第30話 景頼との再会(後編)
「この見てくれではあるがな」
やれやれと肩をすくめて応えてやる。
半ばわたしが色葉であると察した景頼の様子から、どうやら景頼も雪葉や朱葉がわたしを復活させようとしていたことを知っていたらしい。
景頼にわたしの正体を明かすことについて、雪葉や朱葉が特に反対しなかったのも、そういう事情からだろう。
そして景頼にしてみても、わたしがまともなひとの子でないことは先刻承知であろうから、手段はともかくとして、ひとまずは現実を受け入れようとしているといったところか。
まあわたしだって、転生できるなんて思ってもみなかったからな。
「あ、あの……」
「ん?」
「尻尾は、どうされたのですか……?」
ああ、まずはそれか。
「生まれた時からついていなかったぞ?」
生前のわたしを知る者からすれば、わたしといえば尻尾やら狐耳だろう。
景頼ら弟どもがまだ小さかった頃、あの尻尾でよく遊んでやったものではあるが。
「……申し訳ありません、姫様」
しゅん、となるのは隣の雪葉である。
「わたくしの力が足らぬばかりに……」
「準備は万全だった。単にわたしが使わなかっただけだ。そんな顔をするな」
もし、朱葉や雪葉が用意していた妖気を全て用いて生まれ変わっていたならば、当時の姿で復活できたのかもしれない。
が、あれは自分で決めたことである。
後悔は無い。
「とはいえ、景頼」
「は……はい!」
これまで以上に畏まる景頼に、わたしは苦笑する。
多分、昔を思い出しているのだろう。
「とりあえずはそういうことだ。わたしは雪葉を通して生まれ変わった。もちろん、朱葉も尽力してくれた。そしてその二人をお前は助けてくれたのだろう?」
雪葉にしてみても朱葉にしてみても、わたしのことしか考えないある意味で自分勝手な存在ではある。
何かと気苦労もあっただろうと、そう思うわけだ。
「姉上や兄上の朝倉家を守れなかったことは、断腸の思いでした。せめて、義姉上たちだけでも守らねば、それこそ姉上に合わす顔がございませぬ!」
「あれはまあ、わたしの失態だ。お前が気に病むことは無いぞ?」
「されど……」
「もう言うな。それよりもわたしの感謝を受け取ることを優先させろ。いいな?」
「……ははっ!」
相変わらず偉そうな態度のわたしに、しかし懐かしさを覚えている雰囲気を見せるのは、もはや呪いとも言えなくないな。
いやいや、わたしのかつての教育の賜物、ということにしておくか。
「そういうわけで、わたしのために働かせてやる」
うん。
感謝するとか言いながらこき使おうとしてしまうのは、いつものわたしだな。
「何なりと!」
「ん、いいぞ。つまりだ。わたしも自分自身で動きたいところではあるんだが、なにぶんこの身体だ」
復活はできたものの以前のような妖気は無い上に、幼子ときている。
これではどうしようもない。
「代わりに動いてくれ」
「それは構いませぬが……」
いったい何をさせる気なのかと疑惑に満ちた眼差しに、わたしはにんまりと笑ってみせた。
「お前、実は昌幸と懇意なんだろう?」
単刀直入にそう切り出してやる。
その言に、雪葉が意外そうな顔になった。
どうやら雪葉ですら知らなかったことらしい。
世間の風評では、武田と真田は仲が悪いことになっている。
が、そんなものは見せかけというのが、本当のところのはずだ。
「まんまと信濃を昌幸にかすめ取られた、というのが通説ではあるが、本当はお前が昌幸に信濃を譲ったんだろう。違うか?」
「――なぜ、そのように思われるのです?」
うん、冷静だな。
成長して、余計に頼もしくなったといったところか。
「まあ、昌幸を頼れと言ったのはわたしだからな。お前は堅実だ。無理はしない……ことも無いが、基本的にはそうだろう」
高遠城での戦いを思い出して苦笑しつつ、そう告げてやる。
「わたしが死んだ後、なかなか苦労したことだろうが、あの時のお前では甲斐、信濃、駿河は手に余ったんじゃないか?」
当時は景頼に、わたしは武田の遺領を全て任せていた。
甲斐や信濃、駿河に遠江半国がそうである。
