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第64章 伯爵令嬢の正体(エルリック視点)


「わかっているよ、未来の弟君(・・・・・)。俺にとっても一番の女性は妻だからな。

 それにしても、義兄上かぁ〜、いい響きだなあ。俺、一度そう呼んでもらいたかったんだよな」


「あら、私がいつも呼んでいるではないですか」


「もちろん可愛いお前から兄様(・・)と呼ばれるのは最高に嬉しいのだが、兄上は一味違うんだよ」


「そんなものなのですか?」


 コテッと小首を傾げたクリスタル嬢があまりにも可愛らしくて、僕は彼女の腰に手を回して引き寄せると、その桃色の頬にキスをした。

 

「「「きゃ〜!」」」


 という悲鳴がホール中に響き渡った。

 しかし、やがてそれが収まると、今度はシーンと静まり返った。そして、目の前の集団の関係性にようやく気付いたのか、皆絶句していた。


「クリス」


「義兄上」


「未来の弟君」


「兄様」


 その呼びかけにまず疑問を抱いた者達が、彼らを改めて観察して気付いたのだろう。

 色目は違うが、スイショーグ辺境伯家の三人の令息達とクリスタル嬢の顔立ちがよく似ていることに。

 

「あの、皆様の関係は……」


 一人のご令嬢が恐る恐るルビア嬢にこう訊ねた。すると彼女は事も無げに簡潔に


「兄妹よ」


 と答えた。


「でも、あの方はオイルスト帝国のロングス伯爵令嬢ではないのですか? もしかして養女に行かれたのですか?」


 まあ、そう思うよね。


「クリスの本名はクリスタル=スイショーグ。辺境伯家のご令嬢よ。

 彼女は留学先のオイルスト帝国の学園を首席で卒業した才媛でね、しかも正式な騎士でもあるの。

 私の護衛をするためにわざわざ帰ってきてくれたのよ。

 その際秘密裏に護衛する必要があったために、王家の命令で身分を偽ったのよ。

 だけど勘違いしないでね。クリスとエルリック様が婚約者同士というのは本当のことだから。

 王命だということも事実だけれど、彼らは本当に愛し合っていて、政略的な結婚なんかじゃないのよ。

 エルリック様は私の大切な幼なじみで、クリスは私の最も大切な親友なの。私は二人の幸せを誰よりも望んでいるのよ」


 ルビア嬢のその淡々とした話し方が余計に彼女の怒りを表しているようで、それを聞いた件のご令嬢達はただただ青ざめて震えていた。

 自分達が何をやらかしたのかようやく理解したようだが、それでも反省する気はないのか、謝罪の言葉を口にする者は現れない。

 勝手に誤解や勘違いをして、あることないことでクリスタル嬢を責め、罵り、貶めてきたというのに。

 僕が呆れて深いため息を吐くと、彼女達はビクッと肩を揺らした。

 そこへガイル卿が、一番最初に婚約解消を求めてきたご令嬢の隣にいた、騎士服の青年に向かってこう言った。


「俺達の大切なたった一人の妹を侮蔑し、陥れようとした人間のことは絶対に許せない。

 申し訳ないけれど、君達の結婚には賛成しかねるから、神殿に公示をされたら異議申し立てをさせてもらうよ」


 すると、その青年は驚くこともなく平然とこう答えた。


「ガイル副団長にそんなお手数をおかけするつもりはありません。今日をもって彼女とは婚約を解消しますから」


 その言葉を聞いて子爵令嬢は悲鳴を上げた。


「婚約解消なんてどうしてそんなことをおっしゃるのですか?」


「ガイル副団長からは、妹君がどんなに素晴らしい方なのか、その話はよく伺っていた。

 ルビア嬢を何度も暴漢から守った素晴らしい護衛だということもね。

 そんな方を陥れるような真似をした最低な女性を、騎士道を重んじる我が家が迎え入れることはできない。

 正義感に溢れてしっかり者で、我が家に相応しい女性だと思っていたのに残念だよ。

 せめて自分の過ちに気付いて素直に謝罪ができていたなら、まだ考える余地もあったのだが」


