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最強黒猫の絶対防御と、無自覚バフの歌姫 〜心を閉ざした少女は、極上の音色で異世界を無双(癒や)します〜  作者: ぱすた屋さん


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第18話:楽器屋のお爺さんと、ギターのメンテナンス

 


 その日の朝、私はいつものようにベッドの端に腰掛け、ギターのチューニングをしていた。

 ペグを回し、ポロン、ポロンと音を合わせていく。


 異世界に来てから、毎日欠かさず何時間も弾き続けている。

 私の唯一の『声』であり、大切な相棒。

 けれど、ふと一番細い一弦を弾いた時、嫌な感触が指先を走った。


 バチンッ!


 鋭い音と共に、弦が弾け飛んだ。

 顔のすぐ横を金属の糸が掠め、私は思わずギュッと目を閉じて身をすくませた。


「……っ」


 恐る恐る目を開けると、無残に切れた一弦が、だらりとネックから垂れ下がっていた。


 どうしよう。弦が切れてしまった。

 予備の弦なんて、ギターケースの中には入っていない。

 弦が一本でも欠けたら、いつものように綺麗なコードを鳴らすことはできない。


 急に自分の声帯を奪われたような恐怖が込み上げてきて、私の手は小刻みに震え始めた。


『おい人間。朝からなんという不協和音を鳴らしているんだ』


 私のただならぬ気配を察したのか、ギターケースの中で寝ていた黒猫がひょっこりと顔を出した。

 切れた弦と、泣きそうになっている私の顔を交互に見て、黒猫はため息をつくように鼻を鳴らす。


『なんだ、そんなことか。ただの消耗だろう。新しい糸を張れば済む話だ』


 私は身振り手振りで「予備がないの! どうしよう!」と必死に訴えかける。

 元の世界なら楽器屋さんに駆け込めばすぐに買えるけれど、ここは異世界だ。

 アコースティックギターの弦なんて、売っているはずがない。


『落ち着け。先日、お前が布を買った市場の片隅に、弦楽器を扱う店があっただろう。あそこの老いぼれなら、似たような糸を持っているはずだ』


 黒猫の言葉に、私はハッと顔を上げた。

 そうだ。おつかいのついでに布を買った、あの小さくて薄暗いお店。

 窓越しに、リュートのような弦楽器がたくさん並んでいるのが見えた。


 私は藁にもすがる思いで立ち上がり、ギターをケースにしまうと、黒猫と一緒に足早に宿を飛び出した。


 市場の外れにあるその店は、古い木とニスの香りが漂う、静かで落ち着いた空間だった。

 カランコロンとドアベルを鳴らして中に入ると、カウンターの奥から、白い髭を長く伸ばしたお爺さんが顔を出した。


 片目にルーペのようなものをつけ、職人らしい鋭い目をしている。


「いらっしゃい。……おや、見ない顔のお嬢ちゃんじゃな」


 お爺さんは私と背中の大きなケースを見て、少し不思議そうな顔をした。

 私は緊張しながらカウンターに近づき、そっとケースを開けて、中のギターをお爺さんに見せた。


 そして、切れてしまった一弦を指差して、困ったような顔を作ってみせる。


「ほほう……? こりゃあ、見たこともない造りの楽器じゃな」


 お爺さんの目の色が、スッと変わった。

 彼は私のギターをとても丁寧に、まるで壊れ物を扱うように両手で持ち上げると、様々な角度から観察し始めた。


「この薄い木の板で、これほどの空洞を支えておるのか。裏の補強の木組み……なんという緻密な計算じゃ」


 言葉の正確な意味は分からなくても、お爺さんが私のギターの造りにひどく感動していることだけは伝わってきた。

 職人としての純粋な好奇心と、楽器への深い敬意。

 それを見て、私は少しだけホッと胸を撫で下ろした。


 お爺さんは私に向かって、優しく微笑みかけた。


「安心しなさい。全く同じ糸はないが、代わりになる上質なものがある。少し、預からせてもらうよ」


 お爺さんは奥の作業台へギターを運び、手際よく残りの古い弦もすべて外し始めた。

 そして、見たこともない良い香りのするオイルを柔らかい布に染み込ませ、ギターのボディや指板を丁寧に磨き上げていく。


 その手つきは本当に優しくて、ギターへの愛情に満ちていた。

 私は作業台の少し離れた場所から、祈るような気持ちでその様子を見守っていた。


 * * *


【黒猫の視点】


(……ふむ。あの老いぼれ、なかなか良い腕をしているじゃないか)


 俺は店先の樽の上に香箱座りになりながら、作業台の様子を眺めていた。


 娘の木箱――俺の極上のマタタビ発生器は、毎日の演奏で確実に疲労が蓄積していた。

 俺の魔力でいくらコーティングしてやっても、物理的な摩擦による劣化は避けられない。


 あの老いぼれが使っている油は、おそらく『世界樹の朝露』を混ぜた高級な保革油だ。

 木箱のヒビ割れを防ぎ、音の反響を極限まで高めてくれるだろう。


(よしよし。これで俺の安眠ライフはさらに強固なものになる)


