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エピローグ:いつもいつでも遠回り。それが最短だった。

JOJ●に詳しい人は知っているでしょうが、今回のサブタイトルは第七部

スティールボールランからの引用になります。第七部はとても好きです。


使用BGM:唸る必殺の一撃 (主人公機BGM)

 いい加減にしてくれ。頼むから。





 女の子にボコボコにされるのは、姉貴との喧嘩で慣れたもんだけど、さすがに号泣する女の子にマウント取られてボッコボコにされるのは、三年ぶりくらいだった。

 三年前にボッコボコにしてくれたのも姉貴なんだけど。

 姉貴の前は、実の母親だったけど。

 トラウマでしばらく身動きが取れなかったけど、翌日には動けるようになった。

 顔中に湿布やら絆創膏やら貼ってあるけど、これはもう仕方ない。

「痛てて……マジで馬鹿か、僕は」

 顔を動かすと痛い。マジで殴りやがってとは思わないけど、顔ばっかり狙うこたぁねーだろ。腹とか、目立たない所はいっぱいあるんだぞ?

 そんなことを思いつつ登校し、自分の席に座る。

「うわっ……与一、それどうしたの? 喧嘩? 喧嘩なら加勢するわよ! 正人が」

「水面、俺を勝手に加勢させるなよ……でも、それどうしたんだ?」

「要らん世話を焼いたら女の子にマウント取られてボッコボコにされた。よくあることだろ?」

『ねーよ』

 などと隣の席の夫婦とトリオ漫才を繰り広げつつ、授業を消化して昼休みに突入。

 正人はいつも通り告白のお断りに。

 水面は女子グループに混ざって昼食。

 僕は誰かと食事という気分でもないので、一人で食べようと思って弁当箱を開くと、古賀ちゃんがひょっこりと顔を出した。

「おっす、如月」

「ういーす、古賀ちゃん。なんか用?」

「中間開けにさ、報告と気晴らしも兼ねて、カラオケでも行こうかと思うんだ」

「……カラオケか。僕、音痴だからあんまりなぁ……ジャイアン並だぜ?」

「よし、決定な。せっかくだし鮫島も誘うか」

「聞けよ、人の話。カラオケは行くし音痴も嘘だけど、聞けよ」

 古賀ちゃんと約束を取り付けて、その日の昼食はなんとなく憂鬱だった。

 まぁ……そりゃそうだ。

 男女の仲ってやつが、そう簡単に上手くいくわきゃねぇわな。

 佐々木さんがなにを抱えているのかは知ったこっちゃないし、古賀ちゃんがそれを抱え切れないと思ったんなら、それはそれで仕方のないことだ。

 分かってはいるけど……少しだけ寂しい。

 少しばかり、我慢できない程度には。

「…………はぁ」

「なに似合わない溜息吐いてんのよ、如月」

「うるせーよ、鮫島。今週末から中間なんだから溜息くらい出るだろ」

「うぐっ……そ、そういえば今日は一人飯なの?」

「なんとなく……って、わけでもないか。正人はいつも通りだけど、古賀ちゃんはなんかどっか行っちゃったし、新田はいつも通りだし、他の面子もなんやかんやで忙しいみたいだしなぁ。孤独な一人飯も悪かないけどさ」

