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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第1章【とある異世界における生存戦術】
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9.【グレンの対価】


「あなたの剣を私の命が上回ったら、アキトを見逃してください。」


リディアの口から発せられたその言葉の重みを、彼は知っている。彼だけが知っている。

無茶でも、無理でも、無謀でもない。馬鹿な理想を掲げる愚者とは到底似つかない。その少女の心の奥底からの叫び。それは、己の持った力を手にし、対する剣の重さをはかる、完成された至高の天秤。少女の為せる思考の天秤。

一筋の可能性を、1番の勝率を、その手に掴み取るための、最大級の勇気。


「本当に、師弟揃って似ているな。」


グレンの手にした魔装、ナンバーアルタリカ『鉄骨』。その刀身を、金の輝きが覆った。

剣と魔力と血と杖と、世界基礎から違う異世界といえども、ただの剣撃に光が宿ることはない。道楽向けの玩具、一対魔装、そんな特異の剣だったのならばその限りではないが。

金の閃光はその輝きを増し続ける。グレンは何か特殊な動きをしているわけではない。というより、本当に何もしていない。彼は、黙って剣を振り上げ、掲げている。瞳を閉じて、半身でリディアへ剣気を向けて。その無気力さとでもいえばいいのだろうか、彼の挙動は、普通の剣撃をリディアたちに放ったあの時よりも脱力しているように見える。

しかし、その金の魔力的な輝きは治る気がしない。

煌々と輝く閃光は、害意や敵意、そんな一切の危機感を感じない。むしろ、その光に対して安心してしまっている自分すらいる。そんな得体の知れない光の発光。どれほど時間が経っただろうか。

きっと、1分、いや一瞬、されど、リディアにはとてつもなく長く感じられた。

手中に確かに存在する『プロキオン・クルーガー』の感触。この特殊魔装に、大した防御性能はない。しかし、ならば何故この賭けを挑んだのか。簡単だ。

ただ、放てばいい。なんの手加減もなく、たったひとつの躊躇なく、憂慮も配慮も体裁も、なにもかもを置き去りにして、その最高の威力でもって放ち尽くせばいい。だって相手は、『英雄』と称された剣士。

輝きは最高潮。己の髪色を連想させる輝き、己を焼き尽くす輝き、己の振るう武器に似た輝き、そして。

彼が、憧れた輝き。

轟音が轟く。剣撃の予兆だけで、世界を震わせる。


「スタンジオ・グレン」

「リディア、……■■■■■■■」


銀閃は揺らぐ。世界が金に染まる。剣が、振り下ろされる。その剣撃に耐えきることが、リディアの唯一の勝ち筋。

極光の中、自分の存在すら認識できなくなりそうな、世界すべてを上書きしてしまいそうな、とてつもない輝き。なにもかもを塗りつぶして、人生を冒涜して、これまでを食い荒らして、尚止まらぬ光の中を。


黒い影が、遮った。


「っ!?!?」


金が、一層輝いた気がした。


斜めに世界が断裂される感覚。金の輝きすべてを両端して、輝きに満ちたすべてを終わらせる。

リディアを斬るはずだった剣は、黒の影に遮られ、逸れた剣は地面を微かに抉った。

先ほどまでのとてつもない光量と熱量、その全てが嘘だったかのように消え失せ、剣を振り切った姿勢のグレンだけが、静かに佇んでいた。


黒い。黒い。黒い。

心を支配する黒い感情に、視界を支配する暴虐の影に、全てに絶望した。その黒に、闇に、何もかもに、嫌気がさした。

そんな世界で初めて、光を見つけた。それは絹糸のように綺麗で、それでいてとても輝いていて、強くて。消えることはないと思っていた闇に、それが一筋入っただけで、安心した。そして、その鮮烈な光に、なんの曇りもない純粋な心で思った。


