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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
プロローグ

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001 追放された男

 灼熱の太陽が砂漠を黄金の海に変える中、そこには場違いのように繁栄した王都があった。名をブルジュラという。その中心にそびえる高層ビルは、鏡の剣のように地平線を真っ二つに切り裂いていた。その外壁は太陽光を乱反射し、周囲の砂を幻のように輝かせ、ビル自体が「第二の太陽」となったかのようだ。熱波が立ち上る中、影の部分だけが冷たい青を帯び、内部の冷房された空気が外の猛暑の世界と分断されている。


 世界最大規模のハンターギルドの一つ『ソラリス』の本部ビル最上階にある特別会議室は、部外者を一切拒絶するような重厚な静寂に包まれていた。

 床には毛足の長い深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には過去に討伐されたA級モンスターの素材で作られた武具が、権力の象徴として誇らしげに飾られている。

 その豪華絢爛な部屋の中央で、ひどく場違いな男が一人、ポツンと立たされていた。


「――以上の理由から、ソラリスは本日をもって君との専属契約を解除する。ヒバリ君」


 重厚なマホガニーの円卓の奥で、ギルド副長であるガストリディウムが、脂の浮いた顔を歪めて無慈悲な宣告を下した。

 白髪交じりの頭と小太りの体型を高級なシルクの服で包んだこの男は、手元の羊皮紙を無造作に放り投げる。それは、ヒバリとソラリスを結んでいた高額な技術顧問契約書だった。


「……解雇、ですか」


 ヒバリは、薄暗い瞳を瞬かせた。


 年齢は二十八歳。ボサボサの黒髪に、徹夜明けの隈が目立つ青白い顔。細身の体は、最高級の防具を纏った周囲のハンターたちと比べれば、小枝のように頼りない。彼の着ている作業着は、特殊な洗浄液と魔力定着剤の染みが幾重にも重なり、独特の薬品の匂いを漂わせていた。


「どういうことか、僕には……よく理解できないのですが。ガスト副長」


「理解できない? 簡単なことだろう。君はもう、我々には不要だと言っているんだ。厳しく言うとね」


 ガスト副長の横で、鼻で笑う音がした。

 ソラリスが誇る最強の特殊討伐部隊『テネブレ』。史上最年少で隊長になった男ハパロクラエナ――通称ハパロだった。

 二十二歳という若さでありながら、身長一八七センチの均整の取れた体躯を誇る彼は、まさに「天才」を絵に描いたような男だった。金糸を編み込んだような美しい髪と、自信に満ち溢れた双眸。彼の腰には、ヒバリが数年がかりで設計し、ミリ単位で回路を組み上げた最高峰の魔導細剣まどうさいけんレイピアの一品――カランサルティアが吊るされている。


「ハパロ隊長……君の提案なのかい? これは」


「ああ、そうだ。俺がガスト副長に進言した。部隊の『最適化』のためにな」


 ハパロは長い脚を組み替え、傲慢な笑みを浮かべた。


「俺たちテネブレには、直近でA級モンスターの討伐任務が控えている。さらなる戦力強化のため、新たな優秀なハンターを増員したい。だが、ギルドの予算にも限界があってな。そこで白羽の矢が立ったのが、お前の法外な人件費というわけだ」


「……僕の人件費を削って、新しいハンターを雇うと? でも、それでは武器の保守が……」


「言い訳はいい」


 ハパロが冷たく言い放つ。

 彼は腰の魔導細剣レイピアを抜き放ち、その美しい刀身を会議室の照明にかざした。刀身の奥には、ヒバリが視力を削る思いで刻み込んだ、星の瞬きよりも微細な魔導回路――ナノ・ルーンが淡い光を放っている。


「見ろよ、この完成された芸術品を。お前が作ったことだけは認めてやる。だがな、これはもう『完成』したんだ。俺の神速の剣技と、数百の魔法陣を同時展開する並列処理能力。それを完璧に体現できる武器はすでにここにある。完成品がある以上、これ以上のアップデートも、高い金を取る設計士も必要ない。浮いた予算のほんの一部で適当な三流技師を雇い、残りの金で新たな戦力を雇い入れる。これで部隊はさらに盤石になるというわけだ」


 その言葉に、ヒバリは思わず目を見開いた。

 温和で、普段は人前でまともに喋ることも苦手な彼だが、魔導回路のこととなると話は別だった。


「だ、駄目だ……っ! 君は根本的に勘違いをしている!」


「あ?」


「それはただの剣じゃない! 君の脳の処理負荷を肩代わりするための、超高度な演算アシストチップの集合体だ! 君が数百の魔法陣を同時に展開できるのは、君の天賦の才だけじゃない。自分で言うのもなんだけど、僕が毎晩、君の魔力波長の変化に合わせてファームウェアを書き換え、回路に溜まったノイズをクリアしているからだ! 放置すれば、いずれ必ず致命的な処理落ち(フリーズ)を引き起こす!」


