火を灯せ (1)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
薄い湯気が、廊下の燭火にゆらゆらと溶けていく。
風呂から戻ったエルクは、濡れた髪を軽く拭きながら石造りの通路を歩いていた。
地下牢のようだった昨日の待機室とは違う。
今いる場所は、城の中層にある兵舎区画らしかった。
壁には古い装飾が刻まれ、一定間隔で魔導灯が淡く光っている。
それでも、どこか寒々しい。
この城には、人の温かさが欠けていた。
「おーい、エルク!」
背後から軽い声が飛ぶ。
振り返ると、両手に木製の皿を持ったシュウが立っていた。
湯上がりで、まだ少し髪が湿っている。
「飯もらってきたぞ」
「早いな」
「戦場帰りの勇者様待遇らしい」
シュウは皮肉っぽく笑った。
だがその笑顔の奥に、疲労が滲んでいる。
それはエルクも同じだった。
たった一日。
それだけで、魔物を殺した感触が身体に染みついてしまっている。
「お前の部屋で食おうぜ。一人だとなんか落ち着かん」
「別にいいけど」
エルクは扉を開けた。
与えられた部屋は狭かった。
石壁。
小さな窓。
木製の机。
簡素なベッド。
だが昨日よりは遥かにマシだ。
少なくとも、死体置き場の隣ではない。
シュウは机へ皿を並べる。
湯気が立っていた。
茶色いスープに、豆や肉の欠片が浮いている。
香辛料の匂い。
「……うまそうだな」
「だろ?」
シュウは嬉しそうに笑う。
スプーンを口へ運ぶ。
数秒後、目を丸くした。
「……うまっ」
「そんなにか?」
エルクも一口食べる。
辛味。
塩気。
煮込まれた肉の旨味。
どこか懐かしい。
「……カレーっぽい」
思わず呟いていた。
「カレー?」
「なんか、そんな料理があった気がする」
まただ。
思い出せそうで思い出せない。
頭の奥に、ぼんやりと白い光景が浮かぶ。
蛍光灯。
プラスチックの容器。
湯気。
誰かと笑っていた気配。
だが輪郭はすぐ霧のように消えた。
シュウはスプーンを咥えたまま笑う。
「お前、その“気がする”多いよな」
「自分でもそう思う」
エルクは苦笑した。
窓の外を見る。
夜のレグルス聖王国。
巨大な城壁の向こうには、黒い夜空が広がっている。
遠くで鐘の音が鳴っていた。
戦時警鐘。
この国では、それが日常らしい。
「レグルス、か……」
シュウがぽつりと呟く。
「勇者の国、ねぇ」
今日の戦場で聞いた。
この国の名前。
レグルス聖王国。
魔王軍と戦う人類最大国家のひとつ。
そして、異世界から勇者を召喚する唯一の国。
「勇者の国っていうより……」
シュウはスープをかき混ぜる。
「勇者を消費する国だよな」
エルクは答えなかった。
だが否定もできなかった。
今日の戦場。
三十人近くいた勇者A部隊。
生き残ったのは十人ほど。
たった一日で、それだけ死んだ。
なのに兵士たちは驚きもしない。
まるで、最初から想定内みたいだった。
「たぶんさ」
シュウが声を落とす。
「俺たち、生き残る前提じゃないんだろうな」
静かな言葉だった。
窓の外で風が鳴る。
エルクはスプーンを止めた。
「……駒か」
「うん。たぶん消耗品」
シュウは笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
「なんかソシャゲの低レアみたいだよな。“数で回せ”みたいな」
「例えが嫌すぎる」
「でも合ってるだろ?」
確かに、合っていた。
勇者A。
名前ですらない。
管理番号。
使い潰される前提の兵器。
「でもさ」
シュウは少しだけ真面目な顔になる。
「完全に無駄駒ってわけでもない気がする」
「どういう意味だ?」
「スキルだよ」
シュウは右手を軽く握る。
淡い光。
次の瞬間。
右手に持っていた木製スプーンが、左手へ複製された。
「おぉ……」
シュウ自身が少し感動している。
左手のスプーンは数秒後、砂みたいに崩れて消えた。
「やっぱ便利だな、それ」
「だろ? 今のところ地味だけど」
シュウは笑う。
「でも応用できそうなんだよなぁ」
「例えば?」
「ナイフ増やしたり、鍵コピーしたり」
「戦闘向きなのか生活向きなのかわからんな」
「そこがいいんだよ」
シュウは得意げだった。
エルクは自分の手を見る。
《残響》。
あれは便利というより、不気味だった。
死んだ誰かの経験。
戦場の感覚。
知らない技術。
まるで他人の人生が流れ込んでくるみたいだった。
「お前のスキルは?」
シュウが訊く。
「まだよくわからない」
エルクは少し考える。
「戦い方を……借りてる感じがする」
「借りる?」
「誰かの経験とか感覚が、一瞬だけ頭に入るんだ」
「うわ、重っ」
シュウは顔をしかめた。
「俺なら絶対メンタル壊れる」
「壊れかけてる気はする」
エルクは苦笑する。
実際、戦場で流れ込んできた感覚は妙にリアルだった。
骨を断つ感触。
血の臭い。
恐怖。
あれはゲームじゃない。
本物の記憶だ。
「でもさ」
シュウが椅子へもたれかかる。
「スキルって結局、“その人っぽさ”出てる気がしない?」
「……かもな」
「お前は過去の経験を拾う。俺は物を増やす」
シュウはニヤつく。
「なんか職業適性テストみたい」
「軽いな」
「重く考えても腹減るだけだろ」
その言葉に、エルクは少しだけ救われる。
シュウがいると、張り詰めた空気が緩む。
それがありがたかった。
廊下の向こうから笑い声が聞こえた。
他の勇者たちだった。
生き残った十人。
自然と、いくつかのグループに分かれているらしい。
槍使いの男と、治癒系スキルの少女。
弓を扱う青年たち。
誰もが、自分だけでは生き残れないと理解していた。
だから群れる。
パーティを作る。
それはこの世界で生きるための、本能みたいなものだった。
「俺たちも完全にパーティだな」
シュウが笑う。
「いや、まだ即席だろ」
「もう一緒に死線越えた仲じゃん」
「縁起でもないな」
「でも実際そうだろ?」
エルクは少し黙った。
その通りだった。
もしシュウがいなければ、自分は赤ゴーレムに潰されていた。
逆も同じだ。
戦場では、一人では死ぬ。
「……まあ、しばらくは組むか」
「よっしゃ」
シュウは嬉しそうに拳を握る。
その時だった。
コン、と。
窓を叩く音がした。
二人は同時に顔を上げる。
夜風が、カーテンを揺らしている。
もう一度。
コン。
誰かいる。
シュウが眉を寄せる。
「……こんな時間に?」
エルクはゆっくり立ち上がった。
窓へ近づく。
そして、木枠を開けた。
ギィィ
赤みがかった長い髪が、夜風に揺れた。
月明かりの中。
黒い軽鎧を纏った女戦士が、静かに窓辺へ立っていた。
リア。
その金色の瞳が、真っ直ぐエルクを見つめる。
「少し話がある」
静かな声だった。
だがその表情は、戦場にいた時よりもずっと真剣だった。
ーー現在分かっている情報ーー
ポポライス:カレーのような食べ物
香辛料が効いていて美味しい。
食べるとHPが30回復する。




