第三話.サイファーの視察
だいぶ遅れての更新です。
気づけば半年前ですね(^^;
自分でも改めて読み直さないと話を忘れてしまってました。
今回はもう少し続けようと思いましたが、長くなりそうだったので、区切りました。
大変遅くなり申し訳ありません。
「……なぁんて、空とか飛べたら、サイファー様の元までひとっ飛びなんですけどねぇ」
ぱたぱたと、マリエッタがメイド服のスカートを仰ぐように振る。当然、今までの現象など、何一つ変わらず、マリエッタは誰もいない一本道で、一人寂しい芝居をしていた、というだけが継続されていた。
「はぁ……ほんとに置いていくなんて、サイファー様、容赦なしなんですからぁ」
誰もいない静かな田園風景。緑豊かな中に、ポツリとマリーが浮き立っている。
「ガルファージまで、行くしかないんですよね〜……」
再びマリーのため息が空に消える。それでも足取りは前へ進んでいく。後ろから真っ赤なトラクターがのんびりと走り、やがてマリーの隣を越えていく。
「もぉ〜、遠すぎですよぉ、こんな所」
マリーが背後を振り返り、誰もいないかを確認する。
「誰もいないですよね? ……うん、大丈夫」
誰もいないと分かると、唐突にマリーがメイド服のスカートを捲り上げた。日に焼けない白い足が太ももまで露出し、しなやかな足が露になる。
「いくら私を見捨てようとも、このマリエッタ、主の側が私の居場所。サイファー様、待っていて下さいねっ! 今から行きますからっ!」
そして、マリエッタが大地を小さく蹴り上げて、大幅に足を露出して走り出す。既に遠くに走ろうとしていくトラクターの背中に、その先にいるであろう、サイファーを求めて。
「っくしゅっ!」
用意されたテラスには前菜の野菜を使用した色鮮やかなテリーヌが置かれる。それを見たサイファーが、可愛らしいくしゃみを洩らす。
「サイファー様、お体がお冷えになられましたか?」
マルクスが日当たりに寒さを感じないこの場所でさえ、サイファーの体に障るのでは? と気遣うが、サイファーはマルクスに手を上げる。
「いや、マリー辺りが悪口でも叩いているんだろう」
キッと、そこにはいないマリエッタに対し、不満を口にしつつランチに手を動かす。
「マルクス、この後は視察になるのか?」
食べ終わるとトリノが食器を提げ、あたらな食事を運んでくる。サイファーはその純白のさらに可憐に盛られた料理には目をくれることなく、マルクスに予定を尋ねる。
「はい。昼食を先にとられたために、少々予定を変更し、対策検討会の方々とは現地にて合流し、その孤児院、村の視察を行います」
マルクスとトリノは、サイファーが食事をするのをそばで待ち、自分たちは食事を取る様子すらない。
「サイファー様、一つ宜しいですかな?」
同じように食事を囲んでいたワイナリーの所長が不意に口を挟む。
「何だ?」
温度のない冷たい瞳に、年甲斐もなく大人が子供に少し萎縮を見せる。だが、咳払いを一つに、所長が口を開く。
「あまり大きな声では言えないのですが、対策検討会には、どうもハーヴァイアンス家へ不満を抱くものが多いようで、今回の件に関しても、快く思わない者もいるようでして……」
周りにはサイファーたち以外誰もいないが、所長は体を乗り出すようにサイファーに話す。
「マルクス」
所長の言葉に、サイファーはただ、名前を呼ぶ。
一歩前に出たマルクスがサイファーに耳打つように体を曲げる。
「あまり公にはでてはおりませんが、この不作への対策が遅れていることが市民へのハーヴァイアンス家への不信に繋がっているようで、地域格差の是正を掲げ、中には謀反を計画する者もいるという情報はあります」
「対策は?」
所長が何を話しているのか、と少しばかり気になるように視線を向けるが、サイファーはそんなことには目を向けず、話を進める。トリノもまた、仕事に集中するように食器を下げる。
