76
「エリオット、侯爵は君の従姉妹に少し甘いんじゃないかね?」
とリリベルが立ち去った後、大臣である義父が言う。
「そうですねぇ。でも今、父を顎で使えるのは彼女ぐらいじゃないですかね。あとマリィもか」
父の手紙には「絶対、リリベルを北の外交官との場に同席させよ」と書いてあった。
あれは依頼じゃなくて命令だ。父だけじゃなく自分達兄弟も子爵家の兄妹には大概甘い。
だがリリベルは我が儘を言うような子ではない。だから父の気持ちも分かる。それにリリベルは同席させるべきだと自分の勘も言っていた。
妻のお茶会に顔を出すと、どうやらリリベルを中心に盛り上がっているようだった。
義母上どころか、公爵夫人まで?何か爆弾を投じたな。
本当に侮れない子だ。
さてリリベルは殿下側に置くか、こっち側として参加させるか…こっちに置いて様子を見ることにするか。
義父に言っておこう。
ザック殿下はさっきからずっと上の空だった。
「どうされたのですか?ザック様」とフィリップが尋ねると、
「ああフィリップか。うん実はそろそろ北の外交官達が挨拶に登城してくるだろ?その場にリリベル嬢が参加したいって」
「えっ?それは…」フィリップは何か察したのか押し黙った。
王族の俺の知らない何かがあるのだろうか?
だがそれよりも、さっきから頭を強く支配するものがある。
どんなに忘れようとしても浮かぶのだ。
“何で抱き締めてくるんだよ!リリベル嬢!”
しかも自分の顔に当たったのは彼女の胸だった。
あの場は呆然となったが、多分それが良かった。赤面したり慌てたりせず王族として見苦しい姿を見せずに済んだ。
だが帰城した後が問題だった。あの顔に当たった感触を思い出して何も手に付かないのだ。
誰かに相談したい。でも誰に?
13歳で性教育を受けたが、その時ですらドキドキは半日で治まった。
まさかリリベル嬢が好きなのか?いや違う。多分、そんな感情ではないだろう。
だが彼女に女性を感じてしまったのは間違いない。今まで女性にはエスコートやダンスでしか触れたことしかなかったからな。
よりによってアイツなのも腹が立つ。
それに良い匂いだったし柔らかかったんだ。
令嬢って細くて折れそうだが、あいつはマジで食べるしな。
‥‥一体何考えてんだ俺。
そう言えばフィリップは12歳で城に上がってから20年以上、王族に仕えてくれている。
彼は独身だが、本当なら結婚して子供がいてもおかしくない。
彼には良い出会いは無かったのだろうか?
「なあフィリップ。お前は誰か結婚したい相手はいなかったのか?」と聞いてみる。
フィリップは「母に頼まれて城に来た時から、側妃様らお二人を守りたいと思ったんですよ。まだ自分も子供だった癖にね」と笑った。
だったら兄が自立して側妃殿が伯爵位を賜って城を出た時に、その使命は終わったのではないのか?
あの時ならまだ20代だったはずだ。それにフィリップの容姿は悪くないし、側妃様が伯爵位を得たのと同時に彼も男爵位を賜った。
「私には待ってくれる人はいませんでしたし、待たせたくもありませんでしたから今に至ります。しかし私の叔母の伯爵夫妻、あのお二人は始まったばかりでしょう?殿下、私もまだ終わっていませんよ」とフィリップは笑顔でそう言った。
確かにそうだ。フィリップがこの先もずっと独身だと思うなんて浅はかだったな。
「楽しみだな。フィリップに恋人を紹介される日」と言ったら、フィリップは口の端を上げて、
「殿下は北の事以外で何かお悩みなのでは?」と聞いてきた。
さすがベテラン侍従だ。お見通しか。
俺は恥ずかしかったが、サロンであった事をフィリップに相談する。お陰で上の空なんだと。
フィリップは笑いながら兄上達にも似たような事があって、多分、男は誰しも一度は通る道だと教えてくれた。
俺は早く立ち直りたいのだが、それは時間をかけるか、鍛錬などで発散するしかないそうだ。
年頃とか思春期とかホントやばい。
そして誰かリリベル嬢を抑えといてくれないだろうかと思ったが、だがその役目をマレシオンにすら頼みたくないなと少し思った自分にも驚いた。
やっぱり思春期なんだと認める事にした。
じゃないと腹が立つ。




