一話
「あー……本日もご視聴ありがとうございました。チャンネル登録、高評価、よろしくお願いします……」
深夜1時。自室のPC前で、日向駆――VTuber『ヒューガ』は、重い溜息とともに配信終了ボタンを押した。
画面に表示された本日の最大同時接続者数:4人。
うち1人は間違いなく自分(動作確認用の別タブ)なので、実質3人である。
「3人か……。まあ、先週の『2人(うち1人は荒らしbot)』よりはマシか」
ヒューガのアバターは、黒髪に少し癖のある、どこにでもいそうな青年の2Dモデル。自作のモデルで、特別豪華なパーツもなければ、派手な演出もない。
駆はごく普通の大学生だ。幼い頃から周りのボケを放置できず、友人の下らない発言に即座にツッコミを入れてしまう「重度のツッコミ体質」ではあったが、別にお笑いのプロを目指しているわけでもない。ただゲームが好きで、喋りながらプレイするのが楽しそうだからと、個人勢VTuberとして活動を始めたに過ぎなかった。
「ふぅ……ハーブティーでも淹れて寝るか」
駆はヘッドセットを首にかけ、キッチンへ向かおうとした。
その時である。
『ピコン!』
デスクトップ通知の音が鳴った。
ゲーマー向け通話アプリ『Discord』の通知だ。見ると、以前参加した「個人V・配信者交流サーバー」のボイスチャンネルに、誰かが入ってきた通知だった。
「ん? こんな時間に誰だろ……」
駆は軽い気持ちでボイスチャンネルに接続した。
それが、すべての運命を狂わせる一歩だとは知らずに。
『……あ、もしもし〜? 誰かいますか〜?』
ヘッドセットから聞こえてきたのは、鈴を転がすような、あまりにも透き通った可愛らしい声だった。
どこかで聞き覚えのある声。いや、VTuber好きなら聴いたことがないはずがない声だ。
(……は? 天宮ミルク……??)
天宮ミルク。
超大手VTuber事務所『ライブプロダクション』所属のトップVTuber。チャンネル登録者数は120万人を超え、その可憐な見た目と——それ以上に常軌を逸したド天然・ポンコツぶりで知られる超有名Vだ。
なんでそんな超大物が、底辺Vの集まる雑多サーバーのボイスチャットにいるんだ?
「あ、あの……こんばんは。ヒューガと申しますけど……天宮さん、ですよね? 部屋、間違えてませんか?」
『ふえ? あ、やっぱり誰かいた〜! よかった〜! 実はですね、配信の枠立てようと思ったらPCが爆発しちゃって〜!』
「爆発!?」
駆は思わず素で叫んだ。
「爆発って何!? 煙出てるの!? 物理的に火が出てるなら今すぐコンセント抜いて避難して!!」
『え? あ、違いますよ〜? なんか画面が青くなって“100%になるまで待ってね”って出て、そのあと黒くなっちゃったんです!』
「ブルースクリーンからのブラックアウトじゃねーか! 物理爆発じゃねえよ! 脅かすな!!」
気づけば、駆のツッコミセンサーが限界突破で起動していた。
プロの芸人でもなんでもない。ただのツッコミ体質大学生の本能が、放置できないボケに反応してしまったのだ。
『えへへ、びっくりさせちゃいました? でも大丈夫です! 予備のノートPCに切り替えたので! それでですね、本当は今から“マインクラフトで家を作る配信”をする予定だったんですけど、ワールドのデータが入ってるSSDがメインPCの中にあって、入れないんです〜』
「あー……それは災難ですね。じゃあ今日は配信休みにして、明日データ移行するか……」
『だから、急遽“リアルで家を建てる配信”に切り替えようと思って!』
「なんでだよ!!!!」
駆の叫びが部屋に木霊した。
「なんでデジタルで家建てられないからって、深夜1時にリアルで大工仕事始めようとするんだよ! 騒音被害で警察来ろ! ていうか資材どうすんだよホームセンター開いてねえよ!!」
『え〜、お庭の木を倒せば丸太が手に入るかなって……』
「原人かお前は!! マイクラの知識を現実に持ち込むな!! お前の握力じゃ木は倒れん!!」
『あはは、ヒューガさんってお話面白いですね〜! あ、そうだ! 今、配信画面の設定してるんですけど、キャプチャボードの出力がうまくいかなくて……ヒューガさん、画面共有見てもらってもいいですか?』
「あ、はい。画面共有ですね」
駆は深く息を整え、画面共有のウィンドウを開いた。
……そこで、駆の血の気が引いた。
天宮ミルクの画面共有に映っていたのは、配信ソフト『OBS』の画面。
そして、そこには赤く点灯する『配信中』の文字。
さらに、右側に流れるチャット欄の速度は、まるで弾丸のようだった。
【????????】
【誰この声の男wwwwwwwww】
【ツッコミのキレ凄すぎて草wwwwww】
【リアルで家建てるは草】
【原人かお前はwwwwwwww】
【ミルクちゃんの天然を100%拾えてる新人が現れたwww】
「……あの、天宮さん」
『はい〜?』
「これ……Discordの音、配信に乗って……ますよね?」
『ふえ? あっ! やだ〜! マイクのテストのつもりで配信開始ボタン押してました〜〜〜っ!?』
「押しとるやないかい!!!!」
現在、同時接続者数:85,000人。
超大手Vの誤配信事故という絶望的な状況の中で、一般人底辺V・ヒューガの叫びが、8万5千人のリスナーの腹筋を破壊していた。




