ある月の出た真夜中に
クエバス坊やの後日談です。
時系列としては本編から3、4ヶ月後くらいです。
少しだけシリアスかも。
オレ、クエバス=バルミロは目が覚めた。
寝苦しかったからではない。ここに来てもうかなり経つのだ、流石に馴染む。
もしかしたら夢を見て起きたかもしれないけど、何の夢を見ていたかはわからない。身体を触ってみても、何ら異常を感じない。善悪関係なく、とりとめの無い内容だったのだろう。
オレは寝返りを打って、毛布をかけ直す。もう一度眠ろうとした。
したけれど、寝つけない。
「何故だ」
そのまま考えたが、どうしてもわからない。何とも言えない気分になる。
考えていたら少し喉が渇いた気がしてきた。
食堂に行こう。オレはゆっくりと起きて、ベッドから降りた。
そっと部屋を出て、施設の廊下を歩く。
ひんやりした石畳は、足音を吸収して漏らさない。
これなら職員や他の子どもたちを起こさずに、水を飲みに行けるだろう。
別に目が覚めたからといって、どうということはないのだ。
そもそも覚めたというのは起床という意味であって、何か特別な能力や思想を感受したことではない。
そこまで思ってから、不意に浮かんだ。
オレに何か特別な能力があれば、今も一族は存続していたのだろうかと。
オレの周りは常に熾烈だった。
自分より強い者の元へ集い、弱い者を喰らう。
強い者に従属しつつも、チャンスがあればその強者を喰らって自らが頂点に。
弱い者は庇護してもらっているのだから、強い者には逆らわずその身を糧に。
だから強者と呼ばれた者はいつも力を誇示して己の地位を固くせねばならないし、弱者と分類された者はいつも縮こまって日陰にいた。
オレの記憶が残っている前からそうだったんだと思う。
だからオレは当たり前と感じて見聞きし、行動した。
たとえオレの前では媚びへつらう部下が、オレの名前を使って強行に出ていても。
たとえ先日捕らえた他種族の者が奴隷にされ、次の日道端に転がっていようとも。
たとえオレを誇りとおっしゃる父上が、オレに何の関心を抱いていなくとも。
だって、当たり前と思っていたから。
領地の外でもこれが普通だと思っていたから。
音を出さないように食堂の扉を開ける。
日頃から施設の子供、あとたまに職員が一緒に掃除しているから清潔だ。
どこもかしこも領主邸の中で一番綺麗な父上の部屋よりも精錬だったから、来たばかりの頃は目を丸くしたものだ。でも何処でも普通の光景だと言われ、更に驚いたのは覚えている。今は毎日少しずつ掃除しているからだとわかるが、どうやってこの清潔さを維持しているかわからなかったからだ。
でも、ここが綺麗に見えるのは、毎日の掃除だけが理由ではないと思う。
コップに水を注ぎ、一気に飲み干した。
そのまま窓の近くまで歩き、部屋中を俯瞰する。今いる場所から見ると、部屋全体がくまなく見えやすいからだ。
月の明かりにきらめくコップを目の前でかざした。
確かに父上のお部屋も綺麗だった。それは覚えている。領主の仕事をする父上を見て、父上のように立派になりたいと思ったのは数え切れないからだ。
ただ父上のお部屋はひどく冷たく、固かった。
対して、この施設は酷く綺麗だ。
領主邸のように使用人が維持するのではなく、主に俺や他の子どもたちが行う。
面倒だしとても疲れる。それは来たばかりの頃と同じだ。
でも施設の中はずっと暖かく、柔らかい。
建築材料や調度品の話ではない。日の光や気候は関係ない。
領主邸と同じくらい綺麗なのに。
ここにいるとずっと居たい気持ちが溢れて、泣きたくなるのだ。
部屋に戻ろう。そう思ったとき。
一度だけコップに当たる光が鈍くなった。
つい、窓へ振り向く。もちろん誰もいないし、何もなかった。
オレは息を吐いた。そもそも『鈍くなった』と言っても、視界の端で光の加減が弱くなったように見えただけだ。オレの思い違いだろう。きっと夜遅くに起きているのが悪いんだ、早く寝よう。
コップを洗おうと窓辺を背にした。
「よぉ坊主」
すると目の前にはあの男がいた。
息が止まるかと思った。実際悲鳴を上げそうになって、でも悲鳴なんて上げたら他の子どもや職員を起こすことになるから、必死で我慢した。
手からコップが滑り、床へ付く直前に辛うじて両翼に納める。
ぜいぜいと息を吐いて、男を睨む。あいつは確かリューと言ったか。
リューは腹を抱えて声を出さずに笑っていた。
「ナイスキャッチだな、坊主!」
リューは上機嫌に親指を立てた。その様子に頭へ血が上る。
「どうしっ」
叫ぼうとして我に返った。今この施設は寝静まっている。そんなときに大声を上げたら、他に起きてしまう者がいるかもしれない。
いや、起きるだけならまだいい。
この男は普通ではない。我が領の精鋭たちを一撃で屠っていた怪物だ。
しかも大して動かず、力を込めず、遊びのように。
そんな男の元に他の者が来てしまえば、どうなるか。
考えたくない未来にぞっとする。
オレは最大限に警戒しながら、小さな声で凄んだ。
「どうしてここにいる、何しに来たんだ」
「何しに来たって、ちょっと顔を見に」
きょとんとしてリューは答えた。
あまりにも平然とのたまうから、身体の力が抜けそうになる。
いや、誰のだよ。
するとリューはす、とオレに人差し指を向けた。
オレ?
