13
バトル開始ィィィ!
ジェネの怒声を合図に、前後から数人の男たちが俺へ飛びかかる。
瞬間、俺は屈んでから左へ一転した。
片足を着いて、さっと立ち上がりながらも周囲を窺う。
すると一部は抜けた左側へ突進していて、俺が完全に立つときには眼前に男の拳が迫っていた。
そのまま俺は真っ直ぐに放たれた拳を片手で受け流して、飛び上がった。
踵を返すように反動をつけて、その男の側頭部に右肘を打ち込む!
音もなく男は右側の壁へ吸い込まれていった。
同時にズガァンと、何か固いものが勢いよく崩れる音がする。
欠けた壁の欠片が、白目で痙攣している男の周囲に散った。
そして徐々に元の色とは別の赤が壁を彩っていった。
あ、つい。やりすぎた。
えぇと、あの、その。ま、まぁ一応加減はした、したはずだぜ?如何にも脳筋そうだったから来るって思ってたし、実際俺の想定内だったし。さ!
改めて飛ばされた方向を見ると、まだ男は倒れていた。
白目を向いているが胸は上下していたから、おそらく気絶しているだけだろう。
出血も絶命するほどはしていないし、止まっているのではと思えるくらいには鈍くさい。絶対生きてるわこれ。
けどド頭直撃だったから、数日は起き上がれないかもしれないな。
うん、そこは、その、突然殴りかかったし多分俺はあんまり悪くない、多分。
これって因果応報だろ?だと思えよ、な?
男たちは固まっていた。
まぁそうだろう。訓練積んでそうなゴリマッチョで猛禽類のおっさんが、細身のどこでもいそうな人間態の青年にブッ飛ばされて気絶したんだから。
しかも頭蓋出血というオプション付きで。
それなりに頑張って印象操作したのに無駄になったなぁ。
適当に砂を払って、俺は目を見張ったままのジェネを見やる。
「闇討ち、だっけ。どうしてこんなこと?俺なんかお前にやったっけ?」
勿論全部わかった上で聞いているけどな。
ジェネは答えてくれない。顔を強張らせたまま、立ち尽くしている。
それは前後の猛禽類たちにも言えることだった。
なんだけど。
しかめそうになる表情を押し止める。
停滞されると困るのだ。俺も暇ではないし、そもそもこの段階止まりだと詰めの材料が足りなくなるから。だからといって、これで終わりでも無さそうなのが更に困る。解散なら速やかに道を開けてくれるはずだから。俺は早く帰りたい。ついでにここまで騒いだら、煽るだけじゃなくてスッキリ掃除してから帰りたい。ちなみに掃除っていうのはあれだ、「汚物HA消毒DA!」っていう意味合いな。
仕方ない、こっちから仕掛けるか。
俺は今思いついたように首を上げた。
「あぁ、メンコのときにやったちょっかいか。へぇ、よくわかったなーホント!」
「な、じゃあやっぱりお前がなんかやってたのか!何をした!?」
「そりゃあ“何”かをやってたんだろ?っていうかそれだけかよ、子供?」
「あぁクソがッ、もう御託はいいんだよ、さっさと言えよ餓鬼!」
たまらずジェネは叫んだ。ガシガシと頭を掻いて俺を睨む。
体裁はゴミ箱の奥底へ葬られたようで、今にも歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
だけど、ここまで想定通りにキレてくれるとはなぁ。
後々やりやすかったからとはいえ、俺の目的はあくまで時間稼ぎ。非常に良い副産物である。一石二鳥とはまさにこのことか、猛禽類なだけに。猛禽類なだけに。
さて、奴さんはどう出る?
睨んでも全く態度が変わらない俺に、ジェネは下を向いた。額に手を当てる。
と、その肩をわなわなと震わせて笑いだした。
酩酊したかのように甲高い声は、不規則に乱勾配を繰り返す。
ひとしきり笑うとジェネは顔を上げた。ビスクドールのように表情がなかった。
そのまま腕を上げると、流れるように下ろす。
瞬時に男たちが俺へ飛びかか――
「何をしている!」
――ることはなかった。
時間稼ぎは成功したようだ。ジェネを始めとした男たちは一斉に止まった。
驚きのあまり瞳孔が点になっている。
聞こえてきたのは、仄かに威厳のある発展途上なアルトボイスだった。
でもそれ以上に、目に見えるくらいの動揺が伝わってくる。
「クエバス、様?どうして」
「尾行していたのだ、それよりこれはどういうことだジェネ!」
クエバス=ディア=バルミロは憤りを込め、部下を睨みつけていた。
っていうか、えぇ??本当にあれ尾行だったのか?
