第2話 寄港地にて(1)
ケンカイ達を乗せた赤月号は、ある港に到着した。
ベルバウムの港とは比べ物にならないが、そこそこ大きな港である。
ベルバウムを出発してから2週間が経過している。
すでにペルセウア帝国の支配圏を抜けている。
この港は国の規模としては中規模である隣国の主要港のひとつだった。
首都には及ばないが、この国の2番目に大きな港である。
今までケンカイは進路付近にある港には必ず寄港していた。
目的は情報収集と息抜き。
それに商売。
ケンカイがやることは酒場通いが中心となるのだが。
行く前に港で、沖合で釣ってきた魚を売りさばくのである。
ケンカイが釣った魚は、すべて凍らせてある。
傷みやすい魚を、すぐに解凍可能な状態で絶妙に冷凍しているのだ。
ケンカイの日々の挑戦が産んだ保存方法である。
そして、売り方も奇抜なやりかたとなる。
ケンカイは魚の入った大樽を両肩に担いで歩くのだ。
樽だけで、一人では持てる重さではない。
それを両側の肩に一つずつ乗せて、二つ運ぶのである。
普通なら有り得ない光景である。
当然目立つ。
そして、ある程度人目を集めた後、無造作に地面に大樽を置く。
そこで、周囲の人間は気づくのだ。ケンカイが運んでいるのが空の樽では無く中身が詰まっている樽であることに。
「おい、にいちゃん。そりゃあ、何だ?」
「ああ、3日前に沖で釣った奴だ。こっちじゃ、何て言うんだ?」
大抵、興味を示すのは仕入れにきた食べ物屋の主人。
仕入れも仕込みも捌きも自分でやる小さな店の主だ。
「3日前にしちゃ、随分綺麗じゃねえか」
「そりゃ、冷やしてたからな」
「冷やす?」
「寒い時期なら、魚も長持ちするだろ。それだけのこった」
「いや、それだけってよ・・・」
怪訝な顔をする相手を見て、ケンカイはにやりと笑う。
「まあ、物を見て判断しろよ。悪いもんはオレは売らねえよ」
実際、ケンカイが釣った魚は高級魚である。
しかも、網で捕まえた傷の入ったものではない。
料理用の魚としては最高の状態に近いのだ。
「いまなら、どれでも一匹銅貨5枚で売ってやる。
早いモン勝だぜ」
「買った」
大量の魚を仕入れていく店主。
市場では倍の値段を出しても買えない高級魚が、より取り見取りなのである。
見る目のある人間は飛びつくのだ。
「おい、俺もくれ」
「こっちもだ」
そして、最初の一人が買うと堰を切ったかのように次々と購入希望者が群がってくるのもいつもの景色だった。
「おい、てめえ、誰に断ってここで商売してんだ」
そして、景気が良いケンカイに絡んでくるバカ達もいる。
勿論、次の瞬間、地面に倒れているのだが。
「オレも手加減が上手くなったな」
ケンカイは満足そうに頷いた。
大怪我をさせないように、的確に顎先を掠める様になぐりつけて優しく失神させたのだ。。
前回の交易都市ベルバウムでの経験で、こういうチンピラの中にも真っ当な連中がいることを知ったからでの手加減だった。
もっとも、だからといって上手く交渉しようとしたり、下手に出たりしないのがケンカイという男であるのだが。
「これ以上は面倒だからな」
「十分、面倒なことになっていると思うけど。あんたって、本当に乱暴よね」
そんなケンカイの傍らにいるのは、赤毛の美少女だった。
普段、寄港地に寄った時はケンカイは一人で行動することが多い。
以前なら、必ずといってもいいほど付き添いたがっていたリネスは、船が変わったことにより船上での仕事が増えてしまい、なかなか手が離せないのである。
だが、今回はイーリンが同行していた。
「ここは、ベルザウアの商館があるのよ。寄って顔を出しておいた方がいいわ」
「面倒だな」
「ちょっとケンカイ、何の為の旅だと思ってるの?」
「・・・いや、オレの島に帰る旅で、ちょっと寄り道をするだけだが」
イーリンの機嫌が悪くなる。
「わたしとの婚約を、ベルザウアの関係者に伝えておくことも目的なのよ」
「いつの間にそんなことに」
「あなたが何をする気か知らないけど、
ちゃんと顔合わせをしていた方が、ベルザウアの関係者の協力を得られる筈よ。
お爺様もそう言ってたんだから」
「そりゃそうかも知れんが」
今さらかもしれないが、あの食えない爺さんはケンカイを身内として取り込むことを隠そうともしない。
「だからといって、顔をだしてどうするんだ。オレなんて、只の風来坊。
お前らの商館の連中から見りゃ、不審者扱いだろう」
「お爺様が情報を掴んだら、近くの商館に届けておいてくれることになっているのよ。
