第31話 長政との密談
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七月に入ってからのわたしは、実に忙しい。
貞宗からあれこれ情報を得たり、ひとに会ったり。
なにぶん身体がこれなので、疲れやすいのも欠点だった。
早く成長したいものである。
先ほどは景頼に会ったが、今日会うのは別の者だ。
ちなみに面識は無く、初めて会う相手である。
名を黒田長政、という。
「お初にお目にかかります」
今回は貞宗こと天海が、長政と会う時間を作った際に強引にわたしが割り込んだ、という形を取った。
なのでここには貞宗とわたし、長政しかいない。
その長政は本来いるはずのないわたしの存在に、やや面食らっている感じではあったが。
「どうぞ、お顔をお上げ下さい」
初見の相手なので、丁寧に話すことにする。
もっとも三歳児がいきなり流暢に話し始めたことに、これまた驚いたようだったが。
「千、と申します。以後、お見知り置きを」
「は……」
まあ戸惑うのも当然か。
黒田長政。
生まれは永禄十一年で、景頼よりもいくらか若い。
あの黒田官兵衛こと黒田孝高、現在では黒田如水と名乗っている男の嫡男である。
本当は孝高に会いたかったが、あれは今、豊前国に戻っているはずだ。
長政は正室であった蜂須賀正勝の娘・糸姫と離別してまで、家康の養女を新たな正室として迎えている。
それだけ積極的に家康に接近しているともいえ、今回の上杉征伐にも当然従軍していた。
「黒田様に、お願いがあるのです」
「それがしに、でございますか?」
「はい」
長政にしてみれば、訳が分からないだろう。
貞宗との会談のはずが、実際にはこのわたしと話す羽目になったのだから。
「……不思議に思われるかもしれませぬが、千姫様たってのお願いであります。少し、耳を傾けてはくれませぬか」
貞宗にもそう言われ、長政としては頷く他無い。
例え冗談の類であったとしても、わたしは家康の世継ぎである秀忠の娘である。
家康の養女を娶ってまで徳川に接近した長政にしてみれば、疎かにできようはずもないのだ。
そういうわけなので、多少なりとも強引に話を進めることにする。
「わたしは此度の戦、とても心配しているのです」
「それは……無理からぬことではありますが」
子供が戦を恐れ、不安に思うことは当然である。
だがわたしほどの歳であれば、そもそも戦が何であるかすら、まともに理解できる歳ではない。
長政は戸惑うばかりである。
「ですが、内府殿はお強い。さらに我らも加勢するのです。であれば敗北はあり得ぬかと心得ますが」
「上杉を相手にするだけならば、そうでしょう。ですが敵は上杉様ばかりではありません」
「それは、如何なる……?」
「背後にも敵はいるのです」
「!」
顔を見れば分かる、というやつだ。
これを戯言と受け取らなかったあたり、やはり長政も父に似て優秀である。
あるいは以前からその可能性を考えていたのか。
「恐らく大坂城では、すでに不穏な企みが進められていることでしょう。遅かれ早かれ、挙兵の報が届くはずです。この日ノ本は二つに分かれます。東と、西に。そして北にも上杉という敵を作ってしまったお爺様は、当然不利な状況に追い込まれてしまいます」
「挟撃……されると仰せか」
「はい」
恐らく、だけどな。
史実通りに事が進めば、そうなる。
「これとまともに戦えば、勝敗は知れません。事前の準備が肝要です」
「お、お待ちを……!」
さすがに困惑した様子で、長政は目を白黒させた。
「い、いったい何者が挙兵すると言われるのですか」
「……ん、あなたの大嫌いな相手ですよ」
「――石田治部!」
にんまりと微笑んで、わたしは肯定を示した。
しかしこういう口調やら話し方、仕草は実に肩が凝る。
控えている貞宗などは何も言わないが、わたしの芝居にいったい何を思っているやら。
どうせいつもの如く、無礼なことでも考えているのだろう。
ああ、けしからん。
「確かにその可能性は……! さ、されど、石田治部は佐和山にて隠居となったはず。挙兵したとしても、如何ほどの兵が集まるものか……」
「大坂城、と申し上げたはずです」
「大坂城……?」
「お爺様に反感を持つ諸大名が、石田様の挙兵を合図にして大坂に集結することでしょう。残念ながらお爺様は、上杉様を初めとして他の大老方と、さほど仲がよろしいわけでもないようですから」
それだけで、誰が三成に追従するか長政にも察せられたことだろう。
例えば毛利輝元。
例えば宇喜多秀家。
他にも色々と思い当たる人物はいるはずだ。
「それがまことならば由々しきこと……!」
「されば」
慌てる長政に対し、わたしは努めてゆっくりと、言い含めるように口を開く。
「……さればこそ、黒田様にお願いしたいのです。大坂の賊軍は、数において侮れませぬが、その実は烏合の衆。これを切り崩すことは容易かと思うのです」
「調略せよ、と?」
