8.何気ない日常
「う、うぅん・・・」
声を漏らし、ぱっと目を開けると見慣れた天井が視界に入ってきた。
身体を動かさないまま、鼻でゆっくり空気を吸う。
いつもの匂いがする。
ここ俺の部屋か・・・?
天井を見つめながらの思考の後にようやく上半身を起こした。身体がだるい。
確かめるようにまわりを見たところ、やはり自分の部屋のベッドで寝ていたようだった。
しかし、その光景の中にもいつもと違う箇所がある。ベッドの横に並べて置かれた2つのチェアーに座ったまま寝ている2人がいるのだ。クラインとフレイル。2人で1枚の大きな毛布を肩までかけてお互いに寄りかかっている。
なんで2人が俺の部屋に?
2人を眺めながら、ぼーっとしていると気配を感じたのかクラインが急に目を開けた。
あっ、クラインと目が合った。
目が合って一瞬の沈黙の後、クラインが急にその場でがっと力強く立ち上がった。
「・・・ルイズ!!お前、お前・・・!!」
「んん・・・どうしたの・・・クライン兄様?」
毛布を引っ張られたフレイルも目を覚ました。
フレイルとも目が合った。
「えっ・・・ルイズ!?・・・よかった。よかったぁぁ!もう二度と起きないんじゃないかと思ったじゃない!」
フレイルは右手で口を覆い、まるで怒っているような感じでそう言うと、涙をこぼしながらぎゅっと抱きしめてくれた。
このあたりで俺もようやく状況を理解した。
そうだ。炭鉱に行ってモンスターを倒して。
そこで気を失ったのか。
フレイルはゆっくり離れると立ち上がり、
「私、すぐにお母様を呼んでくるわ!」
とアリシアを呼びに行った。
「ルイズ、お前は5日間も寝たきりだったんだぞ。心配かけやがって。でも本当によかった」
この場に残ったクラインがそう言って頭をなでてくれた。
そうか、それで身体がだるかったのか。
あーっと体をほぐすように両腕を拡げる。
アリシアがフレイルに連れられて部屋の中に入ってきた。
「・・・・・・あぁ!!ルイズ!!!」
部屋に入ってくるなりアリシアにも抱きしめられた。
一目顔を見ただけでわかった。目の下に大きな隈ができていた。
だいぶ心配をかけてしまったようだ。
アリシアに抱きしめられたまま2人の方を見ると2人も泣いていた。
初めてクラインの涙を見た。
そして、みんなが落ち着いてから詳しい話を聞くと、どうやらあの炭鉱に行った日から全然目を覚まさなかったらしい。外傷があるわけでもなかったので、アリシアやフレイルが神術を試しても効果はなく、この世界の医療者に診てもらっても単なる疲労としか思えず、寝たきりの原因は不明だと言われたそうだ。
それから3人が交代でずっと俺の隣にいてくれたらしい。昨夜はクラインの番だったが、フレイルも心配だからと結局一緒についていてくれたみたいだ。また、一緒に炭鉱に行ったシャルも無事だということを聞けて安心した。
「でも僕達どうやって助かったの?」
最後に意識が残っていたのは俺だ。
どうやって助かったのか疑問だった。
「それはね、マジェンダの町に向かおうとしていた商人団の人達が、たまたまコーラル山の近くの道を通っていたら、急にコーラル山の方からものすごい音が聞こえてきたらしくて、これはただごとじゃないってことで炭鉱の奥まで原因を調べに来てくれたのよ。すると、そこで倒れている私達を見つけて助けてくれたってわけ。私は助けられている途中で意識を取り戻したんだけどね」
とフレイルが教えてくれた。
「そっか。その商人さん達がいなかったら、僕達・・・」
「ガオーってみんな食べられていたかもね!」
無事に戻ってきたからこそ、こうやって笑い話に変えることもできる。さっきからこの部屋がいつもよりあったかく感じる。こういう何気ない日常が実は幸せってやつなのかもしれないな。
一通りの話を聞くと、今日一日はまだ休んでいた方がいいと言われて、ゆっくり休むことにした。みんなが部屋を出ていった後、俺は自分の右の手のひらを見つめた。
話を聞く限りでは、クラインとフレイルは気を失った後の事はまったく覚えていないようだった。それに助けてくれた人達が着いたときには、モンスターなんてものは見かけなかったと言っていたそうだ。
さっきは聞くばかりで俺からはみんなには話さなかったが、かすかに記憶には残っている。
この手で魔法を発動したことを。