 俺は満足げに喉を鳴らした。

 だが、その時。店の床下から、微かだがひどく不快な振動が伝わってきた。


 カリカリ、ガリガリ。

 何か硬いものが、古い木材を貪り食うような音だ。


(……なんだ? この店の下に、汚らしい害虫が湧いているな)


 俺は薄く目を開け、床板の隙間から地下の貯蔵庫へと魔力探知を伸ばした。

 そこにいたのは、鉄をも噛み砕く大顎を持った魔物、『鉄顎シロアリ(アイアン・ターマイト)』の群れだった。

 どうやら、この老いぼれが地下に隠し持っている最高級の楽器用木材を狙って、地下深くから巣穴を繋げてきたらしい。


(……チッ。どこの羽虫かと思えば、よりによってシロアリか)


 もし地下の高級木材が食い荒らされれば、この店の経営は傾く。

 そうなれば、俺の専属楽士の楽器をメンテナンスしてくれる腕の良い職人がいなくなってしまうではないか。


(俺の極上マタタビ空間を維持するためだ。少しばかりの害虫駆除は、無償のサービスでやってやろう)


 俺は娘と老いぼれが作業に夢中になっている隙に、音もなく影の中へと溶け込んだ。


 地下の貯蔵庫は真っ暗だったが、俺の目には百匹近い鉄顎シロアリがうごめいているのがハッキリと見えた。

 奴らは巨大な顎を鳴らしながら、貴重な木材の山へと迫っている。


「キリキリキリッ!」


「俺の安眠を脅かす害虫共。木屑一つ残さず消え失せろ」


 俺は空中に跳び上がり、四つの足に莫大な魔力を集中させた。

 そして、シロアリの群れのど真ん中へと落下しながら、全方位に向かって神速の蹴りを放つ。


『奥義・肉球ガトリング・スタンプ』。


 ダダダダダダダダダダッ!!!


 雨霰と降り注ぐ肉球の嵐が、鉄顎シロアリの強固な外殻を次々と粉砕していく。

 音を立てる暇すら与えない、完璧で徹底的な蹂躙。


 わずか数秒後。地下貯蔵庫にいた群れは、ただの一匹残らず、綺麗な魔力の塵となって空気中に霧散した。


(ふん。俺の肉球の弾力と連射性能を舐めるなよ)


 俺は前足についた微かな魔力の残滓を払い、何事もなかったかのように一階の店舗へと戻った。


 ちょうど、老いぼれの作業が終わったところのようだ。

 娘の木箱には、銀色に輝く新しい弦が張られ、新品のようにピカピカに磨き上げられていた。


 * * *


「さあ、お嬢ちゃん。試しに弾いてごらん」


 お爺さんが、生まれ変わったギターを私に手渡してくれた。

 ピカピカになったボディからは、森の奥深くのような、とても深くて落ち着く木の香りがする。


 新しく張られた弦は、元の世界の金属弦とは少し違い、絹のように滑らかで銀色に輝いていた。


 私はドキドキしながら椅子に座り、ピックを使わずに、親指でそっと六弦を弾いた。


 ボォォン……。


「……っ!」


 思わず、息を呑んだ。

 信じられないほど深く、豊かで、温かい低音が店中に響き渡ったのだ。

 お腹の底から全身を包み込まれるような、圧倒的な共鳴。


 続いて、残りの弦も使ってゆっくりとストロークをしてみる。

 ジャーン、という和音が、まるで幾つもの楽器が重なり合ったように、キラキラと輝きながら空気に溶けていく。


 私の古いギターが、この異世界の魔法のような素材と、お爺さんの職人技によって、とんでもなく素晴らしい楽器へと進化していた。


「……どうじゃ? その弦は『銀糸蜘蛛』の糸に、特殊な金属を編み込んだ特注品じゃ。お嬢ちゃんの不思議な楽器にも、よく合っておるじゃろう」


 お爺さんが、誇らしげに目を細めて笑う。


 私は立ち上がり、これ以上ないほどの感動と感謝を込めて、深く深く頭を下げた。

 そして、顔を上げて、昨日覚えたばかりの言葉を一生懸命に口にする。


「……しぇ、い、ら」


 掠れた小さな声だったけれど、お爺さんは目を丸くした後、嬉しそうに頷いてくれた。


「ああ。大切に弾いてやっておくれ」


 私がポケットから銀貨を取り出して渡そうとすると、お爺さんは手を横に振って受け取らなかった。

「こんな珍しい楽器を触らせてもらえたんじゃ。代金はそれで十分じゃよ」と言うように、優しく微笑んでいる。


 私は何度も何度もお辞儀をして、新しく生まれ変わったギターを大事に背負った。


『ふむ。なかなか良い音になったじゃないか。これなら俺の昼寝もさらに捗るというものだ』


 足元で黒猫が、自分の手柄のように胸を張っている。


 この新しい音色を、早く広場のみんなに聴かせたい。

 私の足取りは羽のように軽く、店のドアを開けると、眩しい太陽の光が私とギターを温かく包み込んだのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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