40:魔眼
デュレクは塀の上をひたすらに走る。垂れこめる霧は、どんどんと濃くなり、追いやすくなる。
(急がないとな。浄化の魔眼が働けば、すべてきれいさっぱり消してしまう)
子爵家の魔眼は浄化。呪詛そのものを消し去る力を持つ。
呪詛と言っても、人間の怨念などによる呪いとは一線を画す。狙った相手に、自然現象を装って害を成す。その自然現象を模した害し方がまるで、殺された人物の為した罪による、天の鉄槌のように見えるため、公爵家が保有する魔眼を呪詛の魔眼と呼称するようになった。
その攻撃に特化した呪詛の魔眼に対抗できるのが、侯爵家と伯爵家が持つ呪詛返しの魔眼。伯爵家の魔眼を退魔の魔眼と呼び、侯爵家の魔眼を破魔の魔眼と呼ぶ。二種共通の力は、自ら呪詛を行うことはできないが、呪詛を放った者を特定し、場合によってはその呪詛を相手に返すことができることだ。
返された呪詛によって、術者が消滅し、呪詛が解かれるのだ。
セシルの魔眼では、殿下を守ることができても、呪詛を消滅させるだけで、術者の特定はできない。
(術者を特定するには二つは方法があるだろう。一つは、セシルの魔眼で時間を稼ぎ、術者を探し出すこと)
浄化の魔眼が、巫女や僧侶になるのも訳がある。
彼らを徹底的に守ることによって、常に浄化ととともに進軍することができる。過去、彼女または彼らは、一団を守護し奮い立たせる象徴のように扱われることもあった。
(もう一つは、俺のような呪詛返しの魔眼により術者を特定。呪詛を破るまで一気に行うことだ)
浄化の魔眼は、呪詛への対処に時間がかかる。片や、呪詛返しの魔眼は早ければ一瞬で事を終わらせることができる。
デュレクの疑問はつきない。塀を走り続けながら、思案する。
動きながら考えるのは、前線で身につけた癖であった。
(俺が兄貴に戻るように言われてから、半年は経っている。その間に、少数精鋭でチームを組み、浄化の魔眼がいるケースのセオリー通り、探索することだってできたはずだ。その場合、相手が退魔の魔眼と組んでいる可能性を考えなくても良いはずだ)
破魔の魔眼は、術者に呪詛をありのまま返すことができる。片や、退魔の魔眼は、返す力はそれほど強くはないが、呪詛だけでなく、その返された呪詛をも退けることができる。破る力は侯爵家が強く、退ける力は伯爵家が強い。その微妙な違いを呼称はよく表現している。
(子どもが伯爵家の退魔の魔眼と組んでいたら、俺がいることが裏目に出ることだって考えられる。返された呪詛を退けられれば、俺だってその余波で無傷では済まない)
前線でも、魔族生の生物にはそのような呪詛を放つ生物と防御する生物が共生している場合もある。こうなれば、泥沼であり、互いに周囲を巻き込み、危険に晒し、命を散らしながら戦うことになる。時には、浄化の魔眼をもつ子爵家を守りながら進む方が、犠牲が少ない可能性があるだろう。
(セシルがいるのに、半年も時間をかけて、俺を呼ぶ必要なんてないのではないか!?)
ここは王宮だ。
今回、利用された可能性がある子どものように、非嫡出子で開眼した、退魔の魔眼を持つ者が影にいたら、デュレクの力では及ばない可能性もある。
子どもを助ければ、事が済む。そんな単純なことにはならない予感がデュレクを襲う。
赤く光る眼は、霧に宿る呪詛を辿る。
脳天に映る映像は、視界よりはるか先の景色を映していた。
取り巻く呪詛が鬱陶しい。返したくなる衝動を押えつつ、デュレクは進む。
(ったく! 攻撃優位の俺より、絶対に守護優位のセシルが向いている仕事じゃないのか。特定に時間がかかると言っても、半年だぞ、半年。時間はあるだろう。
女官を推挙した人物特定に奔走する時間だってあったはずだ。
それさえできてないってことはだ。殿下と女官だけで情報を握って、兄貴に伝えていなかったか。特定した人物が、でかすぎたり、捕まえにくかったり、尻尾を掴ませないやつだったりしたってことかよ)
走り続けてきた塀が途切れる。これより先は林が広がる。
門と塀は繋がっており、太子御所を取り囲んでいた。例えるなら、太子御所の敷地は半月のような形である。
塀の端に立ったデュレクの眼前には手入れの行き届いた庭がある。デュレクの脳天に映し出される像はすでに木々に囲まれていた。隣接した林の奥に目的地はある。
せせらぎが見え、崖があり、洞がある。その洞に、子どもがいた。呪詛を仕掛けるため、両眼が青く光り輝いている。
子どもは姿ははっきり見えずとも、瘦せこけているようで、生気が乏しい。
デュレクは塀を飛び降りる。視界がとらえた洞に向かい、走り出した。
その頃、百を数え終えたセシルが門を開け始めていた。




