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第二話.空飛ぶマリエッタ

少しばかりの更新です。


時間がなく、書こうと思っていた展開まで書ききる前でしたので、少し物足りなさがあるかもしれませんが、次からはまたはちゃめちゃ系にもどるかもしれません(笑

「まもなくガルファージに到着いたします」

 マリエッタを捨てて? からかれこれ一時間。お遊びで下ろしたわけではなく、至って本気でマリエッタを二台の車は見捨てた。その先頭を行く車内は実に静かで、会話などマルクスの説明が入るだけで、サイファーも自ら口を開くことなく、車窓に肘をつき、静かに眺めていた。この状況で眠気を誘われそうだが、ハイクは運転に集中し、マルクスはT機折り休憩を挟むように静かに息を吐き、車窓を眺めては再び書類を見ていて、サイファーだけが手持ち無沙汰のようであった。

「疲れたな」

「もうしばしの辛抱にございます」 

 一見して広がるのは、農村地帯。平坦な道のりは、やがて少しずつ勾配を増し、一面の小麦畑から、緑が姿を現す。しかし、その緑は森林としての山の緑ではなく、規則正しく、かつ、背丈の小さな緑が並んでいる。満遍なく日光が当たるように山を爆破してその岩石を積み上げ、段々畑の山へと改良し、そこに植えているのは葡萄。ワイン製造の盛んさを思わせる光景。それでもサイファーは興味なさげにそれを見ていた。

 山間部を走る車の左前方に、ガルファージに入ったことを知らせる看板が車窓を流れていくと、山間に平坦な土地が現れる。

「ようやく着いたか」

 町並みは至って平凡。村を多少華やかにした程度で、それほど賑わいのある町というわけではない。その中でどころ狭しと看板が並び、その全ての表記にはワインと記されている。

 ハイクの運転する車が、その中の一軒のワイナリーへと入り、駐車場に止まる。

「ご到着いたしました」

 マルクスがまず車を下り、反対側へ廻るとドアを開ける。

「ん」

 外気の爽やかさにサイファーが大きく息を吸い込みながら車を降りる。後続の車からもトリノが大きめのバッグを持ち、下りた。その中には恐らくサイファーの身の回りの世話をする為の道具が入っているのだろう。サイファーがマルクスと共にトリノの前を通り過ぎると、トリノは頭を下げた。

「ハーヴァイアンス・サイファー様。お待ちしておりました」

 それをワイナリー入り口で待機していた所長が迎える。サイファーよりも四倍程は生きているだろう。多少体が太り気味だが、人柄は良さそうな表情をしていた。

「本日はヴィアンスワイナリーの視察を兼ねた今後の経営方針の打診に参りました」

 マルクスが手短に用件を伝える。

「案内しろ」

「こちらへどうぞ」

 サイファーが歩き出すと、所長が先頭を歩いてワイナリーへ入っていく。

「あぁ、それからそちらのメイドさん」

「はい?」

 だが、思い立ったように所長が足を止め、トリノを呼ぶ。

「ご昼食には、ぜひテラスをご使用下さい。ブドウ畑が一望出来る場所ですから」

 自慢したいようで、所長がそう促すと、トリノはサイファーを見る。

「厚意は受け取っておけ、トリノ」

 サイファーが承諾の返事をする。

「かしこまりました。ご用意いたしておきます」

 自己決定力はないようで、トリノはサイファーの意見に従いサイファーとは別行動に歩いていった。

「経営はどうだ?」

「はい、おかげさまで前年度の三十六%増を更新しております。今現在ガルファージは水不足ですが、それでもワインにとってみれば濃縮された甘さに一段と深い味わいのワインが出来そうです」

 ワインは葡萄を生産するに当たって、大量の水は厳禁。葡萄の木が生長しすぎたり、葡萄が瑞々しさを過剰にもつと上質なワインが生産出来ない。しかし、水不足も枯れてしまう。年間降雨量が500〜900ミリが最適と言われているが、所長はそれほど深刻視はしていないよう。

「元来の地下水の貯水量に加え、土壌の保水性質も相成っているのでしょう」

 マルクスが補足を言葉にすると、所長が肯く。

「他の農作物にしてみれば少量なのでしょうが、ブドウに関しては今年は日照にも恵まれ、上質でフルーティーなものが生産できることと思います」

「そうか。今年の出荷総量は幾らくらいになりそうだ?」

 それでもサイファーは未成年。ワインを口には出来ない。そのせいか、所長がワインの話をしても、あまり興味を示さず、数字を求める。

「今年の年末前には新酒として、三万七千本を国内、海外へ出荷を見込んでおります。その他のワインを合わせますと、約十万本を卸す予定です」

 ワイナリーとしてはその本数は必ずしも多いというわけではない。生産量に限界があり、ワインの生産には月日を置く。それはそれだけの設備を必要とし、需要ある限り供給できるものではなく、所長の言う予定がこのワイナリーでの限界生産量でもあった。

