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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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勇者の記録 (1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

朝食の席で、アルテフェインが言った。

「今日は資料室へ行く」

それだけだった。説明はなかった。理由もなかった。アルテフェインはそう言ってから、スープを一口飲んで、席を立った。

ミレナンが慌てて残りのパンを口に詰め込んだ。

「待ってください先生、まだ——」

「遅い」

「食べる時間くらい——」

「歩きながら食べろ」

ミレナンがパンを抱えたまま立ち上がった。

シュウが「大変だな」と言った。

ミレナンが「慣れました」と言った。頬がパンで膨らんでいた。

リアがすでに立っていた。エルクも席を立った。


資料室は塔の二階にあった。

昨日入った研究室とも、観測装置の地下室とも違った。扉を開けた瞬間、空気が変わった。

古い紙の匂いだった。

それだけではなかった。木と、金属と、何か別のものが混ざっていた。長い時間が積み重なった場所の匂いだった。


部屋は縦長だった。天井が高かった。壁の両側に棚が並んでいた。棚には資料が詰まっていた。羊皮紙の束。金属板に刻まれた記録。魔導結晶に情報を封じたとおぼしき小さな球体。大きさも素材も形も違うものが、年代順に並んでいた。一番古いものは、棚の奥の奥に、ガラスケースに入って保管されていた。

部屋の奥まで続いていた。


どこまで続いているのか、入り口からは見えなかった。

「広いな」とシュウが言った。


「勇者召喚の記録だけで、この部屋の三分の一を占めている」

アルテフェインが言った。


エルクは棚を見た。羊皮紙の束の背表紙に、年代が刻まれていた。読める文字と読めない文字が混ざっていた。ミレナンが隣に来て、小声で教えた。

「一番古いのは、四百年以上前です」

「四百年」

「勇者召喚は、レグルスが始めたわけじゃないんです。もっと前から——いろんな国が、いろんな形でやっていた記録が残っています」


エルクは棚の年代を追った。


四百年前。三百年前。二百年前。百年前。五十年前。

途切れなかった。

四百年間、ずっと続いていた。


「全員、帰れなかったのか」

エルクは棚を見たまま言った。

アルテフェインが答えた。

「帰還の記録は、一件もない」

部屋が静かになった。


シュウが棚の前に立っていた。一つの羊皮紙の束を見ていた。取り出してはいなかった。ただ見ていた。その横顔が、いつもと少し違った。笑っていなかった。


アルテフェインが部屋の奥へ歩いた。

「こちらだ」

棚の列を三つ抜けた先に、少し広い空間があった。大きなテーブルが置かれていた。テーブルの上に、資料がすでに広げられていた。アルテフェインが事前に準備していたらしかった。

「勇者の記録を見せる」


アルテフェインが言った。「直近五十年分だ。それ以前は別の機会にする」

四人がテーブルを囲んだ。


資料は分厚かった。羊皮紙だけではなかった。金属板の記録もあった。魔導結晶に封じられた映像記録らしきものもあった。

「見ろ」

アルテフェインが一枚の羊皮紙を広げた。

表に数字が並んでいた。エルナト語だったが、ミレナンが読んだ。

「召喚数……百九十三名」

ミレナンの声が、少し低くなった。

「うち、戦死が——」

ミレナンが止まった。

「何人だ」とシュウが聞いた。

ミレナンが答えた。「百十二名」

「行方不明は」

「……四十七名」

「精神崩壊は」

「二十九名」

シュウが計算した。エルクも計算していた。

「帰還者は」

「ゼロ」

ミレナンが静かに言った。


テーブルの上の資料が、ただ紙になった気がした。百九十三という数字が、数字ではなくなった気がした。一人ずつ、名前があった。番号があった。召喚された日があった。死んだ日があった。

エルクは自分の番号を思い出した。

A-271。

自分の前に、二百七十人がいた。

その全員が、この部屋のどこかに記録されている。


「シュウ」とエルクが言った。

シュウは資料を見ていた。答えなかった。

「シュウ」

「……わかってる」シュウが言った。「わかってるよ」

笑わなかった。

いつもなら何か言う。冗談でも、軽口でも。でも今は何も言わなかった。

ただ、資料を見ていた。


しばらく、四人は資料を読んだ。

シュウが一枚の羊皮紙を手に取った。

「これ、なんて書いてあるんだ」

ミレナンが覗いた。

「えっと……勇者A-103の記録です。召喚時年齢、十七歳。固有スキル、《炎操作》。レグルスで三年間戦闘任務に従事。その後——」

ミレナンが一瞬止まった。

「消耗による廃棄」

シュウが羊皮紙を置いた。

「廃棄って書いてあるのか」

「……はい」

「人間の記録に、廃棄って書くのか」

誰も答えなかった。


アルテフェインが静かに言った。

「レグルスの記録はそう書く。使えなくなった道具の処理として記録する」

シュウが椅子に深く座り直した。腕を組んだ。天井を見た。

「俺、教師だったんだ」

誰も何も言わなかった。

「前の世界で。小学校の教師。子供に字を教えて、計算を教えて——そういう仕事してた。なんで覚えてんだろ、それだけはちゃんと」

シュウが天井から目を離した。

「子供が笑うのが好きだった。それだけは、はっきり覚えてる」

シュウはテーブルの上の資料を見た。

「A-103が十七歳だったなら、俺の前の世界だと高校生だ。三年間戦って、廃棄されたなら——二十歳だ」


ミレナンが何かを言いかけた。

言葉が出なかった。

「笑えないな」とシュウは言った。「さすがに笑えない」


アルテフェインが立ち上がった。

「別の棚を見せる」

部屋の奥へ歩いた。一番奥の棚の前で止まった。他の棚より古かった。木が黒ずんでいた。鍵がかかっていた。


アルテフェインが杖を棚に向けた。光が走った。鍵が開いた。

「禁書庫だ」アルテフェインが言った。「エルナトの最高評議会のみが閲覧を許可されている」

「なぜ見せてくれるんだ」とエルクが聞いた。

「お前たちが知る必要があるからだ」

それだけだった。


棚の中から、アルテフェインが一冊の記録を取り出した。他のものより厚かった。表紙に文字が刻まれていた。ミレナンが読んだ。

「……残響の継承者、記録」

エルクは前に出た。


アルテフェインがテーブルに記録を置いた。開いた。

最初のページに、番号ではなく名前が書かれていた。継承者の名前だった。それぞれに記録があった。発現年齢。能力の規模。最終記録。


全員の最終記録に、同じ言葉が書かれていた。

「制御不能」

そして。

「封印」または「消滅」。

エルクはページをめくった。


最後から二番目のページに来たとき、手が止まった。

そこだけ、記録の量が多かった。他の継承者より、何倍も詳しく書かれていた。


そして——名前の部分が、削り取られていた。

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