尻餅をついて倒れるリディア。その表情はいつも通りのクールビューティ。しかし、心中を覆い尽くす驚愕に、形のいい眉が歪んでいた。

そして、そんなリディアを背にして、男がいた。

無力な男だ。無様な男だ。非力で、弱くて、弱くて、それでいて偉そうで、到底主人公になんてなれやしない、卑怯な男だった。

そんな男が、最強の剣士を前にして、果敢にも立っていた。震えた両足と泣きそうな表情で台無しだ。けれど、それでも、ミカミ・アキトはそこに立っていた。

グレンからリディアを守るようにして、立っていた。



刃というものが、怖かった。

さも当然のように暮らしに溶け込み、まるで絶対であるように認識される。そして、さも当然のように人を殺す。

引けば切れ、振れば斬れ、突けば貫く。

その日だってそうだった。まるで当然のように、刃は彼女の体に沈んでいき、噴出する血液がすべてを真っ赤に染め上げた。繋ぐために差し出した左手は空を掻き、掠れた声がやけに大きく聞こえた。

雨の音、アスファルトの匂い、叫び声。それら全ての元凶は、なんの変哲も無い刃だった。


包丁が怖い、剣が怖い、刃が怖い、針が怖い。全てが命を突き刺して、簡単に消し去ってしまうおぞましい凶器だ。人を陥れる狂気だ。人を酔わせる狂喜だ。


あの日から世界の見方が変わった。刃というものに対する精神的外傷(トラウマ)は消えることなく心を蝕み、一時も忘れることはなかった。己から大事な人を奪い去ったそれに、怒りを覚えなかった日はない。ずっと、あの日から、ミカミ・アキトは刃の呪縛に囚われてきた。

あの時動けなかったこと、伝えられなかったこと、忘れられなかったこと、忘れてしまったこと。それすらも刃となって、アキトの心を刺し続ける。


人が死ぬのを見るのが怖い。


人が死ぬ悲しみを知っているから。人がどれだけ簡単に死ぬか知っているから。刃が怖い、死が怖い。もう誰にも、死んでほしくない。

人が死ぬのを、見たくない。


だから、目を背けた。

テレビで流れる悲しいニュース、もう長くない人間の最後の言葉、交通事故の現場に、フィクションの世界に至るまで。そしてその恐怖はいずれ、自分が死ぬことへの恐怖にすら変換されていった。自分が死んだ時の世界、世界が死んだ時の自分。死という概念が、それら全てが、怖かった。

だから、目を背けた。

リディアの体が引き裂かれるところも、レリィの精神が死ぬところも、死の匂いがするその場所からは、すべて等しく目を背けた。

力があれば、目を背けるのではなく、助けようと思えたかもしれない。しかし、あの時なにもできずに彼女を殺させてしまった自分が、誰かを助けられるはずがなかった。

もう握ることのできない左手が、いつまでも空を掻き続ける。



樹林が金に塗りつぶされていた。

轟く爆音の元へ、リンカーネーションがアキトを送り届けた時、すでにリディアへ刃は迫っていた。

リディアとグレンの距離は、剣の間合いではない。しかし、グレンの剣と仮定すれば、それは致死の間合い。リディアはすでに、死域の中にいた。


「っ、リディア!」


咄嗟に走り出そうとする体を、精神が勢いよく引き止めた。がくりと膝が折れ、顔面が地面を滑る。背後から追ってきたリンカーネーションがアキトを抱き起こし、剣士の光に息を吐く。


「アキトくん……落ち着いて。……ッ、君の辛さは、分かってるつもりだから!」


浅い息でかろうじて膝をつくアキトを支えながら、リンカーネーションが瞳を潤ませながら叫ぶ。

これまでのグレンの攻撃は、その全てがすべからく肉弾戦。剣を使ったとしても、その相手はリディアたちであった。だからこそ、その心の傷口を見て見ぬ振りができた。

しかし、今アキトは割り込もうとした。少女を殺したおぞましい刃に、その身を盾としようと必死で走り出した。しかし、そう簡単に行くのならアキトのこれまでは薄っぺらい独りよがりでしかない。少年は無様に立ち竦み、ついには膝をついた。


「でも、俺は……!」


剣が怖い、剣が怖い。刃が怖い、人を容易に殺せるそれら全てが、本当に怖い。

人が死ぬのが怖い。悲しみを撒き散らしながら果てる死が、とてつもない怖い。

もうこれ以上、戦いたくない。


けれど、


(俺はいつまで、そんなもんに囚われてんだよ!)