「んじゃ、食べ終わったら数学教えてよ。今回はチョイとヤバいわ」

「……いつもよりヤバくなさそうだな」

 そんなこんなで、鮫島に勉強を教えて、昼休みは潰れた。

 何事も起こらずに学校が終わり、家に帰って勉強をして、適当に眠った。


 テスト期間中は何事もなく、時間だけが過ぎて行った。


 三日間に及ぶ中間テストだったが、出来は可もなく不可もなく。数学はまぁまぁいい感じだけど英語が平均を越えるか越えないかといった出来で、いつも通りだった。

 テストの返却は休みを挟んで月曜日からなので、それまでは楽しく遊べる。

 あるいは、テストの結果にびくびくしながら遊べという、学校側からの嫌がらせかなんかなのかもしれないけど。

 いつもなら、テスト明けの休日はぼんやりするか温泉に行くかするんだけど、今回は古賀ちゃんと約束がある。暇潰しにはちょうどいいだろう。

 そう……思っていた。

「……おい、三日月君よぅ」

「な、なんだよ……いきなり名前で呼ぶなよ、如月。びっくりするだろ」

 待ち合わせのカラオケ店前に、古賀ちゃんはいた。

 その隣には佐々木さんが寄り添っていた。

 言わなくても空気で分かる。二人の空気は付き合ってるカップルのそれだ。

「付き合うことになったんなら早めに言えよ! 上手くいった翌日くらいに言えよ! 中間の間、ずっと心配しちゃったじゃねーか!」

「い、いや……なんか、こう……言いづらくて。おれも正直これが現実なのか疑ってるくらいなんだぜ? おれに彼女ができたとか、ちゃんと現実かな?」

「現実だよ! マウント取って僕をボコボコしたのはお前の彼女だよ!」

 僕が彼氏の方に抗議すると、彼女の方が唇を尖らせて抗議してきた。

「それは仕方ないわよ。如月君、むかつくもん」

「自覚はあるけどはっきり言うなや! 大体付き合ってるなら二人でデートしろよ! 水族館とか博物館とか行けよ!」

「見せつけようかと思って♪」

「古賀ちゃん、今から暴言吐くね。……オメーの彼女、確実に僕よりムカつくぞ!」

「ごめん、マジごめん。でも、二人きりってまだなんか異様に恥ずかしいんだよ。新田はすげーよ。ぱねぇよ。如月がやたら評価するのも頷ける。あいつはすごい男だ」

「佐々木さんも二人きりの方がいいよね? 僕は確実に邪魔だよなァ!?」

「恫喝されても恥ずかしいものは恥ずかしいので、いてくださいお願いします」

 なんで付き合ってるカップルに揃って頭下げられなきゃいけねぇんだ。

 前の時にこれで余計なお世話は終わりって言ったじゃん! 僕が勝手に決めたことだけど、これからは二人で頑張ってね、ばいばい的な感じでいいじゃん!

 僕をデェトに巻き込むんじゃねーよ!

「……まぁ、いいけどさ。あんまり良くないけど今回は良いってことにしてやるから、次からはちゃんと二人で遊べよ?」

「遊ぶって……ゲームセンターとかかな?」

「真っ先にゲーセンって女子の発想じゃねーだろ。佐々木さんがどの程度の腕前なのか知らんけど、上手い部類に入るんならどんなジャンルでも確実に引かれるぞ。そうじゃなくて……映画見たり、駅前ブラついたり、色々あるだろ?」

「私あんまりお金自由にできるわけじゃないから、お金かかるのはちょっと……」

「両親いないんだから、自室に呼んでレンタルビデオでも借りて見りゃいいだろ。梅っちがいなけりゃ、イチャ付き放題だぜ?」

「うん……そうね。前向きに善処しましょう!」

「……ヘタレめ」

 初々しいと言えばその通りなのだが、一応ヘタレと言っておく。

 古賀ちゃんもホント酔狂だな……この女、確実に相沢さんより面倒くさいぞ。

 まぁ、戦わなきゃいけないのは古賀ちゃんなので、僕は関係ないけど。

 ……うん。関係ないよね?