「このあたりの畑をいずれは統合して、他のワイナリーと合併すれば、まだ上がるんじゃないのか?」

 サイファーの率直な疑問に、所長が首を捻る。

「確かにそうであれば、ガルファージのワインの生産量は数十パーセントは上がるかもしれません」

「サイファー様。我がハーヴァイアンス家が出資しているワイナリーはヴィアンスワイナリーとシャルテナワイナリーです。他のワイナリーに至っては、いずれも社交界でのご存知の顔ぶれの企業様方が出資されているので、それは現段階では厳しいのです」

 所長とマルクスに言われ、つまらなそうに、小さく舌打ちをサイファーが響かせる。経営統合し、ガルファージを活性化させる。しかし、単純にそう思うだけでは商売にならないと、所長とマルクスがサイファーの考えに注釈した。

「いずれのワイナリーも経営危機というわけではありませんし、どのワイナリーにも特色あるワインを製造していますから、地域一体を、というのは我がハーヴァイアンス家領地であろうと、他への懸念が残されます」

「……そう言うことです、サイファー様。ウチにしてみればありがたい限りなんですがね」

 所長が苦笑するが、サイファーは統合による利益の配分、生産高の格差、雇用、給与、税収などを少しはシュミレートしたのか、二人に言われると、それ以上その話題を持ち出しはしなかった。

「畑を見に行く。どこだ?」

「あ、はいはい。こちらでございます」

 ワイナリーで販売されているワインを見ていたサイファーは、窓の外の緑の方へ歩く。

「……強権に出ない辺り、サイファー様も成長されたようですね」

 先を歩いていく二人に、マルクスは少しだけ口端を上げて、小笑いを浮かべていた。

「これがブドウ畑なのか……」

 外に出たサイファーの視界は、一面のブドウがまだまだ緑の実りを保っていた。涼やかな風が葉を揺らし、サイファーの前髪を吹き抜けた。

「ええ、ここから見える土地は全てウチのワイナリーなんですよ」

 所長が満足げに見渡す。

「こちらのブドウは貴腐ワインとして、ハーヴァイアンス家に納品されるものを覗き、国王陛下への上納されるものが生産されています。そのうちの約三割が市場へ出され、主に三ツ星以上へ下ろされています」

 マルクスが補足説明を加えると、サイファーの表情が若干不満げにマルクスを見る。

「一般市場へは出ないのか?」

 これだけの畑があるのだから、もっと一般家庭に。そう視線は不満を持つ。

「一般のテーブルワインとしては、近隣のワイナリーと共にガルファージワインとして、この畑の向こう側の畑で作っているんです、サイファー様」

 所長がテーブルワインとして別の畑を共同で生産しているというが、サイファーの表情は晴れない。

「何故貴腐ワインだけに拘る? ガルファージは生産高として利益が出ているわけではないだろう?」

「サイファー様、ワイナリーには特徴が必要なのです。我がハーヴァイアンス家領地での生産高を支える為にも、貴腐ワインとしての生産とテーブルワインとの生産には調整を持つのです。今年のように恵まれた気候である場合には……」

「貴腐として投資にあてるのだろう?」

 マルクスの言葉をサイファーが掻き消し、マルクスが短く肯いた。

「これだけの土地を有しての生産高が低い。これからはガルファージワインの方へも力を注げ。閉鎖的ワインにこれからの未来は見えん」

 サイファーの率直な物言いに、所長とマルクスが顔を見合わせ、渋らせる。そうすぐには方向転換は出来ないと表情が言っている。

「サイファー様、ワインには年間を通しての生産をワイナリーにてそれぞれ予め計上しております」

「なので、こちら側としては、自在に生産を切り替えるわけにはいかないのですよ」

 二人の反応はやはり良くはない。だが、サイファーはそんなものはどこ吹く風だった。

「なら、本年度の出荷が終了する前に会合を開く。今後の計画を一新する。マルクス、期日の調整と各ワイナリーへ通達しておけ」 

 話しは聞かない。それは既に決定事項として処理されてしまう。サイファーがこの土地を所有する領主である以上、強行決定ではなく、会合による編成を開くと決めた以上は、従う他はない。この地で経営を続けるには。