わたし、よく判らないけど、情報が必要なんでしょ?」
機嫌の悪い目つきでケンカイを睨むイーリン。
ケンカイは、今回の事情の全てをイーリンに話していない。
イーリンも、今回の婚約に至った経緯から、何らかの隠し事があることを覚っていた。
かといって、自分から聞き出そうとケンカイに迫ることは無い。
自分の事情も絡んでの婚約なために、今のところは自重していた。
「だいたい、あんたを見て、只の不審者だとしか思わないような節穴は、うちの商館で働いていけないわよ。商人って、人を見る目が一番大事なのよ」
「そんなもんかね」
実際、ケンカイを見て只の旅行者だと思う人間はいないだろう。
黒髪、黒目は東大陸では珍しいが、ケンカイが目立つ理由はそこではない。
太い躰にまとわりつく筋肉の束。その上で野生の肉食動物の様な自然な動き。
さらに、魔力を感じる能力があるのであれば、一目で感じてしまう圧倒的な魔力量。
20歳程度に見えて、それ以上の年齢を感じさせる落ち着いた瞳。
戦士としても魔法使いとしても、ただならぬ能力を感じさせるのだ。
港で絡んできたチンピラの様な、脊髄反射で生きているような人間でなければ、何らかの注意を払ってしまうのがケンカイという人間の見た目なのである。
「まったく、だから、もっとちゃんとした服装をしてよね。
正装を全く持ってないなんて、びっくりしちゃうわよ」
「これじゃ駄目なのか」
ケンカイがしているのは、普通の船乗りの恰好に近い。
使っている生地が、ありえないほど上等な生地だったりしているのは、海姫の雷号に残っていた服をリネスが仕立て直した物だからであるが。
「駄目にきまってるじゃない。でも、途中で仕立て屋がある筈だから、超特急で体に合わせてもらうわよ。
わたしの知っている店だから、大丈夫。心配しなくていいわ」
「やれやれ、面倒だな」
ケンカイは肩を竦める。
肩が凝るようなことは嫌いなのだが、行方不明になっている海竜リオウや黒幕の可能性の高い幻の海賊に関する情報が欲しいのは事実である。
諦めて、イーリンについていくのだった。
「お嬢様、よくぞいらっしゃいました。
今回の船旅は如何だったでしょうか?」
その日の夕方頃。
途中にある仕立て屋の顔を金貨袋で殴るような勢いで、仕事を頼みこんだイーリンは、正装姿となったケンカイを連れて、港の商館に立ち寄った。
深々と頭を下げたのは、ベルザウア家の商館を任されている年配の男である。
齢は50を越えたあたり。
柔らかな表情の中に、狡猾な瞳。
いかにも、商売の手管にたけた商人といった様子の男である。
「急で御免なさいね。近くに寄ったら、顔を出すようにお爺様に言われているの」
「は、全て、大旦那様より伺っております。
それで、そちらの方が・・・?」
男の目の前にいるのは、尊敬する大旦那様の孫娘。
そして、その婚約者。
事前に、レイリクスから連絡を受けていたとはいえ、初めてみるイーリンの婚約者は衝撃的だった。
仕立ての良い服に身を包んでいるが、あきらかに窮屈そうだ。
無理やり着せられた感が強い服を身にまとった若者。
「ああ、ケンカイ・テラスミだ。レイリクスの爺さんから何か話がきているのか?」
歴戦の商人である彼にとって、彼の理解が及ばない人物という物は少ない。
人を見る目はある。それが商人としての彼の武器だ。
だが、目の前にいる若者は、今まで見たことのあるあらゆる人間と異なっているように彼には見えた。
「ちょっと、ケンカイ。いきなり失礼よ。
ミゼットさんは、ベルザウアの中でも腕利きの商人で、お爺様の腹心だった人なんだから」
ミゼット・ファルベルザウア。ファルベルザウアとは、ベルザウアに関係のある人間に与えられた名誉家名である。
当然ベルザウア本家の人間では無いが、この名前を与えられるほど、彼は40代半ばまでレイリクスの傍らで仕事をしていた人物であった。
今は、故郷の地に戻り商館の経営に当たっているが、商家としてのベルザウアの中でも有名な人物なのだ。
特に、他人の性格や人格を見極めることに定評のあった男である。
別名、人見のミゼット。元直飼い衆にて魔法使いでもある。
「いえ、我らは貴族などでは無く商人。時間は金ともいわれます。
さっそく、奥の部屋でお話をいたしましょう」
後日、ミゼットからの話として、イーリン・ベルザウアの婚約者の話が大陸各地のベルザウア家の商館に伝わった。
その内容は、要約すると只一つ。
お嬢様の相手は、気のいい化け物。
という事だったという。




