怒鳴りこみ
あんなにもハードルの高かったこの電話番号は、コール3回であっさりと繋がった。
「はい。」
「碧さんっ!」
今は、彼の声が聞けた嬉しさよりも、焦りと動揺のほうが先走っている。
碧さんの、少し戸惑った様子が窺えた
「・・・綾ちゃん?一体、どうし「奈緒が河島健とどっかいっちゃったっ!」
私が叫ぶと、電話の向こうで碧さんが息をのむのがわかった。
そしてそれが、私をますますパニックへと陥れた。どうしよう?やっぱり河島健は要注意人物なんだ!!事件の目撃者、河野健一なんだ!
拓也と目が合う。私の表情を読んで、拓也が悔しそうに顔を歪めた。
「奈緒が、奈緒と、連絡が取れないっ!携帯の電源が切られているのっ!どうやって見つければいいのっ?藤田さんの番号教えてっ!!」
「・・君、今、どこだ?」
「拓也と一緒に下落合にいるっ。」
「わかった。彼から離れるな。すぐ連絡する。」
「私の奈緒だから!!私が捜すから!!必ず連絡して!」
「・・・わかった。」
低い声で返事があった後、電話は切れた。携帯が告げる時間は夕方6時前。だから何?上手くいきますように。手遅れになりませんように。
奈緒が言っていた彼のとの初詣は、いつだったんだろう?あの時もっと突っ込んで聞いとけばよかった。
「・・・おい、秀真。河島健の検索みせろ。」
「え?」
拓也の低い声が聞こえた。
「あいつの事務所見つけて、怒鳴りこんでやる。」
事務所の場所は程なくわかった。秀真とはそこで別れた。受験本番まであと2週間も無い。
「大丈夫。なんかあったら連絡するから。」
「なんもなくても連絡して下さい。」
拓也が秀真に頷く。私は、弟に変な心配事を与えてしまった事に罪悪感を覚える。
一体私は、どれほどの人達を巻き込むのだろう?
途中で碧さんから電話があった。藤田さんと連絡がついたと言っていた。程なく河島健と連絡がつくはずだ、と。
私達が河島の事務所に向かっていると知って、少し慌てたようだった。
仕事中に申し訳ないな、なんて思わない。
拓也は碧さんが河野健一とグルかもしれない、と言ったけど、私はもう、自分の勘で動く事にした。
少なくとも碧さんは、奈緒を助けてくれるだろう。
後の事はそれからよ。
六本木の立派なビルの立派なフロア。6時を過ぎても受付にはお姉さんがいた。
私は真っ直ぐに彼女に言った。
「河島健のマネージャーを出して下さい。」
「はい?」
「河島健のマネージャーを出してって言ってるの。」
大人だか子供だか分からない男女が二人、すごい剣幕でいきなり、人気俳優のマネージャーを出せ、と言っている。呆れるのも当たり前ね。
「恐れ入りますが、アポイントをお取りでいらっしゃいますでしょうか?」
「んなもん、ないですよ?緊急なんです。早くしてよ。さもないと、警察呼ぶよ?」
拓也がすっごい可愛い笑顔で、すっごく無礼な事を言った。
お姉さんは呆気に取られて、少しバカにして、少し警戒して、少し拓也に色目を使う様な目つきを見せた。
「はい?・・恐れ入りますが、ご用件を伺いま「恐れ入ってばかりじゃなくてさ。」
拓也が受付のテーブルの上に、前かがみの様になって乗っかる。お姉さんに顔をグイっと近づける。
最高の素敵な笑顔。お姉さんがドキッとして、顔が赤くなるのがわかった。
「本気で呼ぶよ?警察。友達の身の安全がかかってんの。こっちは本気だからさ・・・さっさとしろよ!!」
拓也の怒鳴り声。相手を力で脅す様な声色。初めて聞いた。
お姉さんが怯えている。周りがシーンとなった。
受付の後ろから、何人かが様子を伺いに出てきた。
緊張がはしる。私は生唾を飲んだ。
「おいこらネズミ。」
突然私達の後ろで、聞いた事のある声が聞こえてきた。
「こんな所でメンチ切るんじゃない。」
振り返るとそこには、グレーのコートを着て、瞳が切れ長で髪がサラサラ短髪の、背の高い男性が立っていた。
「藤田さんっ。」
私が口を開いた時には、もう彼は踵を返してその場から出て行こうとしていた。
「あいつのマネージャーはもういいから。ここは用が済んだ。行くぞ。」
「ちょっと待てどう言う事だよっ!!」
「待って下さいっ!奈緒はどこにいるんですかっ?!」
拓也と私が同時に、藤田さんに向かって叫ぶ。
それを藤田さんは、まるで当り前の事の様に対応した。
「あいつは一時間前までは自宅にいる事が分かっている。まずはそこだ。」
「どういう事ですか??」
藤田さんの後ろから碧さんがやってきたのが見えた。少し息が切れている様子が目につき、急いで来たんだな、と思う。
するとその前で藤田さんが、ショッキングな事を言った。
「携帯のGPSが一時間前に切られてるんだよ。最後の発信地が自宅だ。」
私は自分の耳を疑ってしまった。
・・・携帯のGPSって何?!それを付けられている様な人って事なの??