「ハーヴァイアンス家より、身分を隠しての調査員を数名既に派遣し、人物の特定には至っております。しかし、まだ行動に移る兆しが見えないため、調査を継続させております」
「無意味に拘束はするな。これから実際に視察して様子を探る。お前も別行動で探れ」
「はい」
所長には聞こえていなかったようだが、サイファーの表情は少しばかり険しくなっていた。
「では、サイファー様、道中のご無事をお祈りしております」
昼食を切り上げたサイファーはワイナリーで入り口に用意された車に乗り込む。サイファーが照らすから車に直接戻ったというのに、既に片づけを終えた様子でマルクスがドアを開け、トリノは後続する車の前でサイファーが乗り込むのを待っていた。
「今後の生産計画については追って連絡する」
それだけを言い残し、サイファーが乗り込むと、マルクスが所長と一言言葉を交わし車に乗り込み、車が動き出す。
「……やれやれ。どんな子供かと思ったら、恐ろしく冷めた子供だな」
そんな所長の、緊張が解けたように洩らす吐息を背に受け、車は山間部を降りていった。
「……」
走り出した車内は再び沈黙していた。マルクスは相変わらず予定が変更になったことを調整するようにペンを走らせ、運転手は運転に集中し、サイファーは外の景色に視線を動かしていた。
「いかがなされましたか?」
マルクスからはサイファーの表情は伺い知れないというのに、マルクスはそれに気づき声をかける。
「山間部から緑が減ったな」
意見を答えるわけではなく、ただ感想を述べるだけ。だが、その視線の先には下る景色の中に、緑が減り、徐々に黄土色の景色が色を放つようになる。
「この地域は元々降水量が他地域より少ないのです。その分を灌漑農法により補っておりますが、他の作物へ供給される水量には満足に達していない為、土壌環境が必ずしも肥沃というわけではないようです」
サイファーはマルクスの説明を聞くだけで答えることはない。相手がサイファーを知らない人間であれば、それは不安に駆られる沈黙だろう。
「栽培作物は?」
「はい。ガルファージでの作付面積の大半を占めるのは、主に根菜類となっております。肥沃ではない土壌にも強く、効率的な生産が調整出来ますのが、疫病に晒されやすいという難点が、現状では収穫高に影響しているものと」
緑が少ないとは言え、山を下ると一面に背の低い緑が所々に広く分布している。じゃがいもや人参などを栽培しているようだが、休閑地のような畑もそれに合わせて見られた。
「生産調整のためか」
サイファーはそれが、水不足による生産調整で畑が使われていないことに、小さく悩む息を吐いた。
「間もなくおつきします」
運転手が始めて口を開くと、フロントガラスの向こうに、人だかりが小さく見えていた。
「水を使わず、貧困な土壌でも育つ食物、か……」
耳を貸していないサイファーは、それでもただ外の景色を眺めるばかりだった。
やがて車が畑の路肩に停車する。すると待ったいたかのように数人が車の方へやってくる。誰もがスーツに実を包み、決して貧困に苦しんでいる様子のない、肥えた体つきをしていた。
「お待ちしておりましたぞ、ハーヴァイアンス家の当主様」
当然のように開かれたドアから、サイファーが降りたつ。一礼するマルクスにも顔を向けることも無く、サイファーは目の前で手を差し伸べる男を見る。
「随分と肥えた腹だな。畑はこれほどやせ細っているというのに」
サイファーはその手を握ることなく、男のスーツを見て、そう言い放った。たった二言で場が、恐ろしいほどに冷たくなる。
「サイファー様、こちらの方々はガルファージの農業協同組合の方々です」
「対策検討会の連中だな」