 僕が心の中で口元を引きつらせていると、古賀ちゃんは口元を緩めた。

「色々世話になったからな、今日はおれが奢るよ」

「全部古賀ちゃんがやったことだし、僕はあんまり関係ねーよ。むしろ……ここからが本当の戦いなんだぜ? 色々、喧嘩だの嫉妬だのなんだの、あるはずだから」

「なぁ、如月……お前本当に女と付き合ったことねーのか?」

「ねーよ。とりあえず、人前に出る時は、首筋のキスマークはちゃんと隠そうね?」

「き、キスマークなんて付けてないよっ!?」

 過剰反応したのは佐々木さんだった。

 古賀ちゃんは苦笑を浮かべて、僕は肩をすくめて、言葉を続けた。

「ミス・ササキ。色恋沙汰の基本はアイアンハートと羞恥を捨てることデスよ?」

「……如月君。エセ外人口調がイラッときたから、もう一回殴っていい?」

「駄目」

 きっぱりと断って、僕は口元を緩める。

 以前より話しやすくなったが……というか、今ようやく佐々木桜子という女の子と会話ができたような気がしたけど、それはそれとして。

 どんな恋路もそうだけど、前途多難のようだった。



 鮫島が合流して、カラオケ店に入り、プランは鮫島に全部任せた。

 会員にならなくても学割があるというのは実にありがたい。

 案内された個室に入る前に、とりあえずドリンクバーでウーロン茶を注ぐ。

「カラオケなんて久しぶりだな」

「そう? 私は結構歌ってるわよ。昨日も女子連中で行ってきたし」

 勉強会の時より、鮫島は生き生きしていた。当然っちゃ当然だけど。

 最後にカラオケに行ったのは……中学の卒業祝い以来だ。それを思い出すと、少しだけ胸が痛んだ。

 痛みを誤魔化すために、話題を変えることにした。

「鮫島は知ってたのか? 古賀ちゃんと佐々木さんが付き合ってたこと」

「んーん。さっき知ってすごく驚いたわ。なにがあったかは知らないけど……まぁ、上手くいったのなら、いいんじゃない? 如月はなんか色々したみたいだけど?」

「僕はマウント取られて殴られた程度だよ。大したことじゃない」

「いや……どういう状況になったらそんなことになるのよ? 襲ったの?」

「僕が女性を襲えるような男に見えるか?」

「見えない」

「…………はい、鮫島のぶんのソフトクリーム。甘くて美味しいぞ」

「頼んでないんだけどっ!?」

 最近のドリンクバーにはソフトクリームも付属している。便利なもんだ。

 襲う襲わないはともかく、馬鹿にされたのは分かったのでソフトクリーム並盛の刑だ。大盛にしなかっただけ感謝して欲しい。

 鮫島にほんの少々の嫌がらせをしつつ、僕らは個室に戻った。部屋の中では既にカラオケの準備が着々と進められていた。

 僕らが戻ったのを見て、古賀ちゃんは口元を緩める。

「お、戻ったな。メガポテト頼むけど、如月達も食うよな?」

「食う食う。それからピザ系なにか頼もうかな……鮫島はなにがいい? 今日は古賀ちゃんの奢りだから食い放題だぜ?」

「マジでっ!? あー……でも、カロリー高そうなのは、ちょっと」

「カロリーより脂質優先した方がいいらしいぜ?」

「……前々から思ってたんだけど……如月君って女子力高いよね?」

「佐々木さんやめろコラ。それ、なんか中学の頃からよく言われてるから」

「如月はねー……異様に女子力高いわよ。自分でお弁当とか作ってきてるし、栄養のバランスとか滅茶苦茶気ィ使ってるし、如月が関わったカップル、古賀と佐々木さんで五組目だからね」

「やめろ、鮫島。やめて差し上げろ。飯はなんとなくだし、カップルについては勝手にくっついただけで、僕はなにもしてない」

「そーか? 今日も含めて、散々世話になった気がするけどなぁ?」

「古賀ちゃんまで同意すんなよ!」

 なぜ今日に限ってここまでいじられるのか。やっぱり余計なお世話なんて焼かなければ良かった。

 話題を変えるために、マイクを手に取った。

「カラオケ久しぶりだし……歌もぶっちゃけ上手くねぇけど、最初に歌っておこう」

「そう言って、美味かったりするんじゃない?」

「やめろ、鮫島。勝手にハードルを上げるな!」

 適当に知ってる曲を入力。点数は勝手に計算しやがれクソったれ。

 歌ってる間にピザだの枝豆だのポテトだの、頼んでいるものが来て気が散った。

 歌い終わってマイクを置くと、鮫島は苦い表情をしていた。

「なんていうか……普通ね。52点だし。あと選曲がよく分からないわ」

「僕は最初からクライマックスで、世界とか救っちゃう曲が大好き」

「それ、つまりロボットものとかアニソンじゃない?」

「J-POPさんも積極的に世界とか女とか救えよー。最近の曲とか知らんし、まず僕が好きな曲がないんだよ。君に会いたいだのあなたが好きだのなんだの、湿っぽく歌いやがってよ。なんでもかんでも切なくすりゃいいってもんじゃねーぞ。日本人の根本は演歌からなんにも進化しちゃいねぇよ。いっそ世界とか救わなくていいから、ももいろク●ーバーZを見習って、もっと元気になれそうな歌を歌え」