「そうお前」
リューはそのままで親指を中指から離した。
オレの顔を見に来たなんて、意味がわからない。何で。
「何でって、そりゃ気になったからに決まってんだろ」
リューはカラカラと椅子を引いて、乱雑に座る。
背もたれを抱くように寄りかかり、その上底で頬杖をした。
「それなのに、お前さっきから俺のことを殺人鬼扱いしやがってさぁ。俺は子ども相手に何やかんやする趣味はねぇよ」
わざとらしくため息をつくと、リューは呆れたようにオレを見たのだ。
言葉に詰まる。
リューの言ったことは事実だ。しかも一方的に悪人だと思われることは、誰だって良い思いはしないだろう。だが今突然現れたお前が胡散臭いことには変わりない。
オレはあえてむっとした顔をする。視線をそらして、リューに問うた。
「で、どうだ」
リューは目線を天井に向けて、うーんと唸った。
「まぁ、想定通りだったかな」
「なんだそれは」
意味がわからない。ごまかされたように感じる。それに想定通りとかいう言葉も気にくわない。まるでオレがこいつの手のひらの上で動いているみたいではないか。
リューは頬杖を解くと、顔の前で手を振る。
「あぁ違う違う。悪い意味じゃないんだ。むしろ良い意味だぜ、元気そうで良かったってな」
「信用できるか」
鼻を鳴らすと、情けない声を出してリューは破顔する。
椅子の背もたれに顔を埋めた。
自業自得だ。いきなり現れるし、言葉はわかりづらいし。もっとも言動に関しては、言わんとしていることがわかっても信用したくない気持ちが勝つのだが。
本当にこいつがわからない。一体何なのだ。
ん?と嬉しそうに、リューは突然顔を上げた。
「なんだ?俺に興味沸いた??」
「沸いてない」
いきなり何を言い出すのだ。
ギョッとしてリューを見ると、奴はわざとらしく笑う。
「えぇ、今お前が俺に興味を持った気がしたんだけどなぁ?おかしいなぁ?」
「だから沸いてない!」
躍起になって返せども、リューは笑みを深めるだけだ。
面白くなくて、オレはそっぽを向いた。興味など沸くわけがない。こいつがどうなろうとオレはどうでもいいのだ。オレとこいつは全く関係ないのだから。
不意に、頭の上へ暖かいものが置かれる感覚に気づく。見るとリューがオレの頭に触れていた。こいつ、勝手にオレに触るなよ。
振り払おうとして、はたと身体が止まった。
あいつが、今までに見たことないほど、ぬくもりに満ちた表情をしていたからだ。
ただよく見ようと目を凝らした瞬間、リューは先程までの軽薄そうな笑顔に変わった。リューは頭から手を離す。
「なあ、お前はリヴァグール騎士団ってわかるか?この国の騎士団、まぁ衛兵とか自治団の統括組織なんだけどさ」
「リヴァ?なんだそれは」
「そっかそっか知らないか、うんそっか」
うんうん頷きながらリューはオレの言葉を吟味していた。
とても機嫌が良く見える。確かに知らなかったが、もしかしてオレは今馬鹿にされているのか?ただ、馬鹿にしている気配は全く感じ取れないが。
リューは続ける。
「お前、身体動かすの好きそうだし?騎士団は身体動かすのが好きで、尚且つ強い奴が国中から集まってるから将来の選択肢としてどうかなって」
楽しそうにリューは首を傾げる。オレは思わず目を細めた。
リューの言葉は、まるで子どもがごっこ遊びを提案するような気安さだったからだ。そもそもこの時間に将来の夢を見せるのはどうなんだ。大人ならベッドに入ることを薦めないのか。もしくは子どもの夢はあくまでも夢だと思っているのか。
リューは大袈裟に肩をすくめた。
「まぁ、ちょっとしたお喋りだよ。夜更かしする子どもへのな。あんまり深刻に捉えなくてもいいぜ」
「やっぱりオレを馬鹿にしているのか?」
「違う違う、何か目標があれば楽しいかなって思っただけだよ」
「余計なお世話だ」
そっぽを向くと悪ぃ悪ぃとリューは笑った。
「とは言え、確かにそろそろ寝ないとな。育つべきところが育たないもんな」
「余計なお世話だと言ってる」
「そうだったそうだった。じゃ、俺は帰るから」
「あぁ、早く帰れさっさと帰れ」
リューは立ち上がって、椅子を仕舞う。そのままオレの後にある窓へ歩き出した。
