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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第七章 ファイナル・ヴィクトリー

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068 用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから。

 バビロンの闇に消えてから、数ヶ月の月日が流れた。

 冷たい雨の降るバビロンの路地裏から姿を消して以来、ヒバリの行方は完全に杳として知れなくなった。

 都市の全防空レーダー、監視カメラ、そしてハルモニアをはじめとする巨大ギルドの包囲網。ミレポラが敷いた絶対的な『死の網』を掻き潜り、彼は亡霊のように各都市の暗がりを渡り歩いていた。


 魔導と機械が極限まで融合したメガロポリス・バビロン。富と欲望が渦巻く砂漠の歓楽街・オーラム。鏡の剣のような高層ビルがそびえる王都ブルジュラ。そして、かつて仲間たちと死線を潜った工業都市ムルキベル。

 ヒバリはソラリスの専属技術顧問であった時代から、ダイダロスの監視の目が行き届かない地下水脈や廃棄区画に、無数の『秘密の工房(セーフハウス)』を隠し持っていた。


 彼はそれらの拠点を転々としながら、身を潜め、そして『狩り』を行っていた。

 パラディウムという最強の防衛装甲を失った彼にあるのは、残された僅かなナノ・ルーンと、ジャンクパーツから組み上げた即席の魔導ワイヤー、そして罠だけ。

 それでも、完全に感情を死滅させ、己の命すら餌として使うことを厭わなくなった冷徹な復讐鬼にとって、それは十分すぎる武器であった。


 王都の地下下水道で。オーラムの砂漠の果てで。あるいは、ムルキベルの灼熱の廃坑で。

 ヒバリはダイダロスの追手を罠にかけて処理する傍ら、特定の『高ランクモンスター』だけを標的にして屠り、その死骸から希少な細胞と魔力核を剥ぎ取って回っていた。


 それは、ただの装備作りではない。

 ダイダロスが推し進める、怪物の魔力炉や筋繊維を人体に移植する人体実験。ドフレイニアの巨躯を生み出した『アノマライザー計画』の真似事――いや、神のアーキテクチャを持つヒバリにとっては、それを遥かに凌駕する『究極の自己改造』のための素材集めであった。


 ◆◆◆


 王都ブルジュラの地下深く、忘れ去られた旧時代の遺構を利用したセーフハウス。

 錆びついた手術台の上に、ヒバリは無機質な手つきで四つの『鮮血に塗れた素材』を並べた。


 一つ目は、『不死猿イモータル・エイプ』の幹細胞。

 Sランクに極めて近いとされるAランクの巨大猿。首を刎ねられても数秒で肉体を再生させるという、深き者にも匹敵する異常な細胞分裂速度を持つ。


 二つ目は、『剛楽ゴラク』の筋繊維。

 『奈落の国』と呼ばれる地獄のような環境に棲まう、人型の鬼。知能が高く、狩りの最中もヒバリに対して「脆い人間風情が」と嘲笑いながら快楽殺人を仕掛けてきた怪物。その体躯に見合わぬ異常な怪力と俊敏性を誇る。


 三つ目は、『雷源鳥サンダー』の魔力核。

 雷そのものと言われる大型の鳥の心臓部。触れるだけで大電流が迸る、圧倒的なスピードと反応速度の源。


 そして四つ目。

 ヒバリが小さなガラス瓶から取り出したのは、虹色に鈍く光る一枚の鱗だった。

結晶殻機竜プリズマティック・ワイバーン』の鱗。

 かつて水郷都市ファウンテンで、ルキオラがその大剣で討ち取った怪物の素材である。ヒバリが記念として、その一部を密かに剥ぎ取って保管していたものだ。

 受けた魔法の波長と手数のリズムを学習し、細胞レベルで最適化して耐性を獲得する『反応装甲リアクティブ・アーマー』の性質を持つ。


「……始めるか」


 ヒバリは麻酔を一切使わず、左手首のインプラントから液状のナノ・ルーンを射出した。

 極小の魔導回路が極細のメスと縫合糸に変化し、ヒバリ自身の痩せ細った青白い肌を、躊躇いなく切り裂いていく。


 ――激痛。

 脳髄が白濁し、ショック死しそうになるほどの激痛を、ヒバリは歯を食いしばって耐え抜く。

 最初に移植したのは『不死猿(イモータル・エイプ)』の幹細胞だった。自身の骨髄に直接怪物の細胞を注入する。ヒバリの免疫系が激しく拒絶反応を示し、血を吐くが、脳内に刻まれた『ジェネシス・コード』がフル稼働し、本来交わるはずのない異種族のDNAの配列を強制的に書き換え、同化させていく。


 細胞の定着により、ヒバリの肉体に疑似的な不死の再生力が宿り始めた。

 それを確認すると、彼は即座に自らの両腕と両脚の筋肉を裂き、『剛楽(ゴラク) 』の漆黒の筋繊維を自身の筋肉に編み込んでいく。細身であったはずの彼の四肢が、鋼鉄のワイヤーを束ねたような、おぞましくも美しい密度へと圧縮されていく。


