第44話 北ノ庄訪問
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わたし自身もそうだが、この慶長八年はなかなか忙しい年だったといえる。
二月十二日に、家康はついに征夷大将軍に就任したのだ。
ちなみに関ヶ原の戦い以降、家康は大坂城西の丸から出て伏見城に移り、ここで政務を執っていた。
征夷大将軍への就任の準備は、戦後すぐから行われていたといっていい。
そしてようやくこの日、伏見城にて朝廷より六種八通の宣旨が下り、晴れて征夷大将軍、右大臣、源氏長者、淳和奨学両院別当に任命されたというわけである。
そして三月には、天守を除いて新たに完成したばかりの二条城へと移っていった。
そんな家康であるが、すでに嫡男と定めた秀忠を右近衛大将にするように、朝廷に奏上する。
これはあっさりと認められて、四月十六日には任命された。
これにより我が父は右大将、というわけである。
まあこれは、今後征夷大将軍の職は、徳川家が世襲していくんだぞという、下準備でもあった。
そんなこんなで着実に権威付けをしていく徳川家であったが、この頃のわたしはというと、三月初めには江戸を発ち、ゆるりゆるりと越前を目指して旅をしていたのである。
一応、最終的には大坂城に入る予定だったから、これは旅というよりも嫁入り行列といった方が正しいのかもしれないが、わたしの供をする者たちは少なく、実に簡素であったといっていい。
妹の珠が前田家に嫁入りした際は、それはもう派手派手だったことに比べれば、まさに雲泥の差だった。
とはいえどうせ寄り道するのだから、そういうのはむしろ邪魔である。
もっとも徳川の面子もあるだろうから、二条城に入った後、大坂に向かう際は、言われるがままで行くしかないのだろうけど。
そんなわたしたち一行が越前北ノ庄に着いたのは、四月十一日であった。
ちょうどわたしの誕生日であり、これにて七歳である。
今回の旅には、乳母である朱葉はもちろん、母親である雪葉も同行していた。
大坂に向かう際も同行し、朱葉はわたしについて大坂に残ることになるが、雪葉は江戸に帰還することになっている。
これにより、雪葉とはしばらく会えなくなるだろう。
正直に言って、名残惜しい。
が、大坂には乙葉がいる。
雪葉はこれまでずっとわたしを独り占めしてきたから、次は乙葉の番であると、そう言っていた。
本当にできた妹である。
とにかく旅の間は、雪葉にできるだけ良くしてやるつもりだった。
「む……?」
北ノ庄に入ったわたしは、懐かしいであろう光景を間近で見るべく籠から降りて、その風景を目の当たりにしたことで、違和感を覚えて立ち止まってしまったのである。
「……姫様?」
ぽかん、としているわたしへと、雪葉が腰をかがめて尋ねてくる。
「何か、違う……」
眼前に広がる城は、何というか作りかけで、わたしの記憶に重なるものは何もない。
「姫様がお作りになった城は、燃えてしまったのです」
申し訳なさそうに、雪葉が補足してくる。
「ああ……そうだったな」
ここにはかつて、わたしが築かせた北ノ庄城があった。
でも全て燃えてしまったのだ。
普請真っ最中の城も同じ北ノ庄城の名ではあるけれど、かつてのものとは全く違う。
縄張り自体が違うし、天守の位置なども変わっている。
これでは懐かしさを覚えるはずもない。
事前に分かっていたことではあるけれど、なんとも寂しいものだ。
「行くぞ」
少しだけ肩を落として、わたしはとことこと先を進んだ。
歩きながら、城の全容を確認する。
うん。
これはこれで、なかなかの規模の城だな。
さすが天下普請により築かれている城だけあって、その威容も確かだ。
完成すれば、立派なものになるだろう。
やや残念な気分もやがては新しいものへの興味へと取って代わられて、わたしは普請中の城をあちこちから見て回ることにした。
わたしがあまりにあちこち歩き回るので、周囲の者が慌てたくらいである。
もっともこの旅の途中、好き勝手に前進するわたしのことは、この一ヶ月で随行する者たちも理解したことだろう。
好奇心旺盛な姫と映ったか、お転婆と映ったか、まあどちらでもいいが。
そんなわけで、予定の時刻よりもだいぶん遅れて城内へと入ることになってしまった。
城は未だに建設中ではあるが、一部の建物はすでに使えるようになっていて、政務もそこで行われているらしい。