それが切られているって何?!!一時間前って、何??!!!
「なっ・・・奈緒は無事なんですか??!!」
「多分ね。」
「多分って・・・。」
頭に血が上る。訳わかんない。
目の前の人は顔色一つ変えずに、何でもない事の様に話す。
何でもない事?どうでもいい事?
あなた達のせいで!!
バッチーン!!
生まれて初めて、人にビンタした。
それも、力加減なしに。
「いい加減にして下さい!!本当の事を話してくれず、私達に中途半端に手を出した結果がコレでしょう??!!何が目的なの?!奈緒はどこなのっ!!奈緒は何処なのっ!!!」
自分でも分かる。叫び続けている。止められない。
同じような台詞を、バカみたいに繰り返している。ヒステリーだ。
なのに、止められない。
「・・・とにかく、移動しよう。」
碧さんが近づいて来て、私の肩に手をかけた。藤田さんは殴られた後も、涼しげだけど無表情な瞳で私を見つめている。
私は藤田さんを睨みつけたまま言った。
「嫌ですっ!!今ここで、キチンと話してくれるまで動きませんっ!!もうこれ以上、振り回されるのはゴメンですっ!!」
「奈緒ちゃんを捜すんだろ?」
「捜してますっ!でも動きませんっ!急がば回れ、ですっ!!ちゃんと説明して下さいっ!」
「・・・・・。」
「何がどうなっているのか教えて下さいっ!」
睨みあい。
私と藤田さんは、お互い視線を少しもずらさなかった。
私は、無表情な彼の瞳に、自分の怒りを最大限ぶつけていた。
誰も口をきかない。
許さない。
奈緒に何かあったら、この人達を絶対に許さない!!
「ねえ、綾ちゃん、とにか・・」
『メールが来たよ。メールが来たよ。メールが』
やっぱり、誰も口をきかない。やがて碧さんが呟いた。
「・・・何、今の愉快な声?」
睨んだ体制のまま、私は言った。
「・・・ミッキーさんから、メールの着信のお知らせです。」
「・・・何だよっお前っ。」
突然、私の隣で、拓也が勢いよく天井を仰いだ。
「信じらんねーだろ。空気読めよっ。」
「なっ、私のせいじゃないよ、これはっ。・・・あ、奈緒からだ。ごめん、何用?だって。」
うぉっと、無事だった。
「おまっ明らかにお前のせいだろっ!フツーでも引くだろっ何だよその着メロはっ!しかも田中、無事じゃねーかよっ!」
「ちょっ今ここで着メロに文句付ける気!?あんたに関係ないでしょっ!それに奈緒とは確かに連絡付かなかったのよっ!」
「関係あんだろっおかしいだろっ愉快すぎるだろっこの場にっ!!大体お前がスケジュールでもキチンと確認していりゃ」
「落ち着け吉川。落ち着いて、ミッキーは忘れろ、な?」
え?どうして碧さんは私から離れて、拓也の肩を抱いているわけ?それって文字通り、肩を持つってヤツ?ねえどうして拓也の肩を持ってるの、そして何故あの子をなだめているの?ねえどうして?
「お前ら、うるさい。」
この場に及んでもやっぱり無表情かつ冷静な藤田さんを、私はある意味尊敬してしまった。KYの神様だ。
「行くぞ。あいつの自宅だ。知りたいんだろう、本当の事を。早く田中さんに電話をかけなさい。」
「先輩。」
碧さんが綺麗な瞳をあげて、何かを言いたげに藤田さんを見る。
今日は降ろしている長めの前髪が額を縁取るようにふわっと揺れるのを、今初めて、気付いた。
藤田さんも、その切れ長の瞳を碧さんに向けながら言った。
「もう、潮時じゃないか、碧。決着をつける時だ。彼女は全てを知ってるよ。・・・そして、あいつもね。」
そして私達全員を見回すと、言った。
「俺達が、お互い距離を取り続けている事に、もう意味は無いんだ。」




