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プロローグ

 宮原(みやはら)春姫(はるき)

 十六歳。現在、真咲(まさき)高等学校に通う一年生。

 やや童顔だが非常に整った顔立ちをしており、その顔には純真無垢な心根を表すかのように常に花のような笑顔が浮かんでいた。まるで絹のように滑らかなロングヘアに結いつけられたリボンもまた、その可愛らしさを増すのに一役買っている。

 身長は平均的だがそのシルエットは象徴的と言えるほど女性らしい。出るべき部分は出て、引っ込むべき部分は引っ込み、細い手足がスラリと伸びている。スタイルにおいては下手なモデルも裸足で逃げ出すに違いない。

 そんな類稀な容姿を持つ春姫は、何かと周囲の耳目を集める存在だった。その上おっとりとしていて心優しい、人好きのする性格。少し天然ボケなところもご愛嬌。学内において無類の人気を博すことは無理もないことだった。

                       ***

 そんな春姫を幼馴染に持つ津月(つづき)(かえで)はその時、住宅地の路地にボンヤリと立っていた。

 時間は朝、天気は快晴で初夏の空気は爽やかだ。

 なんの因果か楓と春姫は幼稚園から小、中、そして現在の高校に至るまで同じ学校に通っている。朝に待ち合わせをして一緒に登校することは、二人にとって幼い頃からの習慣になっていた。

 「七時四十五分、もうそろそろ…………来たわね」

 携帯電話のディスプレイで時間を確認した楓は、続いてその視線を目の前の道へ。楓はその視線の先に見慣れた姿を見つける。

 が――

 「おはよう〜楓……ちゃん!?」

 「――どあっ!?」

 その春姫の姿が一瞬にしてその視界から消えた。

 代わりに楓を目がけて飛んで来る茶色い物体をとっさに上半身を捻ってかわす。四角い、重量感たっぷりの鞄。もし直撃していれば無事ではすまなかったところだ。

 「もう……」

 楓はいつものように呆れ返った顔で鞄を拾い、春姫に歩み寄る。

 当の春姫は道路に突っ伏していた。その周りには何もない。つまり春姫は、こんな何にもない道路の真ん中で盛大にすっ転んでいたのだ。

 「ちょっと、大丈夫?」

 「アタタタタ…………うん、大丈夫。おはよう楓ちゃん」

 「おはようじゃないわよ。まったく、毎度毎度なんでそんな風に転べるわけ?」

 「さあ……なんでだろうね?」

 「それに、待ち合わせの七時半でしょ? 今は四十五分過ぎ、これも何回も言ったわよね?」

 「それは…………出がけに“のんびり屋さん”が出てきて、もう少しのんびりしていきなさいって引き止められて……」

 「そんな職業はありませんっ……!」

 ツッコミを入れつつ小さく息を一つ。

 楓は、このままでは埒が開かないと春姫に手を差し伸べた。

 「ほら、立てる?」

 「エヘヘ、ありがとう」

 「はい鞄も。ケガとかはない?」

 「うん」

 ついでに制服に着いたホコリもパタパタと叩いてやる。気分は小さな子供の親だ。

 実際、春姫の運動神経は小学校低学年並みと言っても過言ではない。何もない場所でああも盛大にズッコケたのもその運動神経がなせる業だ。微妙なファンタジーが入った言い訳も同じくお子様じみている。

 今年でもう高校生、どうにかして欲しいと思いはするのだが――

 「それじゃあ行きましょうか」

 そんな調子で今日まで来たのだ、もはや諦め半分だ。

 「うん!」

 そして春姫が向けてくる無邪気な笑顔、これを前にすると楓は何も言えなくなる。

 これもまた昔からの倣いと白旗を上げて、楓は春姫を伴って歩き出した。


 「ところでハル……」

 その道すがら、あることを思い出した楓は歩きながら春姫に尋ねた。

 “ハル”というのは春姫のあだ名だが、実は春姫をこのあだ名で呼んでいる人間はあまりいない。楓を始めとするつき合いの長い一部の友達くらいだ。

 さておき、楓は――

 「数学の課題、ちゃんとやって来た?」

 歩きながらそんなことを思い出していた。

 「えっ……!?」

 その質問を受けた春姫の顔が見るからに引きつる。

 もっとも、その反応は織り込みずみだ。

 「ハア〜ルウ〜……?」

 ジットリとした視線をぶつけてやると、春姫はビクリと肩を震わせた。

 「昨日私……言ったわよねえ?」

 「ああ、それは……その……」

 「ちゃーんとやって来なさいって、口を酸っぱくして言ったつもりだったんだけど?」

 「あの……えっと…………わ、私はちゃんと寝る前にやろうとしたんだけど、直前にその……す、睡魔さんが出てきて……」

 「同じネタを使うんじゃないの……!」

 「――った!」

 春姫の頭を引っ叩く。

 課題に関しても、使い回しの言い訳についても捨て置けるものではない。

 「ったた……」

 「まったく、これも何度同じことを言わせるつもり?」

 「でもね楓ちゃん! 私たち高校生だよ? ほかにもやりたいことが一杯……」

 「そういうセリフはやるべきことをちゃんとやってから言いなさい」

 続く言い訳も真っ向から跳ね除ける。

 春姫の場合は単純に忘れたというわけではなく、意図的に避けているということの方が多いのだ。勉強嫌いでそもそも難しいことを考えるのが苦手、集中力も持続しない。小学校の頃はともかく、中学時代にはどれだけテストに泣かされて来たことか。