 早口で、捲し立てるようにヒバリは訴えた。

 しかし、その専門的すぎる警告は、最前線で戦うことしか知らないハンターたちには、単なる負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。


「フリーズだのノイズだの、裏方風情が知ったような口を利くな。俺の魔力制御が乱れるとでも言いたいのか?」


「そうじゃない! 魔力結晶の集積回路は、稼働するたびに微細な熱疲労を起こすんだ。特に君の『多重並列処理マルチコア』型の戦闘スタイルは、チップへの負荷が異常に高い。だから僕が定期的に……」


「おいおい、見苦しいぞヒバリ」


 嘲笑するような声が割り込んだ。テネブレの隊員であり、参謀役を気取っているヘテラクティスだ。

 三十五歳、細身で淡い緑の髪色を魅せる彼は、インテリぶった眼鏡の奥で陰湿な光を瞬かせていた。


「ハパロ隊長の言う通りだ。君の仕事はブラックボックス化しすぎている。我々が用意した新しい技師チームは、君の半額以下の報酬でメンテナンスを請け負うと言っているよ。君が一人で抱え込んでいた利権を、手放す時が来ただけのことさ」


(利権……? 違う、僕以外にはあの超微細回路を読み解けないから、僕が一人でやるしかなかったのに……!)


 ヒバリは絶望的な気分になった。

 理解されていない。自分がどれほど危険な綱渡りで、彼らの「最強」を裏から支え続けてきたかを、彼らは一ミリも理解していない。


「ヘテラさんの言う通りっスよ」


 壁に寄りかかっていた十九歳の若者、赤髪の短髪姿のアラティナがガムを噛みながら吐き捨てた。

 ハパロに次ぐ次世代のエースと呼ばれる彼は、生粋のハンター至上主義者だ。


「俺たちは血と汗流してモンスター狩ってんのに、ヒバリさんはエアコン効いた部屋にいるだけじゃないスか。最前線で戦う俺たちが一番偉い。それに文句つける裏方は、いらないっスよ」


「そうだそうだ! 小難しい理屈ばっかこねやがってよォ!」


 巨漢のダシアティスが、浅黒い丸太のような腕を振り上げて同調した。三十歳の彼は、テネブレきってのパワーファイターだが、頭の中身は悲しいほど単純だった。ハパロが黒と言えば黒だと信じ込む男だ。


「ダシアの言う通りだ。おい、キロネ、クリサ。お前らもそう思うだろ?」


 ヘテラに話を振られた二人の女性隊員は、それぞれ対照的な反応を見せた。

 小柄な体格に淡い紫のボブ、丸顔とは対照的に鋭い目つきを見せるキロネクスは、興味なさそうに自分の爪をいじっている。


「どーでもいいかな。私の武器がちゃんと動けば、整備する人間なんて誰でも」


 一方、ハパロと同期であり、部隊ナンバー3の実力を持つ澄んだ青色の長髪のクリサオラは、壁際で腕を組んだまま、静かに目を閉じていた。


「……私は、技術的なことは分からないわ。だから、隊長と副長の決定に従うだけよ」


 冷静沈着な彼女の声には、僅かながらの疑念が混じっているようにヒバリには聞こえた。だが、彼女は組織の決定を覆すような真似はしない。


「……ディアデマ副隊長。あなたも、同じ意見ですか?」


 ヒバリは、円卓の端でずっと沈黙を保っていた女性を見た。

 副隊長であるディアデマ。二十八歳。一七五センチの高身長と、黒髪のショートボブ、凛とした冷たい美しさを持つ彼女は、テネブレの中でも数少ない理性を持つハンターだった。

 ディアデマは、わずかに眉をひそめ、ハパロとガスト副長を交互に見た。


「……ヒバリの技術力は、世界最高峰だと認識しています。彼の突然の解雇は、部隊の戦力維持においてリスクがあるのでは? 次期Aランクモンスターの討伐作戦も控えているというのに」


 彼女の進言に、ヒバリは少しだけ救われた気がした。

 しかし、ハパロは鼻を鳴らしてそれを一蹴する。


「心配性だな、ディア。俺の力を信じられないのか? 剣さえあれば、どんなAランクモンスターだろうと俺が千に切り刻んでやる。それに、新しい整備チームには既に剣の解析を始めている。全く問題ない」