「んじゃ、私が歌っちゃおうかなー?」

「おう、やれやれ! テストの点が悪くても元気になっちまえ!」

「ふふん……今回はわりといいはずよ! たぶん!」

 涙目のヤケクソで歌い始めた鮫島は、さすがというかなんというか、歌い慣れていてとても上手かった。やっぱり上手い奴は声量が違う。

 ちなみに……後日談の後日談になるが、鮫島のテストの点は本人の申告通りいつもよりは良かったらしいが、一教科だけ赤点を食らって僕に泣きつく羽目になった。

 もっとも、この時はそんなことは知る由もない。鮫島は楽しそうに歌っていた。

「ふふん、どうよ! 採点で82点ってなかなか出ないのよ?」

「三日月君、なに歌うの?」

「おれ、ぶっちゃけ演歌しか分からないしなぁ……桜子は?」

「最近の歌ならちょっと自信があるよ」

「私の歌を聴けぇ! バカップルども!」

 マイクをソファの上に叩きつけて、鮫島は激怒した。

 まぁ……ね。気持ちは大いに分かる。仲間内にカップルがいると、なんかカップル同士で妙な空間形成して、他の人を寄せ付けない感じにしちゃうんだよね。

 だから二人きりでデートしろと言ってるのに、佐々木さんがヘタレだから……。

「よーし、次は私が歌っちゃうね。えっと……とりあえずこれで!」

 佐々木さんが選んだのは、最近流行しているドラマの主題歌だった。

 選曲までは、良かった。

「なァんだってぇ、いいさァ! どこぉ、まぁでもぉ!」

 出だしからヤバい。曲が曲の体を成していない。

 曲が進むにつれヤバさが増していく。音が外れているとか、そういう問題じゃない。佐々木さんの歌声は、漫画でよくある気持ち悪いフォントもしくは手書きで『ボエエエェェェ』と表現される音そのものだった。

「……あの、如月さ、佐々木さんっておん……むぐっ」

「しっ」

 僕は鮫島の口を塞いで、古賀ちゃんの目を見た。

 古賀ちゃんはこちらを見て、わずかに頷く。僕も同様に頷いた。

 やがて曲が終わった。評価は13点。10点でも多いと思ったが、評価する機械にもある程度の温情はあったらしい。

「13点? んー……この機械、壊れてない?」

「壊れてはいないだろうけど、最近の採点基準って訳分からないしな。とりあえずオフにしておこうか。点数気にして楽しく歌えないのもよくないし」

 古賀ちゃんのナイスフォローが入り、点数評価システムはオフになった。

 僕としては『壊れてるのはお前の歌声の方だ』と言いたかったが、あえてなにも触れないことにする。無暗に音痴を指摘して場の空気を崩すことはなかろう。

 カラオケなんて場所は、気持ち良く歌えればそれでいいのだ。

「んじゃ、おれの番か……あんまり最近の歌知らないけど、まぁいいやテキトーで」

 案の定というなんというか。演歌しか知らないというだけあって、古賀ちゃんが歌った演歌は滅茶苦茶上手かった。

 この男、本当にハイスペックである。

「三日月君、すごく上手いね!」

「まぁ……じーさんに付き合わされて宴会だのなんだので歌ってるからなぁ」

「あ、そういえば点数システム切ってたんだっけ……90点以上だったらご褒美あげようかなって思ってたんだけど……」

「ぐっ……ご褒美で張り切ってる新田を見た時はアホかと思ったが……今なら気持ちが分かる! マジでごめん新田! お前やっぱりすげぇよ!」

「鮫島サン。とりあえずこのカラオケで一番高いものを頼もうか?」

「そうですわね、如月クン。このオードブルセットなんてどうかしら?」

「やめろお前ら! おれの財布が死ぬだろ!」

 僻みで古賀ちゃんの財布を殺しにかかる僕らを、古賀ちゃんは全力で止めにかかる。

 結局オードブルは頼まず、適当に曲を消化しながら、時折立ったり座ったり、笑ったり怒ったりしつつ……楽しい時間はあっという間に過ぎて、学生にはちょいとお高い学割が効かない時間帯になったところで、お開きとなった。