 楓は、こちらの関しては見逃すわけにはいかなかった。

 「……大した量じゃないし、学校に着いたらチャッチャとやっちゃいましょう」

 「えぇ〜……」

 楓の提案に、春姫はあからさまに不満そうな声を漏らした。

 「えぇ〜じゃないの。こういう時のために早めの時間にしてるんだから」

 「いや、でもお…………私じゃその時間でも終わらないかもしれないし……」

 「大丈夫、私がちゃんと教えてあげるから」

 「そうじゃなくて、課題見せて……」

 「ダメ」

 こんなことを言い出すのも毎度のこと。楓はいつも通り短い一言で却下する。

 運動神経はともかく、勉強嫌いに関しては十分に改善の余地がある。要は本人のやる気次第なのだから。それに運動神経が悪くても日常生活にそれほど支障があるわけではないが、学生という身分としては勉強嫌いというのは大いに問題となる。

 加えて言えば、そのしっぺ返しをモロに食らうのが楓だ。テストで赤点を取る度に追試の面倒を見るのはいつも楓なのだから。

 よってこれに関しては、楓は折につけ改善を試みている。

 「ほら、急ぐわよ」

 「うぅ〜……」

 「ほおらっ!」

 楓はグズる春姫の腕を掴んで引きずるように歩みを速めた。

 非力な春姫に、それに抗う力はない。

 「あっ、か、楓ちゃん……公園、緑がキレイだよお? もうちょっとゆっくりさ、周りの景色を楽しみながら歩かない?」

 「そんなヒマがある時にね」

 言葉による抵抗も一蹴、楓は一路学校を目指す。

 天は人に二物を与えず。これが学校で人気の美少女、宮原春姫の実態だった。

 類稀な容貌と人当たりのいい性格によって人気を得る一方、運動も勉強も、そのほかのあらゆることが苦手。楓がいなければ何もできないダメ人間なのだ。

 幼い頃から一緒にいて面倒を見てきた楓としては、そんな春姫の将来が心配でならない。

 こんなことで独り立ちできるんだろうか。あるいは楓すら、春姫本人ですら気づかない才能が隠されていて、その行く末を照らしてくれるのだろうか。

 (…………想像できないわね)

 今の春姫を見るにつけ、そんな才能があるとはとても思えなかった。

 (本当に…………この娘って、何が出来るのかしら?)

 これまでにも解決したことのない疑問は苦笑とともに吹き消し、楓は当面の問題に対処するべく忙しなく足を動かす。

 人の気も知らない春姫は、どうにかしてこの状況を逃れようと儚い抵抗を続けていた。

                       ***

 抜けるような青。

 疎らな雲。

 今日の空は気持ちよく澄みきっている。

 そんな空を、ゆっくりと横切って行くものがあった。

 「ふう……」

 それは小さく息を吐くと、眼下に広がる景色をボンヤリと見下ろす。

 「ヒマだなあ……」

 普段から特にやるべきことがあるわけではないが、今日は特にそれを感じる日らしい。

 とはいえ地上へ落としている視線をキョロキョロ動かしてみても、そうそう面白いことが転がっているわけはない。その瞳からはいよいよやる気がなくなっていく。

 ふと、いつも一緒にいる仲間をどうしているのだろうと考えてみたが、それはすぐに掻き消えてしまった。頭の中が雲のようにフワフワとして定まらないのは生まれ持った性質だ。よって意識はまた眼下の景色へ。

 なけなしの集中力を働かせて、いつもより注意深く(本人比)その様子を探る。

 「ん〜……?」

 すると、折よくあるものがその目に止まった。

 「あ〜れ〜?」

 建ち並ぶ家々の合間に通った道を連れ立って歩く、二つの人影。

 重い足取りの少女と、その腕を引くもう一人の少女。特殊なシチュエーションではあるが、別段面白いというわけではない。が、興味を引いたのはまた別のものだ。

 二人の姿を目で追いながら、鼻をヒクヒクと動かす。

 かすかに鼻の奥をくすぐる、芳しい香り。

 「いい匂い…………あの娘か」

 その瞳に、にわかに色が浮かぶ。

 その目に狂いがなければ、それは二つの意味での幸運を意味していた。

 空虚な時に舞い込んできた、面白そうな出来事。

 そして――

 「ラッキー……」

 その幸運を逃すまいと、地面を目指してゆっくりと下降し始める。

 本当に幸運に思っているのか、いまいち微妙なテンションのまま。

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