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射法八節

よろしくお願いします

今回から本格的に弓道します!

道場に静けさが広がる。


部員たちが並ぶ中、神崎航平が一歩前に出た。

その表情はいつもより少しだけ硬い。


「いいか……弓道はな」


低く、よく通る声。


「的に当てる競技じゃない」


一瞬、空気が止まる。


渡辺は思わず眉をひそめた。

(いや、当てるもんだろ……?)


神崎はそのまま続ける。


「正しい形で引いた結果として、当たる」


ゆっくりと弓を持ち上げる。

その動き一つ一つに無駄がない。


「それを分けたものが——射法八節だ」


神崎は足を開く。


「足踏み」


床を踏む音が静かに響く。


「胴造り」


背筋がまっすぐ伸びる。空気が張り詰める。


「これは弓を引くための土台になる、まずこれができないと次のステップにはいけない」


「弓構え」


弓と矢が静かに構えられる。


「打起こし」


腕がゆっくりと上がる。


「これは弓を引くための準備と言える、これ。疎かにすると次の引き分けの時に苦労する」


「引分け」


左右に、均等に引かれていく。


「ここが一番の鬼門と言える、左右均等、どちらかが強くても弱くてもダメだ」


「会」


止まる。

時間が止まったみたいに、静止する。


「矢を離すために限界まで伸びあいをかける、ここまできても会がダメだと全てが無駄になる」


「離れ」


——パシッ。


鋭い音とともに、矢が放たれる。


「残心」


放った後も、姿勢は崩れない。

そのまま静かに、余韻だけが残る。


しばらく誰も喋らなかった。


神崎がゆっくりと振り返る。


「この一つでも欠けたら、矢は当たらない」


視線が部員全員をなぞる。


「逆に言えば——全て完璧にできれば、必ず当たる」


その言葉は強かった。


渡辺は思わず息をのむ。


「いいか」


神崎の声が少しだけ鋭くなる。


「適当にやって当たるほど、弓道は甘くない。

一つ一つ、意味を考えてやれ」


静まり返った道場に、神崎の言葉の余韻が残っていた。


渡辺は一拍置いて、勢いよく手を挙げる。


「はいっ!わかりました!」


周りの視線が集まる。


「じゃあ俺もやります!」


そのまま弓に手を伸ばし、的の方へ歩き出そうとする。


(今のを真似すりゃいいんだろ!!かんたんかんたん!!!)


内心はやる気満々だった。


——が。


「待て」


低い声が止める。


振り返ると、神崎が腕を組んで立っていた。


「いきなり弓を持つのは危ねぇ」


淡々とした口調。


「まずは練習からだ」


そう言って渡辺の前に差し出されたのは——


ゴムで作られた弓だった。


「……え?」


一瞬、思考が止まる。


「いやいやいや」


渡辺はゴム弓と神崎の顔を交互に見る。


「さっきの流れでこれ!?」


思わず声が漏れる。


神崎は一切表情を変えない。


「基礎ができてないやつに弓は持たせん」


きっぱりと言い切る。


「バカヤロウ」


渡辺はしばらく固まったあと、渋々ゴム弓を受け取る。


「……いや、まあ……わかるけどさぁ……」


明らかに不服そうに口を尖らせる。


横から、小さく笑う声がした。


見ると、氷室冬矢が壁にもたれてこちらを見ている。


「基礎もできてねぇのに、当たるわけねぇだろ」


淡々とした一言。


渡辺はムッとする。


「うるせぇな!俺は天才やからな!」


ゴム弓を引きながら、強がるように言い返す。


だがゴムが思った以上に固く、微妙に腕が震える。


それを見て、冬矢が小さく言う。


「へたくそ」


ピクッと渡辺の眉が動く。


「……今に見とけよ」


その様子を見た部長が少し、呆れてため息をついていた


「はぁ……まぁいい」


神崎が小さく息を吐く。


「俺が教えてやる」


そう言って、渡辺の前に立った。


「まずは構えからだ。力を抜け。無駄に力みすぎだ」


言われるままに体を整える。


「違う。そこじゃない。軸だ」


「え、軸ってどこ……」


「感じろ」


(いやわかるか!)


心の中でツッコミながらも、必死に真似をする。


だが——


ふと視線が逸れた。


道場の奥。


氷室冬矢が、すでに弓を引いていた。


顧問の豊島が隣について何かを話している。


「——その会の保ち方はいい。だが離れの——」


(何言ってんのか全然わからん……)


それでも、冬矢の動きは明らかに違った。


無駄がない。

静かで、それでいて力強い。


そして——


由美がその様子を見ていた。


少しだけ、見惚れるように。


「……ちっ」


渡辺の集中が切れる。


「あいつばっかり、いいとこ見せやがって……!」


思わず口に出る。


その瞬間。


「人のことじゃない」


低い声が刺さった。


振り返ると、神崎が真っ直ぐこちらを見ている。


「自分のことを気にしろ」


一歩近づく。


「このままじゃ——一生弓を持たせんぞ」


その言葉は冗談じゃなかった。


渡辺は言葉を失う。


少しだけ、悔しさが込み上げる。


「……っ」


視線を逸らし、ゴム弓を握り直す。


「……やればいいんだろ、やれば!」


小さく吐き捨てて、もう一度構える。


さっきより、ほんの少しだけ真面目に。


それから数時間。


腕は重く、肩は痛い。


「はぁ……はぁ……」


渡辺は息を切らしながら、その場に立っていた。


「……よし」


神崎が手を叩く。


「立ちを取る」


その一言で、空気が変わる。


部員たちが静かに並び始める。


「見とけ」


神崎が振り返り、渡辺に言う。


「弓道の——一番かっこいいところだ」

読んでいただき、ありがとうございました!

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