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第137話 高砂じゃない!

 宇喜多秀家と熊の婚礼の儀は、大垣城の大広間で行われた。


 酒が振る舞われたので、男たちはみな廊下から花嫁をチラリと見てから入れ代わり立ちかわりして戻っていく。


 茶々が淡黄色たんこうしょくの小袖で一番前の列に参列している。


 地味な着物でも輝くような笑顔が眩しい。


 三成以外の西軍諸侯はほとんどが着席して、新郎新婦の夫婦雛のような初々しさにみな目を細めている。


 花嫁の熊は緊張しているのか、かなり固い表情であったが秀家がことあるごとに微笑みかけるので、途中からリラックスして笑みを溢している。


 熊の白無垢姿は美しかった。


 宇喜多秀家は日頃の美貌にますます磨きがかかり、輝くような貴公子ぶりである。


「いいわね〜! 若いって!」


 三成が廊下から目立たないように盗み見ていると、隣でメイクアップアーティストの権左が滂沱ぼうだの涙を流している。


 三成はギョッとする。


「あんた……この幸せ、壊すんじゃないわよ。

 戦争なんて引き起こしたらただじゃ置かないんだから!」


「……」


 伊達眼鏡をかけていたが、あんまり意味はなさそうである。


 夢も茶々の隣で参列しているが妙にそわそわして浮かない顔である。


 理由はすぐに分かった。


「続きまして、新婦のご友人から三味線の演奏がございます」


 司会の長束正家の言葉を受けて、夢は三味線を片手におずおずと前に出た。


「……おめでとうござりまする」


 一言、秀家と熊に向かって小さな声で言うと、正座して三味線にバチを当てた。


 緊張した面持ちだ。


「はっ」


 曲目は『六段』である。


 夢の細い指が弦の上を駆け巡る。


「はいっ」


 ところどころ、鋭い合いの手を入れながら奏でられる凄まじい音楽に、その場に居合わせたみなが微動だにせず聴き入っている。


 夢は乗ってきたのか、白い顔を上気させてバチを懸命に叩きつける。


 口元に微かな笑みを浮かべた表情は女神のようだった。


 演奏が終わると、茶々が立ち上がって、拍手を送った。


 熊は涙を流している。


 夢は安心したように朗らかに笑った。


「ウウッ」


 左近と権左が並んで泣いていた。


 背の高い、妙にガタイの良い男たち二人が並んで泣いていると、それはそれで圧巻である。


 三成も手が痛くなるほど、夢に拍手を送る。


 その後、花嫁が一旦執務室へと退出した。 権左がお色直しに向かう。


「素晴らしいお式ですね!」


 左近が鼻をズビズビさせながら言った。


 しばらくして、熊がウェディングドレス姿で再び入って来た。


 肩のラインを出したウェディングドレスは白無垢よりも、熊のボリュームある女らしい体型にマッチしている。


 本来はエスコートする父親役を三成は仰せつかっていたが……叶わなかった。


 安国寺恵瓊が熊の手を引いた。


 熊は輝くばかりの笑顔を浮かべて、一躍、主役に躍り出た。


 ウェディングドレスは夜毎、茶々がオーダーメイドで一生懸命縫ってやっていたのを三成は知っている。


 茶々がこちらを振り返った。


 三成は目線を合わせて頷く。


 空からは寿ことほぐように、色とりどりの紙吹雪が舞った。


 新郎新婦が中庭を練り歩く。


 華やいだ声が大垣城を包んでいった。


「治部様!」


 夢が駆け寄ってくる。


 三成は隠れるところを探したが捕まってしまった。


「どうでした? 夢、緊張してしまって……」


「す、素晴らしかった! 本当に感動したよ!」


 三成は本当に感動したので、素直な気持ちを伝えた。


 夢は上目遣いで三成を見た。


「少しは……好きになっていただけましたか?」


「えっ! っと……」


「冗談です……困らせてはいけないですよね。それじゃ」


 夢は甘い女の香を残しながら、中庭の熊の元へ駆けて行った。


 周りの大勢の男たちは、彼女が階段を駆け下りて行く姿を見守る。


「これは……マズイ展開ですね……」


 左近が腕を組んでニヤニヤしている。


 三成はひとつ咳払いをした。


 西軍諸侯の中に、島津義弘の後ろ姿を見つけると、三成は襟を正して向かっていく。


「少し……お話があるのですが」


 有無を言わさないように、普段よりも低い声を心がける。


 島津義弘は一瞬、怪訝な表情を浮かべたが……すぐに柔和な表情になって、三成とともに廊下に出た。


 場所は大垣城二の丸の客間である。


「その紙のことなら知っておるぞ」


