発覚
とりあえず、気が抜けた。
事態は核心に向かっているとは思うのだけれど、
奈緒がね、無事ならね、もういいの。しかもデート、昨日だったって言うし。
「イマイチだった。何を考えているのかよくわからない人で、得体が知れなくて気持ち悪かった。一度そう思うと、仕草とか笑顔とか、もうイチイチ嫌ね。やっぱりいい男は観賞用に留めておくべきよ。」
とか言ってるし。
確かに奈緒は人を見る目があるよね。それを再確認出来て良かったよ。うん。無事で良かったよ。
「で、何があったの?」
後で話すよ。じっくりね。今、私、脱力中なの。
藤田さんの車に沈み込む。
普通にシルバーの普通に乗用車なのに普通にBMWで普通じゃなく乗り心地がいいもんだから、もう余計に腹が立つっ。
「日下部さん、頭から湯気が出ているよ?」
「・・・この状況で、そんな空気読めない台詞が言えるのは貴方だけですっ。」
「おま・・・。」
拓也が呆れる。碧さんが引く。ええそれがどうかしましたか?
「彼は、僕の兄だ。ご存知の通り、腹違いのね。15年前、事件を目撃した人物の一人だ。」
藤田さんは運転をしながら淡々と言った。やっぱりね。私達の予想通りだわ。
私がビンタした後が赤く腫れている。自業自得よ、アカンベー、だ。
といいますかね、魔王を殴ってしまった以上、こちらが怒り続けていないと負けなんですよ、怖いんです。防波堤を張っているんです。攻撃は最大の防御、っていうヤツです。
私は後部座席でぶすくれて尋ねた。
「藤田さんと碧さん、河島健とつるんでるんですか?」
碧さんが驚いた様にわずかにこちらを振り返ったけど、私と目が合うとフイッと反らされた。
・・・想像以上に、傷ついた。
「・・・何でそんな事を思う?」
藤田さんが前を向いたまま聞いてくる。
「質問に質問で返さないで下さい。」
怖いもの無しなの。でも今だけなの。我に返った時が怖いの・・・。
藤田さんは何故か、クスッと笑った。
「碧は、少なくとも、兄とは仲間じゃないよ。」
・・・喜んでいいのかな?
「・・・あの人、なんで奈緒に近づいてるんですか?」
「さあね。女の好みまでは分からない。だけど僕も引っかかるものを感じたから、今回、彼女のマネージャーもどきを志望させてもらったんだ。」
「・・・なんで、引っかかるものを感じたんですか?」
「それは、兄が、日下部さんを既に知っているからだよ。」
は?
一瞬固まった。
河島健が、私の事を知っていた?何で?
「どういう事ですか?」
「さあ。実は僕にも、どういう事なのか未だによく分からない。だから今日は、そこをハッキリさせようと思う。」
「誤魔化すなよ。なんで綾の事を知っている、ってあんたが知ってるんだよ?」
拓也が私の隣で噛みついた。
「兄が日下部さんを、いわゆるストーカーしていたからだよ。」
は?その2。
ストーカー?知らないよ、私?
「だから親父が転校させたんだ。」
・・・え?いつの話?・・・15年前の話?
・・・ってあの事件の後?私が小学1年生の時の、あの当時?
「・・・それと事件と、何の関係があるんだ?」
「さあ。それは分からない。でも先日、君が事件の『闇』の部分を目撃していた、という事が分かった。」
彼は、『闇』という言葉を強調した。
私が碧さんに話した、アレだ。私の唯一の、持ち駒だったアレだ。
「だから多分、彼は事件がらみで、日下部さんを監視していたのでは、と推察している次第だ。」
「・・・何故・・・・・・まさか・・・。」
拓也の顔色が変わった。助手席の碧さんが、前を向いたまま、少し眉根を寄せた。
私は、足元に絡まっていたものが、ほどけていくのを感じていた。
河島健・・・違う、河野健一が、私の事を覚えていたんだ。
あの時、あの雨の中で、彼は私を見ていたんだ。ひょっとしたら眼があっていたのかもしれない。
私の視力が弱い事も知らずに。
それはつまり、私と目があったという事はつまり。
「奴の口を割らせるしかないんだよ。」
静まり返った車内に、藤田さんの声だけが響いた。
「なんだよ、ここ・・・。」
拓也が呟いた。私は口を開けて見た。
だってここ、ホテルみたいなんだよ?ドアマンもいて、フロント係も二人もいて、ポーターがいて、フロントの床がキラキラしていて、ガラスの壁がピカピカして、お花が盛りに盛られていて、
ここ、何?
「サービスアパートメントだ。」
何、それ?何人が住むの?日本語で言うと、つまり、何??
キラッキラで無駄に広いエントランスを抜け、全面ガラス張りのエレベーターに乗り、一面絨毯に敷き詰められたフロアで降り、つまりここってホテルなんでしょ?