震える体を叱咤して、ガクガクの足を地面に刺す。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

でも、人が死ぬのはもっと怖い。あの慟哭を、告白を、何もかもをなかったことにするあの恐怖に比べたら、刃への恐怖など取るに足らない。なのに、震えが止まらない。


「俺は!もう、人が死ぬのを、見たくない……!」

「アキト君!そんな、無理しなくても」


立ち上がるアキトの左手を、リンカーネーションの右手が掴もうとして、空を掻いた。


「ぁ……」


もう、誰も死なせたくない。もう誰も、悲しませたくない。


体が重い。弱り切った精神を、とんでもなく重い鼓動が滅多打ちにする。走り出そうとする体に、精神が問い続ける。

あの剣に斬られる未来を、守りきれなくてリディアが死んでしまうことへの痛みを、再起することができなくなってしまうかもしれない。そんな、つまらないことを、永遠と。


「うるせぇ、俺!変わる、変わる!決めたはずだ……」


小さなことから始めよう。リンカーネーションは優しく、そう言ってくれた。

その甘さにしがみ付いているだけでは、どうしようもないだろう?それが正しいと、本当におもっているのか?

違うはずだ。あの暗闇から救い出してくれた金に、憧れたはずだ。進むための力を、もらったはずだ。ミカミ・アキトの改心劇は、始まったはずだ。

小さな一歩を踏み出した。


「俺は、力を求めるッ!!」


駆け出した。

世界がやけに遅い。体が熱い。怖い。

高揚感と焦燥感。戦うために滾らせた気持ちを、不安という冷水が底から冷やして行く。顔面に叩きつけられる風が、ひどく澄んで、綺麗で、心地の良いものに感じられた。

戦おうと、走らなければいけないと。心が、体が、何もかもが叫んだ。

力を、求めた。


「アキト君!!」


張り裂けそうなリンカーネーションの叫びすら、聞こえなかった。


グレンの剣は頭上で軌跡を変え、アキトの左側へとその推進力を散らした。

リディアがグレンの一撃のすべてを耐えきった暁には、晴れてアキトは見逃され、凄惨な樹林の暴虐の犠牲者を1人に留めることができる。しかし、心の奥底ではわかってしまっていた。

その『英雄』の一撃には、耐えられるはずがないと。

たとえ己の春刹に魔力を総動員したとして、きっとその刃の前ではただの小さな小石程度にしかならなかった。こうして命を繋いで、こうして一息ついて、冷静になって、やっとのことで気づくことができた。自分が確信した勝利は、考えを革新した愚策だったと。

しかし、だからと言ってそれ以外に勝率があったかといえば、それは否である。

ただひとつ言えるのは。ミカミ・アキトの参戦よりは勝利に近かっただろうということ。


呆然とした意識でアキトを瞳にうつした。

肩で息をする少年は、誰もが頼りないと言う弱々しい姿だ。瞳を支配する恐怖と、それに震える体の芯。覚束ない足取りは危機感すら感じさせる。歪みきった表情はリディアとは正反対。眼前で煌めく刃に恐怖心を剥き出しで立ち向かっていた。

そして、必死に表情を消して。まぁ、消せきれているはずがないのだが。精一杯の恐怖に歪みきった無表情で。


「だいじょうぶか?」


最高に頼りなくて、最高にかっこいい。確かな黒を、刻みつけたのだった。



「そのまま斬られていたら、どうするつもりだったのかしら。無謀な突貫は馬鹿の証、早死にの特徴よ。」

「てめぇ、こんな時も!」

「でも。」


多少しおらしくなるのでは、そんなアキトの予想をバッサリと切り捨てて、リディアが変わらぬ毒舌で状況を客観的に分析。針を混ぜ込んでアキトに投げつける。変わらぬ無表情に苛立ちを隠せずに思わず声を上げるアキト、そんなアキトを、リディアの言葉が制した。

アキトを竦めるようにかざされた手は、ひどく綺麗だった。

そして、


「ありがとう。アキト」


そうして微かに微笑むリディアの表情も、同じく綺麗だった。


「ちっ、最初からそう言え。それに、無謀な特攻じゃねえ。」


リディアが無謀な突貫と称したアキトの割り込み。リディアから距離を取って傍観しているグレンの苦い表情を見れば、アキトの言葉の意味を見出すことは大して難しいことではない。簡単だ。グレンはアキトにご丁寧に教えてくれた。


