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彼女は渡り廊下の下にたたずみ、後ろ手に組んでその豊かな胸を強調させていた。腰は細くくびれ、お尻がツンと上にあがっている。そして何より豊満な肉体に食いこむスリングショットの水着である。カンタを魅了するには十分であった。このやたら暗くて雪が降りしきる路地裏にいても、彼女の魅力は存分に伝わってきた。まるで千里眼でも手に入れたようだ。彼女の流し目ですら不思議とカンタには手にとるようにわかった。もしかしたら、今の自分にはインドラよろしく体中に目ができているのかもしれない。仙人の妻に懸想したインドラは、自身の希みを叶えるために仙人が留守のあいだにその妻を襲った。しかし具合悪く帰ってきた仙人に見つかったインドラは仙人の怒りにふれ、その力により体中に女性器マークをつけられてしまった。インドラは泣いて謝って仙人に許しを請いなんとか消してもらおうとする。仙人もその様子に怒りを鎮めた。しかし一度してしまった約束をたがえるわけにはいかない。そこで仙人はインドラの体中にできた女性器マークを目にかえてやり、こうしてインドラは千里眼を手に入れたのだ。この話のミソは下半身の誘惑に負けるなといったところだろうか。してみると、カンタはこの女の誘惑に負けるわけにはいかなかった。負けるわけにはいかないのだが、このナイスバディにスリングショットの水着である。胸や股に食いこむエナメルの布にカンタは思わず生唾を飲みこまずにはいられなかった。カンタの中で眠れるリビドーの目覚める音がした。こんな糞寒いのに体の芯から発熱してくるのが感じられた。カンタにはインドラの気持が分かるような気がした。この世には抑えようのないものが確かに存在しているのだ。カンタはキャリーバックから手をはなし、ゆっくりと息を吐いた。白いもやの向こうでスリングショットの彼女は笑っていた。ああ、あの胸のあいだに顔をうずめたらどれだけ幸せになられるであろう……その温もりを感じ、甘い香りを胸いっぱい吸い込み、彼女の柔らかい体をこれでもかと堪能するのだ。それはまさに桃源郷と思しき瞬間であろう。限定された人生には、限定された祝福がおとずれるのだ。カンタの右足が雪を踏むのを感じた。彼女の魅力につられて無意識に一歩踏み出したのだ。もう、これで十分じゃないか、とカンタは思った。自分は妻に対してやれることはやった。あれ以上自分に何ができたというのだ? カンタは妻のことをカンタなりに愛した。




