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7:男の勘違い

 三軒目に訪ねた宿でねをあげて、教えてもらった安宿の扉を開けたデュレク・ブラッドレイは、近くを通った女性の給仕に声をかけた。


「すまない。泊りたいんだが、受け付けはどこだろう」

「いらっしゃいませ。あら、お兄さんも宿探し。なら、カウンターにいるくたびれたコートを着た人がお話し中よ。次に話しかけるといいわ」

「ありがとう」

「いいえ。ごゆっくり」


 繁盛する飲食フロアのテーブル席を抜けて、カウンターに近づく。

 旅人と宿の者の話が聞こえてきた。


(なんだ、俺と同じ条件じゃないか)


 気の良い女性が教えてくれたコートを羽織る旅人の後ろから、相乗りで「俺も」と声をかけた。


 不愛想な旅人は態度ほど悪い人間ではないようで、食事を分けてくれたうえに相部屋も了承してくれた。宿代が安くなったうえに、ワイン一本ついてきたことで、デュレクの気分は良かった。


 あてがわれた部屋も小奇麗で、トイレもシャワーもついている。

 旅人は相変わらずだが、気になるほどでもなかった。一晩一緒に過ごしても、気にならなそうな相手である。口数が少ない人間はどこにでもいるものだ。

 旅人が通路側のベッドに荷物をほおり投げた。デュレクは必然として、窓側のベッドに座る。サイドテーブルの引き出しから、グラスを二つ取り出した。 


「なあ、兄さんはワイン飲むか」

「いや。シャワー浴びて、すぐ寝る」

「ふうん。つまらないな」


 無口な人間も酒が入ると、饒舌になる者もいる。ちょっと話してみたかったデュレクは少し残念だった。下戸という可能性もあるので、無理強いはできない。


「明日も仕事なんだ。寝不足はこたえる」

「えっ、旅人じゃないのか」


(おいおい、そっちの方が驚きだよ)

 旅人は、驚くデュレクに見向きもしない。


「ああ。ずっと王都で勤めている勤め人だよ」

「んっ? じゃあ、なんで、そんな恰好で、宿探しを?」


 旅人は答えずに、くたびれたコートを脱いだ。

 

 コートに隠されていた髪が露になる。


(なんて長い髪だ。まるで女じゃないか)


 二回ほろってから、コートをハンガーにかけて、旅人はフックにひっかける。


 ばさりと背に広がったアッシュブラウンの髪が揺れる。さらっと旅人は、綺麗な所作で髪を払った。


(待て、待て、待て。聞いてないぞ、これは!)


 コート姿から小柄な男だと思っていた。コートから現れたのは、上等な制服。腰に佩いた剣。立ち振る舞いからも騎士であると見受けられた。

 背から臀部に流れる隆線。胸に見受けられる膨らみ。

 瞠目するデュレク側に旅人が顔を向け、驚きはさらに増す。


(菫色の瞳!? )


「兄ちゃん、あんた、騎士か」


 震える声で問うていた。


「そうだな」

「しかも、その目……、貴族だろ!」

「気にするな、一夜の宿だ。互いに明日は、他人だろ」


 旅人がデュレクを見た。その美しい無感情な面差しに、心臓が捕まれる。一瞬、声も出なかった。

 

「なに?」

「って! おまえ、女かよ!!」

「始めから女だが、なにか?」

「てっきり雰囲気から、男だと思って……。いや、悪い」


 男だと勘違いしたのはデュレクの早とちりである。わざわざ、目の前の女に言うことではない。口元に拳を寄せて、口をつぐむ。


「先にシャワーを使うぞ」


 旅人と勘違いしていた女騎士はシャワー室へ消えた。


 ベッドに座るデュレクは、縮こまったまま、眼球だけあげる。


(反則だ、反則。同性の良いやつと思っていたら、フード剥いだら、あんな良い女が出てくるなんて、なんの罠だよ!)


 壁に恨みがましい目を向ける。その壁の向こうで、女がシャワーを浴びているわけである。


(駄目だ。駄目だ)


 顔を伏して、頭をがしがしとかく。


(さっさと酒飲んで寝よ。俺だって、明日から忙しいんだからな。男だ、女だと関係ない。あの女騎士は親切なやつには違いなんだ。食べ物を分けてくれて、宿も相部屋を了承してくれたんだ。勘違いしたのは俺の責任だ)


 サイドテーブルの引き出しを開け、コルク抜きを取り出す。小気味よく、ワイン瓶の栓をポンと抜いて、コップに注ぎ入れた。

 ちびちびと舐める。


 酒を舐めているうちに落ち着いてきた。


(貴族の女騎士が、なんでこんな安宿に泊まるんだ。実家があってしかるべきだろう)


 気になると言えば気になる。

 女騎士のいうように、一夜限りの相部屋。所詮他人の域を出ない。詮索するのは無粋である。


 一杯目が空になり、二杯目をグラスに注いだ時、女騎士が出てきた。


 顔をあげると、ほんのりと赤らんだ頬にオレンジの光が当たる。陰影に色気が薫り、デュレクはグラスに視線を落とした。


「飲むか」

「どうするかな」


 女騎士はベッドに上着を脱ぎすてた。ベッドの上に置いた荷袋を開き始めた。


 他意はないのだ。居づらくなっているのは、デュレク側の勝手な思い込みである。いたたまれず、立ち上がった。


「俺も汗流してくる。先に寝てろよ、お嬢様」


 ひらひらと手を振って、水場に逃げた。


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