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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第二章 動き出す
37/67

知らない事とは

部屋に戻ると、留守電が点滅していた。

ものすごく気分が落ち込んでいても、体はキチンと動いている。再生ボタンを押すと、奈緒からだった。

あ、手を洗わなきゃ。うがいもしなくちゃ。その前にコート脱がなきゃ。着替えなきゃ。

お風呂にも入らなきゃ。


湯船に浸かっていると、再び電話が鳴った。

いつもなら無視する確率6割強、くらいなのだけれど、今は(しずく)を垂らしてでも取りたい。


自分からは誰とも会いたくないのに、相手から差し伸べられた手には縋りつきたい。そんな気分。


途中で姿を消した私を、奈緒は随分心配してくれていたのだろう。

私は子機を持って再び湯船に浸かる。これって、防水だったかしら。


「綾香。今日、どうして先に帰っちゃったの?」

「・・・うん・・・。」

「祐介さんに聞いても何も教えてくれないし。何かあったの?具合でも悪くなったとか?」


・・・あんの、タヌキっ。

黒い笑顔を思い出して、数時間前の騒動を思い出して、思わず拳を振り上げてしまった。

ニッコリ笑ったイイ声で、奈緒に迫ったら承知しないからねっ!

・・・私、あの時あの場所で、鼻血を出さなくて本当によかったわ・・・。

そんな事をしたら、よくわからないけど、確実に命を縮める様な気がする・・・。


「昼間から、なんか元気なかったわよね?」

奈緒の声は、気遣う、というよりも、事実を述べている、という感じ。それが私の気を、かえって楽にする。

昼間は、元気がないわけじゃなかったけど、そうね、今は否定しようも無く、元気がないわ。


「・・・なんか、今日は、色々あってさ・・・・。」

「うん。」

「・・・話せば、長い・・・。」

「・・・今、話したい?後がいい?」


温かいお湯の中に沈み込んで考える。

うん、そうだね。今は話す気分じゃない。でも、誰かに側にいてほしい。

電話してくれてありがとう、奈緒。素直に嬉しいよ。


「綾香。あたしが男なら、あんたを嫁に貰う。」

唐突な、何の脈略もない言葉に、私は一瞬思考が止まった。


「・・・はい?」

「あんたを嫁に貰うって言ったのよ。」

「・・・なんですか??それは?」

「プロポーズよ、何度も言わせるな。」

「・・・悪いけど、本当に分からない。今日ばかりはついていけてない。」


クスクス電話の向こうで笑っているんだけど、いえいえ男っぽく言っても全然意味分からないし。意図も分からないし。笑われる覚えもないし。


「だから、綾香は一人じゃないよ?綾香は悪くないよ。綾香は頑張っているよ。」

息が、詰まった。

どうしよう、喉が熱くなってくる。


「どうしたの、奈緒ー。」

「綾香はね、頑張ったの。」

「・・・ありがとう・・・・。」


最悪だ。プロポーズ、女の子に言われてしまった。どうしよう、受けたい。


「というわけで、召集令状をかけましょうか。」

「何?」

「緊急会議よ。私達3人で集まるの。吉川君から進捗状況を聞いて、今後の事を話し合うの。」


当り前のように告げる奈緒を前にして、私は返事が出来なくなってしまった。



だって私、碧さんに全部話しちゃったし・・・・。持ち駒全部使い果たして、彼と会う理由も無くなったから、

そう言う意味では、もう、事件(アレ)と関わる必要は無くなった様な気が・・・しないでも、ない。

それに彼も、もう忘れろ、って言ってたし。関係ないって。



関係ない、って。




彼と対等になりたくって、振り回されたくなくって、それが過去の記憶と向き合うきっかけであったのに、

思いっきり敗北したわ。大敗よ。惨敗だわ。グルっグルに振り回された。



「途中でやめる?」


私の沈黙を敏感に感じ取った奈緒は、歯に衣着せぬ物言いで私に言ってきた。

「何があったかは知らないけど、途中でやめるの?綾香、それで後悔しない?」

「・・・・。」

「あたしは分かるよ。断言してあげる。あんたは、後悔する。」


断言された。あんたは、後悔する。



私は、自分の頭の中に入り込む。本来苦手としていた、『自分と向き合う』事をする。深く、深く。


私の記憶は、過去の事件のストーリーを変えるのだろうか?