 カラオケ店から出て、古賀ちゃんが口を開く。

「どうする? 喫茶店とかでテキトーに時間潰して、夕飯でも食うか?」

「んにゃ、今日は帰るよ。……なんかちょっと疲れちゃった」

「別に気は使わなくていいぞ?」

「気は使ってないよ。……カラオケは慣れてないからさ、ちょっと、疲れたんだ」

「そ、そうか? ならいいけど……」

「んじゃ、私も如月に付添いましょうか。あとはお二人でごゆっくりどうぞ♪」

 それじゃあと、古賀ちゃんと佐々木さんに手を振って、背を向けて歩き出す。

 ゆっくりと息を吐いて、息を吸う。ちょっと疲れたけど……もう少し、持つかな。

 隣を歩く鮫島が、口元をつり上げて楽しそうに笑っていた。

「うん、まぁ……仲良過ぎなのが程々にムカつくけど、あれはあれで初々しい感じでいいもんよね。私も早く彼氏欲しくなるわ」

「………………」

「如月? ちょっと……大丈夫?」

「大丈夫」

 答えてはみたが、実際の所はちっとも大丈夫じゃない。

 その時の僕がどんな顔をしていたのか、僕には分からない。……けれど、鮫島に分かるくらいには、酷い顔をしていたのだろう。

 虚飾が剥がれるくらいには……キャラが壊れるくらいには、酷い顔をしていた。

 元々酷い顔だったと言われれば、その通りだけど。

 息を吸って、息を吐いて、少しだけ回復を促しつつ、僕は口元を緩めた。

「まぁ……仲が良いのは、いいことだよね。なんでデートなのに僕と鮫島が巻き込まれてるのか不思議だけどさ」

「佐々木さん、あんまり友達いないからこれを機に友達作りたいそうよ? それから、如月はかなりイラッとくるけど、からかうと面白いし、感謝はしてるって」

「……そういう女子のネットワークってどこで情報交換してんのさ?」

「主にトイレね」

 トイレの神様は本当に多忙だなぁと……そんな益体もないことをぼんやり考える。

 頭が少しだけぼんやりしてきた。やっぱり、無理はするもんじゃない。

 と、不意に鮫島は、声のトーンを落とした。

「如月はさ……佐々木さんのこと好きだったりするの?」

「は? ンなわけねーだろ。頭のどこをどういじってそんな発想に至ったんだよ?」

「だって、佐々木さんに対しては……なんか、一生懸命だったみたいじゃない? それでまぁ……好きなのかな? ってね?」

「好きじゃねぇよ。僕は古賀ちゃんほど酔狂じゃねぇ。佐々木さんについては……まぁ、僕としても色々思うところがあったってだけ」

「思うところ?」

「告白バックレるとか死んでも許さねェ……とかね」

 メールで古賀ちゃんに事情を聞いて、そう思った。

 応えるなら応える。振るなら振る。それが、真剣に好意を向けてきてくれた相手に対する礼儀で、逃げるってのは好意と礼儀を踏みにじる行為なのだと思う。

 佐々木さんに共感はできたし、気持ちもよく分かったけど……それでも、苦しくても誰かと、辛くても自分と、向き合わなきゃいけない時っていうのが、存在する。

 もちろん、佐々木さんは逃げても良かった。

 他人の気持ちなんて知ったこっちゃねぇと言ってしまえば、それまでだ。

 他人の心を踏みにじっても心が痛まないのなら、思う存分踏みにじればいい。

 でも……自分の気持ちを踏みにじってまで、逃げるのは、絶対に間違っている。

「余計な口出しだったとは思うし、怒らせてマウント取られてボッコボコにされたんだから、自業自得と言えばその通りだな。返す言葉もねぇわ」

「……じゃあ、なんでちょっと辛そうなのよ? 今日、楽しくなかった?」

「楽しかったよ」

 騒いで、歌って、楽しかった。すごく楽しかったと思う。

 でも……寂しかった。

 中学校を卒業する時、昔の仲間で集まってカラオケでパーティみたいなことをした。

 一人は冒険家で、一人はフードコーディネーター志望で、二人は無難に大学生で、一人は長年引きずってた中二病から脱却したけど留年してて、一人は……OLだった。

 みんな大人のようなもので、僕だけが子供だった。

 みんなそれぞれに自分の道を歩いていて、僕だけが高校生未満だった。

 みんな忙しくて、これを境にもう会うこともないだろうと、思った。

 その時に……少しだけ、色々あった。

 過去を思い出して、ほんのちょっとだけ辛くなった……それだけだ。

 ただ、それを語ることはしたくないので、口元を緩めて、調子よく笑うことにした。

 言い訳のように、嘘を吐いた。

「まぁ……慣れないことして疲れたって感じかな? 実は昨日あんまり寝てないしさ、テストやらなんやらで色々疲れてるところにダブルパンチだもん。そりゃ疲れるわ」

「うぐっ! て、テストの話は禁止! 私の方が辛くなっちゃうでしょうが!」

「んじゃ、楽しい話しようぜ。鮫島が今ハマってる趣味とか、自慢できることとか」

「え? んーっと……今日付けてるアクセが全部自作とか?」

「なにそれすげぇ!? 器用すぎるだろ!?」

 そんなこんなで、僕らは笑ったり驚いたりしながら、帰路につく。

 いつも通りの楽しい日々で。

 それがほんの少しだけ辛かったけど……やっぱり楽しかったと、そう思えた。



 佐々木桜子は完全にダウンしていた。

 楽しかった。すごく楽しかったのだが……自分の体力を考えないで騒いだ結果、ものすごく疲れてしまったというのが、本音である。

 三日月と一緒に喫茶店に寄って、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。

「ささ……じゃなくて……桜子、大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。疲れただけだし、だいじょーぶ。遊ぶのって、意外と疲れるんだね」

