第38話 夏休みでも出勤してます①
07:30
学校が夏休みになって生徒は休みでも、教員はいつも通りに出勤する。
サトシは職員室に入ると、普通の会社員のようにタイムカードを押し、
いつものように朝の挨拶を他の先生方と交わして、席に着いた。
「おはようございます」
「おはようございまーす。昨日はサトシ先生、大変でしたね。桜井の保護者とは連絡ついたんですか?」
体育の大山先生だ。きっと柚木たちから話を聞いたのだろう。
「はい、つきました。昨日はご心配おかけしました」
「家まで送ったんですか? 大変でしたね」
(家まで……最初は俺の家だったが、最終的には桜井の家まで送ったことに間違いはない。今朝は桜井の家から出勤しましたなんて、口が裂けても言えない。何もやましいことはしていないが……ってか、誰もどこから出勤したかなんて聞いてないか)
「ええ、家まで送りました。以上です」
「以上?」
「いえ、何でもないです。報告書と間違えました」
「ハハハ、暑くて思考も鈍りますよね、そりゃ」
大山先生は、タオルで汗を拭きながら笑ってくれた。
生徒がいないとHRの準備が要らないし、慌ただしく仕事を始める必要はない。
比較的ゆったりとした業務のスタートだ。
08:15
朝の職員会議が始まる。
職員会議では教頭から、三年生の夏期講習などについて、しっかり行うようにとの話があり、下々の者はそれをありがたく拝聴する。
二学期からは行事が多くなる。
それについて準備する担当も割り当てられた。
サトシは、この学校では初めての二学期になる。
つまり、白金女子学園の二学期の行事は初参加なのだ。
不安に思っていると、ちょうどよく体育の大山先生が隣にいたので、体育祭の話を振ってみた。
「大山先生は、体育祭実行委員会担当なんですね」
「ええ、毎年そうなんですよ。なので、実行委委員会担当は慣れてはいます。でも、毎年同じじゃつまらないですからね。今年はちょっと面白ネタを仕込んでますし……」
「面白ネタってなんですか?」
「それはまだ秘密です。サトシ先生は何の担当でした?」
「学校説明会と……営業ですね。営業って何するんですか?」
その質問に答えたのは、ベテランの古松川先生だ。
「サトシ先生、わたしと一緒ですよ。営業ですよね」
古松川先生は、この営業担当は長いという話をしてきた。
そして、厚化粧の教頭がサトシの疑問に答えるように、話に割り込んできた。
「サトシ先生、わたしが説明しましょう。営業活動は、白金女子学園の経営に大切な仕事なんですよ」
「白金女子学園の経営ですか」
「私立高校は、学校と言う名の一種の企業ですからね。経営を成り立たせて利益を生まなければならないのです」
「利益、ですか」
「生徒を多く集めること、すなわち、お客様を全力で集客するのが営業です。授業料は定員がありますから、これは毎年固定収入なわけですよ。では、どこで利益を上げるのだと思いますか?」
「授業料以外となると、受験料ですか?」
「そうです! 利益を上げるためには、毎年たくさん受験してもらって、受験料を稼ぐことが必要なのです」
「おっしゃるとおりですね、教頭先生。サトシ先生も飲みこみ早そうです」
古松川先生は、教頭による私学の営業の必要性についての熱弁に、賛同した。
サトシは、私立高校が営業を必要とするのはわかった、
だが、具体的にとなると……何をするのかまだよくわからない。
(まさか、いきなり飛び込み営業でもないだろう)
教頭が職員室を出て行くのを確認してから、古松川先生はさっそくサトシの疑問に具体的に答えた。
「では、わたしから具体的に何をするのかを説明しましょう。
利益を出さなければ給料がもらえない。だから、俺達は広告や、学校説明会や学校見学などを定期的に行ってPR活動するんです。もちろん、ホームページを日々更新するのもPR活動です」
「PR活動……」
「特に、入試問題は過去問として世間に公開されて評価されますから、入念に作成します。
作成に一年はかけるんですよ。できるだけ、多くの生徒に受験してもらうために、入試を前期と後期に分けている事にも意味があるんです」
「そんなにやることがたくさん……それを全部やるのは……」
「もちろん、俺たち教員です。あ、それから塾への営業も欠かせないです。サトシ先生、今日は午後から河本塾へ一緒に行きましょう」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
お昼休み時間
サトシは大山先生から、ランチに誘われた。
「サトシ先生、きょうは近所で外食しませんか? 近くにできたラーメン屋、結構評判いいみたいですよ」
大山先生は、いたずら坊主の思いつきような事を言う天才だ。
「ごめんなさい。今日はお弁当を持ってきていますので、遠慮します」
「それは残念だ。今日は餃子を食べたい気分だったのに」
「ああ、わかりますー、その気持ち。普段は、生徒がいる手前、臭いのきつい物は食べられませんからね。でも、あまり人気のある店だと生徒と会ったりしませんかね」
「ラーメン屋なら、女の子はあまり来ないかなと思ったんだけどねぇ」
「うーーん確かに、そうかもしれなせんね。じゃ今度、ご一緒しましょう」
サトシはラーメン餃子の誘惑に一瞬負けそうになったが、負けなかった。
なぜなら、今日は桜井の手作り弁当があるから。
サトシにとって、桜井の作った卵焼きはすっかり大好物になっていた。
13:15
河本塾。
サトシは古松川先生と一緒に河本塾への営業活動に来ていた。
「ことしも、本校への受験をよろしくお願いいたします」
塾へ持ってきたのは、白金女子学園過去問題直近5年分と、今年度の募集要項と入試日程の資料だ。
「白金女子学園さんですね。いつもお世話になっております。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶も済んだことだし、サトシは帰ろうとした。
ところが、古松川先生はサトシの肘をつかんで引き留めた。
「まだですよ、サトシ先生。ここからが本番ですからね。ここでなんとなく掲示物を見ていたり、ライバル校の先生が来るのを待ち伏せしたりするのです」
「待ち伏せって、まるで刑事みたいじゃないですか」
「いいえ、どちらかというと市場調査ですね。ここにいるとライバル校が受験日程を早めるなど、新しい情報が手に入るんですよ」
「スパイ活動……みたいですね。スリルがあってドキドキしてきました」
「いいえ、市場調査です」
「なるほど、市場調査するんですね」
サトシは古松川先生と一緒に、しばらく河本塾の中にいることにした。
(塾で他校の情報を探るなんてスリリングな活動は、嫌いじゃない)




