His reasons
「当時背もかなり小さくて貧弱だった俺をさ、彼はよく世話してくれた。近所の子供達と遊ぶ時は必ず俺を連れて行ったし、俺が周りの奴らに少しでもハズされようものなら、すぐに口を出してきたよ。」
彼は楽しそうに、クスクスと笑いながら話し続ける。
「同時に、俺が一人で同じ年頃の仲間に加わろうとしている時とか、あと喧嘩の時なんかは、ジッと見ていて手を出さないんだ。俺が何処までやれるか、俺がどうやって立ちまわるか、つぶさに観察してるんだよ。そして家に帰ってから色々とアドバイスをくれたり、励ましてくれた。もう殆んど、兄貴兼親父みたいなもんだった。」
すごい。思い浮かべてしまった。中野光治、碧さんを育てている。
そんな男の子っているのね。なんて面倒見がいいのだろう。
「彼のおかげで、俺はのびのびと過ごす事が出来た。自分の生い立ちとかを嘆く事なんかなかったよ。彼の家は離婚していて母親がいなかったけど、俺にとってあんなに理想の男はいなかったから。片親がむしろ誇りだった時もあったぐらいだ。」
想像以上の二人の絆に、私は胸が詰まる思いがした。だってこの話の結末を、私は知っている。
「でも、中学の半ばから、徐々に彼の様子が変わってきた。家にいる時間が少なくなってきた。俺と一緒に夕飯を食べる回数が減ってきた。俺はそれを、中学生になると大人だから、色々と忙しくなるんだろう、と解釈していた。事実、彼がそう言っていたしね。家にいる時の彼は、多少見た目が変わっても、笑顔や仕草、俺に対する姿勢や態度は、全く変わっていなかったんだ。」
そうだったんだ。碧さんには、変わらなかったんだ。
きっと外では色々あって暗い部分に足を突っ込んでいただろうに、中野は碧さんの前では、兄貴であり続けたんだ。
私は心底驚いた。
「だけどね、そのうち、色々と噂を耳にするようになった。一番ビックリしたのは、彼が学校で特定の生徒に対しひどい苛めをしているらしい、ということだった。前にも言ったけど、煙草や教師に対する反抗は、何とも思わなかった。けど、苛めに関してはかなりのショックだった。俺に、公正や正義、人に対する思いやりを教えてくれたのは、彼だったからさ。全然、信じられなかったよ。」
碧さんの表情は、柔らかな苦笑だった。
胸が痛む。だってそれって、小さい碧さんにはどれほどのショックだった事か。
例えば小学生の時に、優しかったお父さんが・・・ヤクザになっちゃうって事?ムリムリムリ!!
「それであの日、学校に乗り込んだんだ。この目で確かめて、出来る事ならやめさせたかった・・・目を覚まさせたかったんだ。」
自分にはそれが出来るハズ。幼い碧さんはそう思ったのだろう。
だって、自分は彼にとって特別な存在なのだから。特別で、一番の存在なのだから。
間が、あった。
「彼は・・・相手に、ブタ、とか死ね、とかクセえ、とか。その類を、色々と。」
理想を裏切られた瞬間を語る彼の眼差しは、遠い目をしていた。
「結局俺は、中野が葉山を罵倒する言葉に耐えきれなくなって、その場を後にした。それから今日まで、後悔し続けているよ。あの時俺があいつを止めていれば、あんな事件は起こらなかったのに、って。」
絆って、血の繋がりとは別なんだなあ、と思った。
碧さんと中野光治の絆は、普通の兄弟以上のモノを感じる。温かくて、濃い。
藤田さんと河島の関係は、そんな碧さん達とは対照的。真逆。冷たくて、脆い。
そんな二人のお兄さん同士が、中学で出会って命を奪い、
そんな二人の弟同士が、大学で出会って行動を共にする。
因果。だけど理不尽。
「君と初めて会った時、君は事件に対しての反応がイマイチだった。本当は何も見ていないのか、或いは覚えていないのか、正直焦ったよ。現場に連れて行って、何か様子が伺えればと思った。あの海で河野健一に会うのは想定外だったけど。」
ああ、あれね・・・。
碧さんは、少し自嘲気味に話している。
私は、出会った夏の日の事を聞いてみた。
「私が帰郷する事、知っていたんですか?」
「先輩がね。泊るホテルも。すごいだろ。」
わざとらしく得意げな顔。いたずらっぽい目をしている。
でもそんな風に誤魔化そうったってダメですよ。だから個人情報保護は何処に行ったの、って話。
「怖い。気持ち悪い。」
「地元では藤田の力は強いぞ?それにあのレストランは、藤田が出資・経営しているんだ。」
あのレストラン?