すごくわかりやすかったぞ、魔力まき散らしながら空飛んでくるから。
せめて地べたから来いよ。
あぁどうしよう、坊主がちょっと微笑ましく思えてきた。
客観的に見るとそれなりに失礼な俺の心情に気づくわけもなく。
坊主はツカツカと俺の横を通り過ぎてジェネの前へ立つ。ジェネはというとその何事もなかったかのように姿勢を崩していた。
目を凝らすとやっと焦りがあるのがわかるが、一瞬にして切り替えて見せたらしい。粗暴なだけかと思ったが、頭を務めるだけの度量はあるようだ。
「どういうこと、と言われましても会合していただけですので」
「ほぅ?一人を大人数で囲んで、攻撃するのがか?」
「時に攻撃的になってしまうのが議論というものです。随分白熱してしまったのでねぇ」
「話を反らすな!ちゃんと答えろジェネ!」
反らしてませんよぉと、間延びした返事に坊主は歯ぎしりする。
わざとらしい欠伸をするジェネをキッと睨みつけた。
「このことは父上に報告させてもらう」
「ほぉ、どのようにですか?」
「ジェネたちが下民をいたぶろうとしていた、と言うに決まっているだろう!」
「へぇ、そうですか構いませんが」
「覚悟しておけ、余裕ぶれるのも今のうち、なっ!?構わない!?」
自信満々に胸を張って宣言していた坊主は、思わずつんのめった。
そんなご主人様を放置して、のんびりとジェネ、いやおっさんは言葉を紡ぐ。
「ええ。お館様が常々おっしゃっているではないですか、『公爵家に相応しい振る舞いをし、その威厳を守れ』と。私たちはこのお言葉を守っているだけですから、むしろ、これで怒られるのは中断させた坊ちゃまです。下なる者を区別する姿勢を示すも貴族としての立場を保持することも、坊っちゃまは出来ていないですから」
「そうなのか・・・?」
「はい。まぁでも大丈夫ですよ。今からちゃんと直すことができれば、成人してから貴族然としたふるまいができるようになります。こういうものは最初から皆が皆、できるわけでもないですし」
困惑して黙り込む坊主の両肩へおっさんは手を置いた。
「ですからまず、次期公爵になるため他人と自らを区別し、対応することから始めましょう。貴族には危険が付き物です。下なる者は貴族のルールなど理解出来ないため、我らの領分を土足で踏み荒らすのです。また坊っちゃまご自身が持つ権力に群がって、勝手に威を借る者もいます。そのような奴らとお近づきにならないように、まずはご一緒にその男を殺るところから始めましょう。」
「いやどうしてそうなる」
思わず口を挟んでいた。
「確かに区別は大切だし、虎の威を借る狐はごまんといる。だがそれで坊主が俺を殺す理由は繋がんないだろ」
「繋がるんですよねぇそれが。貴方は坊ちゃんの敵ですから」
「はぁ?お前の敵の間違いだろ?それともお前の敵は坊主の敵とでも言いたいのか?」
「おーや、察しが良いじゃあないか三下にしては」
おっさんは腰に手を当て、胸を張る。
「俺たちバルミロ家の者に楯突くんだからなぁ、お前みたいな三下はぁ、坊ちゃんの敵で間違いねぇだろ」
ドヤ顔で何でもないことを言った。
四方八方にいる鳥人間たちも同じ意見らしく、満足そうに頷いている。
「だから殺すんだよぉ、そして晒す。首だけにして、それ以外は魔獣に食わせるんだ。あと首の近くにはお前のやったことを書いた木版を置くのさ。もう二度と歯向かうヤツが出てこないようになぁ」
「ふーんへーんほーん、そう。微妙に長いな、寝そうになったわ」
「このガキはッ」
当てつけみたいに大きく欠伸をする。
すると1人を除いて鳥人間たちが面白いくらいに殺気立った。