「が、あァァ……ッ!!」


 血まみれの手術台の上で、ヒバリは悲鳴を上げながら胸部を開き、『雷源鳥(サンダー)』の魔力核を自身の脊髄神経に直接バイパス接続した。

 雷の魔力が神経網を暴れ回り、眼球が裏返るほどの電撃が走る。だが、不死猿(イモータル・エイプ)の再生力とジェネシス・コードの演算がそれを瞬時に最適化し、常人の数十倍という異常な反射神経と反応速度を彼に定着させた。


 最後に残されたのは、ファウンテンの記憶――ルキオラが遺した、結晶殻機竜プリズマティック・ワイバーンの鱗。


 ヒバリはナノ・ルーンでその鱗を極微細なパウダー状に粉砕し、自身の表皮、そして皮下組織の全域にわたってそれを定着させるように注入していった。


 ――ずっと呪いだとばかり思っていた私の魔力が……初めて、誰かの役に立ったのです。


 激痛で混濁する意識の中で。

 瞳を輝かせ、未完のバスターソードを肩に担いで自慢げに笑うルキオラの姿が脳裏を過った。

 ファウンテンでの、あの温かく、騒がしい日々。

 仲間たちが笑い合い、ヒバリ自身もまた、ただの技術者として穏やかな未来を夢見ることができていた、あの奇跡のような時間。


(……ルキオラさん。君が遺してくれたこの鱗が、僕を……真の化け物にしてくれる)


 鱗の成分がヒバリの細胞と完全に結合し、青白かった彼の肌の表面に、光を当てた時のみ虹色に乱反射する『鏡面』のような極薄の膜が形成された。

 いかなる魔法攻撃を受けようとも、一度被弾すれば即座にその波長を学習し、無効化する絶対防壁『反応装甲リアクティブ・アーマー』。


 さらにヒバリは、独自のアーキテクトとしての発想で、自らの眼球の視神経に、自律行動する索敵用の『影魔虫シャドウ・ワーム』の魔力受容体を組み込んだ。これにより、完全な暗闇や不可視の光学迷彩すらも、魔力の波長として正確に視認することが可能となった。


「……ハァ、ハァ……ッ」


 すべての移植手術が完了した時。

 地下のセーフハウスは、大量の血と、異臭を放つ怪物の残骸で地獄のような有様となっていた。


 ヒバリは、血だまりの中からゆっくりと立ち上がった。


 手術台の傍らに置かれた割れた鏡に、一人の『異形』が映っていた。


 外見のシルエットは、かつての痩身の青年・ヒバリのままである。

 ボサボサの黒髪も、ゴーグルを着けない素顔も変わらない。しかし、その内包する『質量』と『気配』は、以前の彼とは全く次元の異なるものへと変貌を遂げていた。


 肌の下には、剛楽(ゴラク)の恐るべき筋力が圧縮され、僅かに身を動かすだけで空気が軋む。

 脊髄には雷源鳥(サンダー)の青白い放電が微かに走り、全身の表皮は、結晶殻機竜プリズマティック・ワイバーンの特異な細胞によって、あらゆる魔法を反射する静かなる鏡面と化している。

 そして、もし四肢を失うような致命傷を負おうとも、不死猿(イモータル・エイプ)の細胞が数秒でそれを元通りに再生させる。


 それは、ダイダロスが長年研究を重ねてきたアノマライザー計画すらも陳腐に思えるほどの、完璧に統制された『生きた神話的兵器』であった。

 本来であれば、これほどまでに性質の異なる強力なモンスターの因子を同時に取り込めば、自我が崩壊し、ただの巨大な肉塊となって自壊する。彼が人間としての形と理性を保っていられるのは、脳内に宿る神の領域の演算能力、『ジェネシス・コード』が、全細胞の衝突をミリ秒単位で調律し続けているからに他ならない。


「……ダイダロス」


 ヒバリが、その名を口にした。

 かつての、怒りや憎しみに震える弱々しい響きはない。

 ただ、事務的に処理すべきゴミの名を呼ぶような、絶対的な無機質さと、底知れぬ漆黒の殺意だけがそこにあった。


 ヒバリは、血に濡れた素肌の上に、オーラムのハンター・ヴェスパから支給された黒いダークスーツを静かに羽織った。


 もう、パラディウムという装甲の檻に引きこもる必要はない。

 彼自身の肉体が、最強の刃であり、絶対の防壁なのだから。


 仲間たちの命を犠牲にして生き延びた、たった一人の復讐者。

 いや、もはや彼は人間ではない。ダイダロスという世界を食い荒らす巨悪を、さらに上位の暴力をもって根絶やしにするために生まれた、最も美しく、最も残酷な『怪物アノマリー』。



 用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。

 彼は世界を壊す『技術ちから』を持っているのだから。

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