 名字ではなく名前を呼ばれて、くすぐったい気持ちになる。

 顔を上げて苦笑をしながら、口元を緩めて微笑んだ。

「三日月君は、本当は二人っきりが良かったんじゃないの?」

「そりゃ……本音はそうだけどさ……まだなんだかんだで二人きりだと会話が続かない時があるし、ドキドキし過ぎて頭がオーバーヒートするしさ……」

「えへへ」

 だらしなく、桜子は笑った。

 自分がこんな風に笑えるだなんて、思いもしなかった。

 恋がすごいだの恋愛ってすごいだの……そんなことは思わないが。

 それでも『三日月君はすごいなぁ』とは、思った。

「うん。カラオケも初めてだったけど……楽しかったよ」

「そりゃ良かった」

「正直……私が音痴だったという事実は、ちょっとショックだったけどね……」

「あ、自覚あったんだ……まぁ、音痴は別に悪いことじゃないし、カラオケなんて楽しく歌えりゃそれでいいと思うけどさ……なんなら、二人で来て練習しようぜ?」

「二人きりで来ると、歌どころじゃなくなりそうだけどね」

「………………」

 三日月は目を逸らして顔を赤らめた。

 桜子はそんな三日月を見て、微笑ましい気分になって、楽しそうに笑った。

「ゆっくりでいいよね? 私も……ヘタレだし」

「そうだな。長い付き合いになるんだし、急ぐことはないさ。ゆっくりでいいと思う」

「あの……告白の時の『結婚を前提に』って……」

「おれは言葉の通りに受け取ったし、桜子以外考えられないと思ったぞ? 桜子がもらってくれないんだったら、生涯独身だろうな」

「も、もちろんもらうよ? 普通立場逆かもしれないけど、絶対にもらいますよ?」

 桜子が慌てたように言うと、三日月は嬉しそうに笑った。

 笑いながら、不意に真面目な表情になった。

「桜子……あのさ、つまんねぇ頼みごとしていいか?」

「な、なに?」

「今度……来週でもいつでもいいから、おれの三つ編み切ってくれないか?」

「絶対に嫌」

「お……おう? い、いつになく強硬だな……いや、桜子が切りたくないなら、自分で切るなり散髪屋行くなりするけどさ……」

「いえいえ、そういうことではなくて」

 ぶんぶんと首を振りながら、桜子はきっぱりと言った。

「それを切るだなんて、とんでもない」

「…………おい」

「三つ編みだけじゃなくて、色々な髪型を試してみたい女心も、あるんだよ?」

「それは自分の髪でやってくれよ! おれのこれはただの願掛けだからな! 死んだばーちゃんに言われてなんとなく伸ばしてただけだし!」

「願掛け?」

「素敵なお嫁さんができますようにとか、そういう……幼稚な願掛けだよ」

「三日月君、前々から思ってたけどすごく古風っていうか純情だよね。……でも断る」

「分かった。自分で切るわ」

「駄目! 絶対駄目! 切るにしても……肩! せめて、肩までにしようよ! 素敵なお嫁さんがここまで頼んでるんだから、少しだけ譲歩して欲しいな!」

「素敵なお嫁さんって自分で言っちゃ駄目だろ! いい加減うざくて鬱陶しくて仕方ないからこれを機に切らせてくれ! もうばっさりやらせてくれ!」

「うぬぐぐぐぐ……じゃあ、また伸ばしてよ! 切ってもいいから伸ばしてよ!」

「必死過ぎるだろ! 大体男のロン毛なんて気持ち悪くてムカつくだけだろうが!」

「他の男はそうだけど三日月君は可愛いからいいの!」

「お客様」

 聞き慣れない声に、二人は肩をびくっと震わせて、恐る恐る振り向いた。

 コップを置きに来た時はにこやかに笑っていた女性店員が、死んだ目のまま『リア充爆死しろ』と言わんばかりの陰鬱な声色で、引きつった笑顔のまま、告げた。

「他のお客様の迷惑になりますので……声を抑えていただけないでしょうか?」

