25:無知に気づく
(色々、工夫して生活しているんだな)
セシルは、ベッドをぎゅっと押してみた。硬い感触。掛布も薄手だ。屋敷で使っていたベッドより一回りは小さい。
「荷物置いておくから、片づけて着替えておいで。お茶を用意しておくよ」
「ありがとう」
デュレクがパタンと扉を閉める。
ぽつんと残されたセシルは静かな部屋を見回す。隣の建物に遮られて日光はほとんどさしこまない。夜だけ寝に帰ると思えば、問題はないだろう。
クローゼットを開けると空だった。荷物をぽんと投げ入れ、着替えをぽいぽいっとベッドに投げた。
ハンガーが数本あり、騎士の衣装をかける。
(さっき、洗濯と言ってなかったか……)
屋敷で暮らす分には、衣類はすべて使用人に渡せば済んでいた。これからはそうはいかない。改めて、細々としたことが何もわからないと気づく。
(これからは衣類も自分で洗うのか)
途方に暮れる。一人で暮らす難しさを初めて知る。なんにしても、一つ一つ覚えていくしかない。髪留めを外し、背に長い髪を流したセシルは、ベッドに投げたパンツとシャツに着替えて、部屋を出た。
セシルに貸した部屋を出ると、デュレクは台所へと向かう。
水を入れたやかんをコンロに置き、火をつける。
(兄貴のやつ、本当に細かいところまで準備してやがる)
上の戸棚には、必要な調味料が並んでいる。コンロ下の棚には鍋類。
調理台の下にある引き出しには料理に用いる器具とカトラリーが並ぶ。
食器類はシンク上の棚に大小の平皿、スープ皿などが重ねられている。
ティーポットとマグカップを二つ出した。棚の端に寄せておいてある紅茶缶に、引き出しからティースプーンを出す。開けた缶から、二杯分の茶葉をティーポットに投げ入れた。
紅茶缶を棚に戻すと、やかんから湯気が立ち上り始める。
お湯が沸き、火を止める。湯温が下がるまで待つ。
背後で扉が開く。
「今、お茶入れているところだから……」
振り向いたデュレクが言葉を失う。
昨日を彷彿とさせる長いアッシュブラウンの髪を揺らし、セシルが出てきた。
髪を束ねている時より可愛らしい。見方によっては、少し大人っぽい。
(やっぱり、血統書付きのお嬢様だね)
「どうした、デュレク」
「いいや。椅子に座って、今、紅茶淹れるから」
デュレクはポットにお湯を注ぎ入れる。茶葉が熱気で踊り出す様を見て、ポットの蓋をのせた。マグカップを手にして振り向くと、セシルは椅子に座ろうとしているところだった。
「着替えてきたの?」
「ああ、騎士の姿だと堅苦しいだろう」
「違いない」
「実は、昨日と同じ服だったんだ。さすがにそのままにしてはおけない」
デュレクは、机にトントンとカップを置く。再び背を向け、ポットを手にして戻る。しゃべるセシルの言葉に耳を傾けながら、デュレクはカップに紅茶を注ぐ。
「正直に言って、どうしたらいいか分からない。屋敷にいる時は、着替えた服はすべて使用人が回収し、仕事から帰ってくればクローゼットに収まっていた。これから、そういうことも自分でするんだとしても、私にはどうしていいかわからない」
「騎士の制服の洗濯ねぇ……」
デュレクはカップをセシルの前に出し、椅子に座った。
セシルはカップを両手で包み込み、背を丸める。勢いと、憤りと、決意だけで、家を出てきていた。いざ出てみると、知らないことばかりで、途方に暮れる。
濡れそぼった野良猫の気分にかられながら、セシルはデュレクを見た。
セシルの弱々しいまなざしを、デュレクは苦笑して受け止める。
「私は、今の今まで、分からないことも、知らないことも、気づかなかった。ベッドとクローゼットしかない部屋。脱いだ衣類。そういうものを見て、初めて実感した。
一人で暮らすと家を飛び出しても、私にはそんな能力も知恵も、一つもなかった」