そこで私は、一次会のイタリアンレストランで、藤田さんが昼食を取っていた姿を思い出した。
あの時はみんなで、なんであんなイケてる人が一人でイタリアンにいるんだ、って噂していたんだ。
(というか、拓也がやたらと引っかかっていたんだ。拓也レーダーって、すごい。)
「君の帰郷と河野の撮影が重なったのは、本当に偶然だよ。君が奈緒ちゃんと河野の撮影を見に行く、と言った時は、正直ヒヤッとした。」
ああ、行った行った。4人でファミレスに入っていた時だ。
奈緒が遅れてきて、河島健の撮影見ようって私を連れ出して、その実、私を碧さんへ焚きつけようとしていたんだった。
「君が何かを見た、という事は、段々わかってきたのだけど、君以上の反応を見せたのが河野だった。君を見る目つきに危険を感じたんだけど、まさか奈緒ちゃんに手を出してくるとは思わなかったよ。」
碧さんは、目の前にあるパスタを大皿からヒョイッと直接口に入れた。
食べている彼を見ながら、私は一生懸命思いだそうとする。河島が、私を見る目つきが変だった?いつの話?
碧さんが、私と一緒の彼を見たのは・・・あ、あの海辺でね。
はて?変だったかなあ?覚えてないなあ。
「あいつを問い詰めたいんだけど確たる証拠も無い。もう、君の証言無しで乗り込もうかと思ったら、先輩がマネージャーの件を決めたんだ。」
ああ。あの、今思えば不自然な話。
業界と人脈を広げたいから?前から興味があったから?奈緒のお世話係をしたい?
「・・・奈緒を監視するため?」
「見守る、っていってやってよ。」
碧さんは苦笑した。
「あとはもう、多分君も知っての通り。」
そう言って、彼は少し眼を細めた。
瞳の色が暗くなり、伏せ目がちになり、長い睫毛が影を落とす。
やがて一言、ポツリ、と言った。
「色々、ごめん。本当に、ごめんな。」
じっと一点を見つめている。言葉が途切れる。
そして軽く溜息をついてから、ちら、と私の方を見ると、すぐに視線を外して苦笑いをした。
「今回の件で思い知ったよ。俺、ここまで自分がヘタレだとは思わなかった。君の前じゃ、オタオタして右往左往だ。女々しくって、往生際が悪い。」
まいったな、と言う様に少し首をかしげている。
左ひじをテーブルについて、戸惑いを隠すかのように口元を掴んで覆った。
ふいにその視線が、私に向けられた。
「毎日ね、地味に後悔していたよ。藤田さんに嫌味を言われる程に。」
彼の、憂いを含んだ綺麗な瞳が、まっすぐにこっちを見ている。
指の合間から見える口元はわずかに口角が上がっているけど、その瞳からは熱のこもった真剣さが出ている。
私は少しドキッとして、目を反らしてしまった。
「私も、色々と警戒して・・・怖気づいていながら・・・突っ走って、掻き回してしまい、ごめんなさい。」
「でも君は、逃げなかった。」
碧さんが私に正面から向かってきている。目を合わせられなくっても、口調でそれがわかる。
彼は優しく、力強く、ハッキリと言った。
「俺、君のそういう雄々しい所、マジで好きだ。」
「雄々しいって・・・。」
「女々しい男が、雄々しい女の子に言うかって?カッコ悪いかもな。」
・・・でも。
殺人現場にいた二人。当時はお互い気がつかなかった、とはいえ。
殺人の証拠を隠ぺいしていた二人。当時はお互い子供だった、とはいえ。
私達二人のせいで多くの人が苦しんだ、といっても過言では、ない。
私達二人が、もっと自分の行動に気を付けていれば、事件はあるべき姿で解決していた。
・・・そんな二人が、これから一緒にいられるのだろうか?
一緒にいればいつも必ず、事件の事を思い出してしまう。自分の犯した間違いを思い出してしまう。
周りの人たちの苦しみを、思い出してしまう。
過去から、逃げられなくなってしまう。
「私、やっぱり・・・。」
段々に顔が俯き、テーブルを見つめたまま動けなくなってしまった。
湧きあがる様々な思いは一気に私を支配していき、頭も心もぐちゃぐちゃにしていく。
胸に悲しみが広がる。熱くて痛いそれは、私の喉を潰していく。呼吸が出来なくなる。
でも今日は、これを言いに来たんだもん。
ちゃんと、言わなきゃ。
「碧さんとは、一緒に、いられません・・・。」
やっと言葉に出して言えた台詞は、声が詰まっているし、情けないほど惨めな言い方だった。




