12
大変お待たせしました。
これからバトルパートに移っていきます。
道いっぱいにずらっと筋肉隆々の男たちが並んでいた。
目線を向けただけで誰か殺せそうな眼光が、集約して俺を刺す。
口元、いや嘴はきつく結ばれていた。
握りしめた拳からは鋭い爪が鈍い輝きを放つ。爪をたてただけであっさりと、柔肌を貫通するような爪を持つ者は日常生活では中々お目にかかれない。
はずなのに、俺はふと、その凶器を数時間前に見たことがあるなと思った。
「よぉ兄ちゃん、さっきぶりだな」
中央のひときわ体格の良い男が、俺を呼びかける。
跳ねた短髪を揺らしつつ前に出た男は、逞しい体つきのあちこちに刀傷が目立っていた。この路地や時間帯も相まって、完全にカタギの者には見えない風貌である。どこかの組の幹部です、とか言われても信じられる自信があるぞこれ。
で。普通なら会いそうにもないこの男も、俺は同じく数時間前に会ったことがあって。どういうわけか舌なめずりをするように見つめてくる男へ、俺は眉を寄せる。これ見よがしに首を傾げてみた。
「ええっと。どちら様ですか?」
「はァ、連れねぇこと言うなよ兄ちゃん。俺、俺。俺だよ、俺!」
「そんなこと言われたって、俺は1銭も振り込みませんよ?」
「意味わかんねぇけど、多分そうじゃねぇよ」
男は親指の位置にある鋭い爪を顔に向ける。にまぁと左側の口角を上げて続けた。
「俺だよ、俺。クエバス様のお付きのジェネ=セドルドだよ」
うん。知ってた。
家名は流石に知らなかったけど、あの坊主が名前を読んでたから大体わかってた。
でも俺はやっと合点がいったという表情をする。
「あぁメンコのときの。紹介がありませんでしたし、全然わかりませんでした」
「そういやそうだったな。でも兄ちゃんの名前も聞いてねぇしお互い様だろ?」
探すのは苦労したんだぜぇ、と遠くから俺の顔を覗きこんでジェネは言う。
ねっとりとした視線。妙に熱が籠っているそれは、俺を逃すまいと縛りつける。
あくまでも比喩だ。でも気味が悪いのは変わらないし。
うん、まぁなんとなく状況はわかった。
何がしたいのかもわかった。うへぇ。気分悪くなってきた。
強行突破はできるか?
腕を組み、瞼を閉じる。【目】を起動させた。
俺を中心に半径10㎞圏内を俯瞰する。
結論から言うと、俺は囲まれていた。
前後の通路を完全に塞ぐ形で包囲されている。
俺の左右は壁で、超えると獄卒系の施設がある。壁の高さは俺より1m高いくらいだけど、登れない高さではない。無駄に鍛えてないし、ないし。
そのときだった。
ふと、1つの影が見えた。魔力の波を感じた。
およそ5、6㎞離れているそれは、猛スピードでこちらに向かってきている。
誰だ?
【目】を凝らしてソレを見て、息を飲んだ。こいつ――!
「おいおい兄ちゃん、目なんてつむってどうしたんだよぉ?おネンネかぁ?」
ジェネの声で意識が戻る。【目】を仕舞って瞼を開けた。
ニヤニヤしながら俺を見ていた。
剣幕に怖くて目をつむったのだと思われたらしい。
確かに【目】の起動やらは全部見えないようにしていたから、俺が目を閉じただけにしか見えないだろう。でも腹立つ。やっぱり強行突破してやろうか。
今まさに脳内会議に挙げようとしたときだった。
突然、先程まであった手の感触が甦った。
続けて今日この手を握って、一緒に歩いていた相手のことを思い出す。
それは硝子細工の危うさを持つ存在で。
小さいながら包み込むような温かさを俺にくれた存在で。
同時にある映像たちが、頭の中をフラッシュの如く切り替わっていく。
踏みしめた石畳に薄煙と、活気に満ちたテーブル席。
鉄道の赤いクッションに霧に包まれた竹藪、そして岩壁。
その場所には確かに俺と一緒にいた、小さなあの存在が刻まれていて。
初めはモノクロに現れたそれらは、花びらを運ぶ一陣の風の如く色づいていく。
すると目前で燻っていたにび色の焔が揺れた。
そのまま風になびくようにゆらゆらと萎む。
ついに跡形もなくなると、澄みきった月夜が眼前に浮かんでいた。
あぁ。やーめた、穏便に帰ろう。
ついでにさっきイラッとしたから満足するまでこいつら煽って帰ろう。
ん、全然穏便じゃないって?大丈夫大丈夫、煽るだけなら十分穏便だぜ。
だって物理的手段に出てないからな!
