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『私が侯爵閣下の未来の伴侶?』

「それで、私の伴侶はどのような方なのでしょうか?」


 依頼人のアレクセイ・フォン・オルロフ侯爵の穏やかな問いに、私はひと言も返せないでいた。占いの結果があまりにも信じがたいものだったから。


 宝石の配置で未来を詠む、この国の占術『宝石詠み(ジェム・リード)


 依頼人を司る緑のアレキサンドライトと「真実の愛」を現す紫のアメジストが、占い盤の中央で並んで光る。その位置は、白神(ビェーロ)黒神(チェルノ)の境界と水平線(ゴリゾント)が交差するところ。これが意味するのは「依頼人の伴侶は今、眼の前にいる」だ。つまり、占い師の私、ミリヤ・ミリヤッドが、この美貌のアレクセイ・フォン・オルロフ侯爵と結婚をするという占果にほかならない。


『えぇ、私こそが貴方の運命の伴侶です』


 ちょっ……そんな事を言う占い師がこの世のどこにいるだろう。地位か財産を狙う浅ましい女と思われるならまだマシなほうで、まず間違いなくおかしな人間だと思われるだろう。そうなれば私の占い師としてのキャリアは終わりだ。緊張とも羞恥ともつかない嫌な汗が、額に浮き出て、くるくるの巻き毛がまとわりつく。


 額の赤いくせ毛を払いつつ、混乱した考えをまとめようとする。だいたい私はしがらみが嫌で、貴族社会から離れて占い師として生計を立てているのだ。今更、高貴な侯爵様に取り入りたいとは全く思わない。だというのに、この結果。


 私の困惑が伝わってしまったのだろう、オルロフ侯爵が「どうしました?」と腰を浮かし、三白眼気味の切れ長の眼で気遣うように私の顔を覗き込む。


 年代物の占い盤――世界樹の占い盤(ドレヴォ・ミール)――を挟んで依頼人と二人きり。占いの場なのだから当然だが、今このときに限っては心臓に悪すぎた。大きな窓から差し込む爽やかな夏の陽光が、彼のなめらかな顔立ちをかたどる。その瞳の色は、盤上にきらめくアレキサンドライトと同じ透き通った緑。その視線は鋭くも穏やかで、心を掴まれるような凄みがある。社交界で囁かれる「完璧侯爵」の評判は伊達ではない。


「あっ、いえ。うまく読み取れなくて。すみません。もう一度行いますね」


 宝石を袋に戻して、フーッと息を吐いて、心を落ちつかせようとする。紫のフードを少し下げ、オルロフ侯爵の視線と合わないようにする。


(今日は200万レザの相談なんだから下手を打つわけにはいかない……大丈夫。私は王都一の占い師ミリヤ・ミリヤッド。どんな時だって切り抜けてきた……)


 そう心のなかで呟いて、袋に手を伸ばす。指先に触れる硬い石たちの冷たさのおかげで、動悸が落ち着いていく。もう一度、深く息を吸って吐く。邪念を払い、指先の感触だけに集中する。いつも通りのつややかで冷たく固い石たち。目をつぶり、いくつかの宝石を掴んで、取り出す。盤の上で掌を開いて、宝石たちをゆっくりと転がす。詠み手の霊力で、色とりどりの宝石たちが意思を持つかのように動き、盤に散らばって、未来を形作る。これこそがこの国の占い宝石詠み(ジェム・リード)の秘術。


 私の手から放たれた宝石は、ふたたびアレキサンドライトとアメジスト。そしてもう一つの透明無色の宝石。アレキサンドライトとアメジストは、盤に描かれた世界樹(ドレヴォ)の上でそれぞれがらせん状の軌道を描き、分かたれたが、つむじ風のように鋭くまとまり、軽い音を立てて前回と同じ盤の中央に収まった。残りの透明な宝石だけは離れ、右上、未来を司る白神(ビェーロ)天界(ネベサ)の方に転がる。


 占いの結果は先ほどと同じ。「依頼人の伴侶は今、眼の前にいる」だった。私は信じられずにたった今振ったばかりの自分の手を見る。いつも通りの所作。二度続く同じ結果。ただただ「信じられない」という思いが胸を支配する。目を閉じて紫色のネイルを施した指を軽く握り込む。私の動揺を気遣うように侯爵が助け舟を出す。