「……畏まりました」

 それでも二人は少々困り顔でもあった。

「では、出荷作業へご案内します」

 これからワイン畑は枯れを迎えてブドウはしおれていく。だが、ワインには相応しい熟成されたブドウが出来上がる。サイファーは近くのブドウを一粒摘み、口に運びながら所長の案内にワイナリーへと戻る。

「甘いブドウも、もっと民へ広めなければ、衰退を辿るだけだ」

 そんな一言を、誰にも聞き取られることもなく、風の中へ消えていった。


「はぁ、はぁ……」

 実に閑散とした田園風景。緑の絨毯を風が撫で、路傍の野の花が鮮やかに陽光を浴びている。

「う、うぅ〜……ほんとに見えないじゃないですかぁ〜」

 その中を影のように黒いメイド服を纏い、遠くに見える緑の山へと続く道を望む中で、マリエッタは走っていた。既に走り去った二台の車の姿はマリエッタの視界にはない。

「酷いですよぉ〜……こんなことってなしじゃないですかぁ〜」

 マリエッタは走る。誰もいない道をただひとり。しかし、その走りには遅れはなく、一定の速度と歩幅でスカートを両手で持ち上げながら、軽く呼吸を整える呼吸だけで走る。疲労はそれほど見受けられない。

「私何も悪くないのにぃ〜……」

 マリエッタの口からは誰にも聞かれることのない愚痴ばかりが飛び出す。片田舎を走るメイドと言うのは浮いている。しかし、それを恥じることもなくマリエッタは不満だけを垂らせている。

「これじゃぁ、何のためにご同行したか分かりませんよぉ〜」

 愚痴から少しずつ泣き言に変わっていく。

 そして、ふとそこでマリエッタの走りが止まる。

「……誰も見てないですよね?」

 周囲を警戒するようにマリエッタが視線を向ける。幸いなのか単に寂れているのか、見える田園風景には動物と言う生き物の姿は見えない。もちろん人間の姿も。

「トリノとマルクスさんにはダメって言われたけど、このままじゃ、サイファー様がトリノに取られちゃうんだし、良いよね?」

 このまま走っていったところで埒が明かないと判断したようで、自分が到着した時にはもうサイファーは屋敷へ戻る頃かもしれないと、マリエッタが、スカートを持っていた手を下ろし、スカートの裾が再び露になっていた足を隠す。

「サイファー様とのお約束は破っちゃうけど、別に誰も見てないんだし、気にしない気にしない」

 マリエッタが自己正当化するように笑う。それは忠義を尽くすサイファーへの裏切りへの心残りを払拭するように笑っていた。

「サイファー様、ごめんなさい……でも、サイファー様が悪いんですからねっ」

 最後の最後まで、自分に非があることを認めることはなく、あくまで責任転換として他者への責任として、自分を棚に上げて、もう一度周囲を警戒する。

「誰もいませんよね。うん、いないです」

 大きく一人でマリエッタが肯く。そして、大きく息を吸い込むと、サイファーが走り去っていった山の方を見つめた。

「マリエッタ。エネルギー50%脚部噴出孔へ装填、射出ッ!」

 マリエッタがそう言うと、マリエッタの足から激しい土ぼこりが立ち上り、スカートが大きく捲れ上がる。当然、スカートの下の白い下着がストッキング、ガードルと共に露になる。だが、誰もそれに注目する者はいない。

「サイファー様、待ってて下さいねっ! すぐにお傍に参りますからっ」

 マリエッタが空を見上げる。真っ青な空に白い雲がのんびりと流れていく。しかし、その足元は車のエンジン音など掻き消してしまうような轟音と共に、道路と隣の畑の細かい土が舞い上がり、現実離れした存在の尊厳を主張するようにマリエッタは激しい風を纏い、下ろしていた腕を横に広げた。

「マリエッタッ! いっきまーすっ!」

 マリエッタがジャンプするように大地を蹴った。すると、吹き上げていた土ぼこりの中から、空に向かい、白煙が全てを吹き飛ばすように、田園風景の中に吹き上げた。地を蹴ったマリエッタは、そのまま重力に引かれることはなく、そのまま轟音と共にスカートを大きくはためかせて、空へと飛び上がった。

「サイファー様ぁっ! 今行きますよぉっ!」

 誰も見ていない空。鳥たちすらも見えないその空で、マリエッタは地上から見上げる空には白い下着をおおっぴろげにしたまま、白煙を吐き出す蒸気機関のように空高く、サイファーの向かったガルファージへ向けて空を切り裂いた。それは航空機でもなく、鳥でもなく、虫でもなく、轟音と共にメイドが空を飛ぶ非常識、非現実、理解不能の現状だった。


次の更新は三世界戦争です。


更新予定日は13日後半以降を予定してます。



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