にこやかな笑顔が凍りついた面々に、ふん、と鼻を鳴らし通り過ぎるサイファー。馴れ合うつもりは無いらしい様子で、サイファーが先に牽制し、空気が重くなる。だが、そんなものに気をかけず、サイファーは男たちの奥でやせた体と貧相ないでたちの農夫たちの方へ歩く。
「ちゃんと食事はとっているのか、お前たち」
「これはこれはハーヴァイアンス様。お初にお目にかかります。私は……」
目の前に来たサイファーに農夫が深々と頭を下げ、挨拶をしようとする。
「そんなものはいらない。ちゃんと食事を摂っているのかと、聞いたんだ」
だが、サイファーは自らそれを打ち切り、問いに答えさせる。一瞬農夫たちが怯えたようにサイファーを見下ろすが、サイファーは強い眼差しでそれを見上げる。
「い、いえ。このところの不作で、市場へ出せる作物が少なく……」
語尾が弱くなる農夫。
「いかんせん、この地は深刻な水不足ゆえに、農作物のどれもが規格外として出回らんとですわ」
そんな農夫に言葉を被せてくるのは対策検討会の人間。サイファーが振り返ると、その男たちは誰もが強気の表情に戻っていた。
「お初にお目にかかります。私はガルファージの農協で会長を務めております、エーダ・ライコネンと申します。以後お見知りおきのほどをよろしくお願いしますぞ、サイファー様」
誰よりも食うに困った様子の無いライコネン。サイファーが一瞬のにらみを利かすが、まるで怯むことはない堂々たる態度でそこにいた。
「この地は元々トマト、ジャガイモの産地でしたが、近年の状況に、トマトはご覧の通りに枯れ果て、ジャガイモも満足いかない土壌の貧困に実の締りが悪いものばかりでして、規格外として市場を通らんのですわ。ハーヴァイアンス家よりの援助に頼ることを、切にお願いしたくお待ちしておりましたのですわ」
どこか不敵な表情を見せるライコネンにサイファーは何も答えず、検討会の人間を見回す。農夫たちとは異なり、生活に苦しさをみせているようには見えない。
「それは後で話を聞く。まずは近年の生産状況を聞かせろ」
サイファーは畑を見回し、検討会の人間の話しに耳を傾けていた。
「例年であれば、このガルファージの農耕地帯は有機栽培にこだわり、灌漑用水を利用しての、豊富な水資源と栄養源にハーヴァイアンス領の中において、自慢ではありませんが豊富な生産を元に、市民へ安く美味しい野菜を提供しておりました。それが近年の降水量の減少により、灌漑の水資源はワイン用のブドウ畑に多くを回され、価格競争の低いこちらの野菜へ回る分が不足し、規格にそぐわない小さいものや、害虫などによる被害を被ってまいりました。ハーヴァイアンス家よりワイン製造へのお力の入れようにはご理解を示しますが、その悪影響を我々は被ることになってしまったのが、この現状を生み、多くの農業就労者が廃業をやむなくされ、ガルファージの活気はご覧の有様になってしまったのですわ」
ライコネンの説明に、他の検討会の人間からも、批判的な声が上がる。
「確かに、ハーヴァイアンス領において、ワインは名産であり、国へ献上される一級品であることは我々も認識しております。しかし、それを足元で支えるべくの我々への対策が至らぬ点であることは、是非この機において、改善を要請したいと、我々は望んでいるのです」
遠まわしのようで、結論からすれば、サイファーには市民生活が理解できていない。当主として恥を知り、早く援助をよこせ、という非難と催促だった。
「マルクス、あれは何だ?」
そんな話を半分に聞き、サイファーは畑の中にある、シートに覆われた小山に目が留まる。
「あれは堆肥にする為に、肥料や規格外の野菜を発酵させているのです。有機栽培におきましては、有機肥料を使用するためです」
マルクスの説明を受けながら、サイファーが畑のあぜ道に歩き出す。
「ハーヴァイアンス様、一体何を?」