「どうしました?私には先ほどと同じ結果のように見えますが……なにか悪い未来なのですか?」


「あっ。いえ、悪いというわけでは決して。それに、先ほどとは少し結果が異なります」


 取り繕うように右上端の透明無色の宝石を取り上げる。


「それは?」

「これは……ダイヤモンド……ではなくて、ジルコニアですね」


 侯爵は黒い眉を寄せて聞く。

「どちらも透明なのに違いが分かるんですか?」


「えぇ、簡単です。こうするとわかります」


 透明の宝石を口元に運び、はーっと息を吹きかける。熱を持った呼気が宝石の表面を覆い、霜が降りたように白く曇らす。その時、自分の吐息が熱を持っていることに驚く。その感情が表にでないように息を飲み込んで、宝石の見分け方を説明する。


「石の表面が曇ってますよね?ダイヤモンドなら曇りません。慣れれば触ったときの冷たさで見分けがつきます」


「ほぅ……私も仕事柄、宝石はよく扱いますが、存じ上げませんでした。流石にお詳しいですね」

侯爵のお世辞に、気を良くして私は説明を続ける。


「ジルコニアはダイヤモンドの偽物と思われがちですが、占いにおいては『不屈の真実』を意味することが多いです。人から否定されても、消せない真実を意味します。これが未来を司る白神(ビェーロ)に現れたということは……」


そこまで言葉を継いだところで、言葉に詰まってしまう。耳の付け根が赤くなっているのを感じる。


「どうされました?」


再び紫のローブを深く引いて、目を隠す。


(「どの様な困難があろうとも、この未来が必ず訪れる」という暗示!つまり「侯爵の伴侶は私であるという未来は覆せない」ってこと?!)


 あまりにも強固な占果に心が揺れる。自分の占いの結果に心を乱されるようでは占い師失格だ。ローブの奥で、目を閉じて、師匠の言葉を思い出す。


『どんな明白な結果でもかならずいくつもの読み方があるさね』


 ローブの中で、集中して、呼吸を整え、心のなかの言葉を手繰る。師匠はこうも言った。


『宝石を転がした結果が本当に絶対なら、占い師なんていらないさ……それをどう読んで、相手にどう伝えるかが、私らの仕事さ』


 そう。その通り。でも、この明白に思える結果に、他の見立てはある?素早く考えを巡らす。


 アレキサンドライトはそもそもが王の石、この場において、侯爵を表すのは間違いない。カギを握るのは、「真実の愛」を示すアメジスト。この石を「伴侶」そのものと見るか、他のものを指すと見るかで読み方は別れる。この石は「愛」の他にも「協力」「調停」「誠実」も司る……つまり、「伴侶」ではなく「協力者」と読み解くこともできる。その解釈に従えば、今、この場にいる私が、侯爵の伴侶を見つける協力者になるとも読める。そう、そうに違いない。アメジストの「真実の愛」の印象が強すぎて、うっかりと早とちりをしてしまった。


 すっと息を吸って、占い師としての仮面を取り繕ってから、ゆっくりとローブを上げる。視線を合わせ、占果を穏やかかつ厳かに告げる。


「まだ、伴侶が誰なのか明確には見えておりません。しかし、私が伴侶となる方を見つける手助けはできる。と出ております」


「なるほど……道はある……ということですね……あなたを推薦してくださった方の言う通りだ。ありがとうございます」


 侯爵がホッとしたように答える。空気が緩んで、どこか森を思わせる爽やかな香りが鼻をくすぐる。彼の安堵した笑みには、本心が現れているように見えた。その笑顔が私の占い師としての良心にかすかな波風を立たす。その心のざわめきに押されて、私は胸を張って宣言してしまう。


「えぇ、ご安心ください。このミリヤ・ミリヤッド、王都一の占い師として、オルロフ侯爵に最適なお相手を見つけ出して差し上げます」


 その堂々とした宣言とは裏腹に、頭の中は不安と焦燥で大回転していた。


(これは……私の占い師としてのキャリアのためにも……なんとしても侯爵に良いお相手をみつけなくては……!)


 オルロフ侯爵のお相手を探す私のひと夏の戦いが始まった。


知性派ヒロイン、ミリヤ・ミリヤッドが活躍します!

毎日更新するので、続きが気になったらブックマークお願いします!

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