だがあれらの国々は戦乱のせいで疲弊していて、統治は難しかったはずだ。
朝倉家が健在ならばその経済力をもってどうとでもなったのだろうが、しかし滅んでしまった以上、自前の経済力でどうにかしなければならない。
「頭のいい景頼のことだ。昌幸と謀って一芝居打ったんだろう。手に余る信濃を昌幸に譲り、敵対するとみせかけて秀吉と家康の代理戦争を演出し、どちらにも価値あることをみせて、存続を図ったといったところか」
うまく立ち回ったものである。
「……駿河や遠江は失いました。面目ありません」
「甲斐一国でも死守したのなら、褒めてやるとも」
秀吉方についた昌幸は所領を安堵されたのはまあ当然として、当初家康方についた景頼が減封されたのはやむを得ないことだろう。
それでも甲斐一国を残せたのだから、わたしとしては言うことはない。
それに身の程を知る者は、長生きできる。
わたしとは正反対で、だからこそ頼りになるというものだ。
「さて、それでこれからの話だ」
前置きが長くなったが、肝心な話はここからである。
「今回の上杉征伐。お前はどう見る?」
「……上杉強しとはいえ、政略を誤ったかと」
「ん、そうだな。わたしもそう思う。だがな、景頼。今回の上杉家はどうもきな臭い」
「今回……?」
「ん、ああ、いやいや。それは気にするな」
史実と比べて、という意味でつい使ってしまったが、さすがにそこまでの説明をする気はない。
適当に誤魔化して、先を続ける。
「表面上は上杉の失策のような気もするが、どうもその手の内のような気もしてならない。早い話、徳川が危うい気がする」
「それは……。されど今の時世において、徳川様に敵う者などおりましょうか」
「単体ではな。だが敵は一人じゃないぞ?」
今の徳川家というか、家康は、天下をひっくり返すために奔走している真っただ中である。
最初の条件である秀吉の死。
そして最大の条件である関ヶ原での勝利。
これが達成されるまでは、右に転ぶとも左に転ぶとも分からない情勢なのである。
「で、だ。昌幸にそれを渡せ」
わたしが顎をしゃくると、朱葉が手にしていた書状を景頼へと手渡してくれた。
「これは」
「昌幸への手紙だ。ああ、中身は見るなよ? 昌幸のあんなことやこんなことを書き連ねておいたから、見られた相手は生かしておかないかもしれないからな?」
にやり、と笑ってやる。
昌幸との付き合いも長い。
あの男の弱味の一つや二つ、容易に思いつくというものだ。
「はあ……」
「その上で、わたしの復活を教えてやれ。信じるかどうかは知らんが、その手紙はその材料のひとつにしか過ぎん。うまく使うことだ」
「承知しましたが……されど、それだけでよろしいのですか?」
「ん、そうだな」
賢い昌幸のことだ。
わたしが秀忠の娘をやっていることを知れば、自然、色々と考えることになるだろう。
戦国時代であれば、例え血縁者であっても相争うのが常ではあるが、それでも昌幸がわたしを敵とする気があるかどうか、だな。
「基本、好きにしろと言ってやれ。わたしは構わない。だが、間違えてはならないところは間違えるな、ともな」
曖昧な言い方をしたが、これはつまり、今後もし我が父と直接戦うようなことがあっても、負かすのはいいが討ち取ったりはしてくれるなよ、という要請である。
まあ警告だか脅迫だかとして受け取るかもしれないが、わたしからすれば何でもいい。
昌幸に絶対に徳川を裏切るなと言ってやれば、関ヶ原での優位は間違いなくなるものの、それもどうかと思うのだ。
雪葉や秀忠、その他身内の者は守ってやりたいとは思うものの、徳川家自体がどうなろうが知ったことではないし、それは家康の責任でもある。
まあ、だからといって上杉が増長するのは気に入らないが、少なくとも今のわたしではどうしようもないしな。
とりあえずは周辺の者が無事ならばそれでいい。
わたしも甘くなったものだがな。
「そういうわけだから、頼むぞ?」
「ははっ」
よしよし。
我が父上のことは、これで良し、と。
史実でも死ななかったし、まあ大丈夫だろう。
お次はあの男だな。