検討会の男が声を掛けるが、サイファーは何も答えずそこへ向かって歩き出す。マルクスも続き、男たちも、サイファーが何を考えているのか、と不満そうにしながら靴とズボンが汚れないように慎重になりながらついていく。
「……すごい臭いだな」
近くに来たサイファーが思わず手で鼻を覆い隠す。元々から畑に足を踏み込んだ時点から肥料臭さが多少漂っていた。だが、それはあくまで有機栽培にはありふれたことと、サイファーは気にしていなかったようだが、近くに来ると、その強烈な臭いに表情が渋っていた。
「メタンガスが発生しているようですから、あまり長くここにいると体調にきたします、サイファー様」
分かっていると言うように手を小さく上げるサイファーが、後ろから鼻を押さえてくる検討会に振り返る。
「畑にこれを散布するのか?」
「ええ、有機農法では、化学肥料を使いませんので、安全性を強調できるのです」
この匂いはなれないと仕方が無いですが、食の安全のためだ、と男たちは言う。しかしサイファーは、この臭いと、それにたかるハエなどを見て、安全と言う言葉に疑問を持っているようだった。
「マルクス、例のものは用意してあるのか?」
「はい。すでに手配しました。ですが、あれはこの農法にとっては……」
マルクスに耳打つサイファーに、渋る返答のマルクスだが、サイファーはそれで良いと戻る。
「本当に美味い野菜を、こいつらは知らないんだ」
その一言を残し、全員が元の場所へ戻る。
「なぁ、ライコネンさん。本当に援助金は踏んだくれるのか?」
「なぁに、心配することは無い。コレだけの現状を見せれば、手はこちらにある。相手はまだまだ青臭い子供だ。俺たちの経験には及びはしないわけだ。まぁ見ていろ。ここまで追い込んだ意味を教えてやらねば、ハーヴァイアンスのカブを落とせないからな」
そんな会話が背中で囁かれていることに、サイファーは気にすることが無かった。
「マルクス」
「はい」
時折あぜ道の歩きにくさに体を揺らしながらサイファーが呼ぶ。靴に若干の土がついているが、そんな汚れすらサイファーは気にすることなく歩き、すぐ後ろを来るマルクスの視線は、その汚れを時折見つめるように下がる。
「奴らが何故農夫とあれほど違うのか、理由を探れ」
「かしこまりました。では、サイファー様のおそばにはトリノを置いておきます」
サイファーの隣を颯爽と追い越し、入れ替わりにトリノがサイファーを待つ。
「サイファー様、お靴に汚れが」
いつ気づいたのか、はたまたマルクスから指導があったのか、戻ってくるなりトリノは身を屈め、サイファーの靴を手際よく磨き上げた。
「別に気にしない」
「いえ、当主たるサイファー様には、いつ如何なる時も整えられていなければなりません」
「固いのも困ったものだな」
トリノの譲らない主張に、サイファーが初めて、小さな笑みを見せた。
「サイファー様、次は畑の作物をご覧いただきましょうかね」
そんなひと時を破るように、男たちが農夫を呼ぶ。慌てて農夫が作物を用意しようとするのを、サイファーが不意に止める。
「待て。実際に僕に収穫させろ」
「は? サイファー様、何を仰いまする? そんなことをしては、汚れてしまいますぞ?」
「構わん。この手でガルファージの実りを実感したいんだ」
唐突な申し出に、検討会の面々が顔をそろえる。
「ではサイファー様、履物だけでもお替えしましょう」
「あるのか?」
「はい。あらゆる事態に対応するのが、私たちの仕事ですから」
少々お待ちくださいと、トリノが車に戻り、トランクを漁る。
「宜しいのですか、サイファー様?」
サイファーの付き人がいなくなると、検討会の面々がサイファーを取り囲むように集まる。それは少々大人の威圧感があるようだが、サイファーは気にすることなく、むしろそれに対抗するように、強い視線を向けていた。
「ここは有機栽培畑です。むやみに土いじりとすると、その手が荒れますぞ?」
