Our reasons
シン、となった。
碧さんは口を開かない。
私は口を開けない。
私は顔も上げれないので、彼が今どんな表情をしているのかもわからない。
しばらくして、随分長い時間が経ったようにも感じたけど、一分も無いのかもしれないけど、
碧さんがゆっくりと話しだした。
「俺は今回、君を利用した。それは本当に謝りたい。君が河野にあの時、人生の責任を他人に押し付けるな、って言った時、俺は自分の胸をえぐられた様な気分だった。15年前の喧嘩を止めなかった俺は、ずっと自分を責めていた。だけどトドメを刺した奴が他にいるかも、と先輩に聞かされた時、正直、肩の荷が下りる気がしたんだ。俺が止めなかった喧嘩のせいで、コウ兄は死んだんじゃないって。俺のせいじゃないんだ、って。」
ゆっくりと、ゆっくりと、噛み締める様に話す。
私はそれを、俯いたまま黙って聞いている。
彼はキッパリと言った。
「そんな自分勝手な理由のせいで、君をこんな目に合わせてしまった。本当に、申し訳ない。」
うん。それはもう、わかったよ・・・。
でもね、碧さん。そんな事が理由じゃないの。
出会った時点であなたが私を騙していた事だって、そんな事を無視したくなるほどあなたの事が好きになっていたし、河島から私を助けてくれた時にはもう、それは吹っ飛んでいたのよ。
だけど私達二人は、過去の事件の罪を、少なからず背負っているの。
それをあなたと一緒にいる限り、突き付けられるの。ずっと。
「でも例え、15年前に君の証言があったとしても、だからと言って河野をあげられたかどうかはわからないよ?」
私は少し顔を上げた。上目遣いで碧さんの目を見る。
今の台詞は、私の心の重荷を少しでも軽くしようとして言ってくれた、彼の優しい気休めに聞こえた。
「・・・でも、碧さんの証拠もあれば・・・。」
「ああ、これ?」
そう言ってテーブルの上のコインを、再び指で弾く。
「これね。ハッタリ。」
「・・・ええ??!」
メチャクチャためて、私は大声を出してしまった。
ガバッと顔を上げる。何ですって?!
「確かに現場で拾ったものだけど、中野光治の体の真下にあったわけじゃない。河野が言い逃れできるには十分な距離にあったよ。俺、普通に拾っただけ。」
「・・・な・・・。」
言っている事を理解するのに時間がかかる。
どういう事?中野光治の死体脇に落ちていたんじゃないの?
彼の血痕が付いていたんじゃないの?
「俺、あの人の死体なんて見てないし。」
「・・・な・・・。」
唖然とする。つまりそのコインは、死体とは関係の無い所に落ちていたと言う事?河島が、本来いてもおかしくなかった場所に?離れた場所に?
何て事。だってそれ、決め手でしょ??
私が15年前に見た犯人は誰か、を特定する証拠でしょう??
驚愕する私をよそに、碧さんはあっさりと話を進めた。
「確かにコレがきっかけで藤田さんから話を聞けた訳だから、ラッキーコインと言えば、そうだよね。俺、カマをかけたんだ。あの時、彼らの喧嘩を冷めた目で奴が察していた事は事実だし、先輩が兄貴に疑いを持っていたのも事実だからね。」
カマをかけた、ですって??なにをそんなに、飄々と!
「・・・じゃ、藤田さんは・・・。」
「うん。俺の話を信じているかどうかは知らないけど、本当の事は言ってないよ。だってね、敵を欺くにはまずは味方から、だろ。」
「・・・・・わあ。」
軽くいたずらっぽく、口の端を上げて見せる彼を見て、私は文字通り、開いた口が塞がらなかった。
なんとまあこの人、身内の藤田さんまで騙していたの?嘘でしょ?
すっごい。こういうの、何て言うんだっけ?証拠偽造?偽証?法律抵触しちゃってる?
「時効も過ぎた少年犯罪なんて、今更公訴は出来ないだろう。あまりにも証拠が不十分な事件だ。俺のハッタリが見当違いや通じなくても、まあ、大した被害は出てこない。」
碧さんはさらっと言うと、気の抜けたビールに口を付けた。私はその様子をマジマジと見ちゃう。
何て事。何て抜け目の無い。何て計算高い。
ちょっと、一番の腹黒は結局誰??目の前のキラキラくん?ひぇ~。
彼はグラスを空けると、からっぽになったそれを見つめ、少し声のトーンを落とした。
「ただ、君だけは確実に傷つけてしまう。俺のせいで。それが・・・辛かったんだ。」
目的の為には手段を選ばす。それは、自分の目的が何かをハッキリと認識している人が、それを成し遂げたいと強く願った時に、取る行動。
私を騙して。巻き込んで。嘘をついて。ハッタリをかけて。
そこまでして、彼が手に入れたかった真実。
改めて彼の思いの強さと、意思の強さと行動力の大きさに驚いた。
「君は?俺を恨んでる?後悔している?」
そう尋ねる彼の瞳に、後悔の色は無い。
私は彼を見つめた。後悔?