それを確かめないで、この先何十年も生きていけるのだろうか?



中途半端に投げ出した過去は、きっと私の心を、足を、今後も引っ張り続けるのだろう。







で?なんでクリスマス?




「なんかあったの?」


それは昨日までこの子がやたらと忙しかったからで、そんな彼が今日は一限目の後久しぶりにフリーだからであって、

でも昨日は夜まで連絡が繋がらなかったのは、決して勉強のせいだけではないと思うんだけど、

クリスマスって今日が本番だから、そんな彼女(達?)をほっといて私達と会ってていいのかな?とも思うし、

ああでもこの後デートかもしれないから早く終わらせてあげないといけないな、


って思っているのに、何、その冷たい目。


「何も・・・・。」

「何も無かった様には見えないけど。そのクマ。」

「くま?」


思わず自分の膝の上とか、脇の椅子とかテーブルとか、お店の壁とか見上げちゃって、

拓也の更なる冷めた声が降りかかった。

「目の下のクマだよ。テディベアじゃねーよ、まさかと思うけど。」

「・・・そこまで天然に見えますか?」

「捜してたじゃん。」


もうね、その容赦無い毒舌も突っ込みも冷めたい目も、7年の付き合いで慣れましたけどね、

時々すごく疲れるんですよね、あまりにも見透かされますと。

色々と自覚している身としてはね。


「で、何があったの?」


拓也はいつかと同じように私の右隣に深く座り込み、足を組むとタバコを取りだした。

この子は、私がタバコを嫌いだ、と言ってもお構いなしに吸ってくる。私も別に、私の為にやめてほしい、とか私の目の前では我慢しろ、とか言う気も無ければ言った事も無いので、黙っている。


そして、何があったのかどう伝えればいいのか分からなくて、黙っている。


「・・・。」

「言いたくないワケね。」

「・・・・。」

「じゃ、俺から話するよ?」

「?」

「会って話を聞いてきたのよ、目撃者に。割と色々、面白い事が聞けたから。驚くよ。」


そう言う彼は、言葉とは裏腹にとても無表情で、やっぱり冷めた目つきだった。

深く吸ったタバコを、ゆっくりと吐きだす。


「・・・順を追って、話すな。」


タバコの灰を、灰皿にポン、と落とした。




目撃者のクズハラさんは、クラスメイトのコウノ君と学校裏を歩いていたら(煙草を吸おうと思っていた)、男の怒鳴り声が聞こえてきた。

見ると、中野光治とハヤマサトシ(少年Aね)が既にもみ合いの喧嘩をしていた。

そして、中野がナイフをポケットから取り出した。いわゆる、飛び出し式のナイフ。

ハヤマが怯えて後ずさり、中野が彼ににじり寄り、クズハラさん達はヤバい、と思った。

先生を呼びに行こうか直接止めに入ろうか、一瞬迷っている間に、急に中野が激しく咳き込み、体制を崩した。

咳き込みながらの揉み合いとなり、次の瞬間、中野の胸にナイフが刺さり、そのまま彼は倒れてしまった。悲鳴を上げたのはハヤマの方だった。

クズハラさんとお友達は、慌てて先生を呼びに走り(二手に分かれた)、現場に戻った時には、既に中野の息は無く、ハヤマもその場にいなかった。


その後の警察の事情聴取では、ハヤマの証言と、クズハラさん達の証言は一致している。




「以上が、目撃者、クズハラタツヤさんから聞いた話。あんまり、新聞記事や雑誌とかけ離れた事は言ってないでしょ。」

組んでいた足を解いて、よいしょっと身を起こす。

タバコの火を消して、両手を足の間について、肩を竦めるように身を乗り出してこっちを見た。

でも私は、その話の内容に何か引っかかるものを感じてしまって、目がチカチカした。


「え?ちょっと待って?それって、・・・私が見たアレ、人が既に倒れていたよ?今の話からすると・・・え?まさか、ハヤマって子がトドメを刺して、それから逃げたってこと・・・・?」

