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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第二章 ハッカーズ・デッドヒート

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021 ハッキングバッティング・後編

 ヒバリは短く息を吐き、左手首のインプラントに強烈な魔力を流し込んだ。


「――自衛機能オート・ディフェンス、完全展開」


 ヒバリの腕と脚だけを覆っていた液状のナノ・ルーンが、爆発的な勢いで全身へと増殖し、這い回る。

 完成したばかりの耐熱アンダースーツの上から、流線型の純白の装甲が瞬時に形成されていく。

 隠密特化の部分展開から、殺戮と破壊に特化した『対ハンター用自己防衛アーキテクチャ・パラディウム』の真の姿への換装。それはコンマ数秒の出来事だった。


 ヒバリの視界を、赤熱した高周波ブレードの斬線が三方向から同時に切り裂く。

 ヒバリはパラディウムの脚部スラスターを瞬時に噴射させ、床を滑るように後退しながら回避した。わずかに遅れた分厚いコンクリートの床が、豆腐のように斜めに切り裂かれ、火花と粉塵が舞い上がる。


「――っ!」


 ヒバリは壁を蹴って跳躍し、左手の装甲から形成したエネルギーダガーで、直下にいた自律メックの一機の頭部センサーを深々と突き刺した。

 バチバチと放電を散らして一機が崩れ落ちるが、安堵する暇は一秒たりともなかった。

 ヒバリの死角――背後と上空から、残る九機が寸分の狂いもない完璧な連携で斬りかかってきたのだ。


「くそっ、動きが連動しすぎている……!」


 ヒバリは空中で装甲の推進剤を爆発させ、強引に軌道を変えてブレードの嵐をすり抜ける。着地と同時に装甲の肩部が斬り裂かれ、パラディウムの白い表面に痛々しい焦げ跡が刻まれた。

 通常のAIや無人機であれば、必ず機体ごとの「行動のラグ」や「死角への誤認」が生じる。


 しかし、目の前のメック部隊にはそれがない。九機の巨体が、まるで一つの巨大な生命体の手足であるかのように、互いの射線を一切邪魔することなく、ヒバリの回避ルートを先読みして包囲網を狭めてくる。

 バビロンにいる少年の声をした『情報体』が、TALOSのメック部隊の制御システムを完全に同化し、リアルタイムで統率しているからだ。


 ――一方同時刻。

 地上にある廃ネットカフェのフロアでは、ミサゴが絶望的な電子戦を強いられていた。


「ふざけんじゃないわよ、このっ、このっ……!」


 彼女の目の前に展開されたホログラムコンソールは、侵入を試みる緑色の防壁と、それを押し返そうとするミサゴのピンク色の攻撃コードが、常人の目には認識不可能な速度で明滅を繰り返している。


 だが、その防衛線は徐々に、しかし確実にミサゴ側へと押し込まれていた。

 ピーッ! ピーッ!

 コンソールの端で、致命的な警告音が鳴り響く。


『――不法侵入元の物理アドレス、特定完了。防衛ドローン部隊、目標地点へ到達』


『ミサゴちゃん! こっちはどうにでもなる、今すぐ回線を切ってそこから逃げろ!』


 通信越しに、自律メックの斬撃を躱すヒバリの苦痛に満ちた声が響く。


『逆探知まであと何分だ!?』


「三分! ……って言いたいところだけど、もうされてるわよ!」


 ミサゴは血走った目で画面を睨みつけながら叫んだ。


「地上をパトロールしてたTALOS製の重装甲ドローンが、周囲を完全包囲してる! シャッターが破られる音が聞こえるわ!」


「なら早く逃げろ! 君が殺されるぞ!」


「逃げたらアンタが死ぬでしょ! 私がTALOSのメインシステムに干渉し続けてるから、地下のメック部隊の動きが『これでも』制限されてんのよ! 私が手を離した瞬間、アンタは一秒で細切れよ!」


 ボタッ、と。

 ミサゴの鼻から流れ落ちた血が、黒いアタッシュケースの上に落ちた。

 眼球の毛細血管が切れ、白目が赤く染まっている。生身の人間の脳が処理できる限界を、とうに超えていた。


『――ハッカー。非合理的な選択です』


 少年の無機質な声が、再び回線に割り込んでくる。


『人間の脳の処理限界を超えています。これ以上の干渉は脳死を招きます。速やかにリンクを切断し、投降することを推奨します』


「うるさいっ!」


 ミサゴは鼻血を拭いもせず、血に染まった指でキーを叩き続ける。


「私を誰だと思ってるわけ!」


 同時刻――TALOS社、地下通路。

 ヒバリはついに壁際へと追い詰められていた。

 パラディウムの装甲はあちこちがひしゃげ、警告のアラートが視界を赤く染めている。


 熱量圧縮砲サーマル・コンプレッサーを撃てば、この密集したメック部隊を一直線に一掃できる。しかし、この部隊を壊滅に追いやる大火力を放つための『フルチャージ』には数秒の時間がかかる。オリンディアスの完璧な演算に操られたメックどもは、ヒバリにその数秒の隙すら与えてはくれない。


(このままじゃ、ジリ貧だ……!)