「いいえ。」
あの時見た光景が思い出される。
泣きもせずに、だけど高なる動悸を胸に、走り帰った幼い私。
毎晩、布団の中で声も出さずに、母に謝り続けた幼い私。
「人生で果たすべき責任を果たせれた、という感じがします。辛いけど、スッキリです。」
辛い、という言葉を敢えて使った。だって辛いもん。
「そうか。君は本当に・・・まっすぐで、強い女の子だね。」
そう言うと彼はためらいがちに、私の頬に手を伸ばした。
「それ、やっぱりこれからは俺が守りたい。・・・いや、触れていたい。・・・ダメか?」
彼の親指が、優しく頬を撫でる。唇に触れる。瞳が、少し切なげに揺れた。
「碧さん・・・。」
「利用して、勝手して、どうしようもない奴だけど、償わせてくれないか。チャンスが欲しい。」
どうしよう。彼の眼差しは真っ直ぐ私に注がれている。私を捕らえて離さない。
私は、予定とは違う展開に実はかなり戸惑っていて、どうしていいのか分からなくなっていた。
えっと、それはつまり、私達は事件の事を・・・負い目に感じなくてもいいって事ですか?
本当に?そんな事、あるの?
「・・・私、碧さんの事、好きです。・・・でも・・・」
「でも?」
彼の顔がわずかに傾く。唇に彼の指を感じて痺れてしまう。少し優しそうな表情にグッときてしまった。
でもね、あのね、私達が事件を気にしなくてもいいとしても、なんというか、その・・・
「・・・私達・・・縁起が悪いっていうか・・・」
「はあ?」
私の口元を撫でていた彼の指の動きが止まった。
彼の顔は言葉通り、はあ?ってしている。
「だって、殺人事件だし、それがなきゃ出会わなかったし、・・・えっと・・・。」
「何それ。」
「死んだ人達の気が済まない、というか・・・生きてる人達のひんしゅくを買う、というか・・・。」
えっと、何を言いたいんだろう、私。わかるかな?誰が?わからないよね?自己完結。
つまりね、殺人をご縁にくっつくカップルってどうなの?って事なのよ。どうなの?って何が?わかるかな?わからないよね?うん、私も。
「じゃあ、君の気が済むなら。死んだ人達の気を済ませる為に?お墓参りに行こう。お払いでもおまじないでも、何でもしよう?女の子ってそういうのが好きなんだろう?コウ兄は絶対俺達の事を喜ぶと思うけど。」
碧さんは含み笑いを堪える様な様子を見せると、私の顔を覗き込んだ。
真剣な、強い、そして甘い瞳で見つめてくる。
「それでもダメ?」
その眼がダメ。やめてほしい。
おかげで何を考えているのか分からなくなってきた。酔ってないのに思考が回る。
「・・・えっと・・・。」
「生きてる人達のひんしゅくって、それはどうにもならないけれど、ひんしゅくって何?そんな奴、誰かいる?」
碧さんに言い含められる(?)と、何だかそれでもいい様な気がして来た。
反論の余地が無くなってきた、というか、反論の気力が無くなってきた、というか。溶けちゃって。
つまり、無駄な抵抗はやめなさい、ってことなのね。好きになっちゃった時点で。
会うのはやめようって言われても。一緒にはいられないって言ってみても。バタバタしてもまた戻ってきちゃって。
あんな事は全て、この恋心には無意味だったのね。
「・・・いいのかな。許されるのかな・・・?」
最後の、無駄な確認。何を返されたって、心は止められないくせに。
彼は私を真剣に、優しく見つめながら言い聞かすように、話した。
「良いも悪いも。許されるも何も。俺達は最初から、苦しんではいても悪くはないだろ。・・・君の突っ張った所も、突っ走った思考も大好きだけど、ね。今ばかりは、・・・そんなの・・・」
彼の瞳が一瞬にして、艶っぽくきらめく。
その眼差しに捕らわれた瞬間、グッと抱きしめられた。
「俺が、許さないし、離さない。」
低く、甘く、強引な響き。碧さんの手が、私の髪に優しく入り込む。いつもの香水の香りに包まれる。誘われる。
ダメだ。もう私の体が。
あなたの心地よさを覚えてしまった。
「俺の事、好きなんだろ?」
「・・・・。」
耳元で囁かれるその言葉に、私は悔しいから最後の無駄を試みる。無言です。
この人にどうしようもなく恋しちゃっているのに、いっつも悔しいの。
多分、すごく好きすぎるから。いつも振り回されているから。こんなの初めてだから。
こんな私、私じゃないもん。
それでも碧さんは、そんな私の抵抗を面白そうに見ながら、いつもひらりと飛び越えてくる。
「もう一回言ってごらん?好きだって。」
そういって彼は腕を緩めて、私の顔を至近距離で見つめてきた。
惹きこまれる様な瞳で、クスクス笑っている。魅入られて、惑わされる。
「碧さんって、自信過剰・・・。」
「当然。それに俺、結構ワガママ。」
私の抵抗なんて呑み込まれる。甘い、甘い、キスが降りてきた。