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第 3 章

沈黙とは、音がないことだと言う人がいる。

私は、沈黙こそいちばん大きな音になることがあると知った。

木曜日の音楽の授業。

私とフェルナンドの間には、きっちり二メートルの距離があった。

ベージュ色のカーペット、二メートル。

傷ついたプライド、二メートル。

なのに、二キロくらい遠く感じた。

先生に、ヤマハのアップライトピアノで伴奏を弾くよう言われた。

家のフリッツ・ドベルトみたいな“魂”は感じなかった。

集中しようとしていた。

でも、視線が重かった。

先生の視線。

フェルナンドの視線。

「ジュン、少し遅れてるよ」

先生が穏やかに指摘した。

本当に遅れていた。

頭が別のところにあった。

「すみません」

フェルナンドは振り返らなかった。

膝の上のフルートを直しただけだった。

何か言いたかった。

「ポン・デ・ケージョ、ひとつ余ってるんだけど」

「昨日、風すごかったね」


なんでもよかった。

「ごめん」と言わずに済むなら。

謝るということは、完璧であることより彼のほうが大切だと認めること

だった。

そして私は、それを認める準備ができているのかわからなかった。

休み時間、廊下は騒がしかった。

人でいっぱいの通路。

交換されるカード。

床に落ちる軽食。

私はベンチに座り、食欲もないのにサンドイッチを食べていた。

合奏クラスの男子二人が横を通った。

「グループ課題やる?」

「やる。でも一人でやるの、つまんないよな」

「そりゃそうだろ。音楽はソロじゃ成り立たない。ハーモニーがいるんだ

よ。互いの音を聞かなかったら、ただの騒音になる」

二人は笑いながら通り過ぎた。

誰が CD を持ってくるかで揉めていた。

私を見もしなかった。

あのケンカを知らない。

その言葉が、低い鍵盤みたいに胸へ落ちたことも知らない。

――互いの音を聞かなかったら、ただの騒音になる。

自分の手を見た。

父の言葉を思い出す。

――完璧は孤独だ。

デボラのパンの匂いを思い出す。



――オーブンを調整するの。

そして、あのドアの音。

サンドイッチをしまって、立ち上がった。

議論に勝つためじゃない。

ただ、騒音になりたくなかった。

いつもより早く家へ帰ると、居間には聞き慣れた笑い声があふれてい

た。

エイトルとマリアがソファに座っている。

父は、特別な客のときだけ使う磁器のカップにコーヒーを注いでいた。

「マリナ、本当にじっとしてないの!」

マリアは小さな娘を抱きながら笑った。

マリナは一歳を少し過ぎたばかりだった。

おしゃぶりをくわえ、大きな目でピアノを見ていた。

「絶対ダンサーになるよ」

エイトルが娘の頭を撫でる。

「いや、ピアニストかもしれない」

父が私にウインクした。

私は少しだけ笑った。

あまりにも普通の光景だった。

あまりにも安全に見えた。

エイトルは無敵に見えた。

マリアの目には、どんな雲にも消せない光があった。

あの頃の私は、時間が有限だと知らなかった。

午後のコーヒーは、これからも無限に続くと思っていた。

訪問も。



「また日曜日に」も。

呼び鈴が鳴った。

ラファエル神父だった。

中へは入らず、いつもの落ち着いた様子で玄関に立っていた。

急いでいないのに、いつも時間だけはきっちりしている人だった。

「カズオ、来月の教会の行事を手伝ってほしいんだ」

神父が言った。

「子どもたちのコーラスが見事に音を外していてね。大人の耳が必要なん

だ」

「もちろんです、神父」

父は答えた。

「それと、休憩用にデボラのパンをいくつか持っていってください。昨日置

いていきましたから」

「あの自転車の女の子か」

神父は笑った。

「あの子は恵みそのものだね」

私は階段からその光景を眺めていた。

父は、全部をつなぐ人だった。

音楽。

パン。

信仰。

市場。

すべてが父を通ってつながっていた。

胸がきゅっとした。

悲しみではなかった。



感謝だった。

そして、失うことへの恐れだった。

夜になるまで待った。

スマートフォンを手に取る。

打つ。

消す。

下書き:「話さないと」

(重すぎる)

下書き:「やあ」

(冷たすぎる)

結局、ボイスメッセージを送った。

「明日、あの曲やらない? ケンカしないって約束する」

二分後、返事が来た。

フェルナンド:

「八小節目で俺を直さないなら」

笑った。

小さな笑顔だった。

でも、本物だった。

学校の空いている練習室で会った。

ドラマみたいな抱擁はなかった。

長い話もしなかった。

フェルナンドがフルートのケースを開ける。

私はピアノの椅子を直す。

「準備いい?」

「いいよ」



始めた。

今度、彼がメロディーを少し即興で変えても、私は止めなかった。

和音の中に、彼のための余白を作った。

私が少し走ったときは、彼がついてきた。

まるでダンスみたいだった。

片方が導き、もう片方がついていく。

そして、ときには誰も導かない。

音が部屋を満たした。

完璧ではなかった。

ペダルは少し軋んだ。

彼は高音をひとつ吹き損ねた。

でも、生きていた。

演奏を止める。

最後の音の残響が、数秒だけ空気に残った。

「前よりいい」

フェルナンドが言った。

「前より“私たち”っぽい」

私は訂正した。

彼はフルートをしまって、私を見た。

「先生が地域音楽祭の話してた」

「知ってる。校長と話してるの聞いた」

「出ない? 二人で」

鍵盤を見た。

音楽祭に出るということは、旅行するということ。



舞台に立つということ。

父に、転ばずに飛べるんだって見せるということ。

「出る」

そう答えた。

フェルナンドは手を差し出した。

握手ではない。

約束の印みたいなものだった。

「じゃあ決まり。八小節目でケンカなし」

「なし」

学校を一緒に出た。

夕日が空をオレンジと紫に染めていた。

ただ一日が終わるだけみたいだった。

でも、すべての始まりにも見えた。

あの「決まり」が、私たちにとって一番大切な約束になるなんて知らな

かった。

あの音楽祭が、音楽の終わる場所であり、沈黙の始まる場所になること

も。

あのときの私は、フェルナンドのフルートの音を頭の中で聞きながら、

未来には音楽しかないと信じていた。

そして私たちには、永遠に演奏する時間があるのだと。

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