すいません、と俺は片手を上げた。
「俺はその先に行きたいからそこを通してくれませんか」
「無理だな」
「なら俺が家に帰りたいから」
「無理だな」
「なら俺を家に帰したいから」
「無理だな」
「なら俺を家へ帰さないから」
「無理だな」
「なら俺は家に帰れるかな?」
「無理だな」
ジェネが淡々と答えてくる。相手は大人しく逃してくれる気がないらしい。
ジェネの背後が少し前進していた。そりゃあここまで立ち往生させておいて、ハイさようならはあり得ないか普通。甘過ぎだ。
この目の前の謎現象()、どうにかして切り抜けないとな。
とりあえず何するつもりか吐かせよう。やりやすくなるし。
引き続きしらばっくれて、俺は首を傾げる。
「じゃあどうして通してくれないんですか?」
「そんなの決まってるだろぉ?兄ちゃんに用があるからだよ」
ごめん知ってた。
「どのような用ですか?」
「んんん?この状況でわからないのかぁ?」
「あ、はい」
素直さを全面に出して頷く。勿論フェイクだ。
大方予想はついている。けどさ、今俺はジェネへ何をするかを明確に吐かせるっていう目的があるから馬鹿になる必要があるんだな。だから目的達成できるんなら、間抜けのフリして馬鹿にされたって別にいい。何も思わないことは、ないけど。
ふと、背中からつむじ風のような圧を感じた。
感じられる魔力はどんどん勢いを増している。
それは、先程【目】で見た存在は、こちらへ向かっていた。余程危機迫っている様子で飛んできているからか、現在地が非常にわかりやすい。
これなら数分も立たずにこの場所へ到着するだろう。
ちらりと周囲の人壁ならぬ鳥壁を見やる。ヘラヘラと余裕綽々な態度に変わりはなかった。俺は地面に視界を移す。
まず、近づいてくる存在があちらさんの援軍である場合。
だが1名である。1名だ、1名では援軍としてはどう考えても少な過ぎる。一騎当千の援軍だったとしても、接近がわかりやす過ぎる。まるで倒してくださいと言わんばかりだ。だから、あちらの味方である可能性は非常に低い。
万が一本当に援軍だとして、増えたところで状況に変わりはないから今は割愛。
次は援軍ではなくこの状況に中立か、俺の味方である場合。
とりあえず、反応からして味方はない。
あんなにわかりやすく接近する奴らじゃないし。
だったら中立者が可能性として濃厚になってくる。
でもこいつは、おそらく尾行しているはずなのに、居場所がわかりやすい。
鳥壁共が気にしないのが不可思議なくらい、存在感がありすぎるのだ。
追跡者の位置がわかる尾行とか。
それ尾行じゃなくて同行って言うんだぜ、かなり離れてるけど。
もしかしたら、迷っているのかもな。
若輩者なりに考えて、だけど考えてもわからないからとりあえず突き進んでいるっていう若さ故の行き当たりばったり。いやはや、若いっていいな。
俺も若い頃は色々やらかしたんだよなぁ。
血の気が早かったというか、青かったというか。
あっ、やべ。今の俺は18歳だった。
うわー、口に出てなくて良かったぜ。
まぁつまり、迷うっていうのは若いだから許される特権だってことだ。
だから俺は大人として、時間を稼いでやらないと。な?
大袈裟なため息が前方から聞こえる。
何事かと顔を上げると鳥頭が目一杯に映った。
「おいおい冗談だろ?これでわからないとか箱入り過ぎっぞ!」
ん?何のことだ?
首を真横に捻って、俺は悟った。
如何にも端から見ると、急に黙り込んで必死に考えていたように見えていただろう。確かに考え事はしてたから間違いではないけど。わかりやすいなんてものを越えているくらいに侮られている、けど、好都合である。
気の抜けたように、俺は肩をすくめてみせた。
「あぁ。おっしゃる通り、俺はズレてるからな」
「かァーーそうかい、そうかい。大切に育てられてきたんだねぇ、うちのご主人様みたいによ」
俺は答えない。
だけどそれを肯定と捉えたジェネは肩をすくめた。
「じゃあ育ちのいい、お坊ちゃんな兄ちゃんに教えてやるよ。こういうときの用はなぁ」
「闇討ちって相場が決まってんだよォ!」
次回「前回の予告で今回戦闘するって言ったな?あれは嘘だ(土下座)」
デューク「なぁなぁ、闇討ちって宣言したら闇討ちじゃなくなる気がするんだけど」
リュー「俺が知るかよ」