「止めておいたほうが宜しいかと思いますよ。農業には貴方のような伯爵家の身分の方が手を汚す必要がありませんよ?」
「それを決めるのはお前たちじゃない」
大人の意見を一蹴すると、雰囲気が少々悪くなるが、それを見越したようにトリノが戻ってくる。
「サイファー様、ご用意できました。こちらに足をおのせ下さい」
大人たちに囲まれたサイファーを救出するようにトリノが大人たちを割って、堂々とサイファーの前に跪き、片足を抜いだサイファーの足を自分の太ももに乗せ、靴を履き替えさせる。
「服が汚れるだろ。そんなことをしなくて良い」
「いいえ。これも私の仕事です」
サイファーがトリノを気にかけるが、トリノに一蹴され、諦めたように任せていた。履き替えた靴は、革靴ではなく、汚れても良いようにと動きやすい靴で、履き替えたサイファーは畑に歩き出す。それについていこうとする大人たちだが、トリノがサイファーの後ろにつき、一定の距離を確保する壁となっていた。
「農夫、お前の畑はどれだ?」
「は、はい。私の畑はこちらでございます」
先導する農夫が案内する畑。そこは決して手入れの行き届いたものとはいえないほどに、所々の作物が枯れ、雑草も生えている。
「作物に活気がないな」
率直な感想は事実であり、作物の葉は、元気良くぴんとした張りは無く、しおれている。
「取水制限があり、肥料も満足に行き届くことが出来ないんですわ」
「農協だけでは賄えないのが現状でしてね。ぜひともハーヴァイアンス家の支援に期待したいところなんですがね」
この現状を見て、男たちは媚を売るようにへらへらと笑う。
「これはジャガイモか」
そんな声にも耳を貸さず、畑に踏み込むと、サイファーの足は柔らかい土に体が沈む。
「はい。今はジャガイモくらいしかまともに栽培が出来ないんです。トマトもご覧の通りの有様でして……」
まともにと言う割には、サイファーが触れるジャガイモの葉は、やはりしなびている。
「一株掘っても良いのか?」
「は、はぁ、どうぞ」
検討会の男たちは何をする気だ? とサイファーを見るだけで、あぜ道に立ち、畑に入ろうとすらしない。トリノはサイファーのすぐそばでそれを見守る。
「土が随分乾燥しているな。それに……実りも小さいな」
サイファーが身を屈め、力を入れて引き抜くが、想像以上に軽く抜けてしまった。土がパラパラとおち、小さな砂煙が立つほどに土は乾き、その実りは、想像以上に小さなものだった。
「これは規格外だな」
「全くです。今のガルファージはなかなか規格に合う商品が出来ないのですわ」
男たちが声を掛けてくるが、近寄っては来ない。農夫は何も言えないようで、もの悲しげにサイファーの持つジャガイモを見つめていた。
「……」
サイファーは何かを考えるようにその手を見つめる。
「トリノ」
そして、何かに気づいたようにサイファーが振り返る。
「このサイズは食べられるものだったな?」
「はい、サイズは小ぶりですが、この大きさでしたらスープなどに、当家でもお出ししております」
農夫はこれでは売り物にならないと、検討会の男たちと同じようにため息を漏らしているが、トリノは、これは食べるには問題ないと一言で、そんな意見を切り捨てる。
「価格はどうだ?」
「販売されているものとしては、ほとんど出回ってはおりません。当家においては、マリエッタが主体となり自家栽培として栽培しておりますので、大きさに関係なくサイファー様のお口に届くものへと調理しております」
販売するには価値が出ない。だが、食べられる。
「おい、お前たち」
サイファーが検討会に声をかける。
「これはどうするんだ?」
「それはもう商品価値がないので、堆肥、もしくは、農夫たちの食料となるだけです」
「その程度の品質では市民に食べさせるわけにはいきませんので」