 そう。

 彼女に婚約解消を求めてきた者達は、そのほとんどが婚約者や恋人がいた。それなのに平気で人の婚約を壊そうとしていた。信じられない。

 それでも優しいクリスタル嬢は、彼女達に反省と謝罪するための時間をたっぷりと与えていたのだ。特に一人きりでぶつかってきたご令嬢達にはね。

 でもそれを無駄にしたのは彼女達自身だったのだ。




 クリスタル嬢を呼び出して婚約解消を求めてきたご令嬢達は、その後全員相手方から婚約を破棄されたり、別れを告げられた。

 王家に楯突くようなご令嬢を嫁に迎え入れようと思う家があるわけがない。

 そして皆学園を辞め、家からも出された。ただし、その先は人それぞれだった。後妻や問題のある家に嫁がされた者、修道院へ送られた者、市井で働くことになった者と。


 因みに僕の婚約者を脅したことで騎士団に取り調べられた、アネモネ嬢とアイリス嬢は今、犯罪者が働く採掘場で働いている。そこを出られる日が一体いつになるのか、それは定かではない。

 しかし、その懲罰刑は当然脅迫に対する刑罰ではない。そもそもその罪は、数日取り調べを受けた後に賠償金を支払って済んだのだから。

 それ故に、労働刑に処されたのは別件だった。


 二人はすぐに釈放されたとはいえ、公の場で断罪され、婚約破棄され、一歩間違えれば不敬罪になってもおかしくないことをしでかしたのだ。

 そんな娘を親が許すわけもなく、二人は共に家から放り出されてしまった。

 そして目的もなく街をただうろついているときに偶然二人は出会ったのだ。


 彼女達はそれほど親しい間柄ではなかったようだが、元々僕のファンで挨拶くらいは交わす間柄だったということで、共に暮らすことにしたらしい。

 そのまま食堂で真面目に働いていれば、それなりに暮らしていけただろう。

 しかし、彼女達は共に前を向かず、過去を振り返ってばかりいたようだ。

 なぜこうなった。何が悪かった。誰が悪かったのかと。


 当然彼女達が一番恨みに思ったのクリスタル嬢だったらしい。

 しかし、今さら過ぎるのだが、僕の婚約者が凄腕の剣士だと知って、彼女に手を出すのは早々に諦めたらしい。もちろん彼女の兄達のことはなおさらだった。

 ところがスイショーグ家への恨みはどうしても消えなかったようだ。

 そもそもクリスタル嬢の存在を隠していたから、自分達はあんな無謀で愚かなことをしでかしたのだ。

 彼女のことを公表していれば、彼女に嫌がらせや脅しなど絶対にしなかったのに。そう思ったらしい。


 とはいいえ、辺境伯にただの平民女が太刀打ちできるはずはない。だからほんの少しだけ腹いせがしたかっただけらしい。

 なにせ彼女達が何をしたかといえば、軍事パレードが催されたとき、食堂の二階のテラスから猫を二匹、騎乗していた辺境伯の頭上にわざと落としただけ、そう、それだけだったのだから。

 ちょっと驚かせようとしただけらしい。

 彼女達は成績だけは良かったというが、本当に後先を考えられない、自分の感情のまま行動するタイプの人間だったらしい。


 二匹の猫は辺境伯には当たらなかったが、彼を乗せていた馬の上に、空中回転しながら着地した。

 そして必死にたてがみと尻尾にしがみついたので、馬が驚いて後ろ足で立ち上がったのだ。

 馬はデリケートな生き物だ。そりゃあ驚いただろう。

 しかし、騎士たるもの、本来ならどんな時でも冷静に速やかに態勢を整え、馬の手綱を操るべきだった。

 しかし、前辺境伯閣下(・・・・・・)は普段ほとんど訓練などしていなかったために、見事に落馬してしまった。

 すぐそばにいた歩兵の騎士に、すぐさま馬が取り押さえられたから良かったものの、一歩間違えれば往来にいた見物客が大勢大怪我を負っていたことだろう。

 

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