「ですが……」


「ディアデマ君。これは既に上層部で決定した事項だ」


 ガスト副長が、重々しい声で釘を刺した。

 権力に弱い男が上層部の決定という言葉を出した時点で、もう覆る余地はない。ディアデマは小さく息を吐き、それ以上は何も言わなかった。ただ、ヒバリに向けて微かに申し訳なさそうな視線を向けただけだ。


「さて、話は終わりだ」


 ハパロが立ち上がり、ヒバリを見下ろした。


「荷物をまとめて、今日中にギルドから出て行け。お前の専用工房クリーンルームは、新しい技師たちが使う。あそこに残っているデータや機材は全てソラリスの資産だ。持ち出しは一切許さんぞ」


「……僕が自腹で買った機材も、僕の頭の中にある設計図のバックアップもですか」


「当然だ。お前はソラリスの金で研究をさせてもらっていたんだからな」


 理不尽極まりない要求だった。

 だが、ヒバリはもう反論する気すら起きなかった。

 彼らは魔導回路をただの便利な魔法の杖程度にしか思っていない。その深淵にある、狂気的なまでの微細加工技術と、限界ギリギリの熱力学のバランスを理解しようともしない。


(ああ……終わったんだな)


 ヒバリは、静かに目を伏せた。

 激しい怒りよりも、深い徒労感が全身を包んでいた。


「……分かりました。出て行きます」


 ヒバリは踵を返し、会議室の重厚な扉へ向かって歩き出した。


「せいぜい、辺境の田舎ギルドでスライム用の鉄剣でも磨いてな!」


 背後から投げられたハパロの嘲笑に、部隊の面々が下品な笑い声を上げる。

 扉のノブに手をかけた瞬間、ヒバリは一度だけ立ち止まり、背中越しに言った。


「一つだけ、最後に忠告しておきます」


「あぁ?」


「ハパロ隊長。あなたの剣の『排熱用バイパス回路』は、三日後のパッチ更新を前提にリミッターを外してあります。新しい技師の皆さんに、くれぐれも……『第七層のルーン配列を弄るな』とお伝えください。それを理解できない者が触れば……」


 ヒバリは静かに振り返り、ハパロの目を見据えた。

 温和な彼が、この場で見せた初めての、酷く冷たい技術者の目だった。


「――あなたの剣は、魔力熱暴走マナ・サーマルランナウェイを起こして、ただの鉄くずになりますよ」


 静寂。

 一瞬、部屋の空気が凍りついた。

 しかし次の瞬間、ハパロは腹を抱えて大笑いした。


「はははっ! 最後までわけのわからないことを! 安心しろ、俺の剣は完璧だ。お前のくだらない呪いなんて通じない!」


 これ以上、何を言っても無駄だ。

 ヒバリは短くため息をつくと、扉を開けて廊下へと出た。

 背後で、重厚な扉がガチャンと音を立てて閉ざされる。それは、ヒバリとソラリスの完全な決裂を告げる音だった。


 ◆◆◆


 薄暗い地下の工房クリーンルーム

 ヒバリは、私物だけを小さな鞄に詰め込んでいた。

 壁に張り出された複雑な回路図や、彼が心血を注いで調整した高価な測定機器たちは、すべて置いていかなければならない。


「まあ、いいか」


 ヒバリは独り言を呟いた。

 本当に重要な設計図アーキテクチャは、全て彼の頭の中にある。彼らが機材やデータだけを奪ったところで、真の「魔導回路」を組めるわけがない。


 ただ、少しだけ心残りなのは。


(ハパロの奴……本当に大丈夫だろうか)


 あそこまでコケにされておきながら、ヒバリは自分の「作品」であるあの剣の行く末を案じていた。

 彼が設計した魔導チップは、ハパロの規格外の魔力を引き出すため、安全マージンを極限まで削り落としたピーキーな仕様になっている。例えるなら、ブレーキを外して超高出力エンジンを積んだレーシングカーだ。

 ヒバリという専属のメカニックがいなくなった今、あの剣が「事故」を起こすのは時間の問題だった。


「……僕の知ったことじゃないか」


 鞄を肩に掛け、ヒバリは工房を後にした。

 王都の華やかな喧騒が、外から微かに聞こえてくる。

 ここは彼には息苦しすぎた。権力、名誉、嫉妬。そんなノイズが多すぎる。


「水が……綺麗で、静かなところがいいな」


 ヒバリは、かんかん照りの王都の空を見上げた。

 魔導回路の製造には、何よりも極めて純度の高い「水」が必要不可欠だ。王都の汚染された魔力水では、歩留まりが悪すぎる。


 どこか地方の、誰も見向きもしないような田舎のギルド。

 そこで、ゆっくりと、自分の理想とする完璧な魔導回路を設計してみたい。

 天才アーキテクトは、誰にも惜しまれることなく、静かに王都を去った。

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