第65章 元辺境伯夫妻の現状(クリスタル視点)
「クリス、お義兄様の具合はどうなのかしら?」
「相変わらずベッドの上のようです。なるべく早く体を動かした方が治りは良くなるらしいのですが、本人がやりたがらないようです。
このままだと寝たきりは間違いないですね」
「発破をかけに行ったらどうなの? 一度も見舞いに行っていないのでしょう?」
「来るなと言われていますから。それに私を見たら血圧が上がるでしょうから行かない方がいいと思います」
「でも、子供達が誰一人行かないのも寂しがるのではないかしら?
ガイル達が一声かければ嫌々でもベッドから出るのではなくて?」
「兄達は全員超多忙なので、そんな時間はないと思います。特にガイル兄様は辺境伯としてこれまでのやり方を一新しなくてはならないので、いくら同じ領内にいたとしても、足を運ぶ余裕なんてないと思います。
それに父は寂しくなんてないと思いますよ。むしろ、一人静かに過ごしたいと思っているのではないでしょうか」
私は思わず笑いたくなって、普段使ったこともない扇子で口元を隠した。
すると王妃殿下が察したようで、目を細めてこう言った。
「お姉様が騒いでいて煩いから、寂しくはないということね? たしかに、賑やかで楽しそうでなによりだわ。
つまらない心配をしてしまったわ。
でも、そうはいっても、もしお姉様がいなくなったら寂しくなるのではなくて?」
「馬車がないので、母が一人で出かけることは不可能だと思います。草原の中の一軒家ですから、徒歩では人の居る場所へは到底辿り着きませんからね。
まあ、父がリハビリをして体を元に戻すことができれば、二人でそこから出られるでしょう。別に監禁しているわけではありませんから。
毎日通いの者が食事や薬、日用品だけは届けていますので、一応生存は確認できています。ご心配ありがとうございます」
冷たい娘だなと自分でも思う。けれど、どうしてもあの人達を親とは思えないのだ。血の繋がったただの他人。愛情どころか憎しみや関心さえまるでないのだ。
「これまでほとんど接触がないのだから、それも仕方ない。気にするな。俺達が彼らに相応しい生活をちゃんと送らせてやるから心配するな」
と兄達にも言われたので気にしないことにしたのだ。
ただ今回、私にとっても良かったと思うことがいくつかある。その一つが兄達が自ら手を汚さずとも世代交代ができたこと。
そしてもう一つは両親が私を疎んじた理由がはっきりしたことだった。まあ、薄々は分かっていたけれど。
父が私を嫌っていたのは、やはり私の黒髪が原因だった。
「やっぱりあいつは魔女の末裔だった。あいつのせいで私は無関係の人間から恨みを買ってこんな目に遭ってしまったんだからな」
と、騎士団の病院で叫び、病院関係者や入院患者、そして見舞い客の顰蹙を買っていたのを目の当たりにしたのだ。
そもそもろくに訓練もしないで王都で社交や賭け事ばかりに熱中していた父は、騎士達の間では軽蔑されていたのだ。
それが今回、馬が少し驚いて騒いだぐらいで落馬して怪我をしたのだ。辺境騎士団の団長ともあろう者が。この国の騎士の恥さらしだと誰もが思ったことだろう。
その上辺境伯は、怪我をしたその原因が自分の娘だと言っているのだから、呆れてものが言えないと皆思ったようだ。
娘の育児を放棄していたという話は、すでに世間に広まっていたし。
しかも娘を隠していた理由が単に黒髪だったからという、旧態依然の言い伝えによるものだったので、尚さら皆を呆れさせ、怒りを買ったのだ。
王都にだってたくさんの黒髪の人間がいるのだから。その発言によって嫌な思いをする人間が存在するのだという、そんな当たり前のことさえ思い至らなかったらしい。
まあ、怒りとショックと痛みでパニックになっていて、つい本音が漏れたのだろうが。
そしては母が私を嫌っていた理由も、やはり黒髪のせいだった。しかし、父とは全くその意味合いが違っていた。
言い伝えとは全く関係なく、実家のコックヨーク伯爵家を嫌っていたので、その特徴である黒髪を嫌っていたのだ。
コックヨーク伯爵家は建国当時から学問に重きを置く家で、とにかく教育熱心だった。それは男女関係なくだった。
そしてその教育方針は未だに変わっていない。
ところが母は勉強が嫌いだった。マナー教育やダンス、そして習い事はそれなりに真面目にやっていたかそうだが、いわゆるお勉強は大嫌いだったらしい。
「女がそんなものを学んで何になるの。どうせ何か新しいことを発見したって、自分の手柄になんかならないじゃない。
女の名前じゃ世間では認めてくれないのだから。馬鹿らしいわ」
そう母は言って、女には学問などいらないと主張し、家では一切勉強をしなかったと言う。
まあ、母の言うことにも一理あるような気もしたが、母の妹である王妃殿下は、その不合理を正そうと努力し、母はそれを拒否したのだ。
ところがそうはいっても、母はやはりコックヨーク家の娘であったために地頭は良かったらしく、授業を聞いているだけでもほとんど内容を理解できていたらしい。
そのために試験の結果では毎回ギリギリだったがなんとか合格点を取り、落第することなく学園を卒業したようだ。
まあ、もしそうでなかったら、息子がいくら妻にしたいと望んだとしても、辺境伯だった祖父は母を受け入れなかったただろう。
両親は共に新しいことを嫌う保守的な考えの持ち主だったので、きっと気が合ったのだろう。二人はこれまで、ことごとく王妃殿下の改革に反対してきた。
特に法律改正に関しては、反対派の代表者だった。
どんなに努力をしても報われないとわかっているのに、それを強制してくる父親と兄、そしてそんな二人の言うことをちゃんと聞いて真面目に勉強をする妹のことが、母は大嫌いだったらしい。
だからこそ母は、王妃殿下に逆らってきたのだろう。
母は自分の父親と兄と同じ色を持つ娘の私のことを嫌っていた。
でも、もしかしたら、私が男だったら、今と同じ黒髪でもこれほどまでに嫌うことは無かったのかもしれない。
これは私の想像だ。でももしかしたら母は
「優秀だと世間で名高い父親や兄と同じ色をしていたって、どうせ女じゃ世間には認められない。女に産んでしまっててごめんね」
そんな気持ちがあって、私と接するのを嫌がっていたのかもしれない。
でももしそうだったのなら、私から目を逸らすのではなく、王妃殿下と手を取り合って世間と戦って欲しかったと思うけれど。
だって、本当に女性にも王位継承権が与えられることになったのだもの。間もなく王族以外の女性の権利も徐々に認められるようになっていくと思うわ。
父と母が隠居した後、保守派の結束があっという間に崩れたのだ。それは王妃殿下や宰相閣下、ギラバス卿、そして兄様達の水面下の働きによるものなのだろう。
もちろん、国王陛下や王太子殿下のラストスパートの力も大きかったのだと思うけれど。




