吉祥院先輩と夢の話
主人公が少し成長したのを感じて頂ければ幸いです。
「あっ」
「ん?あぁ、君は確か……」
また会っちゃたなぁと、少し前の自分を呪いたくなった。
話は少し前に遡る。
神楽学園では現実の高校と同じように年に五回テストがある。中間が二回と期末が三回。今回は一学期末テストが間近に迫っていた。そこでお互いに苦手科目をカバーしあえる私達は勉強会を美羽ちゃんの部屋ですることになったのだけど、煮詰まってしまった私は休憩と称して中庭を一人ぶらつくことにした。ちなみに私の得意科目は国語で苦手科目は超能学だ。だって超能学とか今まで必要なかったもん。
自販機で買った紙パックのりんごジュースを片手にふらついていると、お昼にたまに利用する大きな木が見えてそこに座ろうと歩を進める。あそこ木陰になってこの時期には涼しいんだよなーなんて考えながら近づくと、木にもたれ掛かりながら本を読んでいる男子生徒を見つけた。
それが何を隠そう会いたくない人TOP3に入る吉祥院叶人先輩だったのだ。
思わず出した声に少し後悔して、だけどもう引き下がれないと挨拶をした。
「こんにちは、吉祥院先輩」
「うん、こんにちは。鈴木玲奈さんだよね?」
「はい。覚えてくださってたんですね」
全然嬉しくないけど。そう思いながらも笑顔を取り繕ってなるべく丁寧な言葉で返す。だって何かして怒らせたら私死んじゃう。この間少し喋って思ってたより優しそうだとは思ったけど、それはあくまで思ってたよりだからまだまだ油断できない。
そんな私の考えを読んだように吉祥院先輩は苦笑した。
「僕そんなに怖いかなぁ?」
「いえ、そんな…………」
しまった。これじゃそうだと言ってるようなもんじゃん。
慌てて優しそうに見えますだとか色々付け足す私を見て先輩は更に笑う。あぁもう、どうしてこうもうまくいかないの。
「立ってるのもなんでしょ。ここ座ったら?」
「あ……りがとうございます?」
「どういたしまして」
えぇ。なんでこうなっちゃったかなぁ。
左手でぎりぎりまでスカートを抑えて吉祥院先輩から少し離れて座る。その際ちょっと力を入れすぎたのか右手に持った紙パックがぺこっと鳴った。
「それ美味しいよね」
「え?あ、これですか?」
「うん。僕もそれよく飲むんだ」
「そうなんですか。ちょっと意外です」
「そう?鈴木さんの中で僕ってどんなの飲んでるの?」
「んー……。ブラックコーヒーとか」
吉祥院先輩って毎朝新聞読みながらコーヒーとか飲んでそう。
「うっそ、無理だよ僕。苦いのダメだから」
「え!?」
「なんでそんなに驚くかな」
先輩苦いのダメなんですか……。そう思ったらイメージがガラッと変わって少し幼く思えた。うん、ちょっと怖くなくなったかも。
「だって先輩ってコーヒー片手に新聞とか読んでそうじゃないですか」
「それはするけど」
「するんだ」
あ、しまった。思わず馴れ馴れしく返しちゃった言葉に慌てて謝る。
「ごめんなさい」
「敬語ならいいのに。自然体でいてくれた方が僕は嬉しいよ」
そのあまりにも綺麗な笑顔に不覚にもときめいてしまいそうだった。
確か吉祥院先輩は自分を能力者として見ず恐れない主人公を好きになっていくはずだから、私はとにかく丁寧に喋り続けた方がよさそうだ。そもそも超能力を怖がらないとか一般人の私には無理なんだけど。
「でも先輩は先輩ですから。敬語の方が喋りやすいです」
「そっか」
「……えっと、さっきまで読んでた本はなんですか?」
話題を必死に探して出たのがそれだった。
「これのことかな?」
「はい」
「これはね、"夢追い人"だよ。ひたすらにただ夢を追いかける話」
「夢、ですか。素敵ですね」
私なんて追いかける夢もないやと素直に感心したら、吉祥院先輩は少し驚いた顔で私を見る。
「素敵だと思うかい?」
「え?あ、はい」
「夢の為には手段を厭わなくても?」
「それは……うーん、よくわかりません。私自身確かな夢を持ったことがないので気持ちがわからないんです。だからなんとも言えません」
「そう。そんな回答は初めてだよ」
本の表紙を愛しそうに長い指で撫でる姿は、見たことはないけどスチルにあったかなぁと考えるほどに綺麗だった。吉祥院先輩ってちょっと女性らしい色気があるよね。羨ましい。
「僕にも夢があるんだ」
「え?」
なんだ突然。というか待って。なんかこれ以上聞くとダメな気がする。
「元は父の夢でね、父は昔から死んだら僕に託すと言って笑っていたよ。僕の名前は叶人と言うんだけど、叶える人だなんて父の夢に対する想いに笑ってしまうだろう?……だからこそ僕は何をしてでもその夢を叶えるつもりだよ。叶える人らしくね」
「………………………………」
はいこれフラグ立ったーーー!すごく聞き覚えがあるよこのセリフ!当初プレイ時にだから叶人って名前なのかって納得したくらいだしね。……どうしよう。このセリフって本来主人公が序盤に言われるセリフだった気がする。ほんとどうしよう。
…………でも吉祥院先輩の思いが画面越しじゃないと痛いほどに伝わってきて、自分の保身なんかの為に悩む自分が嫌になってくる。あーもう、ゲームだなんだって今はこれが現実なんだよ私!私は私らしく、キャラクターとしてじゃなく一人の人間として接すればいいじゃん!
こんな超能力だとか危ない世界に連れてきた神様には後でどうにか怒るとして、今は自分らしく生きていこう。めんどくさいから後のことは知らん!
「私も応援しますから、その名前に負けずに絶対叶えてくださいよ」
ちょっと悪戯っぽく笑ってみたら、初めてこの世界が好きになれた気がした。
「……君は母みたいなことを言うんだね」
「お母さんですか?」
「母もよく応援すると父の隣で笑っていたよ」
そう言って空を見上げた吉祥院先輩は、儚いながらもどこかすっきりとした表情で笑っていた。
ようやくこの世界で生きていく決心がついた玲奈ちゃん。普通急に連れてこられたら馴染むのに時間かかりますよね。それです。たぶん。