オレの横を通ろうとしたとき、はたとリューは止まった。
「そうだ。リヴァグール騎士団に行けば、まだ他に良いことがあるぞ」
「なんだ?」
つい気になってリューの方を向く。すると奴はニッと笑った。
「俺の正体がわかる、かもしれないぜ」
「どうでもいい」
俺は即効で前を向く。とても内容の無い回答だった。あの程度ならもったいぶるな。鬱陶しさまでも感じる。
「まぁ兎に角、色々頑張れよ坊主!俺は応援してるぞ!」
リューは軽快に笑って、オレの肩を叩いた。
「――だからさ、関係ないなんて、一人ぼっちだなんて思うなよクエバス」
少しくぐもった声が聞こえた気がして、横を向く。
リューはいなかった。
窓は鍵がかかったまま、月の光が通り抜けていた。
「なんだ、オレの名前覚えていたのか、あいつ」
気の向くまま声を出すと、壁に寄りかかった。あいつには違うと言ったけど、オレはリューをかなり気にしてたようだ。全然わからなかった。
だが、何で気にしてたのかはわかる。多分、あの日からだ。
あの日、オレの部下を倒していたときからだ。
1対40と単純に見れば大きすぎる戦力差なのに、臆せず立ち向かったあいつ。
それを全て倒したあいつ。
卑怯な手段を使われても、最後にはきっちり倒したあいつ。
オレは何もできなかった。だがあいつは違った。
多分そのときから、オレの目標は父上ではなくなったのだ。
目標があれば良いとあいつは言っていた。
しかしオレには既にあるのだ、あいつよりも強くなるという目標が。強くなって、あの日のオレみたいな奴を助けるという目標が。
コップを片付けて、食堂から部屋に戻った。ベッドに入り、毛布をかける。
「関係ないなんて思うな、か」
まだあいつと話したことが、頭の中に残っていた。あいつの最後の言葉を思い出して、少しとっ詰まりを感じる。そのまま順繰りに話したことを思い出していくと、何に引っかかったのかわかった。
あいつはずっと、オレが思っていたことをズバリと言い当てていた。
だが、オレは果たして、自分の考えたことを口に出していただろうか?
出していても、それは始まりから終わりまでずっとだったか?
子どもの考えるくらい、全て見通していたのかもしれない。あいつは強いだけではなく、頭も良さそうだったから。あの日も的確にオレの部下を追い詰めていたし。
だけど理由は他にもあると思う。何かはわからないけど、絶対に何か、秘密が。
あぁ、あいつに聞きたいことが増えてしまったではないか!
毛布の中で羽根をむしりたい衝動を必死に抑える。
「リヴァグール騎士団、な」
あいつの言葉を噛みしめた。
行けば、正体がわかると言っていた場所。いや、あくまでも可能性のようだが。正体は兎も角、あいつが騎士団と無関係ではないことくらいわかる。
行きたい場所が決まった、騎士団だ。まず騎士にならなくては。
そのために、今は寝よう。
オレはまた夢の世界へ旅立った。
これで嘘じゃない本当の後日談は終了です。
今までご覧頂きありがとうございました。
【後書き兼挨拶】
嘘じゃない本当の後日談をご覧頂き誠にありがとうございました。
前日談に当たる『嘘じゃない本当の』が、思いの外色んな方に読んでくださったので、ええ、まぁ、調子に乗って書いたのがこの作品になります。
なのに途中で何度も失踪するわグダるわあらすじ無視するわ終わる終わる詐欺するわ、もう罪状が累積して床が抜けるくらいになっていました。本当に申し訳ありませんでした。文章からわかりづらくて恐縮ですが、作者は本気で反省しております。本当です。
お待たせしてしまい、本当に申し訳ないです。
評価やブクマもありがとうございました。実はめちゃくちゃ嬉しかったです。励みになりました。
今後の展開とか色々考えてはいますが、ここは一度締めようと思います。文字数やらぐだぐだ防止やらの対策です。
残りは活動報告に書こうと思っています。ただ活動報告はかなりフリーダムな仕様になっています。
フリーダム上等、まだ色々知りたいという方は是非、活動報告へお越しください。
それではここまでご覧頂き、誠にありがとうございました。
シヲンヌ