前方に20、後方に23もいるからかなりの圧力である。
あっ、さっきぶっ飛ばしたヤツがいるから後方22か。
それでもこれは女子供泣いてしまうのでは?数の暴力とは残酷だな。
じりじりと壁がこちらへ迫る。
お頭、やっちゃいましょう!なんて声がそこらかしこで上がった。
ふと、ある存在が目に入った。
「なぁ坊主」
気がついたら声をかけていた。
何でだろう。不思議なこともあるもんだ。
坊主は弾かれたように顔を向ける。
「な、なんだ。何か用か」
その表情を見て、何で声をかけようとしたのか、かけたのかわかった。
「お前はどう思う?」
「どうって」
「お前は、そこのおっさんが言ってること、正しいと思う?良いことだと思う?」
「お、俺は」
クエバスは困惑していた。
おっさんたちの殺気にやられたわけじゃない。
勿論俺に話しかけられたからでもない。
いや、理由の一つではあるかもしれないけど、根本はちがう。
ハの字に曲がった眉。
そろりそろりと左右に動く瞳。
半開きの口橋。
最初に乗り込んできた覇気など形も無く、
羽を震わせながら、
周囲の大人に振り回される少年がそこにはいた。
あぁ、本当に。数の暴力とは残酷だ。
「――怪我したくなかったら、隅っこに行っとけよ。クエバス」
「え?」
目を開いて坊主は俺を凝視する。しかしそれは一瞬だった。
「お前ッ、まさかジェネたちとやる気なのかッッ!?」
「そうだよ坊主、ってなわけで。待ってもらえてサンキューなおっさん」
「まぁ坊ちゃんを怪我させるわけにはいきませんからねぇ。利子は嬲り殺すことでチャラに、なりませんねぇ高すぎて」
「そこは素直にお礼言っても良いんじゃねぇのおっさん」
「フン、余裕なのは今のうちだ。かかれテメェら!」
おっさんことジェネの声で前後から雄叫びが上がった。
40人規模になると流石に五月蠅い。坊主も耳らしき場所を塞いでうずくまる。
そして、壁が崩れた。爪を振り上げて屈強な男共が一斉に向かって来る。
「なっやめろお前たち、相手は1人の下民だぞ!低俗な真似は止せ!!」
悲壮な顔で、坊主は叫ぶ。だが聞こえないようで、従う者はいなかった。
聞こえたところで聞かないだろうけどな。
男共との距離が1mを切った。
俺から一番近いので前方3、後4ってところか。
少し離れて7、8くらい、前後で迫ってきている。
「ははは聞こえてないみたいだな坊主ぅー」
「お前も何を悠長にしている!逃げろ、危ないぞ!!」
へらへらしている俺を見て、坊主は真っ赤になって叫んだ。
距離はもうすぐ、目と鼻の先になろうとしている。
「いやーまぁ、見てろって」
俺は坊主へウインクした。
複数の殺気を帯びた爪が頭上に。
「俺、実はすっげぇ強いんだぜ」
落ちることはなかった。
俺の手のひらが目の前にいる、男の腹を押す。
ごしゃり、と何かが潰れる音がした。
押した方向へ男が吹っ飛ぶ。巻き添えにしたようで、3人一緒に宙を飛んだ。
「避けただと!?」
「かすりかけてたのに?!」
周りの男たちが、目を見張って俺を見た。
チャンスとばかりに、俺は一番近い男の肩に掴みかかる。
何か奇声を発せられたが、そのまま膝で蹴ると静かになった。
その容量で片っ端から飛びかかり、顔に首元に腹に、拳を蹴りを納めていく。
一度当てただけで動かなくなる。一回触っただけで飛んでいく。
いつの間にか怒号が悲鳴に変わっていた。
この程度で止まるのか。この程度で驕っていたのか。
「つまらないな」
早く家に帰りたくなった。
次回「突然の俺Tueee」
デューク「快進のリュー様ウルトラスーパーデラックス」
リュー様「上手くもないって最低だよな」