「それよりもハーヴァイアンス様。そろそろこの状況への援助金についての検討のほどを致したいと思いますゆえ、そろそろ我々が用意した場所へと……」
男たちが臭いもあってか、そろそろ援助金の話をしたいと本題を持ち出すが、サイファーが呆れたように声を上げた。
「お前たちは金のことしか頭にないのか? この現状を見て金さえあれば全てが変わるとでも思っているのか?」
いい加減に耳ざとかったようで、その直球に男たちは子供であるサイファーに呑まれていた。
「自分たちの腹は無駄に肥やし、農夫にはまともな支援もない。よくその体で言えるものだな、このハーヴァイアンスに向かって」
その口調は怒号ではない。淡々とした冷酷な口調。農夫はすっかり萎縮してしまっていた。
「談合など必要ない。ガルファージへは緊急援助資金を供給はしない」
「なっ……!」
一応にして広がる同様。資金援助をしないと言われ、検討会の男たちが言葉を失う。
「変わりに、ガルファージにはハーヴァイアンスから物資の支給と農業改革を行う為に、農業地域、アルトバースから派遣団を要請し、根本的改革を行うこととする。お前たちには、これ以上私腹を肥やす金の流れは作らない」
サイファーが農夫を見る。その強い視線に一瞬怯むが、サイファーは声色をもどした。
「農夫。お前が苦労しているのは見ていて分かる。恐らく他の農家も現状は変わりがないんだろう。無駄な資金の考え先よりも、今は一刻も早い土壌の改善と現状を最大限に利用できるこの地で新しい農業を開かせてやる」
「あ、ありがとうございますっ」
農夫にしてみれば、農協と同じく資金があれば良いことではあろうが、この現状において、資金だけ与えられた所で大々的な変化は望めない。ならば、改善できる仕事を手助けされたほうがすぐに生産を開始することが出来る。農夫が選ぶのはやはり後者なのかもしれない。
その言葉に、男たちは表情を濁し、唇を噛んでいた。
「お待ち下さい、ハーヴァイアンス様」
そして男が一人切り込んでくる。サイファーの鋭い視線に、一瞬怯みを見せるが咳払いでごまかした。
「失礼を承知で申させて頂きますが、我々農協は、国内の農業を取り仕切るが職務であります。それゆえ、一地方のみに伯爵家より直接の農業改革と言うものは、いささか他地域との競合にフリが生じる問うものではありませんかな?」
サイファーがその言葉に詳しく話せ、と視線を向けると、男たちが途端にその男の言葉に肯いた。
「我々が行う農業は、伯爵家ならびに王宮よりの資金的援助においてはその意向を取り入れ、経営努力へ繋げます。しかし、それはあくまでも援助であり、支援者の直接の指導によるものではありません」
「そうでありまするぞ。我々がこの道を行く、言わばプロフェッショナル。伯爵家といえど、我々が育んだ技術、能力には劣りましょうぞ。ならばこそ、援助を行い、我々の改善をご覧頂きたく思いまするぞ」
表情を一変し、サイファーを見る男たち。
「サイファー様、どうやら伯爵家だけではなく、この国内を取り仕切る以上、農協と言う組織として動かなければならないようです」
サイファーに耳打つトリノの声に、サイファーは小さく鼻を鳴らした。
「下らん。お前たちにはもとよりガルファージ農耕地域として、特別に支援はしてきたはずだ。それをもってしても生産が落ちるのは、どこに責任がある?」
支援をしてこなかったわけではない。伯爵領地として、ハーヴァイアンス家が支援してきた中での、この不作。それを改善するには十分な支援をしてきたはずだ、とサイファーの視線は鋭く男たちを射抜く。
「ハーヴァイアンスより農協への支援金につきましては、年生産高の二十%を当家にて購入し、その倍価の支援を開墾当時より行っております」
トリノもサイファーに加勢すると、立ち上がった氾濫の煙がたちまち行く手を失う。