自分はアキトを殺せない、殺してはならない、と。


これは、そのグレンの言葉を信じて飛び出した、アキトの勇気が成した無茶な戦略。自暴自棄になった無謀な捨て身ではない。

ミカミ・アキトは知っている。そのグレンという男の剣技の冴えを。突然自分が目の前に躍り出ても、アキトを殺さないように剣を逸らす。その技術を有していると。

皮肉なことに、1番痛めつけられて、散々その恐怖に囚われていたアキトだからこそ、1番信じることができた。


「俺を殺すことができないグレンと、それを逆手に取った俺の無茶な衝突。勝算は、お前より高いぜ。」


得意げに言ってのけるアキトに、リディアはその無表情に微かな感心の念を浮かべ、感嘆の息を吐いた。

今も震えている体、ビビり散らしているノミの心臓。しかし、ミカミ・アキトは確かな勝利へのビジョンでもって、この賭けに割り込んだ。


「貴様がここで俺の一合を受け流しただけで、この戦いに勝ったと思っているわけではないだろうな?」

「私との賭けの対価は、なかった事にされたのかしら?」


釘をさすようにアキトに投げつけられるグレンの声に、リディアが立ち上がって噛み付いた。

リディアがグレンの一撃に耐えられれば、アキトを見逃す。その条件は、まだ生きているのではないのか?そうリディアは問いかける。

実際、形は違えどリディアはグレンの刃の前に無傷だ。

しかし、そう上手くはいかない。


「貴様の提案したのは一閃決闘式、古代帝国の由緒正しき決闘方式だ。その作法くらいは知っているだろう?」


既に滅んだ古代帝国の古の文化。未だに根付くその決闘方式は、どう足掻こうが決闘。遡れば数百年はくだらないだろう堅苦しい勝負。それを、リディアはグレンにふっかけたのだ。剣を重んじる剣士が、1番ポピュラーとされるその一閃決闘式のルールを失念しているはずがない。


「決闘の交剣を汚した者は、斬り捨てられて当然。実力至上主義国家の真髄だ。」


神聖な決闘を行なったグレンとリディア。そこに割り込むように入ってきたアキトは、その儀式を汚した罪人に成り下がる。到底見逃してもらえるなどと甘い考えになるはずがない。

その上、アキトがいなければグレンはこの賭けに勝っていた。それは、起こりこそしなかったが、途方も無い存在感で未来に横たわっていた事実といっても過言では無い、未来の最大候補。ここで易々とアキトを見逃そうというのは無理があった。


「っ、戦うしかないんだろ。……俺も、このままタダ飯とタダ宿に預かるつもりはないんだ。」

「アキト?」

「給料分の仕事はしないとだろ?」


疼く左手でメガネを押し上げる。クリアになった視界に見えるのは、アキトの根源でトラウマとして根付いたグレンという剣士。

勝とうという気持ちすらすり減らしてしまいそうなプレッシャーと、それに必死に抗おうとする心の生み出すアドレナリン。妙な高揚感に顔を揺すられ、歯根を噛み締めて震える体に杭を打つ。

覚悟の杭だ。勇気の杭だ。絶対に覆らない、過去の杭だ。

アキトという最弱を奮い立たせる、横たわってボロボロの鼓舞だ。

持ちうる勇気と反骨心。掻き集めた心の余裕と、それでも足りない器の広さ。何もかもを集めて、やっと立ち上がるだけの活力とした。


「リディア、魔術は使えるか?」

「……ええ。けど、相手は特級魔術を喰らって喜ぶような異常な快楽主義者。何発撃っても大したことには……そうね。どうせ負けるしかないなら、君に働かせてあげるわ。」


それこそ無謀な作戦を提示するアキトに、懇切丁寧に無理のふた文字を伝えるリディア。しかし、その瞳がアキトを捉えた瞬間、弁解の羅列は途絶える。

それは、リディアの優しさで、お人好しで、それでいて独りよがりな自己満足だったのかもしれない。それでも、アキトはそれによって生かされてきた。勇気というものを知った。戦うことの恐ろしさ、そしてかっこよさを知った。ならば、勝利の味も、教えてあげよう。

