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しょうもない理由

よろしくお願いします

家に帰っても、頭の中はずっと同じことをぐるぐる回っていた。


(なんで俺、弓道やってんだっけ……)


布団に寝転びながら天井を見る。


かっこいいから。

モテたいから。

すごいって言われたいから。


それっぽい理由はいくらでも出てくる。


でも——


由美の顔が浮かぶ。


笑ってる顔。

弓を見てるときの顔。


(……結局それかよ)


自分でもわかってしまう。


しょうもない理由だなぁ……


どれだけ考えても、そこから先に進まない。


「……やめた方がいいのかな」


ぽつりと呟いた言葉は、やけに重かった。



次の日の昼休み。


渡辺は弁当を持ったまま、校舎を歩いていた。


(……聞くしかねぇか)


向かった先。


弓道部の部長、神崎航平のクラス。


教室を覗くと、神崎は数人の三年生と一緒に笑いながら弁当を食べていた。


「おー、それはねぇだろ」

「いやマジで!」


いつもより少し砕けた雰囲気。


(なんか……入りづれぇな)


少しだけ迷う。


それでも——


「……部長」


小さく声をかけた。


神崎が顔を上げる。


「あ?」


一瞬だけ驚いた顔。


すぐに、渡辺の様子を見て、表情が変わる。


「ど……どうしたお前、熱でもあんのか?」


その声はさっきより低かった。


「いや、その……」


言葉が詰まる。


それを見て、神崎は立ち上がる。


「ちょっと来い」


短く言って、教室を出る。



人気の少ない廊下の端。


二人並んで座り、弁当を開く。


しばらく無言。


「……で?」


神崎が箸を止める。


「なんだ」


渡辺は少しだけ迷ってから、口を開いた。


「部長って……なんで弓道やってるんですか」


神崎は一瞬だけ考える。


そして、まっすぐ前を見たまま答える。


「強くなりたいからだ」


短い。


でも、迷いがない。


「中学のとき、大会で負けたのが悔しくてな」


箸を握る手に、少しだけ力が入る。


「ただ負けたまま終わるのが悔しかっただけだ」


それだけだった。


でも——


その言葉には、重さがあった。


渡辺は何も言えなくなる。


(……ちゃんとしてんな)


あまりにも、ちゃんとした理由だった。


自分とは違いすぎる。


「……そうっすか」


それだけ言って、弁当を食べる


全く味がしなかった。



その足で、渡辺は別の教室へ向かう。


由美のクラス。


扉の前で少しだけ立ち止まる。


(……聞いてみるか)


ガラッと扉を開ける。


「あ、渡辺くん?」


由美がすぐに気づく。


「どしたの?」


少し驚いた顔。


「ちょっといいか?」


「うん、いいよ」


廊下に出る。


渡辺は少しだけ目を逸らしながら聞いた。


「……由美さんってさ」


「なんで弓道やってんの?」


由美は少し考えて、それから柔らかく笑った。


「うーん?憧れ、かな」


「小学生のときにね、試合を見たことがあって」


遠くを見るような目になる。


「すごくかっこよかったの」


その言葉に嘘はなかった。


「それで、いつか自分もああなりたいって思って」


少しだけ照れたように笑う。


「今はね、ちゃんと目標もあるよ」


「大会で勝ちたいし、もっと上手くなりたい」


まっすぐな言葉。


渡辺は何も言えない。


(……やっぱり)


みんな、ちゃんとしてる。


理由がある。


目標がある。


それに比べて——


「……そっか」


小さく呟く。


「ありがと」


それだけ言って、背を向ける。


由美は少し不思議そうに見送っていた。



廊下を歩きながら、渡辺は俯く。


(俺だけじゃん……)


理由がないのは。


(やっぱ……やめた方がいいのかもな)


そう思いながらも——


心のどこかで、引っかかる。


昨日見た、あの“立ち”。


あの音。


「よし」という声。


(……なんなんだよ、あれ)


足は止まらない。

でも、答えも出ないまま。


俺はただ、歩き続けていた


そして廊下の奥で足を止めた。


目の前には、氷室冬矢の教室。


(……)


そう渡辺は、廊下の奥で足を止めた。


目の前には、氷室冬矢の教室。


(……聞くか)


そう思って来たはずなのに、足が動かない。


昨日のやり取りが頭をよぎる。


「やめとけよ」

「似合わない」


(……聞いてどうすんだよ)


少しだけ迷う。


それでも、手を伸ばしかけた、その時。


「何してんだ」


背後から声がした。


びくっと肩が跳ねる。


振り返ると、氷室が立っていた。


「……お前かよ」


「なんだよ…」


相変わらずの調子。


渡辺は一瞬言葉に詰まって、それから口を開いた。


「……あのさ」


氷室は黙って見ている。


「昨日言われてさ」


少しだけ視線を逸らす。


「なんで弓道やってんのか、いろんなやつに聞いてみたんだけどよ」


自嘲気味に笑う。


「やっぱ俺には、大した理由もねぇや」


言いながら、胸の奥が少しだけ重くなる。


「部長とか、ちゃんとしてんだよな」


「由美さんもさ、憧れとか目標とかあって」


「……俺は、なんもねぇや」


言葉が少しずつ弱くなる。


しばらく沈黙が落ちた。


渡辺はなんとなく、顔を上げる。


「お前はさ、なんで弓道してんの?」


軽く聞いたつもりだった。


氷室は少しだけ考える素振りを見せて——


あっさりと言った。


「かっこいいから」


一瞬、時間が止まる。


「……は?」


渡辺は思わず間抜けな声を出した。


氷室は続ける。


「弓引いてるやつ、かっこいいだろ。それだけだ」


そう言って氷室は背を向けて教室に入って行った


渡辺は目を丸くする。


(……それだけ?)


(俺にしては真面目に理由とか考えてたけど…)


(……なんなんだよあいつますます訳がわからねぇよ)



渡辺は自分の席に座りながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。


氷室の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


「弓引いてる奴かっこいいだろ、それだけだ」


(なんだよ……それ)


部長の言葉も浮かぶ。


「強くなりたいからだ」


由美の言葉も浮かぶ。


「憧れ、かな」


どれも違う。

でも、どれも間違ってない気がする。


(じゃあ俺はなんなんだよ)


考えれば考えるほど、わからなくなる。


ノートは開いたまま。

黒板の文字も、先生の声も、何も頭に入ってこない。


ただ、ぐちゃぐちゃになった思考だけが残る。


(……わかんねぇ)


結局、それしか出てこなかった。



気づけば、チャイムが鳴っていた。


放課後。


教室が少しずつ静かになっていく。


渡辺はしばらく席に座ったまま動かなかった。


(……どうすっかな)


やめるか。


その選択肢が、頭の隅にちらつく。


でも——


昨日見た光景が、浮かぶ。


矢が放たれる音。

張り詰めた空気。


「よし」という声。


(……)


小さく息を吐く。


「……とりあえず行ってみるか」


なぜだか俺は道場に行けば答えが見つかる気がしていた

読んでいただき、ありがとうございました!

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