第22話:西の門の激戦。冒険者たちの意地と血まみれの剣
ズズンッ……! ゴォォォンッ!!
絶え間なく響く地響きが、地下貯蔵庫の冷たい石壁を不気味に揺らしている。
厚い扉と天井に阻まれているはずなのに、地上から微かに漏れ聞こえてくるのは、金属が激しくぶつかり合う音と、魔物たちの鼓膜を劈くような咆哮だった。
「ひぐっ……こわいよぉ……」
「大丈夫、大丈夫だからね。冒険者のおじちゃんたちが、悪い魔物をやっつけてくれるから」
部屋の隅で泣きじゃくる子供たちを、女将さんが必死に抱きしめて慰めている。
私は自分の膝を抱え、ただギュッと目を閉じて震えることしかできなかった。
背中には、大切なギターケースの重みがある。
足元には、私の足に体を擦り寄せて丸くなっている黒猫の温もりがある。
私自身の安全は、守られている。
でも、この天井のすぐ向こう側では、私に優しくしてくれた人たちが血を流しているのだ。
(お願い、無事でいて……っ)
声の出ない喉の奥で、私は何度も何度も祈り続けた。
どうか、誰も死なないで。
あの一番大きな剣を持ったガルドさんが、無事にここへ帰ってきますように。
* * *
【西の門・防衛線】
「押し返せェッ! 一匹たりとも、この門を通すんじゃねえぞ!」
ガルドの野太い咆哮が、血と泥に塗れた戦場に響き渡る。
彼の身の丈ほどもある巨大な両手剣が宙を舞い、飛びかかってきたオークの巨体を唐竹割りに両断した。
ブシャァッ、と生温かい血しぶきが顔に降りかかるが、拭う暇すらない。
視界を埋め尽くすのは、緑や茶色の悍ましい魔物の波。
ゴブリン、オーク、そして鋭い牙を持った魔狼の群れが、地平線の彼方からうごめく絨毯のように押し寄せてきている。
数年に一度発生する『魔物暴走』。
だが、今回の規模は、ベテランであるガルドたちの想像すらも遥かに超えていた。
「ガルド! 右翼が押されてる! 魔法部隊の魔力がもう保たねえぞ!」
顔に火傷の跡がある眼帯の冒険者が、手元の槍で魔狼を突き刺しながら悲痛な声を上げる。
「くそったれが! 交代でポーションを煽れ! 前衛は意地でも線を下げるな!」
ガルドの全身の筋肉が、すでに限界を超えて悲鳴を上げている。
連日の討伐の疲れが抜けきっていない体には、この絶え間ない連戦はあまりにも過酷だった。
息をするたびに、肺が焼けるように熱い。
だが、背中を向けるわけにはいかない。
この門の向こうには、怯えて身を寄せ合う街の住人たちがいるのだ。
(それに……あの不思議な音を鳴らす、笑わないお嬢ちゃんがいるんだ)
夕暮れのギルドで聴いた、あの透き通るようなギターの音色。
声が出なくて、いつも申し訳なさそうに俯いて、でも誰よりも真っ直ぐに自分たちの心を癒やしてくれた小さな少女。
あの娘の音楽が響く平和な広場を、こんな泥と血の臭いで汚させるわけにはいかない。
「ここで俺たちが引いたら、あの音を聴く場所がなくなっちまうだろうが!」
ガルドは己を鼓舞するように叫び、再び大剣を振り被った。
仲間たちも呼応するように雄叫びを上げ、血まみれの武器を振るう。
だが、圧倒的な『数の暴力』は、冒険者たちの気力と体力を確実に削り取っていく。
前衛の盾が砕け、後衛の魔法使いが膝をつく。
少しずつ、少しずつ、防衛線が門の方へと押し込まれ始めていた。
「ウガァァァァッ!!」
突如、魔物の群れが左右に割れ、そこから一際巨大な影が姿を現した。
全身を岩のような硬い皮膚で覆われた、四メートル近い巨体。
中級魔物の中でも最悪の破壊力を持つ、『ロック・トロール』だ。
「マズい……! 前衛、下がれッ!」
ガルドの指示より早く、ロック・トロールが丸太のような剛腕を大きく横に振り払った。
「ぐぁっ!?」
「がはっ……!」
重武装の冒険者たちが、まるで小石のように軽々と吹き飛ばされる。
防衛線に、致命的な大穴が開いた。
追撃を加えようと、トロールが倒れた若手冒険者の頭上に巨大な拳を振り上げる。
「させ、るかァァッ!」
ガルドは咄嗟に飛び込み、その規格外の拳の下に大剣の腹を差し出した。
ガシィィィンッ!!
凄まじい衝撃音が響き、ガルドの足元の石畳がクレーターのように陥没する。
なんとか受け止めたものの、岩の巨人の圧倒的な重量が、ガルドの腕の骨をミシミシと軋ませた。
「ぐ、おおおおおっ……!」
口から血の混じった唾液が飛び散る。
耐えろ。ここで俺が潰れれば、西の門が突破される。
だが、無情にもロック・トロールは、もう片方の腕を高く振り上げた。
「ガルドォッ!!」
仲間の悲痛な叫び声が、スローモーションのように鼓膜を叩く。
ガルドの視界が、ゆっくりと赤く染まっていった。
* * *
「……きゃっ!」
地下貯蔵庫の天井から、パラパラと細かい土埃が落ちてきた。
今までで一番大きな地響きに、避難している子供たちがさらに大きな泣き声を上げる。
私も思わず、背中のギターケースを庇うようにして身を屈めた。
(ガルドさん……みんな……っ)
外の状況は全く分からない。
でも、空気が悲鳴を上げているような、ひどく嫌な予感だけが肌に張り付いて離れない。
私は冷たい地下室の床を見つめながら、ギリッと唇を噛み締めた。
このギターの音色は、目に見える傷を治す魔法じゃない。
戦う力なんて、私にはこれっぽっちもない。
私にできることは、ただ震えて祈ることだけ。
そのどうしようもない無力さに、私の目からこぼれ落ちた涙が、ポタポタと床に黒い染みを作っていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




