隠しクエストは、もふもふの誘惑
「わっ、待って待って!」
膝に飛び込んできた子狐を、慌てて受け止めた。
小さな前足が私の腕に乗る。鼻先が向いているのは、手に持った失敗料理──黒焦げパンだった。
「そんなに慌てなくても、全部あなたのだから」
(私は頼まれても要らないし……!)
そんなことを思いながらひとかけらほど差し出すと、子狐はパクリとかじりついた。
かりかりと音を立てて食べながら、もう次の一口を待っている。
(わ~ん、なんか罪悪感! まともな好物を設定してあげなくて、ごめんなさい……!)
でも、お気に召したようで何よりだ。
あんなにおいしそうな蜂蜜パンを、わざわざ黒焦げにした甲斐があった。
「きゅるっ」
「それ!」
動物園の餌やり体験みたいで楽しい。
私がパンを投げると、子狐がぴょんと飛びつきもぐもぐと食べる。
ひょいっ、ぱくっ。
……もぐもぐ。
ひょいっ、ぱくっ。
……もぐもぐ。
「きゅる……」
「あ、ごめんなさい! つい──」
気づけば子狐が、不満そうな顔でこちらを見ていた。
(……こほん。お遊びはここまでで、ちゃんと隠しクエストを発生させないとね)
私は、残る三種類を決まった順番で少しずつ分けてやる。
失敗料理を決められた順番に4種類──実装したときは「茶目っ気のある隠し仕様で最高やんけ!」とか思っていたけれど……美味しそうに粘液どろどろスライムパンを食べている子狐を見ていると、やっぱり罪悪感がすごかった。
そうして無事、四種類のパンを子狐が食べ終わる。
「ねえ。ちょっと、触ってもいい?」
「きゅるる?」
耳の後ろをひとなでする。
指が白い毛の中に埋まり、子狐が目を細めた。
「うわ……」
もう一度なでる。
まさしく、極上のもふもふだった。
子狐は気持ちよさそうに目を閉じている。
「そこ、くすぐったいの?」
耳をかいたら、くすぐったそうに身じろぎをした。
こんな動き、作ってないんだけどな?
もふもふ。
「こんなの、帰れなくなるでしょう」
(といっても、帰る家はもうないんだけどね!)
……笑い話ではなかった。
私が手を止めると、子狐は私の手首を鼻で持ち上げた。
子狐の鼻が、今度は私の鞄を押した。
「そっちは普通のパン。私の夕食です」
包みを持ち上げると、子狐も伸び上がった。
あまりに真剣な顔だったので、結局、少しだけ端を分けてあげることにした。
私も負けじとひとかじり。
油断するとこの子狐、すべて平らげてしまいそうだ。
(うん。私は、やっぱりこっちがいいわ)
蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がる。
子狐が私の手を鼻でつついたけれど、今度こそ残りは鞄にしまった。
***
花畑に夕日が差し込むころ、子狐が膝から下りた。
私の裾をくわえて引っ張り、森の奥に向かって歩きだす。数歩進んだところで振り返り、こちらを待っていた。
(お、来た来た。ちゃんと発生したわね!)
前世の知識があっても、こうして隠しクエストがちゃんと発生すると安心した。
この子についていけば、守護神獣のところまで案内してもらえる。
私は空になった包みを片付け、鞄を持って立ち上がった。
「よろしくね。案内役さん」
「きゅい!」
私が呼びかけると、子狐が嬉しそうに鳴いた。
白い尾を追って木々の間を進むと、やがて岩場に出た。
見上げた先に、巨大な狐が立っていた。
──私の背丈より高い脚。
何本もの白い尾が、岩棚の両側に垂れている。
『人の子よ。我が子に、何の用だ』
(わあ。こうして見ると、なんだか荘厳っていうか──)
夕日を受けた白い毛並み。大岩のような前脚。
ゆったりと揺れる何本もの尾。
……なのだけれど。
右の脇腹だけ、妙につるんとしていた。
毛がないとか、禿げているとか、そういう感じじゃない。
そこだけ、のっぺりと白い。
(えっ)
見覚えがある。
というか、嫌に見覚えがある。
(──テクスチャが剥げてる~!?)




