第72話 平家の落人
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「……で、あれは何だ?」
目的の場所へと歩を進めてみれば、なるほどそこは修羅場と化していた。
海岸沿いの開けた場所にて、武士と思しき一団が、何者かに襲撃されていたのである。
襲われているのは軽装備の一行で、帯刀していることからしても、どこぞの家臣団の一行か何かだろう。
こちらはまあ普通である。
しかし襲っている方は、普通じゃなかった。
完全武装の甲冑……というか、大鎧を着こんだ複数の武者姿の者達なのだ。
そしてその様子が尋常ではない。
朽ちかかった鎧を着こんだ武者たちは、誰もが怨嗟の声を上げつつボロボロになった太刀を振りかぶり、誰かれ構わず襲っている。
何というか……一言でいうならば、
「落ち武者に見えるが」
それに尽きる存在に思えたのだ。
しかも鎧の意匠が、何というか古臭い……というか、今の時代のものとはちょっと違う印象だ。
「あれは当世具足じゃないな。どう見ても大鎧だし……?」
大鎧というのは、平安時代から鎌倉時代にかけて用いられた武具のことだ。
重厚感があり華美で、馬上での使用に適したものである。
甲斐の武田家に伝わっていた源氏八領の一つ、盾無などは有名だ。
大鎧は今でも最も格式の高い戦装束とされているものの、現在の戦の様式には適さないことから、室町時代から戦国時代にかけて変化していき、大量生産が可能でありながら防御力と機動性を兼ね備えた鎧として生み出されたのが、いわゆる当世具足というわけである。
「……明らかに落ち武者の亡霊ですな」
などと結論付けたのは、成実だった。
わたしとしては、やっぱりか、である。
先に隆基が自分と同じ気配などと言っていたことからも、何となく察しはつくというものだった。
「落ち武者の亡霊、ねえ……」
とすると、面具をつけているからよく分からないけど、兜の中身は髑髏が収まっている、といったところか。
「海御前の霊に相違ありますまい。噂には聞いてござったが」
「海御前? なんだそれは?」
やや戦慄した感じの成実の言に興味をそそられて、わたしは呑気に説明を求める。
「……姫は壇ノ浦の戦いを御存じか」
「壇ノ浦? 源平合戦の最後の戦いのことだろう? 確か……このすぐ近くだったな」
「然様。平家方の猛将として知られる平教経は、その戦いの最後に入水を果たすのですが、その妻であった海御前なる者は戦後この地に流れ着き、妖に化身したと言われておるそうです」
「ほう」
「そして配下だった武将たちもまた、同じ運命を辿ったとか」
なるほど。
全国あちこちで聞かれる平家の落人伝説、といったところか。
越前国でもいくつかあったし、聞いたこともあったな。
「つまり、妖怪変化に人が襲われている、と。そういうことだな」
人が妖に襲われているところなど、実は初めて見るな。
わたしが言うな、ではあるけれど。
などと思いながら、何とか奮戦している方を眺めてみる。
数の上では人の方が有利ではあるけれど、落ち武者どもの方が強い……というか、さすが亡霊だけあって、ちょっと斬られたくらいじゃ倒れないのだ。
しかも相手が相手だけに、やや狂乱した風もあって、まともに迎撃できていない。
潰走していないのは、単に包囲されているせいで、できないからでもある。
放っておくと、みんな亡霊の仲間入りになるな、これは。
「――助太刀致しますぞ!」
まずそう声を上げたのは、景成だった。
意外に正義感があるらしい。
「……どっちにだ?」
「何を仰せに――あ」
何を馬鹿なことを聞くのかとばかりに振り返る景成は、わたしの顔を見返してはたと気づく。
そう。
景成の仕えるわたしも、決してまともなひとでは無いのだ。
ついでに言えば、隆基や直澄、直隆などは、あの平家の落ち武者どもと同類だ。
わたしがいったいどちらに肩入れするのか。
そのことを失念していたのだろうけど、迂闊なことではある。
景成のやや青ざめた顔を堪能したわたしは、それで満足とばかりに手を振ってみせた。
「いやいや。いつになく意地の悪い問いをした。許せ」
「いつになく……?」
「……それは本音なのかもしれないが、正直者が長生きするとは限らないぞ?」
一言多い景成へと、にっこり笑顔で脅しておく。
もちろん、景成の顔がさらに蒼白になったのは言うまでもない。
「呆けてないで、助けるなら早くした方がいいぞ? でないと全滅する」
「……さ、されど、姫様はそれでよろしいので……?」
「ん、亡霊に肩入れしても、温かい飯や寝床は期待できないからな。それに連中がどの程度のものか、興味もある」
こんな場所で直隆らの同類に出会ったのだ。
それに噂に聞く平家の落ち武者が如何なるものなのか、景成に言ったように、純粋に興味もあった。
「そういうわけだから、とっとと行け。それともわたしの後塵を拝する気か?」
そのわたしの発言を受けて、景成はもちろん、隆基や直澄が乱戦の中へと飛び込んでいく。
「主様、ご武運を」
「ん、まあ大丈夫だろう」
ぽつりと告げてくる朱葉の言葉には、さほど不安や心配のようなものは感じられない。
あの亡霊どもとわたしを比べ、強敵とは認識していない証左だろう。
「重成、行くぞ。あまりわたしの傍を離れるなよ」
「は、はい!」
本来ならば重成がわたしを守る立場なんだろうが、すでに重成もわたしの実力をわきまえているし、ここで変な見栄を張って抗弁をしないところは、まあ素直でよろしい。
「というわけだから、成実。わたしは重成を守るから、お前はわたしを守っていろ。お前に何かあっても、政宗に申し訳ないからな。今回のこれは、わたしの我が儘みたいなものであるし」
「……我が儘であるという自覚はおありなのですな」
「たちが悪い、とでも思うか?」
「思いまする。が、その気質が我が殿を動かしたのであれば、もう少しあなたという御仁を見て見たくは思う所存ゆえ」
政宗を動かした、ね……。
どういうわけか政宗の奴、わたしの来訪のせいで、燻っていた野心を刺激されてしまったらしい。
そのせいで、わたしを煽ってくる始末である。
わたしはその政宗の意思らしきものを拒絶したが、しかしこうして政宗の重臣である成実を傍に送り込んできたことからも、まったく諦めていないことが窺える。
そしてそれを承知してしまった時点で、わたしはわたしの本当の気持ちが正直分からないでいた。
結局のところ、どうしたいのか。
天下の趨勢はほぼ定まっているし、今の平和も悪くない。
しかし豊臣家にいる以上、将来には明らかな不安もある。
それをどう乗り越えるべきか。
そこなのだ。
でも、
「行くぞ」
今は考えたくない。
わたしは思考を振り払うように、続けてその乱戦へと身を投じたのだった。