「その線はね、消えたらしいんだわ。クズハラさん達が、彼がすぐに逃げて行った気配を感じていた事と、とにかくやたらと動揺していたらしくて、そのハヤマが。トドメを刺す様な状態には見えなかった、っていう事らしいよ。」


状態には見えなかったって・・・・そんな事言ったって・・・それって理由になるの?


「・・・でもさ・・・私、実際に見たし・・・。

 それにさ、例えば、凄く彼に苛められていて、とても怖い人で、そんな相手を下手に刺しちゃったから、怖くなって、報復を恐れて、というか・・・。」

「うん、それはね。俺も考えた。報復で命の危険を咄嗟に感じて、それなら先に殺しちゃお、ってヤツでしょ?ありえるよね。でもさ、そんな、自分がやったってバレバレの状態で、人を殺すかな、普通。」


いや普通ね、殺さないでしょ、人は。どんな状況でも。

普通じゃない事話してるんでしょ、私達。そんな日常会話の様な口調で進めないでよ。



「それよりさ、面白い事、聞いちゃったの。現場付近に一人、部外者がいて、当時警察に事情聴取されてたんだ。」


彼はテーブルに肘をつくと、注文したコーヒーをゆっくりと飲んだ。

飲み終わっても、コーヒーの表面を眺めている。なんだろう?


「・・・それは、小学男子生徒で・・・」


そういって拓也は、左隣にいる私の方をくるっと向いた。

「被害者中野光治の知り合いの子、だって。」


彼の丸っこい目が、ジッと私を見つめる。

私はその顔を見ながら、血の気が引いて行くのがわかった。


「・・・まさか・・・・。」



「うん。塚本(みどり)、さんだよ。」




自分の目が、見開かれていのが分かる。

なのに私には、何も見えていない。


本当に、見えない。

あの人は、あの時、あの現場にいた。私と同じように。



見えない。

なんでそれを、私に隠していたの?




「あのさ、綾、ヤな事、言うぜ?・・・お前が見たアレ、刺した生徒、本当に中学生だった?」


眉間に皺を寄せて私を覗き込みながら言う拓也に、私は弾かれた様に顔を上げた。

「なっ・・・!」

彼の意図する所がわかって、その可愛い顔に怒りすら湧いてくる。

なのに拓也は、容赦なく話を続けた。

その顔とは裏腹に、射る様な鋭い眼差しを向けながら。


「黒っぽい服を着ていたからって、無意識に、中学生だ、って思いこんじゃってたり、してない?」

「・・・・・・。」

「あの日は雨が降ってたんだろ?ひょっとしたら、お前の眼には・・・全部が黒っぽかったり、していなかった?」

「・・・・。」


何も答えない私に、彼は軽く溜息をつくと視線をずらして、自分自身に問いかける様に、頭の中を整理するように、

目を細めて遠くの窓の景色を見ながら言った。


「そう考えたらさ、塚本碧が、お前が事件を目撃していた事を知っていても、なんか辻褄があうよな?お前がどの程度覚えているのか、確認をしたかったのかもしれない、とかさ。なんで15年後なのかは分からないけど。時効が過ぎ去るのを、お前を刺激せずに待っていた、とも考えられない?」

「・・・・。」

「・・・なんてね。これ、全て俺の推測よ?俺の勝手な推理を、真に受けたりすんなよな?・・・いちお、もう一人の目撃者、つーのも捜して、話を聞いてみるつもりだけどね。まだ名前しか分かんないんだけど。」



そこまで言って、彼のお喋りが途切れる。

気付くと、拓也がこちらを凝視していた。

いつもの人懐っこい瞳が、少し見開かれている。



悔しい。



涙が一つだけ、私の頬を伝って流れた。





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