藤田さんはとある一室の前に立ち、勝手にカードキーを差し込んだ。
「なんで勝手に開けられるんですか?」
「ここは親父名義だから。つまりそれは、僕の管理下、という事。」
カチャ、と開く。
「・・・金持ちってのは。しかも政治家ってのは。これだからロクな息子が育たねーんだよ。」
拓也が低い声で、小さくボソッと言った。
藤田さんがすこおし、片眉を吊り上げた気がした。
そして拓也の後ろに回り込むと、少し屈んで、耳元で囁いた。
「それは失敬。」
途端に、拓也の鳥肌が立った。
というのがね。見てわかったのよね、離れていてもね。
あ、私、この悪魔兵器の事をこの子に話すの、忘れていたわ。
「・・・・・。」
すると拓也はしばらく固まり、次にしゃがみ込んでしまった。顔が腕の中に埋まってる。憐れだ。
「男にもやるんだ・・・。」
碧さんが引き気味。
「効果は実験済み。」
藤田さんはすまして、部屋の中に入って行った。
・・・実験済み・・?して、結果は?なんて聞けない・・・やっぱり悪魔だ・・・。
拓也はいきなりすくっと立ち上がると、ズンズン歩いて私に近づき、私の腕を取ると引っ張る様に、逆方向に歩きだした。
「綾、帰るぞ。」
「え?どうして?」
「こんな危険なトコにいられるかっ。」
「・・・腰にキタ?」
「・・・ガツンときた。」
・・・微妙に私から視線を反らすの、リアルだからやめてくれないかな?
「おい、入らないのか?」
部屋の中から藤田さんの声がした。誰ん家だいっ。お茶しに来たみたいに気軽に言わないでっ。
「・・・いないみたいだな。」
一部屋がやたらと広くて部屋の中の廊下も広いけど、間取りが割と単純なせいか、一目で殆んど中が見渡せる。
落ち着いたこげ茶の家具で統一されていて、絵もかかっていれば華も飾られているけど、それがあまりにも綺麗過ぎて多分、これはこの部屋の一部であって、部屋の主の趣味ではないのだろう、と思った。
つまり、やっぱりホテルの部屋?
冷蔵庫も、電子レンジも、みんな統一されている。
碧さんが、勝手にリビングを色々と漁り始めた。拓也もそれに加わり始めた。
藤田さんがどっかに行った。寝室?
私もなんとなく、そちらへついて行く。こんな豪華な暮らしをするのねゲーノージンって。
部屋に入ると、藤田さんも既に何かを漁っていた。おおきなキングベットがある。
藤田さんの、手が止まった。
何気なく、彼の手元を覗き込んだ。
「うわ・・・。」
これって・・・私の写真だ・・・。・・・こんなに沢山・・・。
しかも、・・・ごく最近のモノから、マジこれ?中学生じゃん。ゲ、これ高校生?うわ、私ぶっさいく。
ショックだ。大ショックだ。
ストーカー写真があった事よりも、あまりにも自分がおブスな事に大ショックだ。
もっとマシな写真を取ってほしかったわ。選んでよ。え?選べないって?うぅ。
じゃなくて。
この人、病気だ。
私の呟きが聞こえたのか、残りの二人もやってきた。
ベッドサイドテーブルの引き出しの中の写真を、4人で眺める格好となる。
「・・・俺、やっぱ探偵やるのはやめるわ。専業会計士になる。」
拓也が呟いた。あまりの事に何を言っていいのやら、さすがの拓也も混乱しているらしい。最初の感想がそれかい?
しかもさ、専業会計士、って何?兼業じゃなくて専業、ってイミ?
「最近、会計士も就職難らしいぜ。」
碧さんも写真を眺めながらボソッと呟いた。え?碧さん、かえすとこ、そこですか?
「うん。頑張る。これはマズイ。」
拓也が人生の決意を固めていた。ここで?
まあ、いいか。この子には色々お世話になりっぱだったし、色々決意してくれるなら、かったるい拓也としては喜ばしい限りで私も嬉しいわ。
うん、そうだよね。
「・・・でも、天下の河島健にストーカーされるなんて、私も偉くなったかもしれない。」
「「「・・・・・。」」」
男三人が私を凝視した。
え?なんで私の台詞じゃ、みんな固まるの?
「だってほら、今をときめく人気俳優だし?かっこいいし?ファンの子達に追っかけられてるだろうし?そんな人が、忙しい合間を縫って・・・・・逆に私を、追っかけて・・・。」
「・・・・・・。」
え?どうして引き続き固まっているの?どうしてそんなに空気を変えるの?私の時だけ?
「・・・こういう場合はヨッシー、同意すればいいのかな?それとも否定?」
「俺に聞かないでよ。」
「現実を逃避しているな。」
ちょっとちょっとちょっと。時代遅れの芸人みたいになっちゃったけど、
当事者は私ですよ?
何故みんなもっと手加減してくれないのよっ!
「まあでも、これは確かにかなりキツイもんな。」
でしょ、碧さん。ああ、やっぱり優しいですね。
「だからKYでもね?」
「え?」
あれ?真顔で聞き返す?
「人の部屋で何をやっているのかな?」
どうでもいい事をやっていたら、後ろから声が聞こえてきた。
ああ、このシチュエーション。満を持してのご登場ですね。
解っているけど、恐る恐る振り返る。
ボスキャラ、かも。