表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第二章 世界の声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

三つ巴 (1)

『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』

誰も動かなかった。


ライディスの右手に凝縮された風の魔力が、空気を震わせている。追跡部隊の剣が、四方から三人へ向けられている。崖の手前。退路なし。


エルクは剣を握ったまま、ライディスを見た。


斜面の中腹に立つその人物は、急いでいなかった。急ぐ必要がないからだ。包囲は完成している。消耗した三人を相手に、このまま待てばいい。それをわかっている目だった。


「下ろせ」

ライディスが言った。


剣を、という意味だった。

誰も下ろさなかった。


ライディスは特に表情を変えなかった。

「無駄だと言っている」


「……知ってる」

エルクは答えた。

「それでも下ろせない」


「なぜだ」


「お前に捕まる気がないから」


ライディスは少し間を置いた。

「合理的ではないな」


「合理的な状況じゃない」

追跡部隊の包囲が、じりじりと縮まる。一歩。また一歩。剣の間合いが近づいてくる。

ライディスは右手を下ろした。


魔力が霧散する。


代わりに、一歩前へ出た。斜面を降りてくる。追跡部隊が自然に道を開ける。ライディスを中心に、部隊全体が再配置される。

その動きの統率が、恐ろしかった。


命令なく動く。呼吸を合わせるように動く。長い時間をかけて作られた信頼関係が、その動きに出ていた。


「A-271」

ライディスが近づきながら言う。

「お前に聞きたいことがある」


「答える義理はない」


「義理の話をしていない」

ライディスは三人の手前、十歩ほどの位置で止まった。


その目が、エルクを見た。値踏みするような目ではなかった。もっと別の——検証するような目だった。

「《残響》は今も動いているか」


エルクは答えなかった。


「動いているな」

ライディスは確認するように言った。


「この状況で、包囲の人間全員の状態を把握している。私の魔力の動きも読んでいる。違うか」


「……」

否定できなかった。


《残響》は今もノイズを拾い続けている。追跡部隊の緊張。ライディスの魔力の流れ。斜面の岩の記憶。山全体の古い戦場の残滓。それらが絶え間なく流れ込んでくる。制御しながら、必要な情報だけを拾おうとしている。


「やはりそうか」


ライディスは静かに言った。


「前回の継承者は、この段階まで保たなかった」


「前回?」


エルクは聞き返した。


ライディスは答えた。


「《残響》の器は過去にも複数存在した。だがすべて同じ末路を辿った」


「どんな末路だ」


「暴走。精神崩壊。自我の喪失。全部壊れた。」

平坦な声だった。


「《残響》は強すぎる。受け取る情報量が、人間の器の容量を超える。だから壊れる。それが正常な結果だ」

エルクは黙っていた。


「お前はまだ壊れていない」


ライディスの目が、細くなった。


「それが異常だと理解しているか」


「……理解している」


「ならば」


ライディスは一歩、また前へ出た。


「なおさら確保しなければならない」


「なぜだ」


「聞きたいか」


ライディスは少しの間、エルクを見た。

それから——話した。


「教えてやる、勇者召喚とは選別だ」

静かな声だった。


「価値ある器を探すためのな」


「器?」


「異世界人そのものに価値はない」


リアが、その言葉で息を詰めた。シュウの目が変わった。エルクは動かなかった。


「召喚された者のほとんどは凡庸だ。固有スキルも持たない。戦場で消耗して終わる。それは最初からわかっている。だが稀に——異世界の情報を、この世界へ定着させる能力を持つ器が現れる」


「固有スキルのことか」


「表面はそう見える。だが本質は違う」

ライディスは続けた。

「固有スキルとは、器に定着した異世界の情報が、個別の能力として発現したものだ。《レプリカ》も《残響》も、その発現の結果に過ぎない」


シュウが、自分の右手を見た。

「……俺の《レプリカ》も」


ライディスは視線をエルクへ戻した。

リアは大剣を下ろさず、いつでも動けるように構えている。

でも、動けない。四方を追跡部隊に囲まれ、眼前にはライディス。動いた瞬間に殺されると分かっていた。

ライディスは淡々と語る。なぜこんな情報を与えるのか。リアは疑問に思った。


「器の産物、その中で《残響》は別格だ。異世界の情報を受信するだけでなく、観測する。過去も。未来の可能性も。別の世界線も」


「別の世界線」


「残響は世界の外側を受信する」

ライディスはその言葉を、はっきりと言った。


「過去も未来も、別世界もな」

エルクの頭の中で、何かが繋がった。


死者の声だと思っていた。戦場の記憶だと思っていた。だがそれは——別の世界で起きたことの情報だったのか。別の世界線で死んだ者たちの記録が、この世界のエルクへ流れ込んでいたのか。


「だから最強の兵器だ」

ライディスは続けた。

「敵の動きを読む。戦況を予測する。別世界の戦闘技術を取り込む。《残響》が完全に制御できれば、魔王軍など問題ではない」


「……それが目的か」


「そうだ」

迷いがなかった。


「魔王を倒し、この世界に平和をもたらす。そのために《残響》は必要だ。お前がどう思おうと関係ない。残響は世界のために使われるべき力だ。たとえお前という器が——その過程で壊れるとしても」


「壊れるとしても、か」


「それが器の役割だ」


エルクは剣を握り直した。

怒りではなかった。

恐ろしいと思った。

この人間は、本気でそう信じている。世界のためという論理の中に、エルクという一人の人間が存在していない。番号で管理される勇者と同じように——ライディスの世界では、すべてが数字だった。


「断る」

エルクは言った。


「断れる立場ではない」


「断る」

もう一度、言った。


ライディスは表情を変えなかった。

「そうか」

右手が上がった。


「話して聞き入れるとは思っていない、私の意思と、貴様の置かれた立場の情報を与えた。」


追跡部隊が動き始めた。


「あとは力ずくで貴様を回収する。」


ーー現在分かっている情報ーー

器:異世界の情報・能力を、 この世界へ定着させるための“受け皿”。

器に定着した異世界情報が、 個別能力として発現する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