↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第四章 Recollections  思い出・記憶・回想
PR
59/67

His reasons

「当時背もかなり小さくて貧弱だった俺をさ、彼はよく世話してくれた。近所の子供達と遊ぶ時は必ず俺を連れて行ったし、俺が周りの奴らに少しでもハズされようものなら、すぐに口を出してきたよ。」


彼は楽しそうに、クスクスと笑いながら話し続ける。


「同時に、俺が一人で同じ年頃の仲間に加わろうとしている時とか、あと喧嘩の時なんかは、ジッと見ていて手を出さないんだ。俺が何処までやれるか、俺がどうやって立ちまわるか、つぶさに観察してるんだよ。そして家に帰ってから色々とアドバイスをくれたり、励ましてくれた。もう殆んど、兄貴兼親父みたいなもんだった。」


すごい。思い浮かべてしまった。中野光治、碧さんを育てている。

そんな男の子っているのね。なんて面倒見がいいのだろう。


「彼のおかげで、俺はのびのびと過ごす事が出来た。自分の生い立ちとかを嘆く事なんかなかったよ。彼の家は離婚していて母親がいなかったけど、俺にとってあんなに理想の男はいなかったから。片親がむしろ誇りだった時もあったぐらいだ。」


想像以上の二人の絆に、私は胸が詰まる思いがした。だってこの話の結末を、私は知っている。


「でも、中学の半ばから、徐々に彼の様子が変わってきた。家にいる時間が少なくなってきた。俺と一緒に夕飯を食べる回数が減ってきた。俺はそれを、中学生になると大人だから、色々と忙しくなるんだろう、と解釈していた。事実、彼がそう言っていたしね。家にいる時の彼は、多少見た目が変わっても、笑顔や仕草、俺に対する姿勢や態度は、全く変わっていなかったんだ。」


そうだったんだ。碧さんには、変わらなかったんだ。

きっと外では色々あって暗い部分に足を突っ込んでいただろうに、中野は碧さんの前では、兄貴であり続けたんだ。

私は心底驚いた。


「だけどね、そのうち、色々と噂を耳にするようになった。一番ビックリしたのは、彼が学校で特定の生徒に対しひどい苛めをしているらしい、ということだった。前にも言ったけど、煙草や教師に対する反抗は、何とも思わなかった。けど、苛めに関してはかなりのショックだった。俺に、公正や正義、人に対する思いやりを教えてくれたのは、彼だったからさ。全然、信じられなかったよ。」


碧さんの表情は、柔らかな苦笑だった。

胸が痛む。だってそれって、小さい碧さんにはどれほどのショックだった事か。

例えば小学生の時に、優しかったお父さんが・・・ヤクザになっちゃうって事?ムリムリムリ!!


「それであの日、学校に乗り込んだんだ。この目で確かめて、出来る事ならやめさせたかった・・・目を覚まさせたかったんだ。」


自分にはそれが出来るハズ。幼い碧さんはそう思ったのだろう。

だって、自分は彼にとって特別な存在なのだから。特別で、一番の存在なのだから。


間が、あった。



「彼は・・・相手に、ブタ、とか死ね、とかクセえ、とか。その類を、色々と。」


理想を裏切られた瞬間を語る彼の眼差しは、遠い目をしていた。


「結局俺は、中野が葉山を罵倒する言葉に耐えきれなくなって、その場を後にした。それから今日まで、後悔し続けているよ。あの時俺があいつを止めていれば、あんな事件は起こらなかったのに、って。」



絆って、血の繋がりとは別なんだなあ、と思った。

碧さんと中野光治の絆は、普通の兄弟以上のモノを感じる。温かくて、濃い。

藤田さんと河島の関係は、そんな碧さん達とは対照的。真逆。冷たくて、脆い。


そんな二人のお兄さん同士が、中学で出会って命を奪い、

そんな二人の弟同士が、大学で出会って行動を共にする。


因果。だけど理不尽。




「君と初めて会った時、君は事件に対しての反応がイマイチだった。本当は何も見ていないのか、或いは覚えていないのか、正直焦ったよ。現場に連れて行って、何か様子が伺えればと思った。あの海で河野健一に会うのは想定外だったけど。」


ああ、あれね・・・。

碧さんは、少し自嘲気味に話している。

私は、出会った夏の日の事を聞いてみた。


「私が帰郷する事、知っていたんですか?」

「先輩がね。泊るホテルも。すごいだろ。」

わざとらしく得意げな顔。いたずらっぽい目をしている。

でもそんな風に誤魔化そうったってダメですよ。だから個人情報保護は何処に行ったの、って話。


「怖い。気持ち悪い。」

「地元では藤田の力は強いぞ?それにあのレストランは、藤田が出資・経営しているんだ。」


あのレストラン?