ともあれわたしを出迎えてくれたのは、この北ノ庄城の主、結城秀康その人であった。
「これは姫。よくぞお越し下さいましたな」
これまで何度か会っているが、噂に違わない武人であり、わたしの父親とは大違いである。
「伯父上こそ、お元気そうで何よりです」
わたしはしおらしく答えてやる。
ついでに微笑を添えて。
そんなわたしの表情に、普段は剛毅な雰囲気の秀康の顔もつい綻んだようだった。
つくづくこの可憐な姿は便利なものである。
「それにしても姫。そのお歳で北ノ庄までの旅路はご苦労されたことでしょう。にもかかわらず、どうして越前までお越しいただけたのです?」
「少し、我がままを聞いてもらったのです」
「我がまま、ですか」
わたしは小さく頷く。
「この地は母上に縁の地でありますれば、大坂に参る前に一度、どうしても訪れたかったのです」
「なるほど……。然様でしたか」
すぐにも秀康は得心がいったようだった。
この越前国は現在でこそ徳川家が領しているものの、今から二十年ほど前までは朝倉家の本拠地であった。
この城に入る前にも思ったことではあるが、この新しい北ノ庄城の威容はなかなかのものである。
だが以前あった朝倉家による北ノ庄城はそれを上回る規模であり、今思い出しても銭の大盤振る舞いをしたものだと思ってしまう。
別に自慢しているわけじゃないが、あれに匹敵する城と城下町といえば、この日ノ本を見回しても、秀吉の残した大坂城か、今まさに家康が天下普請により拡張を始めた江戸城くらいのものだろう。
ともあれこの北ノ庄城は、残念ながらわたしにとって懐かしい類のものではなくなっていたというわけだ。
ちょっぴり残念ではあったけれど、まあそれはいい。
「姫のお母上殿は朝倉三葉の一葉を担われていた方で、その武勇には我が父も助けられたことがあると、以前話しておりましたよ」
「乱世なればこそ、ですね」
今は平和になったと言外に告げれば、その通りです、と秀康は意を酌んで首肯する。
この人物は武勇だけでなく、聡明でもあるのだ。
やや凡庸な嫌いのあるわたしの父親とは、やはり話していても違う。
もっとも平和といっても、徳川家が盤石の体制を敷けているかといえば、そんなことはない。
今はみんな、鳴りを潜めているがな……。
「そのお歳で親元を離れ、大坂に向かわれるはいささかならず不憫なことであるとは思いますが、これも天下安寧のため。姫には是非とも両家の橋渡しになっていただきたいものです」
「そうなれば、と思っております」
秀康はその名前からも分かるように、豊臣家と縁がある。
そのため豊臣家と徳川家の関係が良好であることを、比較的望む節があった。
「立派なお覚悟です。ですが……もう少し我がままをされてもよろしかったのでは?」
「それはいけません」
わたしはそれらく、苦笑してみせる。
「父上は此度のわたしの大坂行き、ずいぶんごねられてそれはもう説得するのが大変だったのです。そこでわたしまで嫌がってみせては……お爺様も翻意されてしまうかもしれませんから」
何だかんだで秀忠を説得するのは骨が折れたものだ。
秀忠にしろ家康にしろ、わたしのことを溺愛し過ぎてやや辟易するくらいである。
ここでわたしが嫌だと言ったら、本当に婚約破棄になっていたかもしれない。
これは生まれてこの方、人前でちょっと猫を被り過ぎてしまった結果だ。
やや反省するところではある。
「なるほど。しかし姫は本当に聡明であられますな。このような時世でなければ、我が愚息である長吉丸に嫁いでもらいたいものですよ」
半ば冗談を交えて、秀康はそんなことを言った。
長吉丸というのは秀康の長男で、史実でいうところの松平忠直だ。
色々と功罪を残すことになる人物である。
父親に劣らず才能のあった人物なのだろうが、性格には少々問題があったらしい。それも秀康が早死にしてしまうからなのかもしれない。
もし秀康の望み通りになったのであれば、今のうちから徹底的に調教……ではなく、教育してやるところなのだが。
まあこの世界ではどうなるか知れないが、そういう未来は無いだろう。
「……大坂に行かずにすむとあらば、父上などは喜ぶかもしれませんが」
「ははは。秀忠殿はお優しいゆえな」
こうして和やかに挨拶を終えたわたしは、北ノ庄城にしばし滞在することになった。
とはいえ大人しくしていたわけでもない。
わたしが越前にわざわざやってきた理由は、秀康に語ったこととは別にあったからである。