『あ……はい。すみません』

「紅茶のお代わりはいかがでしょうか?」

『いただきます』

 てきぱきと、女性店員は死んだ目のまま紅茶を注ぎ入れ、さっさと立ち去った。

 しばし、気まずい沈黙が流れて、先に桜子が口を開いた。

「うん……そうだよね。三日月君も男の子だもんね。血の涙を飲んで介錯するよ」

「いや、切腹するわけじゃないからな? 髪を切るだけだからな?」

「どうしても切っちゃうの? すごく似合ってるのに……」

「心底残念そうに言われると、すげえ複雑な気分になるんだけど……まぁ、いい機会だしな。ばーちゃんから教わった願掛けにしちゃ、ちょっと見返りがでかすぎたしな」

「………………」

 見返りがでかすぎるという一言に、桜子は頬を染めた。

 自分はそんなに立派な人物ではないし、三日月に見合う女でもない。それでも三日月が自分を認めてくれているのが……とても嬉しかった。

(さすがにそこまで言われちゃ、わがままは言いづらいよね)

 血の涙を飲んで、桜子は諦めた。

 HDは初期化(フォーマット)してしまったので、これが三日月の三つ編みの見納めになるかと思うと残念無念で仕方がないが……それでも、いつものように諦めた。

「まぁ、肩までってのは悪くないかな。今までよりは枝毛とかましだろうし、髪型のバリエーションも増えそうだしな」

「三つ編みより女の子っぽくなる気がするけど、いいの?」

「………………」

 三日月は露骨に目を逸らした。

 それから、かなり迷っているようで、腕組をして、溜息を吐いて、桜子の目を見た。

 桜子の目を見つめて、口を開いた。

「桜子にしか言わないけどさ……」

「う、うん」

「女装は、実はあんまり嫌ってないんだ。わりと……楽しいと思う」

「………………」

 よく考えれば、当然のことだったのかもしれない。

 三日月は主張する所はしっかりと主張する男だ。母親だろうが姉だろうが、文句を言うべき時は、はっきりと言う。それが毒舌と言われる所以でもあるのだが。

 そんな彼が……店番をする時に、ちゃんと女装をする理由があるとするなら。

「こういうのを『杞憂』って言うんだろうね……きっと」

「ん? なんの話だ?」

「こっちの話」

 ストーキングなんてする必要はなかったし。

 頼めばきっと写真くらい撮らせてもらえたただろう。

 他人から見れば馬鹿みたいな遠回り。後ろめたさと後悔を繰り返して、逃げて暴れてくっついて、それは全部杞憂だったけど……遠回りしたから、分かったこともある。

『君は、古賀三日月が欲しくないのか?』

 ムカつくお人好しが吐いた言葉。その言葉が……多分、今回の教訓。

 欲しい物があれば、恐怖とだって戦える。

「三日月君。唐突だけど、いい?」

「ん?」

「大好きです」

 これからも、恐怖と戦おう。

 そう誓って、桜子は自分の想いを口にした。

 朗らかに笑いながら、意を決することなく、ごく自然に、躊躇いなく。

 好きな彼に、好きだと言えた。



 人はあるもので勝負するしかない。

 あるだろう? その胸に、その心に湧き上がるなにかが。

 自分だけのオリジナルが。

 情熱という名前が付いた、自分だけのものが、そこにある。

臆病な女の子と、外見はアレだけど中身は男前な男の子の恋愛が不意に描きたく

なって、なんとなく描いた今回。描いてて楽しかったですww ヒューッ!


さて、次はなにを描こうか? 現状ではなにも決まってないけど、なにか描く。

それでは今回はこれにて閉幕。お疲れ様でしたw

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