勇者A-271 (1)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
開幕です。
最初に感じたのは、冷たさだった。
石畳の冷気が頬から染み込んできた。湿った空気が肺に入った。どこか遠くで、水が滴る音がした。
エルクはゆっくりと目を開けた。
天井が高かった。
どこまで続くのかわからないほど高かった。巨大な白亜の柱が円を描くように並んでいて、その表面に金色の紋様が刻まれていた。紋様が青白い光を放っていた。
その光が広間全体に広がって、石畳も、壁も、倒れている人間たちの顔も、全部を同じ色に染めていた。
空気に甘い煙の匂いが混じっていた。
香木だった。
燭台の赤い炎が、壁に歪んだ影を映し出していた。
エルクは体を起こした。
頭が痛かった。
金属を引っ掻くような耳鳴りが、頭の奥で鳴り続けていた。手をついた石畳が冷たかった。自分の手が、本当に自分のものかどうか、一瞬だけわからなくなった。
「な、なんだここ……!?」
「え……?」
広間の床に、大勢が倒れていた。
制服を着た少年がいた。スーツ姿の男がいた。パーカーを着た若い女がいた。全員が混乱した顔で周囲を見回していた。
立ち上がろうとして転ぶ者がいた。隣の人間にしがみつく者がいた。声を上げて泣いている者もいた。
誰もここが何処かを知らなかった。
床の中央に、巨大な魔法陣が刻まれていた。
幾重にも重なる円環。見たことのない文字。青白く脈動する光。人々が倒れているのはその上だった。魔法陣から漏れる光が、下から顔を照らして、全員を青ざめて見せていた。
その魔法陣を取り囲むように、騎士たちが並んでいた。
白銀の鎧だった。
槍の穂先が赤い炎を反射していた。兜の奥から鋭い視線が動いていた。倒れている人間たちを見ていたが、助けようとはしていなかった。近づこうともしていなかった。
歓迎ではなかった。
暴れる家畜を囲むように立っていた。
「成功だ」
誰かが言った。
「勇者召喚は成功した」
広間の奥に、一段高い場所があった。
そこに玉座があった。
黒鉄に金細工を施した、重厚な玉座だった。その中央に老人が座っていた。
王冠を身につけていた。深い皺の刻まれた顔だった。
濁った金色の瞳が、倒れている人間たちをゆっくりと見渡していた。
それは品定めをする目だった。
値踏みする目だった。
玉座の左右に、豪奢な法衣を纏った者たちが並んでいた。
背後には無数の旗が垂れていた。黒い獅子の紋章。血のように赤い布。
重苦しい沈黙が広間を満たしていた。
その瞬間、頭の奥でノイズが走った。
雨だった。
コンビニの白い光。
缶コーヒーの冷たさ。
踏切の警報音。
濡れたアスファルトを走る車の音。
知らないはずの光景が、一瞬だけ脳裏に浮かんだ。浮かんで、すぐに消えた。
何だったのかわからなかった。でも確かに見えた。確かに匂いがした。
「静まれ」
低い声が広間全体を震わせた。
一瞬で静寂が落ちた。
玉座に座った老人…王だった。
肘掛けに頬杖をついたまま、冷え切った声で言った。
「これより貴様らには、人類存亡を懸けた戦いに参加してもらう」
言葉には慈悲がなかった。
歓迎もなかった。
当然の義務を告げる声だった。荷物の配送先を読み上げるような声だった。
エルクは無意識に眉を寄せた。
王の隣に立つ法衣の男が、羊皮紙を広げた。
「適性判定を開始します」
男が杖を掲げた。
瞬間、召喚された者たちの体に光が浮かび上がった。
赤、青、金、緑。
それぞれの色が、それぞれの体を包んだ。
広間のあちこちで声が上がった。
「光った、なんだこれ?」
「お、おい!剣術適性Sだって」
「魔力量S、すごくないか」
「回復魔法持ち、サポート役か」
興奮していた。熱狂していた。
だが、騎士たちの目は冷たいままだった。
それを眺める王族たちの目も変わらなかった。
それは消耗品の仕分けをしている目だった。
出来のいいものと悪いものを分けている目だった。
法衣の男の視線が、エルクへ向いた。
しばらく見ていた。
それから、興味を失ったような声で呟いた。
「A系統。適性値、平均」
周囲の熱気が少しだけ冷めた。
「番号を付与しろ」
「はい」
羽ペンが羊皮紙の上を走った。何かが書き込まれた。
男は感情のない声で言った。
「勇者A-271」
それがエルクに与えられた、この世界での最初の名前だった。
ーー現在分かっている情報ーー
登場人物
No.A-271
名前:エルク・レイン
性別:男
年齢:18
容姿:青い瞳、黒髪
コメント:勇者として召喚された