そこで私は、一次会のイタリアンレストランで、藤田さんが昼食を取っていた姿を思い出した。

あの時はみんなで、なんであんなイケてる人が一人でイタリアンにいるんだ、って噂していたんだ。

(というか、拓也がやたらと引っかかっていたんだ。拓也レーダーって、すごい。)


「君の帰郷と河野の撮影が重なったのは、本当に偶然だよ。君が奈緒ちゃんと河野の撮影を見に行く、と言った時は、正直ヒヤッとした。」


ああ、行った行った。4人でファミレスに入っていた時だ。

奈緒が遅れてきて、河島健(たける)の撮影見ようって私を連れ出して、その実、私を碧さんへ焚きつけようとしていたんだった。


「君が何かを見た、という事は、段々わかってきたのだけど、君以上の反応を見せたのが河野だった。君を見る目つきに危険を感じたんだけど、まさか奈緒ちゃんに手を出してくるとは思わなかったよ。」


碧さんは、目の前にあるパスタを大皿からヒョイッと直接口に入れた。

食べている彼を見ながら、私は一生懸命思いだそうとする。河島が、私を見る目つきが変だった?いつの話?

碧さんが、私と一緒の彼を見たのは・・・あ、あの海辺でね。

はて?変だったかなあ?覚えてないなあ。


「あいつを問い詰めたいんだけど確たる証拠も無い。もう、君の証言無しで乗り込もうかと思ったら、先輩がマネージャーの件を決めたんだ。」


ああ。あの、今思えば不自然な話。

業界と人脈を広げたいから?前から興味があったから?奈緒のお世話係をしたい?


「・・・奈緒を監視するため?」

「見守る、っていってやってよ。」

碧さんは苦笑した。


「あとはもう、多分君も知っての通り。」


そう言って、彼は少し眼を細めた。

瞳の色が暗くなり、伏せ目がちになり、長い睫毛が影を落とす。


やがて一言、ポツリ、と言った。


「色々、ごめん。本当に、ごめんな。」


じっと一点を見つめている。言葉が途切れる。

そして軽く溜息をついてから、ちら、と私の方を見ると、すぐに視線を外して苦笑いをした。


「今回の件で思い知ったよ。俺、ここまで自分がヘタレだとは思わなかった。君の前じゃ、オタオタして右往左往だ。女々しくって、往生際が悪い。」


まいったな、と言う様に少し首をかしげている。

左ひじをテーブルについて、戸惑いを隠すかのように口元を掴んで覆った。

ふいにその視線が、私に向けられた。


「毎日ね、地味に後悔していたよ。藤田さんに嫌味を言われる程に。」


彼の、憂いを含んだ綺麗な瞳が、まっすぐにこっちを見ている。

指の合間から見える口元はわずかに口角が上がっているけど、その瞳からは熱のこもった真剣さが出ている。

私は少しドキッとして、目を反らしてしまった。


「私も、色々と警戒して・・・怖気づいていながら・・・突っ走って、掻き回してしまい、ごめんなさい。」

「でも君は、逃げなかった。」


碧さんが私に正面から向かってきている。目を合わせられなくっても、口調でそれがわかる。

彼は優しく、力強く、ハッキリと言った。


「俺、君のそういう雄々しい所、マジで好きだ。」

「雄々しいって・・・。」

「女々しい男が、雄々しい女の子に言うかって?カッコ悪いかもな。」


・・・でも。

殺人現場にいた二人。当時はお互い気がつかなかった、とはいえ。

殺人の証拠を隠ぺいしていた二人。当時はお互い子供だった、とはいえ。

私達二人のせいで多くの人が苦しんだ、といっても過言では、ない。

私達二人が、もっと自分の行動に気を付けていれば、事件はあるべき姿で解決していた。



・・・そんな二人が、これから一緒にいられるのだろうか?

一緒にいればいつも必ず、事件の事を思い出してしまう。自分の犯した間違いを思い出してしまう。

周りの人たちの苦しみを、思い出してしまう。

過去から、逃げられなくなってしまう。



「私、やっぱり・・・。」


段々に顔が俯き、テーブルを見つめたまま動けなくなってしまった。

湧きあがる様々な思いは一気に私を支配していき、頭も心もぐちゃぐちゃにしていく。

胸に悲しみが広がる。熱くて痛いそれは、私の喉を潰していく。呼吸が出来なくなる。


でも今日は、これを言いに来たんだもん。

ちゃんと、言わなきゃ。



「碧さんとは、一緒に、いられません・・・。」



やっと言葉に出して言えた台詞は、声が詰まっているし、情けないほど惨めな言い方だった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。