「はい。竹中重門様や小早川秀秋様、吉川広家様……このあたりがよろしいかと思います」
具体的な名が出たことに、さらに長政は顔をひきつらせた。
……実のところ、恐らく放っておいても長政はこれらの諸将に対し、調略を行ってこれを成功させることだろう。
小早川秀秋の裏切りなどは、後世でも有名なくらいだ。
だから何もしなくても良かったのかもしれない。
そして長政が今挙げた諸将を首尾よく調略したとしても、それは長政の手柄である。
だが事前にわたしが言えば、長政はわたしの影響を無視できなくなるに違いない。
ある意味で、手柄の横取りではあるが、そんなことはどうでもいい。
要は長政がわたしに対してどう思うか、である。
単純に警戒するか、それとも……。
「……にわかには信じられませぬが、なるほど今が石田治部にとって、千載一遇の好機であることは理解できます」
「信じる信じないは、黒田様にお任せします」
「……ですが、これが真実であるのならば、内府殿はそのことを……?」
「お爺様が承知されているかどうかは、わたしも知りませぬ」
「ならばなにゆえ真っ先にお伝えせぬのか」
「確証が無いからですよ」
わたしが今言ったことは、憶測の類だ。確たる証拠があるわけでもないのである。
「これはわたしの不安が生んだ、妄想の類かもしれません。子供の戯言かもしれません。そのようなことで、お爺様を煩わせるわけにはいかないのです」
「それは……そうではありますが」
「ですが、放ってはおけません。だからこそ、黒田様にお願いするのです」
確証の無いことだからこそ、内密に動いて欲しい――そのように、長政には伝わったことだろう。
一応、筋は通っているはずだ。
「……そこまで仰せならば、個人的に上方の様子を探らせますが。されど、一つお教えを」
「なんでしょう」
「なにゆえに、それがしにそれを頼もうと思われたのです?」
その問いかけに。
わたしはつい笑ってしまった。
仮面をかぶった愛想のいい微笑ではなく。
生前のわたしが良く見せた、あの笑みである。
意図してやったわけではなく、長政がびくりと震えたのを鏡にして、ああやってしまったと気づいただけなのだが。
化けの皮が剝がれるとはこのことだ。
やれやれ、である。
「……もしこの場に黒田如水様がいらっしゃったら、迷うことなくお伝えしていたからです」
「父を、ですか」
「はい。ここにおられぬのがとても残念でなりません」
孝高ならこの情勢をどう見ていただろうか。
存外気づいていたのかもしれない。
国許に戻ったのも、だからこそではないかと邪推してしまう。
孝高は大戦の勃発を予感し、その隙に九州一帯を手中に収め、新たな独立勢力として割拠する――後世の俗説の一つではあるが、あの男ならばそれをやってのけても不思議ではないと、あれを良く知るわたしなどは思うのだ。
ここで家康が敗れれば、まさに孝高の思う壺だろう。
だがそんなことをわたしが許すと思うのか、である。
ここは是が非でも史実通り、家康に勝ってもらう。
そして長政には大いに戦功を上げさせ、皮肉な結果を孝高に与えてやろうというのだ。
「父を、ご存知なのですか……?」
わたしが生まれた頃、伏見にいたから出会う機会はあったのかもしれない。
だが残念ながら、そういう機会には恵まれなかった。
とはいえ、十分に知り得た相手でもある。
「……ん、もし生き残れたならば、朝倉色葉に会った、とそうお伝えを。きっと分かって下さることでしょう」
こんなものは、ちょっとした悪戯の類だ。
孝高はわたしが死んだ本能寺の変に関わっていたかもしれない相手である。
別段確たる遺恨はないけれど、思うところはある。
そもそも孝高のやつ、わたしではなく秀吉を選んで結果的にあれを天下人にしてしまった。
ある意味ではわたしは孝高に負けたのだ。
それは認めてやる。
でもこれくらいの意趣返しはさせろというものだ。
始終困惑しっぱなしであった長政であったが、とりあえずはわたしの要請を承諾して退出していった。
仮に関ヶ原の戦いへと流れが進んだとしても、長政の働きである程度は東軍優位に進むだろう。
「……しかし、よろしかったのですか?」
二人きりになった後、そう念を押してきたのは貞宗だった。
「わたしの正体を悟らせるようなことしたことか?」
「はい」
「黙っていても良かったんだが、もしここに孝高の奴がいたなら、自身の正体を明かしてでも本能寺のことを問い詰めていただろうな。そんな機会がこの先あるかどうか分からない。だからつい……な」
史実通りならば、孝高は慶長九年には死ぬことになる。
あと四年足らず。
それはそれで、寂しいことだ。
「ああそうだ、貞宗」
「はい」
「孝高のことだ。もし本当にあれが本能寺の変の仕掛け人だったならば、わたしの復活を知って恐れ、刺客でも放ってくるかもしれない。今度はちゃんと守るんだぞ?」
「やれやれ、ですな」
「やれやれって言うな」
やっぱり無礼な奴である。