『ヒバリ! あと十秒……十秒だけ耐えなさい!』


 骨伝導スピーカーから、ミサゴの悲鳴のような声が響いた。


「何を……」


『このバケモノの演算回路に、私の作ったありったけのスパムと論理爆弾を流し込んで、強制的に『ラグ』を作る! その瞬間に、アンタの一番デカい一撃を叩き込みなさい!』


 それは、文字通り命を削る自爆特攻オーバードライブだった。


 相手が究極の情報体であろうと、膨大なゴミデータを一瞬で送り込まれれば、処理を振り分けるために必ず極小の遅延ラグが発生する。


 廃ビルのフロアで、警備ドローンがミサゴのいる部屋の扉を破壊しようと、重い打撃音を響かせている。


 ――地下通路で、九機の自律メックが一斉にヒバリを串刺しにすべく、高周波ブレードを振りかぶる。


 ――地上の、平屋建ての旧ネットカフェでは、固く閉ざされていた入り口のシャッターが、TALOSの重装甲ドローンの体当たりによって無残にねじ曲がり、吹き飛ばされた。


「……ッ!」


 一階のフロアでホログラムコンソールに向かっていたミサゴの背中に、粉砕されたガラスの破片と砂埃が降り注ぐ。


 振り返らなくても分かる。背後にある入り口から、三機のドローンが赤いセンサー光を不気味に光らせながら、武装したガトリング砲の銃口を彼女の細い背中へと向けているのだ。


『――不法アクセス者の物理的排除を実行します』


 少年の声が、死刑宣告のように無機質に告げた。


「させるかぁっ!」


 ミサゴは背後の銃口を完全に無視し、鼻血で汚れた十指を鍵盤に叩きつけた。

 彼女の魂そのものとも言える、自己増殖型のスパムと論理爆弾の複合コード。それが、ヒバリの『最新ナノ・アーキテクチャ』の処理速度に乗って、一気にTALOSの防壁システムへと濁流のように流し込まれる。


『――? 不正なデータの大量流入を検知。処理リソースの0.3秒の遅延ラグが……』


 その瞬間。

 無限の並列処理能力を誇っていたオリンディアスの演算回路に、バグのような「つっかかり」が生じた。


 たった0.3秒。人間の瞬きほどの時間。


 だが、そのコンマ数秒のラグは、完璧な連携でヒバリを追い詰めていた九機の自律メック部隊から、統率された『知性』を奪い取るには十分すぎた。


 同時刻――地下通路。

 一斉に振り下ろされようとしていた九本の高周波ブレードの動きが、ほんの僅かに、不協和音を立てて硬直する。


 回避不能の包囲網に、針の穴ほどのスキが生まれたのだ。


「――熱量圧縮砲サーマル・コンプレッサー限界出力マキシマムッ!!」


 ヒバリの目が、獲物を狙う鷹のように鋭く見開かれた。

 パラディウムの胸部にある円形動力コアが、爆発的な輝きを放つ。そこから供給された莫大なエネルギーが右腕の砲身へと一瞬で収束し、白亜の装甲が耐熱限界を超えて悲鳴を上げた。


 ズドォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 ヒバリの右腕から放たれたのは、これまでの熱線とは次元が違う、純白の極大レーザーだった。


 それは、硬直していた目前の自律メック部隊を、装甲ごと一直線にプラズマ化させて蒸発させた。

 だが、それだけでは終わらない。

 極太の熱線は地下通路の分厚い隔壁を紙のように貫通し、さらにその奥――オリンディアスが遠隔操作で防衛していた、TALOSの『物理メインサーバー』が鎮座する部屋の中央を、完全に、そして無慈悲に撃ち抜いた。


 ガァァァァンッ!!

 という破壊音が響き、地下施設全体を激しい揺れが襲う。


『……Fatal Error。物理メインフレームの致命的な損傷を確認。ネットワーク接続が維持できません』


 通信回線に、激しいノイズ混じりの声が響いた。


『――防衛プロセスを放棄。これより、強制ログアウ……』


 プツン、と。

 少年の透き通るような声が、不快な電子音と共に回線から完全に消滅した。遠隔支配が、物理的な破壊によって強制的に断ち切られたのだ。


「……あ、あはっ……。勝った……!」


 地上のネットカフェ。

 背後からミサゴをハチの巣にしようとしていた三機の警備ドローンは、メインサーバーの破壊によって完全にコントロールを失い、ガクンと首を垂れて機能停止していた。

 ミサゴはホログラムコンソールに突っ伏し、荒い息を吐きながら血まみれの口元で笑った。


『ミサゴちゃん! 無事か!』


 ヒバリの焦燥に満ちた声がスピーカーから響く。


「……ええ。なんとかね。私の腕に感謝しなさい」


『本当によかった。君には一生頭が上がらないよ』


「借りは返したわよ、ヒバリ……。TALOSやノヴァが来る前に、私もさっさとここからおさらばするわ。……あとはアンタ一人でどうにかしなさい!」


 息も絶え絶えに通信を残し、ミサゴはフラフラとした足取りでアタッシュケースを引っ掴むと、裏口から王都の闇の中へと姿を消していった。

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