理想的初詣
私は好きです、ここ。
お世話になりました。立派な所です。
二日。朝10時半。御茶ノ水駅聖橋口。
「・・・来ました。」
やたらと寒いもんだから、お気に入りのピンクグレーのダウンコートを着込んで、ピンクベージュのマフラーをグルッグルに巻いていったら、
拓也も紺色のダウンジャケットに迷彩のマフラーを、口元が埋まるほどグルッグルに巻いて立っていた。
「おう。」
「何か進展?」
それで呼び出したんでしょ?
「うん。進展。」
そう言うと彼は、寒そうに肩をすくめて、背中を丸めて歩きだした。
私は慌てて、後からついていく。どこに行くんだろう?
人ごみに流されていく。いや、マジで。やたらと人が多い。拓也の姿が人並みに埋もれて、何度もその姿を見失いそうになった。
しばらく歩き続けたら、脇から腕をグイっと引っ張られた。
見ると拓也が横に立っている。私は周りを見回した。
・・・初めて来る、ここはひょっとして・・・
「・・・神田明神・・・?」
「やっぱ混んでるね。」
「・・・って、何の進展よ?!」
「事態の進展?関係の進展?なんでもいいじゃん。」
「騙したわねっ。」
「人聞きの悪い。俺、なんも言ってなかったハズだけど?」
それを騙したっていうんじゃないっ。
不敵な顔してニヤッと笑い、再び歩きだす拓也の後姿を見て、軽く溜息をつく。
あーあ、素直に誘っても私が絶対来ない、って知ってるもんだから、ついにはこんな手を使ってきたか。
しかも、自分が甘えれば大抵、私が諦める事を、この子は知っている。
でも悔しい気持ちは拭えなくって、ブツブツと文句を言う事を止められない。
「しかも神田明神なんて、江戸の鬼門封じじゃない。」
「・・・・はあ?」
「平将門祀っちゃってるし。首塚の祟りだし。これでもう、成田山にお参り行けないし。」
「・・・お前、変なとこでマニア入っちゃってんね?下町江戸っ子の明神様に、何イチャモンつけてるのよ。」
「・・・・・。」
ホントはあんたにイチャモンつけてるのよっ、て台詞が喉まで出かかる。
それを飲み込み、代わりに眼力で飛ばす。でもやっぱり、可愛い顔して知らん顔。ああ、バカらしい。
「拓也はお正月、帰らなかったの?」
お賽銭も投げてお参りも終わり、参道を戻りながら私は聞いた。
「専門学校があるしね。お前の事も気になるし。」
さらっと言わないで。
「お前がおじさんとこ行く時、俺も付いていってもいい?」
「・・・なんて言って、付いて来るのよ・・・。」
「なんとでも。お好きなように。」
知らないわよ、そんなの。あんたの口から出まかせ嘘八百で、どうにかしてよ。
彼の後をとぼとぼとついて歩く。
途中で絵馬が沢山ぶら下がっているのが目に付き、みんなのお願い事をつい、読んでしまう。
フラフラ、と拓也から離れてそれらを眺めていたら、後ろでかわいい女の子の声が聞こえてきた。
「たっくん。」
やたらと近いものだから、嫌でも会話が聞こえてしまう。
「えー、なんでいんのー。忙しいっていってたじゃーん。なな、すっごい寂しかったんだよー。」
可愛い声だなあ。声優さんみたいだなあ。ほら、アニメとかでよくある、変身しちゃう女の子達の声。
「ほら、みてみてー。イブイブにくれたピアスー。可愛いでしょー。」
「・・・ななちゃん、こんなとこまで来るんだ?」
・・・なぬ?
これは拓也の声?なぜあの子が返事をする?
・・・ああ、そうか!『たっくん』とは拓也の事ね!納得!
てもしや、私は今、拓也の彼女に遭遇しているの?驚愕!
それはマズイマズイ。離れなきゃ。そして隠れなきゃ。
私は後ろも振り返らずに、そーっと、そー・・・っと、二人から離れた。
そして絵馬達の後ろに回る。
拓也の彼女は、白いピーコートにピンクのミニスカートと黒タイツを合わせた、茶髪ウェーブのナチュラルアゲハちゃんだった。なあるほど。
「そうなの。初めてなの。最近ブショーにハマっててさー。ここって、ヘイアン時代か戦国時代の武将を祀ってるんだよ。たいらのまさかど。」
ナチュラルアゲハちゃんが可愛く楽しそうにお話をしている。
鎌倉幕府と室町幕府は何処へいったの?
