第58話 祝言
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豊臣秀頼とわたしの婚礼の儀は、滞りなく行われた。
秀頼は文禄二年生まれであるから、越前国で再会した珠の夫である前田利光と同い年だ。
正確には四ヶ月ほど、秀頼の方が生まれが早い。
利光や仙千代らとはまさに同世代である。
婚礼の際に初めて顔を見た秀頼は、なるほど乙葉の子だった。
父親が秀吉とは思えないほどの、いわゆる美男子なのである。
はっきり言って、秀吉の血など一切引いていないのではないかと思うくらいだったのだ。
……ちなみに今さら語ることでもないが、この世界でも秀頼は秀頼として誕生したが、史実とは生母が異なっている。
確かに生母は「淀の方」だ。
これは間違いない。
しかしいわゆる浅井三姉妹の長女ではなく、乙葉がその座についてしまっていた。
そしてそれは、わたしの母親についても同じで、本来千姫の生母は浅井三姉妹の末妹である。
だが秀忠の正室の座についたのは、雪葉なのだ。
わたしが本能寺の変で滅んだ後も、確実に歴史が乖離している証拠でもあるだろう。
それでも大まかな歴史の展開は史実に即そうとするのであるから、この目に見えない力のようなものは、本当に脅威である。
実際それで、わたしは本能寺で葬られたわけだしな。
さらに余談であるが、この世界でも織田信長に滅ぼされた浅井長政の三人の娘は、実は健在だ。
長女・茶々《ちゃちゃ》は史実通り、秀吉の側室になっている。
しかし秀吉の乙葉への寵愛が強く、取って代わられてしまったと言っていい。
狙ってやったわけではないだろうから、乙葉、恐るべし、である。
知らぬうちに強敵を蹴落としていたのだから。
次女の初は、史実通りに京極高次の正室になったらしい。
京極高次は若狭国小浜を領する大名で、先の関ヶ原の戦いでは大津城で西軍と戦い、その功で小浜を与えられたのだ。
ちなみに京極家は近江源氏と称された名門である。
戦国時代には落ちぶれたとはいえ、徳川や豊臣などに比べれば遥かに家格の高い名家だ。
そして三女の江。
江はまず織田信長の次男の織田信雄の家臣で従兄弟でもある、佐治一成へと嫁いだ。
その後離縁し、秀吉の実の甥で養子でもあった、豊臣秀勝へと嫁いでいるところまでは、史実とほぼ変わりない。
秀勝は朝鮮の役の間に病死しており、江はその後、姉である茶々に庇護されながら自身が産んだ完子を育てていたようだ。
そして秀吉が死ぬと、数多くいた側室たちの運命も、また様々だったらしい。
出戻った者もいるし、仏門に入った者もいる。
そして大坂城に残った者もいる。
乙葉などがそうであるし、茶々も同じく大坂城に残っているらしい。
というか、大野治長の妻になったそうだ。
二人は幼馴染だったそうだから、大坂にて再び縁が生まれたのだろう。
そしてそれを世話したのが乙葉らしい。
城に残った側室たちの大半は、乙葉の庇護のもとにあるとかで、治長と茶々の例からも分かるように、存外みんなに慕われているとか何とか。
相変わらず面倒見がいいことである。
「……末永く、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく頼む」
秀頼は十歳程度の子供であるが、どことなく威厳のようなものを感じることができたのは、こういうことに慣れているからだろう。
もっと幼い頃より、秀吉の代わりとして海千山千の諸大名の主として君臨していたのだ。
それなりの貫禄がある、と思わないでもない。
それにこう見えて、半分は人ではないのだ。
尻尾は無いんだな、と場違いなことをつい考えてしまう。
ともあれ、この婚礼の儀には当然乙葉も出席していた。
これまた尻尾は無く、しかしその容姿はわたしが知っているものよりも随分大人びている。
どちらかといえば可愛い、といった雰囲気だったのに、美しい、と表現した方が適当な、そんな容姿だ。
これでは女好きの秀吉など、いちころだろう。
さすがに伝説の中で、傾国の美女などといわれるだけのことはあるな。
何にせよ、それは雪葉の姉として十分に相応しいものだった。
その乙葉はじっとわたしを見つめ、何やら複雑そうな顔になっている。
明らかに、わたしが何者であるのか判断しかねているといった、そんな感じだな。
まあ無理もない。
今のわたしは妖気を完璧に制御しているので、一見して人の子と変わらないはずだ。
それに雪葉にはわたしを含めて四人も娘がいる。
雪葉を母胎としてわたしが生まれ変わったことを察していたとしても、それが四人の中の誰であるかは分からないはずだ。
だが、同行者として朱葉がいる。
乙葉とて朱葉の性格は知り抜いているはずだから、何の縁も無い輩に同行して大坂にまで来るとは考えづらいだろう。
となると、わたしは何者なのか。
悩むわけである。
わたしもそわそわしていたが、乙葉はもっとだろう。
早く確認したくてしょうがない――そんな感じだ。
もうちょっと待て。
乙葉と目が合った時に、そう思って一瞬だけ笑みを浮かべてやった。
「――――」
乙葉が息を呑む。
わたしが見せたのは、幼子には似つかわしくない邪まな笑み。
悪戯っぽい笑みと言えばまだ聞こえはいいが、わたしのそれはそんな可愛いものじゃない。
よく雪葉に怒られたものである。
しかし今の乙葉の反応からすると、ちゃんと伝わったかな?
だがあと少し。
一連の式が終わるまで。
でもその僅かな時間ですら、待ち遠しかったのである。
◇
儀式が終わったら披露宴となり、豊臣家中の者どもが集って盛大にどんちゃん騒ぎとなった。
適齢期を迎えた夫婦であるならば、ここで床入りとなるのだろうけど、お互いに子どもなので形だけだ。
とっとと寝ることにする。
大人どもは夜更けまで騒がしかったが、それも時がたてば静かになっていった。
城内が寝静まった頃、かねてから頼んでおいた朱葉に起こされて、寝床から這い出す。
「……乙葉に会ったな?」
「はい。主様をお待ちしているとのことです」
「ん、わかった」
結局会うのは真夜中になってしまったが、乙葉は乙葉で家中の者どもの相手を務めていたはずだから、この時間になってようやく解放された、といったところだろう。
ご苦労なことである。
「……ちなみにわたしのことは言ったか?」
「お会いすれば分かると、伝えました」
「そうか」
こんな夜中の密会に応じた時点で、わたしがただの小娘でないことは明白だ。
乙葉もほぼ確信に近いものを抱いているだろう。
「朱葉」
「はい」
「念のため、今から行く部屋の周囲に結界を張っておけ」
「かしこまりました」
自分がやってもいいが、むかしからこの手のことは苦手だったのだ。
細かいことは朱葉に任すに限る。
「さて行くぞ」






