる存在も無い。名乗れ。今の無礼は許すが、自身をも忘れた亡霊など興味も失せるぞ?」
わたしの言に反応したのは、攻撃的な妖気を放つ個体ではなく、その一歩後ろにあったもう一体の方だった。
立ち位置からして、こっちの方が身分が上なような感じだが。
「無礼ヲ許サレヨ。我ガ名ハ平知盛。コレナルハ平教経ト申ス者」
「ほう」
平知盛とは、また大物である。
「平家の総大将が、こんな所で迷っているのか」
「我ハ平家ノ棟梁ニ非ズ」
「知っている。だが後世の者からすれば、お前が平家の総大将という認識だな」
平家といえば平清盛であり、これが優秀な人物であったことは疑いようも無い。
しかし清盛亡き後の平家といえば、貴族化したことで柔弱極まりない人物しかいなかったかのように描かれ、実際そのように後世でも認識されがちで、そんな中にあって知盛は、斜陽の平家を最期まで支えて源氏と戦った人物として知られているのだ。
当時の平家の棟梁は知盛の兄であった平宗盛であったが、それこそどうしようもない駄目人間であったように物語などでは描かれている。
さらには平家が壇ノ浦で滅亡した後にも辱められ、知盛とは対照的な暗愚な存在であったとされたことも、知盛が平家の英雄とされた要因の一つだろう。
もっとも、過去のひとである宗盛がどんな人物であったのかは、わたしは知る由も無い。
物語に描かれている通りの愚将であったのか、それとも他に見るべきところがあった人物だったのか。
直接会わねば分かるわけもないし、評価もできないだろう。
しかし目の前には、平家の英雄とされた平知盛がいる。
少なくともこれの評価は、わたし自らがまさに今、下すことができるのだ。
これほどの余興は無いだろう。
「見るべき程の事は見つ、だったか? そんな言葉を口にして自害したお前が迷って出てきたその心境、興味があるぞ?」
「…………」
「だんまりか? つまらないな。源氏に滅ぼされた怨念でもってこの世に舞い戻ったのであれば、今の世情について、思うところを聞いてみたかったんだがな」
平家が滅ぼされて以来、この日ノ本は基本、源氏が打ち立てた政権下に支配され続けてきた。
鎌倉幕府然り。
室町幕府然り。
そして現在の江戸幕府然り。
もっとも、鎌倉幕府などはすぐにも北条氏に事実上、乗っ取られてしまっているし、本当かどうかは疑わしいが、その出自は平氏というのだから、もしそれが事実ならば源頼朝に対して意趣返しができていたことにもなる。
もっともその鎌倉幕府も滅亡し、次いで足利氏によって打ち立てられた室町幕府は、織田信長によって滅亡してしまった。
この信長の織田氏であるが、これまた本当かどうかは疑わしいところもあるが、その出自は平氏であるという。
織田氏の祖は平親真なる人物であり、その父親を平資盛といい、資盛は壇ノ浦にて知盛らと同じく自害に及んだ人物だ。
ちなみに資盛の父親は平重盛であり、あの平清盛の嫡男であった人物である。
そういうわけで、あの信長は一応平氏の出ということになっているが、本当のところは藤原氏が本姓であったにも関わらず、平氏に改姓するために系譜を仮冒した、というのが一般的な研究結果であるらしい。
本人に会ったことがあるのだから、一度聞いてみれば良かったな。
まあそれが真実かどうかはともかく、源氏が打ち立てた政権というものは、平氏によって乗っ取られるなり滅ぼされるのが筋道になってしまっているようだ。
しかしそれでもそれこそ亡者のように復活するのが源氏で、現在の江戸幕府を開いている家康などは、これまた完璧に嘘八百なのだろうが、自身が源氏だとして征夷大将軍に就いたのだから、よほど源氏というのは人気があるらしい。
こうしてみると、源平合戦というものは当人たちが滅んだ今もなお、連綿と続いているのかもしれないな。
「――無礼者ガッ!」
ここで一旦押し黙っていたもう一体の方が、激怒したかのように鬼気を露わにして前に進み出る。
確か平教経といったか。
「我ラガ無念、貴様ノ様ナ小娘如キニ何ガ分カルトイウカ!」
「いや、分かるぞ?」
わたしも滅ぼされた口である。
ついでに迷って出てきたのも同じだ。
だからこそ、多少なりとも親近感が湧いたのだけどな。
「戯言ヲ! 其ノ細首、断チ斬ッテ魚ノ餌ニシテクレル!」






