決意
「・・・10年も前に、・・・病気だって・・・急性の・・・。」
可哀そうに。彼は、死んでしまった。
自分が人を殺したと思いこんで、それを抱えて死んでしまった。
ひょっとしたら、違っているかもしれないのに。
私が、何も言わなかったばっかりに。
可哀そうに。可哀そうに。
ごめんなさい。ごめんなさい。
・・・こういう事か。
こういう事を、私は抱えていかなくてはならないのか。
調べれば調べる程、真実を知れば知る程、自分が隠し持っていた事実の大きさに気づいて、
一生、罪の意識を背負って行かなくてはならないのか・・・。
胸が、痛くて痛くて、堪らない。
「・・・来いよ。」
拓也が、手を出した。
「帰ろう。」
私達は、黙って手を繋いで、歩きだした。
碧さんが、「君はもう関係ない。忘れるんだ。」と言っていた理由が、少し分かる気がした。
こうやって足を踏み入れる度、私は確かに傷ついて、自分を追い詰めていくのかもしれない。
拓也が、「お前に覚悟はあるの?」と聞いた理由も、分かる気がした。
こうやって罪悪の意識に苛まれてしまうかもしれない事は、始める前から分かっていた事だったんだ。
怖い、と初めて思った。
「お前、今日は実家に戻るんだろ?」
拓也が不意に聞いてきた。
「・・・?・・」
私の実家は今、関東某県にあって、通勤通学をするには少し遠くて不便な所にある。
今日はもちろん、実家から来た。
「家に帰れ。」
そう言って拓也は、JRの駅前で私の手を放した。
「そしておじさんとこ、必ず俺を連れて行け。連絡しろ。」
「?」
「部屋に戻ったりしたら、押しかけるからな。そしたら俺、勉強どころじゃなくて非常に迷惑よ?だから、家に戻れ。」
拓也はそう言うとクルッと背を向けて、さっさとどこかへ行ってしまった。
・・・ちょっと待って?誰が何して迷惑だって?え?誰が迷惑?
私は唖然とした。
勝手に呼び出された初詣は勝手に駅に置き去りにされ、私の周りってどうしてこうも勝手な人が多いのかしら。
分かってる。勝手じゃない。心配してくれてるんだ。
一人で部屋で悩むんじゃない、って言ってくれてるんだ。
おじさんの所で、何か新たな、キツいネタが出てきた時に、私を支えようとしてくれてるんだ。
碧さんだって。
私を心配してくれていたんだ。
何も気づいていない私が、危なっかしくてしょうがなかったんだ、きっと。
なんて勝手で、愛しい人達。
過去は変えられない。
見ても見なくても、真実は変わらない。
もう、知らずに生きていく事は出来ない。
だから、後戻りは出来ない。
私は、鞄の中に忍ばせて持ち歩いている、一通の封書を取りだした。
それを眺めて、握りしめて、決意する。
未来を歩きたい私に、あまり時間は無い。
やるしか、ない。
「姉ちゃん、入るよー・・・って何?この匂い。くっせー。」
勝手に入ってきた秀真が、勝手に嫌な顔をした。
「・・・何してんの?」
「気合いれてんの。」
大した事ではありません。ネイルを塗っているんです。足に。
色は?真っ赤です。キラッキラのラメをその上から塗っちゃう予定です。
私は足を秀真に差し出した。
「塗りたい?」
「こら。」
えー。いい経験だと思うんだけどなあ。女の足にペティギュア塗ってやった事のある19歳男子、なんて、結構イケてると思うんだけど。
「いいの?そんなの塗って。就職活動中なんじゃないの?」
「だから足なんじゃない。」
足なら見えないでしょ。手は、フレンチにする予定だから。
「気合って、就職成就祈願で塗ってるの?」
「・・・人生登頂祈願、かな?姉ちゃん今、踏ん張り時なの。」
秀真の足元の親指に手を伸ばす。
「・・・・何してるの?」
「大学合格祈願。気合の御すそ分け。」
「・・・どうしてくれんだよ・・・。」
突っ立ってる秀真の足の親指を、丁寧に塗ってやった。
秀真は成す術も無くて、肩を下げて眺めている。
「姉ちゃん明日、落合の角井のおじさんとこ行くんだって?」
秀真が上から聞いてきた。
私は自分の足に、ラメの仕上げをする。
「・・・そだよー。」
「何でまた?」
「・・・大学4年間東京に居ながら一度もご挨拶に伺っておらず、卒業前にその失礼をお詫びしたいと思いまして、親戚なので今後も何かとお世話になる事もあるかと思い」
「と、母ちゃんに言ったの?」
「と、おじさんにも言うの。」
ふーん、と秀真が呟く。
「秀真、ソレ、乾かしてからじゃないと、崩れてすごく汚くなるよ?」
「俺も行こうか?」
私はビックリして顔を上げた。
「何で?」
「何でって・・・姉ちゃん一人で行くの?大変じゃない?母ちゃん達が行くとは思えないし。」
うちは、おじさんちとは仲が悪い。私達子供が関わった事はないけど。
「それに行けばお年玉貰えるかもしれないし、合格したら入学祝も来るかもしれない。」
「・・・秀真、受験勉強は?」
「今更。A判定だし。じたばたしても、ね。電車の中で暗記でもしてるよ。」
・・・気を使ってくれるのはとてもありがたいんだけど・・・
・・・でも、秀真を連れていって、アノ件、どうやって話を切り出そう・・・。
私は一瞬迷ったけど、急に、それがすごくいい考えに思えてきた。
そうだよね!拓也と二人で行くより、秀真がいる方がずっと不自然にならないかも!
滅多に会わない親戚の家に行くだけでも不自然なのに、同級生の男なんか連れていったら、
あまりに不自然すぎて、ますます落ち着かないかもしれないわ。
聞くモノも聞けないじゃない。
よし、
「それでいこう!!」
「・・・どれでいこう?」
「?電車だよ?」
「・・・・・。」
秀真はしばらく私を眺めた後、おやすみ、と言って部屋を出ていった。
私は部屋で、真っ赤なラメラメ足を見て、気合を入れた。
頑張るしかない。やってみよう。
反省と後悔と思い悩む事は、後からまとめてしてみよう。