あの子、いくつだろう?この間、大学のキャンパスで見かけたコとは違う気がするけど。
「たっくんは誰と来てるのー?お友達ー?」
「うん。そうだよ。」
「ななもお友達ー。」
そういって拓也に腕を絡めてくる。甘え上手で可愛い仕草。
おお、女子力沢山使ってそう。恋愛偏差値が高いんだろうな、こういう子って。
「悪いね、ななちゃん。また今度、学校でね。」
先程から拓也は、優しくて甘い笑顔のお兄さん、をしている。
高校時代から色々な後輩ちゃん達と付き合ってきた拓也だけど、
ふーん、こういう顔して彼女達といたんだ。私には滅多に見せない、いい顔ね。
「えー、ななも一緒したーい。ダメ?誰と来てるの?抜け出そうよぉ。」
「ごめんね。またの機会で。そのピアス、よく似合ってるよ。」
「えっ?ホント?」
・・・拓也もやっぱり、偏差値高い・・・。あの笑顔でそれ言われたら、そりゃオチるよ。
「絶対だよ!学校でね!!」
・・・かわいいじゃない・・・。
バイバイ、と拓也がニッコリ手を振り、しばらくして、絵馬壁の向こうにいる私に、顔だけ向けて言ってきた。
「いつまで隠れてんの?」
「お邪魔かと思いまして。」
「別にいいのに。」
「私が良くない。」
ゆっくり姿を現す。
「それでは、初詣も済ませた事ですし、また会う日まで。」
「おいコラ、ちょっと待て。」
拓也に襟首を掴まれて戻された。ちょっとやめてよ、伸びるでしょ。
寒いしもう帰りたいのよ。変な修羅場にも巻き込まれたく無いのよ。
「何だよ、それ。いつの事だよ。」
「・・・しあさって、おじさんとこに、お正月の挨拶の名目で行くんだけど・・・。」
「どこよ、それ。」
「・・・落合。別に拓也忙しいなら「行くよ。」
かぶせ気味に拓也が答える。私はいやーあな、顔をした。
「・・・来るんですか?」
「行きますよ?」
「専門学校は?」
「行きますよ?」
「一人でも大丈夫なんだけど。」
「臨機応変に要領よく聞けないでしょ、あなた。」
「だって、奈緒は一人で聞き込みしてるー。」
「あんな田舎まで飛行機乗って行けるかっ。」
うっ。私のおじさんも地元にいれば良かったのに。息子家族と一緒に上京なんかしちゃうから。
「・・・来るのお?」
「行くっつってんでしょ、最初から。何時よ、それ。」
「・・・んーと「たっくんっ」
あ、また登場した。ほら見つかった。だから帰るっていったのにぃ!
さっきのアゲハちゃんが戻ってきた。
パッチリお目目がつり上がって、すっごく怖くて迫力がある。可愛いのに。怖すぎる。
「・・・ねえ、だあれ、その人。」
「・・・。」
キタキタキタキタ。こういう場合は、口をつぐんでいた方がいいのよね。黙っていよう。
「こんにちは。あたし、たっくんの彼女で中島「ななちゃん。」
拓也が遮った。ジャケットのポッケに両手を突っ込み、ニコニコしている。本領発揮だ。
「今日はね、もう帰りなよ。また後にしよ。」
「何よ、それ。ななと帰るの?じゃなきゃ、なな、帰んない。」
「帰った方がいいよ。」
「じゃあ、たっくんはあの人といるのっ?」
「今日はね、色々あんの。ごめんね。あとで連絡するから。」
「そんなの嫌だっ。今一緒にいたいのっ。たっくん、あんなおばさんのどこがいいのっ?」
拓也が黙った。彼女も黙った。私はもちろん、黙っている。
おばさん、ね。やっぱりちょっとショックかも。ちゃんとオシャレして、夜は早く寝よう。
なんて考えていたら、拓也の、低い声が聞こえてきた。
「・・・しつこいね、君も。」
顔を上げると、彼の表情はすごく冷たかった。
私に呆れて冷めた視線を送る時の顔つきと、全然違う冷たさ。ギクッとした。
「それどころじゃないから。見て分かんない?諦めてくれる?」
「たっくん・・・。」
ななちゃんも、少したじろいでいる。
次の瞬間、拓也はさっきまでの可愛い笑顔で、ニコッと微笑んだ。
「じゃ、また学校でね。」
なに、この子。
「・・・私、あんたのそーゆー所、大っ嫌い。」
怒った彼女を見送って、しばらく歩いた所で、私はボソッと呟いた。
拓也は軽く肩をすくめるだけ。
「そ。ごめんね、性格悪くて。」
「その、手の平返したような二重人格、どうにかしたら?相手に、あまりにも失礼よ。」
可哀そうじゃない。あの子、泣いているかもしれない。
私にはもう、この二人は終わってしまったんじゃないかと思える。
それなのに、人を傷つけておいて平気な拓也が、すごくすごく腹ただしい。
「・・・綾は、『失礼』が大っ嫌いだもんな。」
クスクス笑わないでよ。私、怒ってるんだから。
「大丈夫。あの子はあーゆー子だから。一緒に来た友達ってのも、男でしょ、きっと。」
・・・随分ただれた恋愛してるのね。・・・恋愛じゃないわね、それ。
私が思わず同情の眼を彼に向けた時、携帯が鳴った。
奈緒からだった。
あけおめコールかな、と思った。
「もしもし?あけましておめでとー。・・・・・うん、大丈夫だよ。・・・・え、もう?・・・うん。・・・・・え?」
耳を疑う。
「・・・・・・・・・そうなんだ・・・。・・・ううん、まだ・・・。・・・うん、わかった。・・うん。うん。じゃあね。連絡するね。」
電話を切る。
黙ってしまう。
固まってしまう。
「・・・どうしたの?」
私の様子をみた拓也が、普通に聞いてきた。
私は、沈んでいく自分の気持ちを感じながら、小さく言った。
「・・・・ハヤマサトシ・・・もう、死んでたって。」
拓也が少しビックリしたように、眼を見開いた。