 義弘は、甥の島津豊久より一回り小さく、肌の色が抜けるように白い。


 顔立ちは甥に似て睫毛が濃く、切れ長な目元がやや女性的である。


「随分と広く撒き散らされているようだのう」


 義弘は堀靱負が運んできたお茶……ではなく酒をゆっくりと味わう。


 優雅な振る舞いである。


 それもそのはず。


 島津は源氏の潮流として、東西を通じて最も家格が高く、織田・徳川なんかよりも、よっぽど生まれながらの貴人である。


「そなたの嫡男と……高坂惣次郎の記事も読んだぞ」


 義弘は左近をからかった。


 左近は打ちひしがれるように顔を大きな手で隠す。


 高坂惣次郎は元・島津家家臣である。


「これを描いた絵師なのですが……丸十紋……島津家の家紋を書き記して、行方をくらませているのです」


 三成は義弘の顔を伺う。


「もしや……この絵師、揖斐川深瀬をご存知ないかと思いまして」


 義弘は美しい流し目を寄越した。


「要は私を疑っておられる、と?」


「……」


「それか、豊久か……いずれにせよ、同じことであるが……」


 しばしの静寂が三人を包んだ。


 義弘は再び、水のように酒を流し込む。


 一旦、考えるような目つきをして、義弘は口を開いた。


「私は、すぐにでも東軍に行ってもよかった」


 島津領は関ヶ原以後も安堵である。


 確かに残る必要はもはや無い。


「ここに残ったのは……つまりはおぬしに味方するということだ。応えは……それで、充分であろ?」


 関ヶ原に飛ばされた後も島津隊だけは独自に思うがまま動いていたように三成には見えた。


 が、方針は最初から決まっていたという。


「私は……おぬしに悪いようにはしない。豊久もだ」


 豊久の名前を出されると、三成は苦手な食べ物を口にしたような表情になる。


 豊久には、何かにつけ罵倒されるのが通常運転である。


「豊久は、あれはおぬしを嫌っておるようでいて、その実そうじゃないから突っかかる」


「そうでしょうか……?」


 嫌いじゃないなら、突っかからないで欲しい。


 やはりあの憎しみの向けようは三成にとってストレスではある。


「まだ子供だからな」


 そうは言ってもイイ大人である。


 義弘は甥っ子に甘すぎる気がする。


「薩摩は……昔から全てを受け入れる」


 思えば忍びの佐久川喜重郎も、島津隊に潜入していた。


高坂たかさか惣次郎……今は高坂たかさかと名乗らせているが……その実、あれは香坂弾正こうさかだんじょうの一族の遺児なのだ」


「なんと……?!」


 香坂弾正(昌信)は武田の譜代家臣で、子孫は因縁のあった森長可の弟・森忠政の激しい恨みにより、一人残らず探し出され磔にされたとされる。


 確か香坂弾正の甥は惣次郎という名だったから、そこから名乗ったのだろう。


「護ってやりたくて、側に置いたが出奔しゅっぽんしてな」


「左様でしたか……」


 因みに森忠政と三成とは頗る仲が悪い。


 忠政が三成に向かって面罵めんば……豊家の批判を繰り返したことはもちろんのこと……忠政の領民へ苛政かせいを強いて、慈悲も無く、恨みがましく容赦の無いところを三成は憎んでいる。


 三成は気になっていたことを初めて口にする。


「秀頼様も……?」


「ん?」


 義弘は一瞬怯んだが、ゆるゆると首を振った。


「いや……そういったことは無かった」


 義弘は短く応えた。


 大坂の後、秀頼が薩摩に逃げおおせたという噂があった。


 義弘が本当のことを言うのを躊躇したのは、夢は夢物語のままで済ませたかった思いもあるだろう。


「但し、甲斐は来たぞ」


 秀吉の側室だった甲斐姫である。


「あれは、相当面白い女子おなごだったな」


 義弘は思い出したように笑った。女子と言っても当時はだいぶ年嵩としかさだったろう。


 二人の間にそんな因縁があったとは……三成は顔にこそ出さなかったが、関ヶ原に飛ばされた以後で内心、一番驚いた。


「あの甲斐の侍女を、宇喜多中納言が娶るとは……何かのえにしを感じるな」


 義弘はしみじみとした様子で言った。


 綺麗な歯並びが口の端から溢れる。


「この世界に甲斐が現れてくれたら……今度は、私がさらうかもしれぬ」


 義弘は片目を閉じてウィンクした。


 素面すめんは変わりないものの、義弘も確かに酔っているようだ。


 デマチラシを細く白い指で三成へ押し戻す。


「役に立たなくてすまなかったな……私はかような小手先の遊びは好きじゃない。

 もし、おぬしや茶々様に異心あるなら、その細首、既に掻き斬ってるさ」

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