取り出した『プロキオン・クルーガー』の宝玉が、キラリと紅く光る。


「火と光。」

「魔力を多く使うのは?」

「私は火。」

「じゃあそれでいい。最大出力を体力の5割分ぶっ放せ。」

「女の子にするとは思えない要求ね。」

「笑わせんな。お前が女の子?……今はただの戦友だ。んで、俺の盾だ。剣だ。」

「こんな他人任せな戦友は初めてね。けど、こんなに()()()()()()人も初めて。」


リディアの肌を何か薄いヴェールが這った気がした。アキトの幻覚だったのかもしれないし、何かの見間違いだったかもしれない。しかし、アキトにはそれが確かな熱とともに伝わってきた。毛穴から侵入して、アキトの心臓まで熱する、優しいながら芯の強い。まるで焚き木のような熱波だ。または、魔力だったろうか?


「グレン、正面。」

「『インフェルノ』」


ギュルギュルと空気が圧縮を始める。揺らぐ杖の先端を、本当に小さな火種が通り過ぎた。消えたように見えた赤とオレンジの輝き。しかし、それが消えてなどいないことを、アキトは知っている。それはさながら嵐の前の静けさ。煉獄が始まるまでの慈悲の時間。いいや、爆発の準備。

ぼっ、と。指先ほどの火種が燃え上がる。杖の先で燻っていたそれは、リディアの振るった方向へと身を翻し、確かな魔力の歪曲を纏って飛来する。進む先、グレンの真正面。

世界が赤く、燃え上がる。

グレンの背後に佇んでいた木々を数本なぎ倒し、それだけでは飽き足らず地面を抉り取りながら、巨大な青空に向けてその咆哮を轟かす。

途轍もない爆風と熱波に弾き飛ばされ、アキトが尻餅をつく。しかし、微動だにしないリディアへと素早く叫ぶ。


「同じところに全力で!!」

「『インフェルノ』!」


焼け爛れてしまいそうな熱波と焦げ臭い爆風に美しい髪をたなびかせながら、依然無表情で杖を振るう。先端をぐるりと回って射出される小さな火種。それは、1発目に倣うように可視化して光を歪ませるほどの魔力を纏いながら突き進む。

そして、煙幕が切り払われる。横に一閃される剣の輝きが、爆発の炎さえ凌駕する勢いで瞬いた。

一瞬で、黒煙が切り裂かれる。10や20ではない。既に100をゆうに超えた剣撃が、一刀一刀が命を断ち切る刃の猛襲が、リディアの魔力の煙幕を消し去った。

そして無論、炎のダメージはその身に見受けられない。

アキトたちの元へ一息に跳躍しようとしたグレンの眼前に、2発目の煉獄の火種が現れる。死という最期が、口を大きく開けてグレンを喰らわんとしていた。


そして、難なく縦一閃に切り裂かれた魔術の火種が、真っ二つに割れてグレンの背後に抜けていく。一拍おいて、両断された爆音が鳴り響き、グレンの姿を赤く染め上げる。炎に照らされて佇むグレンの姿は、まさしく地獄と呼ばれる様相に変わりない。

グレンを喰らおうとした死は、それを容易く飲み込むグレンの死の前には無力。彼を引き立たせる演出と言っても過言ではなかった。


へし折られた木が更に弾け飛び、えぐられた地面に傷跡が痛々しく刻み壊れていく。乱立していた巨大な木々の姿は消え去り、不自然に真っさらに整地された空間が出来上がる。ボロボロになって開けた樹林中腹。魔力に還元されて火が消える。立ち上る煙幕はグレンの背後。既に視界を眩ませる効果すら望めない。

しかし、それでも。


「次はグレンの少し奥。」

「『インフェルノ』」


絶えず煉獄の火種が放り込まれる。都合2発分の特級魔術の破壊力の跡に、さらにもう一球の煉獄が生み出される。グレンの頭上を大きく超えて、グレンの背後で爆発する魔術。

「血迷ったか?」とでも言いたげな怪訝そうな表情で、グレンが剣を構えて地面を踏みしめる。そして、気付く。

ミカミ・アキトが。


「居ない……?」


リディアの隣で無様に腰をつきながら指示して居た少年の消失に、グレンの疑問符が極限まで大きく膨れ上がる。


その少年は、あまりにも無力だ。

その存在は、あまりにも矮小だ。

その違和感は、あまりにも杞憂だ。

しかし、小さい羽虫こそ殺しにくいことを、彼は知っている。無力な存在ほど狡猾で、油断ならないことを知っている。

大きすぎる隙がピンチになり得ることを知っている。だからこそ、小さな違和感がチャンスとなり得るということも、等しく知っている。

ちらつく。あの羽音が。ちらつく。あの慟哭が。ちらつく。あの目が。ちらつく。あの祝福が。ちらつく。あの捻じ曲がった性根が。

ちらつく。あの黒の鮮烈さが!