「し、しかしっ、何の知識もないハーヴァイアンス家直々であらば、これ以上の不作に陥った場合に、どのように責任をとられるおつもりですか?」
「そうですぞ。我々ならば、国土に誇る農業地位を生かし、不作であろうと、他地域より流通を滞らせることなく市場を安定させることが出来るのですぞ」
それでも食いついてくる男たちに、トリノは失望したように視線を逸らし、サイファーも相手に不快感を与えるようなため息を盛大に吐いた。
「誰がこの地を貸し与えていると思っている? 誰がこの地で開墾することを認め、今日までその内容に口を出さずにいたと思っている?」
サイファーの軽い怒号が男たちを大蛇のように飲み込む。
「お前たちは我がハーヴァイアンス家が農業の素人だと思っているようだがな、勘違いも甚だしいぞ」
一蹴する言葉に、返る言葉は無い。男たちは完全にサイファーに押されてしまっていた。
「サイファー様、あちらを」
言葉を続けようとしたサイファーに、トリノが何かに気づいたように囁き、サイファーがトリノの視線を追う。すると、農道に目立つ黒い人影がよたよたと動いている。
「はぁ……はぁ、ひぃ……ひぃ……ふぅ……」
それは、マリエッタだった。はしたなくスカートを捲り上げ、素足を晒し、表情に女らしさはなく、疲労した表情で全身を使い呼吸をしていた。
「なんて顔してるんだ、あの馬鹿は」
「ですが、予定より随分と早いようですね」
二人の会話に、男たちがその視線を追う。
「あれは……?」
「随分とはしたないメイドですな」
「ウチのだ」
え? と、醜いと顔をしかめる男たちにサイファーが突き刺すように言うと、驚きに視線が戻る。
「ちょうど良い」
だが、サイファーはマリエッタが現れたのがちょうど良いタイミングだと小さく笑うと、男たちからマリエッタに姿勢を向ける。
「マリー! さっさと来い」
疲弊していたマリエッタが、どこかぼんやりとした表情で声に気づき顔を動かす。
「あっ! さ、サイファー……様ぁっ!」
サイファーに気づいたマリエッタの表情がパァァと明るくなる。だが、疲れに動きにはさほど変化はなく、のろのろと向かってくる。
「あれがハーヴァイアンスのメイド、なのか……?」
「何があったと言うんだか、随分とだらしのないメイドですな」
「こちらにも事情と言うものがあります。あなた方の私見にてのご判断はご遠慮願いたく思います」
サイファーがマリエッタに注目している間に、男たちがマリエッタに呆れているのを聞いて、擁護するようにトリノが口を慎ませる。マリエッタとの相性が悪いというのに、他人にマリエッタを非難されるのは、トリノの理に反するようで、背中からかけられるその言葉に、振り返る男たちは、言葉を発せ無かった。トリノの視線も決して穏やかではなかったからだ。
「遅いっ! 後五秒で来なければ帰りも走らせるぞっ」
「ひ、ひぃ〜んっ! そんなっ……悪魔ですかぁ〜……」
サイファーの叱責に、マリエッタの情けない声が緩やかに風に乗る。
「そんなに走るのが好きか、お前は? 良いんだぞ、別に?」
愚痴も出したくなるマリエッタではあるが、サイファーはそんな事情を酌むほど優しくはなかった。
「い、いいいやですぅ〜、い、行きますっ! 行きますよぉ〜」
全身で呼吸をしながら愛らしい表情をどこかへ落としてしまったような必死の形相でマリエッタがサイファーの元へやってきた。
閲覧ありがとうございました。
次回は、少し農業の話になりそうです(^^;
では、次回更新予定作ですが、次回更新予定作は「三世界戦争」です。
更新予定日は、5月20日以降になりそうです。
毎度遅い更新で申し訳ありませんが、仕事を優先しておりますので、ご了承くださいませ。
また、お詫びに連載していたドレスコードロックオン、ですが、これから連載を継続していくことにしました。