自然と、口角が上がる。炎の魔術師など、今は目に入らなかった。ただ、その少年を探していた。きっと、自分に執念の一撃を叩き込んでくれるはずの少年を、その人類史有数の動体視力で、反射神経で、闘志で、食い殺さんばかりの凶悪な表情で。


(思い出せ。思い出す。あの剣士の振るう剣を、少しでも理解しろ。分かろうとしろ。)


グレンに、小さな影が落ちた。


(絶対にあの剣士は、俺を、ミカミ・アキトを殺せない。)


心底嬉しそうに、剣の狂気に染められた表情で、刃のような男が()()を認識する。


(絶対にあの剣士は、初撃と決定打を、縦に振る……!)


グレンという剣士に対しての理解は、アキトにはない。しかし、恐怖とともに強烈に焼きついたグレンの姿は、鮮明に思い出せる。

グレンが始める剣撃。そして、グレンが終わらせる剣撃。それら全ては等しく、絶対的な例外なく、彼の流儀に則って、縦振りで行われる。

リディアによって()()()()()()()アキトが、冷や汗に身体中を濡らしながら笑う。

俺はできる。戦える。ジオ・グレンという剣士を、見ている。

空中で踊りながら、しかし視線と闘志は固定して、剣士に向けて。吠える。

徐々に近付くグレンとの距離。空中からの奇襲、不意打ち。それは、リディアに強力な魔術を惜しみなく放たせ、ヘイトを彼女に集めてからの騙し討ち。アキトという存在が忘れ去られているという必然によって成り立つ攻撃。

しかし、グレンは見逃さなかった。

ミカミ・アキトの消失という小さすぎるイレギュラーを、違和感を、一切疑うことなく手繰り寄せ、違和感の海から一欠片のチャンスを掴みとった。奇襲を狙うアキトと、その奇襲というものの意味を壊すグレン。

そう、この攻防の勝敗は、アキトがグレンに視認された時点で既に決している。勝敗は明確だ。


ミカミ・アキトの勝利である。


金に輝く剣。リディアを斬ろうとした時よりも遥かに強い輝きが、アキトを殺さず無力化しようと振り下ろされる。

その輝きにどんな意味があるのか、なにを成すためのものなのか。魔力が絡んでいるのか。尽きない疑問、それは、グレンという男を掌握するための情報の欠けら。砂つぶほどのそれらも、集めればごみくずほどの情報に昇華させられる。そうして小さな違和感を発見することだってできる。

しかし、アキトにもうその必要はない。

グレンがその剣を振り下ろした時点で、アキトの担う役割は終わっている。


剣とは思えないほどの斬れ味の鈍さ。まるで鋼鉄のバットで殴られたのでは?と錯覚するほどの鈍さでもって、アキトの体が吹き飛ばされる。確かに接触したグレンの剣は、アキトに裂傷を与えることなく、純粋な殴打でもって振るわれる。弾かれたアキトの体が再び空を舞い。


地面すら叩き割るグレンの剣から、炎の柱が立ち上った。

樹林の閉塞感に一役買っている大木。それを遥かに凌駕する勢いで、吹き荒れる炎の乱舞は膨張する。全てを食らいつくさんと、焼き尽くさんとして、世界を紅蓮に染め上げる。

とぐろを巻きながら発生した炎は、果たして何だった?

グレンの剣か、世界の悪戯か、リディアの魔術か、アキトの力か?断じて違う。それは、偶然でも気まぐれでもない。世界によって絶対的に定められ、絶対に捻じ曲げることのできないルールによって引き起こされた、必然の赤。

炎の柱は樹林を舐り、地面を焼け焦がしながら広がる。最早爆発と言って差し支えない炎の脅威に、確かに彼は飲み込まれた。


ジオ・グレンの姿は、紅蓮の大火に飲み込まれ、呆気なく掻き消えた。


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